第98話 Vtuberと裏社会
「卒業?」
「そうなんだよおおお!! マーちゃんが……諸事情ってなんだよおおお!!」
明くる日。朝から光瀬が伏せこんでいると思えばなにやらVtuberが卒業という名の引退をするという話のようだ。一緒のチームで大会に出たこともあるが、武藤の感想としてはへえそうなんだ、くらいのものである。武藤は特に関心もなく、光瀬の話を聞き流していた。
そして昼休み。最近武藤はよく屋上に来ている。ここは立ち入り禁止の場所であり、内側から鍵がかかり、外側には鍵穴も鍵もない扉で施錠されている。武藤にとってはそんな鍵は無いに等しいので、普通に開けて自由に出入りしているのだが……。
「開いてる?」
昨日締め忘れたかと思い扉から外へと出ると、そこには先客がいた。そして居なくなりそうだった。
「あー自殺は飯がまずくなるから俺がいないときにして欲しいんだが」
武藤のその言葉にフェンスの向こう側にいる黒髪ロングの少女が振り向く。純和風ともいうべき顔の作りはまごうことなき美少女である。まさに大和撫子という雰囲気を具現化したかのような、日本人形のような少女がこちらを涙交じりの目で見つめていた。
「!?」
少女はためらいなくフェンスから手を離した。しかし武藤は一瞬でその少女の隣に立ち、その体を支えていた。
「い、いつのまに!?」
「だからいないときにしてくれっていったろ」
そういうと、武藤は少女を抱えてフェンスの内側へと少女を運んだ。
「……理由を聞かないの?」
「興味ないな」
「……ふふっつれないのね。じゃあ勝手に話すわ。死ぬ前に誰かに言っておきたかったから。私ねVtuberをしているの」
「へえ」
「信じない?」
「興味がない」
「そう。でね、つい先日の配信でとある国の人のコメントを読んだの。そこでその国について話たらなんだかそれに対して猛抗議が会社の方に来てるらしいの」
とある国を国として認めないで攻撃。武藤は大体予想がついた。
「それで、あまりよくないところからも力が加わってるらしくて、社長が会社を守るためにやめて欲しいって……」
企業のトップとしてはわかる話である。そのままにしておけば反社の勢力が内部に入ってきかねないし、他のVtuberにも影響がでるかもしれないからだ。
「睡眠時間も削って頑張ってきたんだけどな。ファンのみんなに申し訳がなくて……」
「それと自殺になんの関係が?」
「遺書を書いておけばそれがニュースに載るかもしれないでしょ? そうすれば少しは他のVtuberを守れることにならないかなあって」
「圧力がかかって終わりだと思うけど」
「やっぱそうかあ」
そういって少女は力なく笑う。
「ただ、このまま負けて終わるのは鷹濱マーチとして悔しくて……」
「鷹濱マーチ?」
「そう。知ってる? これでも登録者数200万人もいるんだよ?」
「そうか。お前はどうしたい?」
「どうって?」
「引退を発表した以上、鷹濱マーチとしては終わりだろう。でもまだVtuberを続けたいか?」
「……続けたいよ。でも、個人でやるにしても企業に入るにしても結局私個人に敵が付いてきちゃう」
「どうして欲しい?」
「え?」
「お前は俺にどうして欲しい?」
「どうって。貴方になにができるの?」
「なんでもできる。だからどうして欲しいか言ってみ?」
「……けて」
「何?」
「私を助けてよ!!」
「わかった」
「え?」
「5股魔法使いの名は伊達じゃないんだぜ?」
「えっ……えええええっ!?」
驚く少女に武藤は優しく微笑んだ。
「ってことで社長、事務所にVtuberを所属出来るようにしてくれ」
「ってことって言われてもなあ」
武藤は帰るなり猪瀬の家を訪ね、剛三に相談という名の命令をしていた。
「トップVtuberが手に入るんだから何の問題もないだろ」
「お前がいうってことは絶対厄介毎も一緒だろうが」
伊達に半年以上付き合っていない。剛三は武藤のことをよくわかっていた。
「大丈夫。俺がケリつけるから」
武藤の意思をなくしたかのような無表情な一言に剛三は思わず唾を飲みこんだ。
「わかった。とはいってもすぐには無理だぞ。色々と準備がいるからな」
「所属の契約だけ先にしといてくれ」
「わかった。おいっ誰か斎藤を呼べ」
そういって話はとんとん拍子で進んでいった。
「ねえ」
「なんだ?」
「なんで私芸能事務所と契約してるの?」
「今度Vtuberも所属させることになったらしいぞ。君はその第一号」
「……魔法使いさん。貴方なにしたの?」
「何もしてないよ。知り合いの会社なんだ」
翌日。鷹濱マーチこと小鳥遊弥生は武藤に引き連れられ猪瀬の家へと来ていた。そして気が付けば猪瀬の芸能事務所と契約をしていた。
