第104話 陽キャ
そんな放送があった後。一部のネット界隈では5股魔法使いとは一体何者だという議論が白熱していた。
曰く、どこかの大企業創業者の息子。曰く、大病院の跡取り等様々な憶測が飛び交っていた。
だが、それらは自分で稼いでいるという弥生の発言から否定され、投資家なのでは? という結論に落ち着いていた。
しかし、議論はそれだけにとどまらなかった。手を出しまくっているにもかかわらず何故魔法使いなのか? という疑問は、名前を付けた時にはまだ誰にも手を付けていなかったからでは? という結論になった。しかし、本当に1晩で8人を太刀打ちできないレベルで満足させることが可能なのか? という疑問については様々な憶測が飛び交っていた。そんなのあの伝説のAV男優ですら不可能という意見や、何かしらの薬物を用いているのでは? という意見もあったが、真相は謎に包まれたままだった。
何よりも問題だったのは、Vtuber達の狂信者、いわゆるユニコーン達の動向である。明らかに男に免疫がない反応をするVtuber達に歓喜の声があがるも彼女達が5股魔法使いに非常に興味を持っている、いや好意を抱いているのは間違いない反応をしたことで、5股魔法使いは完全に彼らのターゲットになった。
特定班が探そうとするも情報が殆どなく、交流のあるマーチから情報を探ろうとするもVtuber時代からゲームの大会以外に接点も見当たらない。そして5股魔法使いはSNS等もしておらず、もはや完全にお手上げ状態である。その為、5股魔法使いは8股のクズでありながら、Vtuber達にも手を出そうとしている悪の権化としてユニコーン達の最優先抹殺対象としてその名を広めるのだった。
「おい、聞いたか? あの5股魔法使いとかいうやつ、俺のマーちゃんに手をだそうとしやがって!!」
翌週の月曜日。教室で武藤が席につくなり、朝から光瀬が騒いでいた。
「しかもマーちゃんだけじゃなく、艦長やこのちゃんまで!! ゆるせん!!」
手をだした覚えもなければ、弥生以外とは直接の面識すらない武藤としてはとばっちりもいいところである。ちなみに武藤はその放送を聞いてすらいなかった。
「朝からまたVtuberの話かよ。いいかげんうぜえって」
興奮して語る光瀬に対し、教室の中央にいる男が急に声を荒げた。
「……うぜえってどういう意味?」
「はあ?」
武藤は純粋に疑問に思って質問する。
「いや、だからうぜえってどういう意味なんだ?」
「意味ってうぜえはうぜえだろ」
「お前本当に日本人か?」
「はあ?」
「自分の言葉を説明できないって自分で言ってること理解しないで言ってるってことだぞ? 頭大丈夫か?」
その言葉に男は顔が真っ赤になった。恥ずかしいという意味ではなく激怒の方である。ちなみに武藤の方は別に煽っているのではなく、純粋に思ったことを言っているだけである。傍からみればどうみても煽っているようにしか見えないのだが、武藤の方にその気は全くない。
「てめえ喧嘩うってんのか!!」
「なんでそうなる? 純粋に聞いてるだけだぞ? 日本語通じてる?」
「お、おい武藤やめとけ、それ以上煽るな」
ずっと武藤と一緒に光瀬の熱弁を聞いていた吉田が武藤に忠告する。
「煽る? ……煽ってるように聞こえた?」
「純度100%の煽りだった」
武藤の質問に光瀬が答える。
「いや、煽ってるつもりは全くなかったんだが……考えてみてくれ。会話してる途中に勝手に加わってきたあげく、その言葉が自分も意味の知らない言葉ってあり得る? 覚えたての言葉使いたいだけの小学生かよ」
「ぶふっ」
「くふっ」
教室中から耐えられず吹き出す声が聞こえてきた。
「てめえ!!」
「やめろ越智!!」
興奮して武藤に襲い掛かろうとした男を隣にいた男が止めた。よくよく見ればこの2人は最初の日に陽キャとしてがんばっていた2人だということに漸く武藤は気が付いた。
「なんでそんなに怒ってるんだ? カルシウム不足してない?」
「お前もやめろ!!」
「武藤!! それ以上煽んなって!!」
越智を止めているイケメンと吉田が一緒に武藤とたしなめる。ちなみにこれでも武藤本人は煽っているつもりはない。敵に対しては武藤は天然の煽りマシーンなのだ。
「ああっ!? オタクは教室の隅でしゃべってろ!!」
「吉田」
「なんだ?」
「この席ってさ、教室の一番端っこじゃん」
「?? ああ」
「しかも一番後ろじゃん」
「そうだな」
「俺としては隅っこっていう認識だったんだけど違うの?」
「……まあそうとも言えるな」
「アイツの条件満たしてると思うんだけど、アイツはなんであんなにイラついてるの?」
「……なんでだろうな」
「そもそもさ、俺達が何を話そうがアイツに何の関係があるんだ? 一々会話に入ってくるってかまってちゃんかよ」
