第106話 天然ジゴロ

「天気がいいのがこれほど嬉しくないのは、マラソン大会と小学生の頃の運動会以来だ」


 自然教室2日目。ホテルの一室で、朝の陽ざしを浴びつつ光瀬が窓の外を見ながら死んだ目で呟いた。

 

「まあ、気持ちはわからんでもない」


 吉田のその一言からもわかる通り、結局中止になることはなく、今年も地獄のオリエンテーリングが開催されることとなった。

  

 ちなみにこの部屋は3人部屋の為、武藤達3人だけで使用している。自然教室は5人で1グループであり、武藤達のグループには同じように陰キャと呼ばれる女子生徒が2人入っている。しかし、もちろんのこと一緒に行動していない。2人は2人で行動しており、武藤達は武藤達で3人で行動している。初日は特に一緒に行動する理由がない為だ。

 

「しゃべったこともない女子と一緒にオリエンテーリングとか、どんな罰ゲームだよ」


「俺達には難易度が高すぎるだろ」


「そうだなあ」


 別段それくらい元々陽キャ扱いされるくらいだった武藤には大したことではないのだが、別にあえて言う必要もないと吉田と光瀬に同意しておいた。

 

 

「最初に1組が出発した後、10分後に2組。さらに10分後に3組が出発だ」


 今回は1グループ5人の為、1クラスで8グループ。3クラス分で24グループがある。それらを1グループづつ5分間隔で出発したとしても1クラスで30分以上かかってしまうことになる。さすがにそんな時間はないとクラス単位での同時出発が毎回の伝統である。

 

 ちなみにこのオリエンテーリング。名前はオリエンテーリングだが、内容は実際、只のハイキングである。コンパスも地図もなく、各中継地点のような場所に通過確認用の名簿があるだけで、舗装され、車も通れるような決められた山道をただ只管歩くだけである。チェックポイント以外にオリエンテーリングの要素は何一つないのだが、自然教室という催しの中ではこれはオリエンテーリングとうい名前なのである。

 

「地図もコンパスもないオリエンテーリングて聞いたことあるか?」


「今やってるこれのことだろ」


「俺の知ってる限りこれは立派なトレッキングというやつなんだが」


 出発したばかりなのに既に力尽きそうな、生粋のインドア陰キャである吉田と光瀬は色々と愚痴が止まらない。


「いや、こんなのただのハイキングだろ」


「武藤は陰キャの癖に無駄に体力があるなあ」


 武術の達人であり、身体教化まで使える武藤からしたら、この程度は近所の散歩レベルである。ちなみに今はオーラも魔法も何一つ使っておらず、只の肉体的スペックのみで歩いている。

 

「はあ、はあ」


「――」


 まだ1kmも歩いていないが、武藤と一緒のグループの陰キャ女子2人は既に死にかけていた。重い荷物を持っているというのなら武藤は代わりに持ったのだが、生徒は全員スマホ以外何も持っていない。水筒だけは持参してもいいという指示があったが、そもそもその中身を補充できないのでそれは全く意味がなかった。ホテルの自販機は全て売り切れであり、売店もジュース等置いてなく、コンビニ等も近くになかった。つまり水道水くらいしか補充できないのだが、部屋に水道すらなかった為、結局補充する手段がなかったのだ。武藤としてもこんなに悪意しかないイベントは初めてのことだった。

 

(まあ俺はジュースも水も大量に持ってるんだが)


 武藤は自身の収納に冷たい飲み物も入っている。現在は冷たいスポーツドリンクを自身の水筒に補充済みである。武藤はアイテムボックスの魔法をこちらで使っている時に気が付いたのだ。異世界ではそもそも冷たい飲み物なんて存在しなかったから気にすることはなかったが、そもそも時間の概念の違う異空間なのだから、アイテムを入れた瞬間・・・・・・・・・・に接続するようにイメージすれば、いくら時間が経っていてもいいのでは? と。それは思惑通り作用し、入れたアイテムは入れた時のまま取り出せるようになった。

 

「スポドリあるけど飲むか?」


「……はい」


「――」


 武藤は死にかけている女子二人に声をかける。一人は声も出せずただ頷くだけだったが。

 

「!? 冷たい」


「はあ、はあ、生き返る」


 武藤はこういうときの為にコップ付きのかなり大きい水筒を持ってきていた。勿論収納魔法で持ってきており、今日出発前に取り出したばかりである。普段絶対こんなかさばるものは使わないからだ。

 

「武藤、お前いつの間に……」


「同じ陰キャなのになんて抜け目のない……俺にもよこせ!!」


「馬鹿野郎。かわいい女の子が使った後のコップをお前らなんぞに使わせるか」


 そういって武藤はすぐに水筒を肩にかけた。

 

「……かわいいって」


「……」


 女子生徒達は武藤を顔を赤らめてみていた。可愛いなんて言われたのは初めてのことだったからだ。確かに二人は一般的に見てとてもかわいいとは言えない容姿をしている。

 

 アニメオタクである岩重惠子はやや太っており、手入れも化粧もしていない為、肌の質も悪い。もう1人の漫画オタクである佐藤奈美はメガネと前髪で顔を隠しているが、顔はそばかすが多く、大き目のほくろが鼻等、顔の目立つ部分にいくつもあり、それでからかわれることが多々あった。そんな2人を武藤は可愛いと断言した。武藤からしたら容姿などこだわっておらず、2人が人を貶めるようなことをしない綺麗な心をしていることがわかっている為、可愛いと断言したのだ。

 

「こいつ……さらっとナンパしたぞ……」


「なんてやつだ……陰キャの風上にも置けないやつだ」


 男どもの文句なんぞ全く無視し、武藤は山道を上っていく。そんな武藤の後を女子生徒二人はひな鳥のようについて歩いていった。男耐性のない二人はメガネとマスクで顔が殆ど見えないにも関わらず武藤に完堕ち寸前である。

 

「ひょっとして武藤ってとんでもないやつなのでは?」


「小鳥遊先輩の件も実は裏があるのかもしれないな」


 吉田と光瀬は平然と女子生徒を連れて歩ているように見える武藤に敬意と警戒を向けるのだった。

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