第99話 最後の女神
その後。鷹濱マーチは円満に卒業という形でVTエージェンシーを後にした。ちなみにVTエージェンシーには猪瀬から話がいっている。もうVtuberに黒龍会からのアクションはこないから安心しろと。何かあったら猪瀬が後ろにいると言えばいいと。
大陸マフィアに影響を与える猪瀬にVTエージェンシー社長は多大な恩とともに底知れぬ恐怖を感じたのだった。
「今、有名な絵師の人にイラストを描いてもらっているの」
月曜日の昼。再び屋上で会った武藤と元、鷹濱マーチこと小鳥遊弥生は一緒に昼食をとっていた。何故か小鳥遊が武藤に弁当を作ってきていたのだ。
「まさか魔法使いさんがうちの学校の後輩だったなんて」
ちなみに小鳥遊にももう大丈夫なことは伝えてある。どうやって解決したかまでは言ってはいないが。
「ありがとう。君のお陰でVtuber続けることができるよ」
「どういたしまして」
「どうして助けてくれたの?」
「助けてっていったからだ」
「……それだけ?」
「他にどんな理由がいるんだよ」
そういって訝し気な表情をする武藤を見て小鳥遊は本気で言っていることを理解して笑った。
「ふふふっ君はそういう人か。ねえ、マスクとメガネ取って見せてよ」
1人に見られるくらいならどうということはない。そう思い武藤はメガネとマスクを外した。
「へえ、結構イケメンじゃん。なんで隠すの?」
「彼女達が隠せっていうから」
「え!? 彼女!? 彼女いるの!?」
「5股魔法使い改め8股魔法使いって名乗らなきゃならないくらいにはいる」
「8股!? 鬼畜じゃん!!」
「事実だから何も言い返せない」
「でもそれでよく修羅場にならないね」
「全員責任取るつもりはあるからなあ」
「全員!? ……はあ、こりゃ想像以上だわ」
まさかの8股男だったことに小鳥遊は驚いたと同時に、やはりこんないい男は女が放っておくわけがないと納得もした。
「8人もいるなら1人くらい増えても……」
「え?」
「ううん、なんでもない」
弁当を食べることに集中していた武藤はぼそりと呟いた小鳥遊の言葉を聞き逃した。鈍感係主人公の宿命である。
「それよりどうやって屋上に来てるんだ?」
「去年の文化祭で鍵を借りた時に合鍵を作っておいたのさ!!」
「さ、じゃなくてさあ」
平然とそう言ってのける小鳥遊に武藤は呆れを含んだ表情を見せた。
「それより今度お礼させてよ」
「……今弁当貰ってるじゃん」
「こんなの御礼のうちに入らないよ!!」
「別にいらんし」
「じゃあデートしよう!!」
「お断りします」
「ええっ!? これでも女神なんて言われてる程にモテるんだよ?」
「えっ?」
まさかの9女神最後の1人だった。手を出してしまったらコンプリートしてしまうことになる。
「そういえばちゃんとした自己紹介してなかったね。3年の小鳥遊弥生よ。魔法使いくんの名前も教えて?」
「武藤武」
「武藤武……どこかで聞いたことあるような……ああっ!? あのバスケの!? この学校にいたの!!」
「あの時目立ちすぎたから目立たないようにしてるんだ」
当時は連日TVで放送されるくらいには目立ってしまった。平穏な日々からは程遠い毎日だったと武藤は思い返す。
「まさかあの有名人が、後輩で5股魔法使いさんで、恩人だなんて」
まさしく運命的な出会いに小鳥遊は体の芯から震えるほどの歓喜が全身にいきわたった。
(ライバル8人? 受けて立ってやるわ!!)
こうして最後の女神が武藤の嫁戦線に名乗りをあげたのだった。
「おい、あれって」
「確か小鳥遊先輩? 3年唯一の女神の?」
帰りのHRが終わり、帰り支度をしている武藤の教室に黒髪の美少女が姿を現した。当然クラスは騒然とする。
「あっ武藤君一緒にかえろう」
「げっ」
思わず武藤の口から悲鳴のような声が漏れた。
「武藤?」
「どういうこと?」
尋ねる吉田と光瀬に武藤は答えることができない。
「さあ、さあ早くっ」
そういって小鳥遊は武藤の腕に抱き着いて強引に引っ張っていく。柔らかな膨らみが武藤の腕に当たり、武藤はされるがままに連れていかれるのだった。
「なんであいつが?」
「何者なんだあいつは」
教室に残されたものの頭にはもれなく?マークが浮かぶのだった。
「目立ちたくないからやめて欲しいんですが」
「デートしてくれたら離してもいいけど」
「暇じゃないのでお断りします」
「じゃあくっついたままね」
理不尽にも程がある要求である。しかし、超がつく程の美少女の頼み。これが武藤以外の男性なら秒で落ちる要求ではある。
「仮にも恩人に向かって脅迫はひどくない?」
「恩人だからこそ恩を返させてほしいというのは脅迫とはいわないよ?」
「相手がどう感じているかが問題なんじゃないかなあ」
相手に悪意がないのはわかっている為、武藤も強くは言わない。百合のスキルの呪縛が解かれた為、百合が認めていない異性に対して興味がわかなくなる効果がなくなっているのだ。武藤も一人の男である。美少女にいい寄られることに悪い気などするはずもなかった。
「あっ!! そっか。ネットのいろんな噂を気にしてるのね。大丈夫。私は新品だから安心して」
「……どこをどうしたらそういう回答がでてくるのか全く理解できないんだけど、どういう噂が出てるのかはなんとなくわかった」
「そもそも忙しすぎて出会いなんかないんだよ」
学校、勉強、配信、と学生が配信者の場合やることが多すぎて寝る時間すらないと小鳥遊弥生は熱弁する。ちなみに小声で周りには聞かれないように耳打ちしている為、周りからはいちゃついているようにしかみえない。
「まあがんばってるのはわかるけど、それとデートするのは話が別だから」
「むうう、つれないなあ。私がここまでしてるのに……」
「頼んでないけど? むしろ迷惑なんだけど?」
「酷い!! じゃ、じゃあデートはとりあえず保留しておくから、お昼のお弁当だけは用意させて?」
「まあそれくらいなら」
昼は基本的に購買でパンを買っている武藤としては別にどうでもいいことだった為、安易に返答してしまった。通りづらい要求をした後に通りやすい真に通したい要求をする。武藤は小鳥遊の術中にあっさりとはまっていた。
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