「!?」
武藤としては単に吉田と会話しているだけのつもりだったが、もちろんその会話は越智にも聞こえていた。天然煽りマシーンの武藤の煽りについに越智は耐えきれなくなり、抑えていたイケメン、玉木の制止を振り切り、武藤へとつかみかかろうとしたが、その瞬間、既に武藤は越智の喉を抑えていた。
「俺はさ。このクラスのやつなんて吉田と光瀬以外の顔も名前も覚えてない。なんでかわかるか? 一切興味がないからだ。だからお前らが何をしようが俺達に関わらないならどうでもいい。でも敵対するってのなら話は別だ。一切の躊躇もなく殺す。OK?」
完全に生態系の上位、捕食者としての圧倒的な気配が越智に襲い掛かった。生物の本能として越智は全く動けなくなり、武藤が手を離せば力なくその場に崩れ落ちた。
教室は静まりかえっていた。誰も武藤が席を移動する瞬間すら見えなかった。気が付けば武藤は一瞬で越智の目の前まで移動し、首をつかんでいたのだ。恐らく吉田、光瀬以外は武藤という名前すら憶えていない存在感のない存在。気にも留めていなかった者を教室の面々は漸く認識したかのようだった。やばいやつとして。
「おーい武藤氏? これは俺達がますます孤立する流れじゃないですかね?」
「元々孤立してんだろ。何の問題がある?」
「いや、ないけどさあ」
教室の雰囲気を全く気にもせず、武藤達3人はいつも通り会話を続けていた。それを他のクラスメイト達はある者は恐ろしいものを見る目で、またある者はおもしろいものを見つけたという表情で興味深そうに眺めていた。
ちなみに越智は光瀬達を疎んでいた訳ではなく、ターゲットは武藤である。越智の憧れである女神、小鳥遊弥生が武藤とイチャイチャしていたという話が越智に伝わった為だ。当初は全く信じていなかったが、SNSで腕を組んで歩いている写真が投稿された為、それが真実だとわかり武藤へとちょっかいをだしたというのが真相である。無論、武藤はそんな写真の存在すら知らない。
それからクラスの陽キャ達は今まで通り武藤達に絡むことはなく、武藤のクラスはいたって平和な日常へと戻った。
「ねえ、武藤君」
「……誰やねん」
「ひどっ!? クラスメイトの名前くらい覚えておいて欲しいですわ」
「クラスメイトっていっても同じ教室にいるだけで接点ゼロの赤の他人だろ」
「……」
身も蓋もない武藤の一言に話しかけてきた少女は黙った。
「武藤氏はブレないでござるなあ」
「そのキャラなんだよ」
急にオタクムーブを始めた吉田にさすがに武藤も突っ込んだ。
「いや、なんか俺達にオタクっていうレッテル張りしたいみたいだからさ。俺のイメージするオタクっぽさを出してみた」
「馬鹿だな。オタクは目指すべき頂きだぞ」
「どういうこと?」
「オタクっていうのはその道のスペシャリストってことだ。ただ好きなだけじゃそんなのオタクを名乗るのも烏滸がましい。その分野で誰にも負けないって自負できて初めてオタクを名乗れ」
武藤の妙なオタクという言葉へのこだわりに吉田は口をはさめなかった。
「そうはいっても一般の奴は気持ち悪い奴イコールオタクって言ってることが多くない?」
「そうなの? 俺の周りにはそんなのいなかったからなあ」
小中学生当時の武藤の周りは基本的に武藤の気遣いもあり、孤立して一人でいる者はいなかった。その為、オタクとして異分子排除されるような存在もいなかったのである。爬虫類好き、虫好き、アニメ好き等孤立しやすい趣味をしていてもクラスの中心である武藤が普通に理解を示して、話題提供したり会話についてきたりする為、それらも只の趣味の1つとして認識されていたのだ。
武藤が中学生だったとある日。昼休みに教室に迷い込んだハエトリグモを虫好き少女が見つけ、手で捕まえて逃がそうとしたことがあった。その子にとってはそれは普通のことだったのだが、近くにいた女子生徒がそれを見て叫んでしまった。そして一気に目立ってしまい、目立つことが嫌いなその子はわたわたと焦って固まってしまったのだ。
「どしたん?」
その時、武藤がトイレから帰ってきた。周りからはクモがどうとか声がかけられたが要領をえない。
「クモ? あっハエトリちゃんじゃん。かわいいなあ」
そういって武藤は普通に女子生徒のハエトリグモを受けとった。
「逃がした方がいい?」
「うん」
そんな会話の後、武藤はクモを外へと逃がした。
「自炊やめてから家にクモいなくなっちゃったんだよねえ」
「ハエがいないからじゃ?」
「そうなんよ。だから俺の掌よりも大きなアシダカ軍曹もいなくなっちゃった」
「そんな大きなのがいたの!?」
「そう。こんな小さい頃からずっと見守ってきたのに……」
「多分ゴキブリがいなくなっちゃったのかと」
「そうだろうねえ。ここ何年もゴキブリ見てないし」
