第105話 オタクと女神
「皇? 知らないなあ」
昼休み。屋上で一緒に昼食を摂っている弥生に武藤は皇のことを尋ねてみたが、案の定知らないという答えが返ってきた。
「多分会ったこともないと思うんだけど……」
弥生は懸命に思い出そうとするが、思い出せない。当然である。実際会ったことはないのだから。
「まさかあれだけでたっくんにちょっかいかける人がいるなんてね。しかも女の子か。ちょっと認識が甘かったわ」
確かに武藤の教室までいって抱き着いて一緒に帰ったが、そこまで大事にはならないだろうと思っていたのだが、周りから見れば難攻不落の女神がついに落ちたのかとなり、気が付けば学校中の話題になっていた。
ちなみに武藤の名前や容姿については噂にあがっていなかった為、現場を目撃した武藤と同じ教室内に残っていたクラスメイト以外にはじろじろと見られるというようなことは起きなかった。撮られた写真も後ろ姿だった為、実際の現場を見た人物の証言でもない限り、情報の信用度が低かったというのも目立たなかった要因である。
「やっぱりまだ学校の目立った場所の接触はしないほうがいいみたいね」
「今まで昼食はどうしてたの?」
「急にどうしたの? お友達と食べてたよ?」
「……それやばくない?」
「え?」
「弥生は急に友人と一緒に食べないで、一人でどこかに行ってる。そして俺も昼にいなくなってる。みんなどう思う?」
「……まずいね」
どう考えても逢引きである。
「百合達や美紀達はグループ単位での移動だから逆に目立たないと思うけど、弥生は一人だから……」
「そうだね。あー折角ローテーション組んだのに!!」
「しばらくは弥生は抜けた方がいいだろうね」
「……仕方ないかあ。でも今日は配信ないからたっくんの家でいっぱいイチャイチャするからね!!」
「はいはい」
イチャイチャといってもえっちなことをするわけではない。武藤としてはめずらしく弥生との関係はかなりプラトニックであった。未だにキスの一つもしたことがなかったりする。まあキスよりも早く武藤のアレにキスする羽目になった双子のような存在もいるが。ちなみに弥生が拒んでいるのではなく、単に恥ずかしくて弥生の方から誘えない+武藤からは積極的にいかない為に今のような状況になっている。そんな状況も武藤は楽しんでいた。
「来週は殆ど会えないからたっくん成分を補充しておかないとね」
6月の半ば。この時期、中央高校1年生は自然教室という催しに参加させられる。これは生徒達の人間関係構築を目的としたいわばゆるいキャンプのようなものである。勿論泊まるのはテントではなくホテルであるが、山の中をオリエンテーリングしたり、自然あふれる中で郷土文化を学んだりとやることは様々だ。
ちなみに昨年体験した美紀達にその様子を武藤が聞いたところ――。
「地獄だった」
「もう2度と行きたくない」
「トラウマで烏龍茶飲めなくなった」
と、散々な答えが返ってきた。聞けば、梅雨とは一体何のかと言わんばかりの炎天下の中、オリエンテーリングで山道を何キロも水分禁止で歩かされ、ゴール後に山頂で提供された飲み物は、炎天下におきっぱだった為に熱くなってしまった烏龍茶だったそうだ。案の定、熱中症で倒れた生徒が何人もいた為、そのオリエンテーリングは今年から中止という噂はあるが、真実は定かではない。
「あんなのやってたら人間関係以前に命絶たれるわ!!」
終わって1年経つというのに未だに恨みつらみがいくらでも出てくるあたり、相当酷かったのだろう。武藤は今から先が思いやられるようだった。
そして自然教室当日。武藤は準備万端であった。トランプから人生ゲームまで多種多様なアナログゲームばかりでなく、携帯ゲーム機、そして発電機まで格納してあった。無人島にでもいくつもりなのかという準備である。それ以外にも普段から収納には武藤と恋人達が何年か過ごせるくらいには食料やら日用品やらを収納してある。生理用品すら箱で勝っているあたり、武藤の本気度が伺える。何故かといえば、武藤は実際、
