異世界編

第107話 遭難

「何!?」


 それは突然起こった。武藤は突然、自分の結界に何かが弾かれたのを感知した。そして山の上の方でも動揺に魔力が発生したのを感知した。

 

(百合の結界が壊れた!?)


「おい、武藤!!」


 吉田の制止も聞かず、武藤は香苗たちの元へと走った。まるで疲れを知らないその走りに見ていたものは驚きを隠せなかった。

 

「また!?」


 今度は香苗とクリスの結界が壊れた。人の目が多すぎる為、さすがに姿を消すことも魔法を使うこともできず、武藤はただ只管に肉体的スペックのみで全力疾走をした。とても山道の上りとは思えない速度だったが、武藤としてはこれくらいなら人間の範疇だと気にも止めなかった。見ていたものは信じられないものを見た表情をしていたのだが、武藤がそれに気づくことはなかった。

 

(今度は――朝陽と月夜だと!?)


 武藤の恋人達に渡していたお守りが全て破壊されたことを感知し、武藤は焦った。

 

(無差別じゃない。明らかにこちらを狙ってき――何!?)


 次の瞬間。武藤を含め辺り一帯が魔力に包まれた。

 

「今度は無差別かよ!!」 

 

 武藤がそう叫ぶと同時に辺り一帯の人間がその場から消えさった。

  

 

 

 

 

 その少し前。

 

「ねえ、なんで百合達そんなに元気なの?」

 

「え?」


「鍛えてる私達ならまだしも百合も香苗も素人よね?」


 あまりに元気に山道を登る百合と香苗を見て、朝陽は疑問を口にした。

 

 百合達はいつもの5人で山道を登っていた。その際、クリスのみが極度の疲労の為、朝陽と月夜に交互におぶられていたのだが、一般人である百合と香苗がいつも訓練をしている朝陽や月夜からしても体力がありすぎるように感じたのだ。

 

「使ってるからだな」


「使……!? まさか」


「私は体重をちょっと軽く……」


「私は足への反動をなくして推進力に変えている」


 小声で香苗と百合が朝陽達に呟いた。実際、百合と香苗は魔法を使っていた。百合は自重を軽くすることで、肉体的な負担を減らし、香苗は踏み込んだ足に跳ね返る反動を吸収して足にため込み、踏みきった時にそれを推進力にすることで足への負担と疲労を減らしていた。

 

「ずるい!!」


「ふふふっ年季の差だね」


 もちろん武藤との付き合いの期間のことである。朝陽と月夜はまだ付き合って日が浅い。肉体的な関係もそこまで多くはないため、内包している魔力も少ない。その為、使える魔力も限られており、魔力の感覚も掴みづらいのだ。

 

「山本さん達、すごいね」


「俺、結構体力あるつもりだったんだけど、完全に負けてる気がする」


 そんな百合達のすぐ傍にいたイケメン達が会話に加わってくる。彼等はこれを期に百合達に体力をアピールしたかったのだ。ワンチャン、弱った誰かをおぶって行くことができれば親密になれると期待もしていた。事実クリスがそんな感じになったのだが、朝陽が平気でおぶって山を登っていた為、その目論見はもろくも崩れ去っていた。しかも、華奢な百合達すら自分達を超える体力を持っていることにイケメン達は驚愕していた。

 

「こう見えても鍛えてるからね」


「むしろ鍛えられてるのは彼氏の方じゃないかな? 確かに腰と舌の動きは上手くなったかもしれないが……」


「ちょっと香苗!!」


 完全なオヤジと化している香苗をさすがの百合もたしなめる。

 

「腰……」


「舌……」


 例えイケメンといえども年頃の健康な男子である。香苗の一言でいけない妄想がはかどってしまうのもしかたのない話だ。

 

「え?」


 その瞬間。香苗は百合の近くで魔力がはじけたのがわかった。

 

「今のは?」


「? 今のって?」


 男達は頭にクエスチョンマークを浮かべている。気が付いたのは香苗と百合だけだった。

 

「また!?」


 今度は香苗とクリスところで魔力がはじけた。

 

「何がおこって――また!?」


 次に朝陽と月夜の元で魔力がはじける。


「武の所に行った方がい――!?」


 百合がすべてを言う前に辺り一帯の空間が歪んで見えた。

 

「これは!?」


 驚く百合達を尻目に、辺り一帯の人間はその場から姿を消した。

 

 

 


  





「ここは?」


 地面に倒れこんでいた香苗が起き上がるとそこは深い森の中のようだった。何故そう判断したかといえば、辺りに木々が生い茂っているからである。

  

