第101話 小鳥遊弥生

 あの後、思の外自分の考えの甘さに打ちのめされ、小鳥遊はすぐに真剣な表情のまま武藤宅を後にした。武藤としてはこれで学校で絡んでくることもないだろうと一安心である。

 

「これで一安心なんて思っていそうな顔をしているねえ」


「!?」


「武の考えていることなんてここのみんなならすぐにわかるわよ」


 香苗と百合に指摘され、みんなの顔を見回すと、全員普通に頷いていた。

 

「あれは諦めないよ。そういうタイプの人間ね」


 朝陽がそう言い切る。

 

「そうだねえ。夢と男。どちらをとるかっていう話で両方とるって言い切るタイプだねえ」


「例え会う時間が少なかったとしても諦めないタイプだね。私に似てるかも」


 そう言い切るのは洋子である。自分が同じようなタイプなのでよくわかるらしい。

 

「武くんはいずれ大きなマンションやら家やら買うんだろう? だったら同じ家に住んでそこで配信するなら一緒に居られる時間も取れるし、問題ないんじゃないか? って考えると私は予想するね」


「あーあの人なら考えそう。よく知らないけどなんかこうポジティブに考えるタイプだよね」


 香苗の意見に真由も同意する。

 

「まあ、油断しない方がいいだろうねえ」


 香苗のその言葉に武藤は不安しか思い浮かばないのだった。

 

 

 翌日。武藤は朝から警戒していたが、さすがに昨日の今日で襲撃してくることはなく、武藤にとっては平和な朝であった。 


「どうだい? その卵焼きは自信作なんだ」


 お昼休み。屋上に来ると案の定、小鳥遊弥生が待ち構えていた。そして弁当を差し出して二人で昼食をとる。

 

「ん-確かに旨いけど、味付けは塩ベースなんだね」


「ん? 卵焼きにそれ以外があるのかい?」 


 小鳥遊家はどうやらしょっぱい味の卵焼きのようだった。

 

「百合が作る卵焼きは砂糖ベースで甘いからね。そっちのが好きかなあ」


「!? 卵焼きが甘い!? そ、それは中々にショッキングなんだが……」


 味というのは各家庭によって全くことなる。カレーに豚肉を入れる地域もあれば牛肉やら鶏肉やらを入れる地域もある。それと同じように卵焼きでも甘くなるところもあれば、しょっぱくなるところもある。幼い頃からその味で育ってくると、それ以外の味は想像ができないことも多々あるのだ。ちなみに武藤は小さなころに祖母が作ってくれた卵焼きが甘かった為、その潜在した味の記憶が強く残っており、甘い卵焼きが好みになっている。

 

「うーむ、料理も奥が深いな」


「別にこれはこれでいいんじゃないか? 小鳥遊家の味なんだろう? 受け継いでおけばいい」


「だがいずれは武藤家の味として残さないといけないから」


「いや、なんでさ!?」


 既に嫁に来る気満々であった。

 

「昨日家に帰ってからずっと考えていたんだ。いずれ同じ家に住むならそこから配信すればいいんじゃないかと」


 昨日香苗が予想として言っていた通りの考えである。

 

「ならば一緒に居る時間も取れるし、配信者としての活動もできる。なんの問題もないじゃないか!!」


「……」


 あまりに恋人達の予想が当たりすぎて武藤は怖くなった。女って怖い……と。

 

「そ、その……さ、撮影は誰にも見せないというのなら別にいいのだが、に、妊娠はさすがにまだ早いと思うので、出来れば初めては大丈夫な日にお願いしたいのだが……」


 この女、やる気も満々であった。

 

「先輩ちょろすぎない?」


「!? だれがチョロインだ!!」


 誰がどう見てもチョロインである。

 

「だ、だって仕方ないだろう!! 死のうとしているところを助けられて、しかもどうしようもないと思っていた問題をあっさり解決してくれるし、そのあげくに助けた理由が助けてって言ったからって……こんなの惚れるなっていう方が無理だろう!!」


「お、おう」


 あまりの熱意に武藤も押され気味であった。

 

「しかもあれだけのことをしてくれたのに全然恩に着せないし……わ、私だって生まれて初めて男の人を好きになったんだから、どうしていいかわからないんだよ!!」


 幼い頃から美人だ、可愛いだと言われ続けていた小鳥遊だが、男にも女にも……というより人間そのものにあまり興味を抱いていなかった。あくまで自分は自分、他人は他人という線引きが強く、自分のパーソナルスペースに他人を入れることを特に嫌がっていたのだ。そこでバーチャルという仮面をかぶることで自分を見せず、他人と関わり合うことで、なんとか他人を知ろうとしたのがVtuber鷹濱マーチの始まりである。

 しかし、一定以上誰もパーソナルスペースには入れないようにしていたはずなのに、気が付けば平気で自分のスペースに土足で侵入してきたあげく、あっさりと自分を助けて颯爽とさっていった武藤に小鳥遊は初めて他人を、男を意識した。そうなってしまえばもう時すでに遅く、小鳥遊は武藤のことしか考えられなくなっていた。


「とりあえず学校でくっついてくるのはよさない?」


「嫌!!」


「……何故?」


「私、これでもモテるんだよ。今でも週に1回や2回は告白されるくらいには。だから常に君にくっついていれば、私が君のものって周りも思ってくれるでしょ? そうすればそういう煩わしいのが寄ってこなくなる。君は私を侍らせて周りに自慢できる。winwinじゃない!!」


「俺にWinの部分がどこにあるんですかねえ」


「えー私じゃ自慢にならない?」


「そりゃなるだろうけど、目立ちたくないって言ってるの」


「なんで?」


「その煩わしいのが俺の方にくるでしょうが!!」


「……あっ!? 確かにそうかも……それは考えてなかった……」

 

 小鳥遊は本気でそこまで考えていなかった。ただ自分が幸せになれることを想像したらそこで満足してしまったのだ。

 

「うーん、確かにあの有象無象が君に向かうのはまずいね。あいつらはよくわからない理論で動いてるから」


 小鳥遊は正確に未来を予測できていた。今の武藤を見た場合のそいつらの行動を。「そんな地味な奴のどこがいいんだ!! 俺の方がいい男だろう?」と、そいつらが武藤に喧嘩を売っている未来がはっきりとした映像で見える様だった。

 

「わかった。学校では極力会わないようにしよう」


「わかってもらえたようでなによりだ」


「でもお昼は一緒に食べてくれないかな?」


「用事がなければな」


「じゃあ、都合が悪かったら前日までに連絡を入れてね。お弁当と作る準備があるからね」


「いや、別に毎日作らなくても」


「だーめ。じゃあ連絡先交換しよう」


 そういってメッセージアプリで連絡先を交換すると、小鳥遊は幸せそうな顔で自身のスマホを眺める。

 

「私のことは弥生って呼んでね。武藤君の名前は武でいいのかしら?」


「武であってる」


「うーんそうねえ。じゃあ、たっくんで」


「たっくん!?」


 生まれて初めての呼ばれ方に武藤は驚いた。


「じゃあこれから私も恋人としてよろしくね。たっくん」


「……」


「よ・ろ・し・く・ね」


「……コンゴトモヨロシク」


 捕まったのは果たしてどちらなのか。こうして最後の女神も武藤の元へと集まったのだった。

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