第108話 大森林
あれから百合達は当てもなく森の中を1時間程歩いたが、歩けどもあるけどもあるのは生い茂る木々ばかりであった。
『クリス大丈夫』
『ええ、なんとか』
人の歩いた形跡のない森は非常に歩きにくく体力を消耗しやすい。体力のないクリスにはこの行軍と呼べるような行動は非常に過酷であった。
「誰だ!! !? 斎藤さん!?」
「小林……君」
百合達が移動した先に居たのは転移前に一緒に居たクラスのイケメン5人グループだった。
「君達も来てたのか。ここは一体どこなんだ? 一体何が起こってるんだ!!」
「落ち着きたまえ。それを私達に聞かれても困る」
興奮する小林に香苗が冷静に返す。
「す、すまない。冷静ではなかったようだ」
香苗の言葉に小林は多少冷静さを取り戻した。クラスの女子の前でみっともない真似はできないというプライドからである。
「一緒に同じ状況になったとしたら、間瀬さん達は今まで何を?」
「当てもなく移動していたよ。1時間ほど歩いたが、何処まで行っても森から抜けることができなかったが」
「……同じだ。俺達も1時間歩いたが、木しかなかった」
「道はどうだった? 上りか? 下りか?」
「いや、上っても下ってもいない平坦な道だった。あくまで歩いた感覚だが」
「少なくともここは山中ではないという訳か」
山なら真横にでも移動し続けない限り必ず上りか下りの坂があるはずである。
(しまったな。上空から地理を確認するべきだった。私も随分と冷静さを欠いていたようだ)
香苗は完全に魔法のことが頭から抜け落ちていた。魔法を使えば高く飛んで周りの地形を確認できたはずである。だが、男子生徒達と出会ってしまった以上、迂闊にそんなマネができなくなってしまった。
(彼等とは早く別れた方がいいな)
「それじゃあ私達は向こうへ進ませて貰う。ここでお別れだ」
「え? い、一緒に行かないのか?」
「ああ、私達は女だけのグループなのだ。男子だけのグループと一緒にいると余計に危険なことになる可能性があるからねえ」
「!? そ、それは俺達が襲うってことか?」
「その可能性が否定できないと言っている」
「そ、そんなことしない!!」
「君達が全員宦官だったのなら問題なかったのだがね」
「かんが――!?」
宦官。要は去勢済みである。
「お、男がいた方が何かと便利じゃないか?」
「リスクとリターンを考えてリスクの方が大きいと判断したまでだよ」
「そ、そこまで俺達は信用がないのか……」
「君達だけが、という訳じゃないよ。私達が信頼する男は家族以外では1人しかいない。ただそれだけのことさ」
そういって香苗達はその場を後にした。
「お姉ちゃん」
「ええ、つけてきてるわね」
百合のクラスのカーストトップのイケメングループは、百合達と別れた後、その後をついてきていた。無論すぐ近くというわけではなく、一定の距離を保っているが。
「襲うつもりかな? どう思う香苗?」
「んー馬鹿の考えることは理解できないからねえ。偶然を装って私達のピンチに助けて仲良くなりたいが8割。襲うが2割くらいかねえ」
「少しは理性が残ってるんだ?」
「私達とは前提条件が違うからねえ」
「どういうこと?」
「彼等は異世界に転移した等という荒唐無稽なことを考えもしていない。つまりこのままいつかは助かると思っているのさ」
「ああ、だから襲ったら捕まるってことを危惧しているのね。さすがに襲った後に皆殺しする度胸はないか」
「こちらが2人以下なら襲ってきた可能性が高いがね」
「……どうする?」
「魔力を使うが仕方ない。私がクリスを背負うからやつらをまこう」
「わかったわ」
「クリス、しっかり捕まっていたまえ」
『OK』
「ではいくぞ」
そういって香苗は背中のクリスの重さをまるで感じさせず、風のような速さで移動し始めた。百合達はそれに遅れることなくついていく。
「!?」
焦ったのは追跡していた男達である。まさかそんな速度で女子生徒が移動するとは夢にも思っていなかったのだ。