「百合?」


「う……ん、ここは?」


「わからない。山道から外れたとも思えないが……まずはそこで寝ている朝陽達を起こそう」


 そういって香苗達は近くで気絶している朝陽達3人を起こす。

 

『ここは?』


「ここはどこ?」


「森の中? 山道を外れたのかしら?」


「みんなの最後の記憶はどうだい?」


「なんか周りの景色が歪んだなって思ったのが最後かしら」


「私も同じ。クリス様はダウンしてたからわからないと思うわ」


「ふむ、私も朝陽達と同じだ。ただ魔力がはじけた感じがした」


「私も」


「「え?」」


 香苗と百合の言葉に朝陽達は驚く。

 

「最初は百合の前ではじけた」


「その後、香苗とクリスちゃんのところでも弾けてたわ」


「その次に朝陽と月夜の所ではじけてた」


「「え?」」


「……やはりそうか」


 香苗は自分のお守りを取り出し中を見ると魔石が粉々に砕け散っていた。

 

「それは!?」


「どうやら元々は私達を個別に連れ去ろうとしていたようだ。結界が防いでくれたようだが、最後に範囲まるごと連れ去った、という感じだろうね」


「私達全員のお守りが駄目ってことは全員ターゲットだったってことね」


 百合は自身のお守りを取り出し、魔石が粉々になっているのを確認した。他の4人も全て魔石が粉々であった。

 

「さて、どうするか。本来なら迂闊に動かない方がいいのだが、場所がわからないのでは判断がつかないな」


「確かにね」


「……どういうこと?」


 香苗の意見に朝陽が賛同するが、百合は意味がわからなかった。

 

「体力を温存する、そして捜索時に動いていない方が探しやすい。そういうところから普通は動かない方が賢明なのだが……」


「ここに危険な生物がいるかどうかの判断ができないっていうのが懸念事項ってことね」


 香苗の説明を朝陽が続けた。

 

「危険な生物?」


「野犬や猪ならまだいい方ね。熊っていう可能性もあるわ」 


「!?」


「ここが本土ならツキノワグマだけど、北海道ならヒグマだからね。ヒグマはヤバいわよ」


「三毛別ヒグマ事件なんて7人もやられてるからねえ。だけど一番怖いのはここが地球ですらない可能性・・・・・・・・・・だ」

  

 普段なら小説や漫画の読みすぎと断言できる仮説である。だが、実際異世界にいったことのある百合と武藤という人物が身近におり、しかも魔法なんていう不思議な力を体験している武藤の恋人達は、その予想が全く的外れでないどころか現実に起こりえることだと身震いした。

 

「そ、そんなことあり得るの?」


「実際体験している者が目の前にいるじゃないか」


 香苗は怯える月夜にそういって百合に視線を向ける。

 

「実際どうなんだい?」


「確かに周りが歪んだのは前も同じだったけど、前は光に包まれた後、女神様に会ったのよ。その後はお城だったわ」


「ふむ……これが異世界転移ということならば、今回はその女神様とやらは関わっていない可能性が高いな」


「何故?」


「何の力も与えず、チュートリアルもなしに呼び出しても、武くん以外の地球人なんて死ぬだけだからねえ」

 

 魔法が使えるわけでもなければ、普段から強力な武器を持ち歩いてるわけでもない。そして肉体的に強いというわけでもなく、不思議な力もない。そんな者達が剣や魔法のある魔物がはびこる世界に来たところで、ただ無駄に死ぬだけである。

 

「まずはここが安全かどうか確かめながら、拠点となる場所を探した方がいいだろうねえ」


「私が先頭を歩くわ。月夜は殿をお願い」


「わかったわ、お姉ちゃん」


 訓練ではあるが対人戦闘経験もある朝陽、月夜が前後を固めて移動する。二人は太ももに警棒……というかトンファーを常備している。さすがに熊と戦うには心もとないが、無いよりはマシである。

 

「どっちに向かった方がいい?」


「全方位、人が通った形跡がない。けもの道もないようだし、進みやすそうな方向でいいんじゃないかな」


「じゃああっちね。草が少なくて足元が見やすいから蛇がいても見つけやすいわ」


 朝陽も月夜も山中でのサバイバル経験がある。とはいえその時は道具を色々と持っていたが、今回はトンファー1本である。水も食料もないのでかなり過酷なサバイバルになることは覚悟していた。

 

「せめて日本であって欲しいわ」


 全く期待しない声で朝陽は一人呟いた。

 

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