武藤は本当の意味でサバイバルを経験しているのである。1度あったことがどうして2度ないと言い切れるのか? 異世界まではいかずとも山に入るのなら遭難する可能性もゼロではない。準備はしておくに越したことはない。
その為、ただのキャンプよりも安全とはいえ、武藤は万難を排している。無駄になるかもしれない準備だが、備えあれば患いなしというように、備えというのはしないよりはあった方が絶対にいい。これで例え遭難したとしても大丈夫だと武藤は自信を持っていた。
実際は、
「本当に山しかねえ」
バスで進むこと数時間。武藤達は自然教室の宿へとついていた。ここは豪雪地帯で知られ、冬には移動すら困難で下手したら家に居ながら遭難できるという恐ろしい場所でもあった。だが今は自然あふれる長閑な田舎としか表現できない場所である。
「よかった。携帯の電波は届いてるみたいだ」
「でもwi-fiないぞ?」
「定額プランだから大丈夫だ……速度は遅くなるかもしれんが」
光瀬は満面の笑顔で吉田に答えた。恐らくスマホでVtuberの放送を見るのだろう。本当に山しかないこんな場所では、スマホでもなければリア充じゃない者は時間をつぶせないのは明らかである。
「しかし、こんなところに3日とかマジかよ」
「リア充共は楽しいのかもしれんが、俺らにとっちゃ地獄でしかないな」
吉田、光瀬ともにゲームとVtuberという現代機器が必要な趣味のマニア共である。吉田もさすがに家庭用ゲーム機までは持ち込んではいないようだ。光瀬はスマホで動画を見ることはできるが、環境が悪すぎる。即ち2人共この場所では十全に趣味を楽しむことができないのだ。
「しかも荷物置いたら郷土研究て……隣の県じゃねえか」
「郷土というには離れすぎてるよなあ。誰か突っ込むやついなかったのか」
学校からバスで2時間以上もかけてきているのである。生まれ育った土地とはほど遠い場所だ。
「単なる社会見学になってるよな。多分この自然教室の創設当時は地元だったんじゃないか?」
「ああ、その言葉だけが残ってるタイプか」
「まあ、それならわからんでもない」
そんなくだらないことを真面目に話しながら、武藤達陰キャグループは郷土研究という名の社会見学で色々なものを見て回った。
「……しかしさ」
「なんだ?」
「お土産で売ってるのが食い物ばっかりなのに初日にしかお土産買う時間がないって、この学校頭おかしくない?」
「……わかっててもみんな言わなかったというのにお前ときたら……」
武藤の言葉に吉田が冷静に突っ込む。2日目はオリエンテーリングで3日目に帰る為、実質初日にしかお土産を買う時間がないのだ。しかし、売店は殆どがお菓子や生ものである。となれば選択肢は焼き菓子等の日持ちするものしかなくなってくるのだ。つまり初日に荷物となってかさばる物を買っておく必要があるということになる。
「まあオリエンテーリングに持ち歩くわけじゃないからいいんだけどさ」
「そうなったら誰もお土産買わねえだろ」
「キーホルダーとかは?」
「……お前のその手に握られてるよくわからない剣のやつとかか?」
何故かお土産店によくある謎の小さい武器シリーズである。
「それ絶対自分のやつだろ」
「ば、馬鹿にすんな!! これは弟のやつだ!!」
「光瀬弟いたっけ?」
「……」
「おい」
「い、いいだろ!! かっこいいんだから!!」
「確かにかっこいい。貰ってうれしいかどうか以前に使い道があるのかどうかは別として」
吉田の痛烈な一言に光瀬も黙った。
「それじゃ俺も弟(義理の)に買って行ってみるか」