「アシダカ蜘蛛は餌が居なくなるとすぐでていっちゃうから」
「沖縄だと逆にいるとまずいんだよね」
「そう。アシダカ蜘蛛を狙ってハブがくるから」
そんな男女とは思えないクモの会話で武藤と虫好き女子生徒が盛り上がったことで、この女子生徒がクラスで浮くことはなく、クモ好きなのもそこまで変なことではないのか? という感じで受け入れられた。こんな例が枚挙にいとまがなく、武藤のクラスでは浮く生徒というのがいなかったのだ。その為、レッテル張りでいじめられる生徒もない。つまりオタクと呼ばれさげすまれるような存在もいなかったのである。
だが、現在の武藤はクラスメイトとの接点を極力なくしている。そして周りに対する気遣いもしていない。何故かといえばそんなことをすれば目立ってしまうからである。元は恋人達の指示だったとはいえ、人と関わらない気楽な学校生活というのを武藤は覚えてしまった。これが恋人もおらず、家に帰っても一人というのなら寂しいという気持ちもあったのかもしれないが、大量の恋人はいるし、仕事は忙しいしお金にも困っていない。むしろ充実しすぎている日常生活を送っているのである。そんな武藤が現在一番気が休める場所が学校である。深くかかわってくることもない気の置けない友人達とのんきに話すくらいで、周りに気を使う必要もない。無理に勉強しなくても成績はいい。目立っていない為、煩わしい人間関係もない。まさに武藤が思い描いていた理想の学校生活である。
「私は皇綺羅里よ。ちゃんと覚えておいて下さいね」
目の前の少女は武藤にとってそんな幸せな生活を脅かす存在であった。何せこの女、すめらぎきらりは朝絡んできた陽キャグループの一員なのである。
「お断りします」
「え?」
「多分明日には忘れてるから」
「酷くありません!? 私そんなに嫌われるようなこといたしましたか?」
「嫌われる以前に関わる要素が何一つない」
「……相手が誰であれ武藤はブレないなあ」
「美人が相手でも対応は一緒なんだな」
一刀両断する武藤に吉田も光瀬もある意味関心していた。男を排除しているのではなく、友人以外の他人を排除しているのである。
「そんなこと言われたの生まれ始めてですわ。武藤君て面白いのね」
そういいつつ皇の目は笑顔なのに笑っていない。吉田と光瀬はその笑顔に恐怖を覚えていた。
「面白い要素あった?」
その言葉に皇の笑顔がひきつる。
((こいつ怖い者無しか!!))
吉田と光瀬は心の中で全く同じことを考えていた。
「……まあいいわ。ちょっと武藤君に聞きたいことがあありましたの」
「何?」
「先週、小鳥遊先輩と一緒に帰ったって聞いたのですけど本当?」
「小鳥遊先輩て誰?」
「えっ!? お前、腕組んで一緒に帰ってたじゃねえか!!」
「ああ、あの人か。偶々助けることがあってね。そしたら御礼したいからって……」
「助ける?」
「ああ、ちょっと困ってたところを偶然助けたんだよ。律儀な人みたいで、いらないっていっても御礼をしたいってついて回ってきてな。大変だった」
武藤は名前について以外、嘘は言っていない。他は100%の事実である。ただ全てを語っていないだけで。
「なるほど、そういうつながりだったわけね。疑問が晴れてよかったわ。どうもありがとう」
そういって皇は武藤グループを後に陽キャグループの元へと戻っていった。
「なんだったんだ?」
「さあ?」
武藤達は皇の行動が理解できず、頭にクエスチョンマークが浮かび上がるのだった。
(あの男に何かあるのかと思ったのだけど……気のせいだったようね)
皇はあの難攻不落の女神と名高い小鳥遊が武藤に何かを見つけ、そこに惹かれたのかと思い偵察もかねて接触したのだ。それなりどころか優れた容姿を持っていると自負している自分ですら女神の一員に入っていない。大企業である皇グループの娘である綺羅里にとってそれは屈辱であり、コンプレックスでもあった。その為、女神の一人でもある小鳥遊が興味をしめしている男を奪えば、小鳥遊に屈辱を与えつつ優越感に浸れると思っていたのだ。ちなみに皇は小鳥遊とは接点はないし、会話すらしたこともない。完全に単なる逆恨みである。
「武藤も厄介なのに目をつけられたな」
「そうなのか?」
「皇グループの娘であだ名は女王様だ。女神に入れないからって女神相手にかなりコンプレックスがあるみたいだぞ」
小声で光瀬が忠告をしてきて、武藤はなるほどとそこで漸く弥生関連なのだと理解できた。
「気を付けろよ。あいつは自分だけは何してもいいって思ってるからな」
「……でも小鳥遊先輩関連なら俺、気を付けようがなくない?」
「……確かに」
「ご愁傷様」
友人二人に見捨てられ武藤は天を仰いだ。
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