第102話 新人?

「ねえ武」


「……なんでしょう?」


「弥生先輩から恋人になったって話は聞いたわ」


「……はい」


「それはまあ武が決めることだからいいわ。でも聞き捨てならないことを聞いたの」


「なんでせう?」


「お昼……一緒に食べてるそうね」


「……はい」


「先輩の手作り弁当を……二人っきりで」


「……はい」


 放課後の武藤宅で武藤は恋人達に囲まれてまさに四面楚歌状態であった。切っ掛けはついてきた弥生の恋人宣言であり、その後一緒に昼食を摂っているといったことだった。

 

「学校では目立ちたくないから接触しないってことじゃなかったっけ?」


「誰もいない屋上で飯食おうとしたら偶然弥生先輩が居て、それが続いてる感じだから……」


「だから手作り弁当を貰ってると?」


「いや、いらないっていったんだけど御礼だからって」


「弥生先輩ずるい!!」


「いやいや、御礼なのは本当だよ?」


「だったら私も作る!!」


「じゃあ色々とルールを決めようじゃないか」


 当人の武藤の意見などは全く求められることはなく、恋人達はワイワイガヤガヤと楽しそうに会議をしていた。

 

「と、いうわけで曜日ごとに一緒に食べるメンバーとお弁当係を分担することになりました」 


「なにがというわけか全くわからないけどわかった」


 会議に参加することなく1人ゲームをしていた武藤は会議が終わった後、百合からそう告げられ、何も考えずに了承した。何か言ったとしても無駄だからである。ここでいう無駄というのは、武藤が言っても聞かないという意味ではなく、恋人達は基本的に武藤が心底嫌がることや不利益になることはしないので、わざわざ考えてまで反論する意味がないということである。

 

「一応屋上は普段、出入り禁止だから行くときはみんなバレないようにね」


 弥生の注意に全員「はーい」と元気のいい返事を返した。いつの間にやら仲が良くなったようだ。

 

「それでね、たっくん、ちょっとお願いがあるんだけど」


「……何?」


「今週末、記念すべき移籍後初のデビュー配信なんだけど、何故か前事務所のメンバーとオフコラボなんだよね」


「……Vtuberのことよく知らないけどそれ大丈夫なの?」


「本当なら駄目なんだけどね。でも名前も鷹原マーチってもう前世を隠す気0の名前だし、今の事務所と前の事務所が業務提携してるらしくて、今ならなんの問題もないんだって」


「じゃあ戻ればいいじゃん」


「それがそうもいかないらしくて……一応卒業ってことにしちゃった以上、無理なんだって。だから名義上は別人だけど全然バレてもいいってことになったの」


「なんだかなあ」


 そもそも黒龍会の被害が無ければ戻っても何の問題もないはずだが、卒業という名前だが要はやめた人間である。それが舌の根も乾かないうちに戻るのはさすがに企業として問題があるという判断なのだろうと武藤は考える。

 

「で、そこで何があったかを一応話そうと思うんだけど、そこで魔法使いさんの名前だしちゃってもいいかな?」


「……なんか出てくるとこあったっけ?」


「超重要でしょ!! 寧ろメイン人物だよ!!」


「……そうだっけ? まあ別に魔法使いならいいけど。どうせもうあのゲームプレイしないし」


「良かった!! ありがとね、たっくん」


 そういって弥生は嬉しそうに武藤に抱き着いた。

 

「あっずるい!!」


 そういって百合と美紀も同じように抱き着くが、結局交代制で全員が抱き着くことになったのだった。

 

 

 

 

 

 そして週末。鷹濱マーチ改め、鷹原マーチのデビュー1回目の放送が始まった。 


「こんマーチ!! 何故かデビュー第1回から挨拶がある今日デビューの新人鷹原マーチでーっす!!」


「隠す気ゼロか!! なんだその名前!!」


「マーちゃんいくらなんでもそれまずくないの!?」


「大丈夫大丈夫。許可貰ってるから」


「お前の事務所フリーダムかよ!! 怖いもの知らずにも程があるだろ!!」


 第1回にも関わらず、息の合った軽快なトークで配信が始まった。既に同時視聴者数は万を超えている。

 