「あれ? 武藤弟居たの?」
「今6年だ」
もちろん真由の弟である幸次のことである。
「そうか。それなら喜ぶかもしれんな」
そういって武藤達はよくわからない武器のキーホルダーをあーだこーだとずっと吟味することとなった。
「見ろよ。やっぱオタクってああいうのが好きなんだな」
そういって武藤達を揶揄するのは武藤のクラスメイトである陽キャ集団の1人。以前武藤に絡んできた越智であった。
「そんなもん買ってどうすんだよ。誰が貰って喜ぶんだよ。欲しいのは自分達だろ?」
まんまその通りの正論ド直球の意見に光瀬はぐうの音も出なかった。しかし、この男。武藤に殺されかけたことは忘れたようである。
「あっみてみてかっこいい!!」
「!? や、山本さん!?」
越智が光瀬達を攻めていた時、急に百合が間に入ってきた。
「これ幸次君とか好きそうじゃない?」
「確かに。まあ彼も好きそうだけど」
そういって百合に話を振られた香苗はちらっと武藤を横目で見た。
武藤は気づかないふりをして視線は合わせなかったが。
「あー確かにアイツ好きそう。月夜もだけど」
「お姉ちゃん!!」
「好きでしょ?」
「……好きだけど」
「じゃあ自分へのお土産に買っていったら?」
「……買う」
「!?」
オタクを攻める為のオタク専用お土産としていたものが、まさかの女神たち御用達お土産にクラスチェンジである。これには越智達陽キャ軍団も驚いた。
「できたらそこをどいてもらえないかな? 君の周りにはこれを貰って喜ぶ人がいないのだろう?」
「!?」
聞かれていた。越智は香苗の言葉にしまったという表情をみせる。言ってしまった以上自分がこれを買うわけにはいかない。越智は黙ってお店を出ていく。一緒に居た陽キャ軍団もそれに伴い出ていった。
「さて、邪魔者もいなくなったことだし、じっくりと選ぶとしようか」
「ねえ、どれがいいと思う?」
百合は自然を装って普通に武藤に対して希望を聞いた。これだけなら武器をよく知らないので、男の好みのものを知ろうとしているだけに見える。
「1つならこの鞘付きの剣が鉄板だろうな。でもこういうのはコンプリートしたい……でもブーメランは武器としてどうだろうか」
「いや、ブーメランは複数攻撃できる優れた武器だろう?」
「でも最大ダメは先頭の敵だけじゃね?」
「それでも複数に攻撃できる武器は貴重だろ?」
何故か吉田と武藤がブーメランについて熱く語りだした。傍から見れば女神である百合を放置してである。これがまさに陰キャなオタクだと言わんばかりの行動であった。
無視された感じの百合であるが、武藤が楽しそうに友人と話しているのを見て嬉しそうに自然と笑顔になっていた。それは香苗たちも同じで、武藤が学校生活を楽しめているようでなによりだと自分のことのように喜ぶとともに、自分達が居なくても楽しそうにしていることで若干の寂しさも感じるのだった。
クラス1どころか学校1のトップカーストである女神5人が、最底辺カーストの陰キャグループと仲良く買い物をしていたという話は、学校ではないのにも関わらず、生徒達の間でたちまち噂となった。これは百合達がことごとくいいよる男達をけんもほろろに一刀両断していたことから、彼氏以外の男に興味がないと結論付けられていた為だ。これは様々なところに波紋を呼び、百合達の彼氏はオタクなのでは? オタクは無害だから安パイ扱いでは? と、色々な憶測を呼んだ。一方――。
「いや、ゲームによって扱いが違うだろう? 単体攻撃と複数攻撃の違いとか」
「でも単体だった方は戻ってこない手裏剣が最強だったろ?」
当の武藤達陰キャグループにはそんな噂話はくるはずもなく、あいかわらずいつも通りであった。
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