「寧ろVtuberとしての知識は君が一番知ってるから、必要なことは会社の人に教えてやってくれ」
「いや、それはいいんだけど……貴方何者なの?」
「ただの魔法使いだよ。さてこれから忙しくなるぞ。日曜までには片付けてきてやる」
武藤はそういって不敵に微笑んだ。
「裏にいるのは黒龍会だ」
「誰だよ」
「まあ大陸版マフィアってところだな」
剛三の話では、そこがVTエージェンシーが金になると踏んで乗っ取りを仕掛けてきているという話だ。
「VTエージェンシーの社長は切れるようでな。直ぐに件のタレントを切ったことにより被害を最小限に食い止めた」
「マーチはその犠牲者って訳か」
「ああ。だからうちに所属させるといった時は頼むと頭を下げられた」
向こうとしても苦渋の決断だったのだろう。
「それでどうする? 最初のうちはいいけど、金になるとわかったら恐らくターゲットをうちに変えてくるぞ?」
「日本にはいい言葉があるだろう?」
「?? なんだ?」
「死人に口なしって」
「!? おっかねえなあ」
「力には力、暴力には暴力。敵には死。簡単なことだろう?」
「お前だけは敵に回したくないよ」
そういって肩を震わす剛三を見て武藤は心底楽しそうに笑っていた。
そして土曜日。武藤は隣の大陸へと来ていた。ちなみに転移による密入国である。武藤は以前、晴明として政府の幹部とつながりを持っていた。その為、大陸の一部に転移可能なのである。そして黒龍会の本拠地もまたここにあった。
(こっちか)
件の政府幹部から黒龍会の情報を既に得ている武藤は、姿を消しながら大陸の街を駆け抜けていた。
『お前が曹操か』
『誰だ!?』
黒龍会の会長である曹操の部屋に武藤はあっけなく侵入していた。ちなみに黒龍会は三国志の登場人物の名前を好きにコードネームとしてつけるとは情報をくれた幹部の話だ。
『お前等が喧嘩を売ったから買いに来た忍者だよ』
『!?』
曹操はその言葉に焦る。まさかそんなことでこの場所に現れたのかと。ここは警備が厳重等というものではない。アメリカの特殊部隊ですら侵入は困難だろうというレベルの所謂要塞である。そこの最奥になんなく忍び込んできた目の前の男に曹操は戦慄を隠せなかった。怪しい。非常に怪しい男である。メタルな鎧っぽいものを来てフルフェイスのマスクである。そして短めの刀を持ち、両手には指ぬきグローブをしている。どうみてもメタルな戦士であり忍者ではない。
『何が目的だ?』
『なに、簡単だ。喧嘩を売った馬鹿を殺そうと思ってな。誰がやったかわからないから上から順番に皆殺しにしようかと』
『!?』
まるで今から散歩に行くとでもいうように目の前の男は皆殺しを宣言した。
(こいつ本気だ……本気で皆殺しにするつもりだ)
修羅場を潜り抜けてきている曹操は目の前の男が一片の嘘も虚飾もなく、本気で言っていることを本能的に理解した。
『ま、待て!! 誤解があるようだ。俺は関係ない!! 喧嘩を売ったやつを探すからそいつだけにしてくれ!!』
曹操は一瞬で折れた。マフィアの頭である。面子を何よりも重んじる男だが、
『どうやって探すんだ?』
『今日の夜、幹部会がある。そこで探す。だから待ってくれ!!』
『わかった。別に逃げてもいいぞ。お前らがどこにいようが、何をしていようがどこからでも殺せるから』
そういうと男はその場で姿を消した。
『消えた……なんなんだあの化け物は!!』
ちなみに姿と気配を消しただけで男=武藤はこの場にいる。冷静さをかき、体を震わせる曹操を見ながら武藤は静かに曹操を眺めるのだった。
そして夜。曹操の宅に30人を超える黒龍会の幹部たちが集まった。円卓を囲む黒服の男達は完全に堅気ではない雰囲気を漂わせている。各人の前にはノートPCがあり、集まっているのにもかからず会議はネットワークで行われていた。人数が多すぎて離れた人の声が聞こえない為だ。マフィアの世界も技術が進んでいるのである。
『やあやあ、皆さんごきげんよう』
件の会議が始まろうとした時、机の中央に立つ1人の人物が機先を制するように挨拶をした。
『誰だ!!』
『忍者です。短い間ですがよろしく』
『!? おいっ!!』
幹部の一人が入り口の隅に居る人間に目配せをすると、すぐに銃を持った男達が大量に部屋へとなだれ込んできた。
パチン
『!?』
しかし、武藤が指を鳴らすと銃を持って入ってきた者たちは全員頭が音もなく吹き飛んだ。
『めんどいから遮断するね』
もう一度武藤が指を鳴らすともう部屋には誰も入ってこなかった。武藤が空間を遮断して部屋を孤立させたのである。
『さて、話をしようか』
『ふざけるな!!』