「今日は何と。第1回放送にも関わらずコラボ放送です!!」


「そんな新人いてたまるかああ!!」 

  

「あかりちゃん落ち着いて!!」


「しかもここは……VTエージェンシーのスタジオです」


「なんでやねん!! お前完全にうちの事務所の人間じゃねえか!!」


「実はうちの事務所とVTエージェンシーって業務提携結んでて、それで実現したんですよねえ」


「え? マジ?」 


「それ私も知らなかったんでござるが」


「っていうか誰も知らなかったと思うよ。スタッフも含めてみんなポカーンて顔してる」


現場にいるVTエージェンシーの人間も猪瀬の人間も全員呆けた顔をしていた。もちろん一部の人間は知っているが、あえていうまでもないと聞かれるまでは黙っていた。


「あかりちゃん、突込みばっかりしてないで自己紹介したら?」


「誰のせいでこうなってんの!! あっあっごほん。ヨーソロー!! みんなの艦長宇宙未来そらあかりでーっすっよろしくね!!」


「ニンニン!! 緑木葉みどりこのはでござるー」


「おつそらー、冬空茜ふゆそらあかねでーす」


「こんはなー風花風香かざはなふうかだよー」


「っていうか新人のデビュー1回目でオフコラボって何? ふざけてんの?」


「まあ、公然の秘密というか。私が卒業した後に問題が解決したっていうか。しかも業務提携までしたからそれで色々バレてもいい感じになって、今に至ると」


「あー大人の事情ってやつね。じゃあ別にマーちゃんの前世はバレても問題ないって訳?」


「そうだね。鷹濱マーチ改め鷹原マーチですって言えるくらいには」


「ほぼ全部言ってるでござる!?」


「そもそも私等詳しい事情とか知らんのだけどそれは聞いていいの?」


「そうだね。ちょっと細かいところは言えないんだけど、元々は私の発言がとある人達に問題にされて、まあ問題というかいちゃもんというか。それで私、ひいては会社にまでちょっかいをかける隙ができた感じかな。本当は道理なんて全くないんだけど、ああいう人達には通じないから」


「ああいう人達?」


「まあちょっとよくない人達ですね。それで私だけじゃなくみんなにも迷惑がかかりそうな状態だったので、VTの社長が私にやめてくれないかって話があったの」


「それは!?」


「社長も悪気があった訳じゃないと思うの。めっちゃ頭を下げてたし、苦渋の決断だったんだと思う。しょうがないよね。私とそれ以外全社員を天秤にかけたらどうしたって多い方を守るでしょ。でも私もさすがにショックを受けてね。しかもやめても私にはそいつらが付きまとってくるのがわかってたし、嫌がらせもすごかったし」


「そりゃショックでしょ。私なら寝込んでるよ」


「それでね。私もどうしていいかわかんなくて。ふらっととある建物の屋上にあがってああ、もういいやって思っちゃったの」


「ええっ!?」


「そしてふと飛び降りようとしたんだけど、ちょうどその時誰かが屋上の扉を開けたの」


「え? 誰?」


「全然知らない人だった。そして平気でそのままずかずか近くまで来て、私に全く興味なさそうにパンを食べ始めて、いった一言が飯がまずくなるんで俺がいない時にしてくれない? って」


「ひどすぎる!!」


「人の心がないんかそいつは!!」


「それで私も意地になっちゃって飛び降りたの」


「「「「えええっ!?」」」」

 

「そしたら何故か飛び降りれなくて、目を空けたらその人が私を抱き留めてたの」


「……?? どういうこと?」


「10m以上離れてるのに一瞬で私のところまで来て、落ちようとして傾いた私を受け止めたみたい」


「そんなことできるの!?」


「師匠になって欲しいでござる!!」


「それで私を持ち上げて普通にフェンスの内側に下ろして、また普通にパンを食べ始めたの。なんか私おかしくなっちゃって、色々とその人に話したの。Vtuberやってることとか、変な人たちに絡まれてもう配信できないってこととか」