5分ほど全力疾走し、木々の少し開けた場所で漸く一度百合達は止まった。
「はあ、はあ、ここまでくればまけたかな?」
体力がある朝陽と月夜の息が乱れている。それほどの速度で移動してきたのだ。しかし、百合と香苗は息一つ切らしていなかった。
「はあ、はあ、魔法って、はあ、はあ、ずるいです」
大人しい月夜が珍しく愚痴をこぼした。
「だが、大分魔力を消耗してしまった。早く武くんから補充したいねえ」
「武はこっちに来てるのかしら?」
「恐らく来ていない。もしくはかなり離れているのどちらかだねえ」
「確かにね。あいつはなんだかんだいって私達を放っておけないから……や、やさしいし」
「なんでそこで照れるかねえ」
「お姉ちゃんですから」
「お姉ちゃんですからって何よ月夜!!」
そんなじゃれ合いをつつ、百合達一行は再び歩き出した。
しばらく進むと、先ほどよりもさらに開けた場所にでた。開けたといってもテニスコート2面分くらいではある。
「ここで少し休憩しよう」
香苗の声に息も絶え絶えな朝陽と月夜は、倒れた木に腰を下ろしようやく一息ついた。
「これだけ走って息一つ切れないって、魔法すごすぎない?」
「しかもクリス様を背負ったままでって……常識が通じないです」
あまりの魔法の理不尽さに、厳しい訓練で鍛えぬいてきた朝陽と月夜の自信は喪失していた。
「魔力があるときだけだからねえ。魔力が切れたら私なんて百合よりひ弱な女子高生だよ」
「まるで私がひ弱じゃないみたいな言い方やめてよ。私だってひ弱な女子高生よ!!」
「それより百合。ここが異世界だとしたら聖女のスキルはどうなんだい?」
「試してみたけど駄目だったわ。元々女神様に返したはずだし、またくれるなら女神様が現れると思うわよ」
「そうか。しばらく魔法は制限した方がいいかもしれないねえ」
「そうね」
香苗のことばに朝陽と月夜が頷く。
「え? なんで?」
「現時点で私達の最後の切り札になるからだよ。魔力が切れたら本当に私達には危険に対する手札がなくなってしまう」
朝陽と月夜が多少強いとはいえ、現代日本での話である。魔法がなければ百合達はただのか弱い女子高生なのだ。
「……確かにそうか。全然使いこなせてないとはいえ、切り札にはなりえるわね」
「ワタシモハヤクツカイタイデス」
「クリスちゃんは大分日本語上手くなったよね」
「もう日常会話くらいなら大丈夫なレベルだよ」
「え? でも学校じゃずっと朝陽ちゃん達が通訳してたよね?」
「男避けにね」
「ああ……なるほどねえ」
日本語が通じるとわかれば、男どもが絶世の美少女であるクリスに話しかけないわけがない。そんな煩わしい思いをさせないために通訳を介する必要があると思わせているのである。
「「誰!?」」
クリス達と笑っていたその瞬間、朝陽と月夜が急に後ろを振り向いた。
「君達は……1組の」
「……誰?」
「!? この私が眼中にないですって!?」
「まあまあ、皇さん落ち着いて」
本当に誰だかわからなかった百合の発言に武藤のクラスメイトである皇綺羅里は、馬鹿にされたと思い顔を赤くした。実際に百合は皇に会ったこともないし、女神と言われていることにすら興味がなかったので、純粋に知らない上での発言だったのだが、女神というものにコンプレックスを抱いている皇綺羅里はそれを挑発と受け取ってしまっていた。
「えっと確か山本さんだったよね?」
「はい。えっとすみませんが、貴方たちのことよく知らなくて……」
「!?」
「皇さん落ち着いて!!」
さすが武藤の最初の彼女だけあって百合も天然煽りマシーンであった。
「俺達は2組だ。ちょっと情報のすり合わせをしないか?」
そういって越智達陽キャグループと百合達はその場で現状について話し合うことになった。
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