「マーちゃん……」


「そしたらその人がさ。お前は俺にどうして欲しいんだって聞いてきたの。私も思わず貴方に何ができるのよっていったら何でもできるって言ってきて……」


「すごい自信でござるな」


「だから思わず泣きながら私を助けてよ!! って叫んじゃって……」


「「「マーちゃん」」」


「マーちゃん殿……」


「そしたらその人がわかったってただ一言いったの。こっちを見つめたまま」


「何それかっこいい……」


「そしてこういったの。5股魔法使いの名は伊達じゃないんだぜって」


「「「「ええええええええ!?」」」」


 4人共驚いた。宇宙未来以外の3人は同じチームでゲーム大会に出ているのだ。そして宇宙未来も件の大会は見ている為、魔法使いの存在は知っていた。


「私も同じようにえええって叫んじゃって」


「そりゃ叫ぶでしょ。マジで魔法使いさんだったの?」


「そう。お互い面識もないのに本当に偶然あそこで会ったの」


「そんなことある!?」


「で、今の事務所に連れて行ってもらって直ぐに契約して、気が付いたら全部解決してくれてたの」


「解決って?」


「詳しくは教えてくれないんだけど、もう大丈夫だって。嫌がらせとかもあったんだけどそれからピタリと止まったの」


「……それってどう考えても魔法使いさんが黒幕なんだけど」


「私と全く面識もなくてVtuberにも興味がない人だよ? しかも私が屋上に行ったのも飛び降りようとしたのも突発的なことだから、最初から計画してとかは無理なんじゃないかなあ」


「じゃあなんで魔法使いさんはマーちゃんを助けたの?」


「私も同じこと思って後で聞いたの。そしたらさ……助けてくれって言ったからだって」


「「「「はあ?」」」」


「そうなるよね。私もそうなった。だって助けてくれって言わせたの彼だし。それなのに助けてって言ったからって意味わかんないじゃん?」


「確かに」


「でもさ、他に理由が居るのか? って大真面目な顔して逆に聞かれたのよ」


「マジか……」


「そ、そんな人いるんでござるか!?」


「私さ、もうキュンキュンしちゃってさ」


「「「「わかる!!」」」」


「魔法使いさんていつもマスクにメガネしてるんだけど、外して素顔を見せてもらったの」


「へえ、どうだったの?」


「……だった」


「え?」


「めっちゃ……イケメンだった」


「はあああ!? おいマーちゃん紹介しろよ!!」


「みたいでござる!!」


「写真!! 写真ないの!?」


「ちょっとみんなやばいって!!」


 公開はしていないが既婚であり、ガチ恋勢に対する営業も心得ている冬空茜はさすがにメンバーが男に飢えているような発言に注意した。


「そういえば撮ってないや。今度撮ってくるね」


「マーちゃんそんな発言しちゃって大丈夫なの?」


 冬空はマーチを心配して声をかける。元々年齢は違えど同期だったので今ここにいるメンバーの仲はいいのだ。


「うん。うちの事務所別に恋愛禁止じゃないし、恋人できたら言っていいって許可出てるの」


「なんて太っ腹な事務所……」


 そもそも猪瀬は武藤1人で芸能事務所に芸能人が居なくても全く問題ならない程に稼いでいる。その為、所属芸能人の評判がどうだろうが全く意にか介さないのだ。なにせその気になればいくらでも仕事を取ってこれるのだから。


「うちの事務所の先輩も恋人居る発言してるからね」


「すげえいいとこじゃん!! うちらなんてそもそも出会いが全くないんだけど!!」


「女ばっかりだしねえ」


「それは仕方ないでござるなあ」


 実際VTエージェンシーはVtuberと接触する殆どのスタッフが女性である。そしてマーチの同期は冬空茜以外全員女子高出身で男性に対して免疫が殆どなかった。その為、男に疎い清楚な発言や、百合っぽい体験段はほぼほぼ実話であった。

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