幹部の一人が机にのり殴りかかってきた。幹部会は武器を没収されるので、幹部たちは丸腰なのである。
『ほいっ』
『ごはあっ!!』
武藤は男の顎にデコピンすると、男はそのまま30m程吹き飛ばされた。
『!?』
『さて、お話できるかな。できないなら面倒なんでみんな殺すけど』
『全員座れ!!』
『親父……』
曹操の言葉に吹き飛ばされた男以外、全員席に着いた。
『結構、結構。反社組織でも上がしっかりしてると部下もちゃんと話が聞けるんだね。いい勉強になったよ』
全然そんな気もないくせに褒めたような言葉をいう武藤に幹部たちは憤るも冷静さを保とうと何も言わない。
『それじゃ質問。日本のVtuberに手を出そうとしてるやつはどいつ?』
『Vtuber? なんだそれは?』
『知らないならそれでもいい。全員死んでもらうだけだから』
『誰だ!! 名乗り出ろ!!』
曹操がそう叫ぶも誰も名乗り出ない。
『おい、孔明。お前Vtuberがどうとか言ってただろ?』
『!? ちっ』
ぼそりとしゃべった幹部の一人の言葉を武藤は聞き逃さない。
『へえ、孔明ってどいつ?』
その言葉に全員の視線が1人の男へ向かう。
『へえ、君が孔明ね』
『なんのようだ?』
『Vtuberはさ。これからまだ育てていかなきゃいかんコンテンツなのよ。それを食い物にするってのは頂けないなあ』
『で?』
『やるなら自分達で1から育てなよ。それに君が手を出そうとしているやつは既に猪瀬の所属なんだ』
『イノセ? なんだそれは?』
『政府幹部とも渡りがついてるんだけどなあ。猪瀬には手をだすなって』
『!? なんだと?』
『政府と戦争がしたいなら喧嘩を売ればいい。彼等も嬉々として君達をつぶしにくるだろう。まあその前に俺が殺すけど』
孔明は判断がつかなかった。この男の言っていることが本当かどうか。莫大な金になるものを見つけたと思ったら特大の地雷が一緒についてきた。そんな気分だった。しかし、伊達や酔狂で黒龍会の幹部会に1人で乗り込んでくるなんて考えられない。まさに正気の沙汰ではない所業である。しかも銃どころか短い剣を1本だけ持ってだ。兵士を殺した術もわからない。孔明は武藤に対して底知れぬ恐怖を感じていた。
『俺ってやさしいからさ。しっかり対価も用意してあるんだ』
『なんだ?』
『お前たちの命さ』
『!?』
『これ以上Vtuberと猪瀬の関係者に手を出さないなら殺さないでやる。どうだ? 簡単なことだろう? たったそれだけでお前達は今まで通りの生活ができるんだ。これ以上ない対価だろう?』
『ふざけ――ぎゃああああ!!』
その瞬間、何人かの幹部の右腕が吹き飛んだ。
『すごいね。俺に対して害意を持ったものの腕を吹き飛ばしたんだが……まさかたった10人しか吹き飛ばないなんて。君ら相当すごいね。冷静に分析できるやつが上にこんなにいるとは。裏社会とはいえ脅威だね』
武藤はそういって黒龍会の幹部たちを拍手して褒めたたえた。
『ちなみにこれは呪いに近い。今は俺を対象にしてるけど、これをVtuberと猪瀬の関係者に範囲を広げる。どういうことかわかるね?』
『わ、わかった。黒龍会はVtuberとやらとイノセには関わらない』
『よくできました。さすがはこの組織の長だ。素晴らしい判断に敬意を表するよ』
曹操の言葉に武藤は喝采する。
『ちなみに知らずに手をだそうとしても発動するから、日本人に手を出そうとするときは気を付けた方がいいぞ。それじゃ、また会わないことを祈って』
そういって武藤はその場で消え去った。
『……孔明。お前なんて化け物を連れてきたんだよ』
黒龍会一の武闘派である関羽が隣の孔明に声を荒げる。
『知るか!! あんな鬼がいるならVtuberなんぞに絶対近寄らなかったわ!!』
今回の1件は孔明の責任とはなったが、知らずに猪瀬の者に手を出していたらもっと凄まじい報復があったであろうことは間違いないことから、事前に危険を知ることができたということで孔明はおとがめなしということになった。それ以来、黒龍会どころか大陸マフィアの間では猪瀬とVtuberがアンタッチャブルとして禁忌の存在とされることとなった。
ちなみに武藤が全員殺さなかったのは、結局こういう組織は潰しても後から後から湧いてくる為、力が強いやつを生かしたまま脅して末端を制御させた方が楽。そう思ったからというだけであった。
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この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません
作者はVtuberとかよく知らないです。ネットの記事や名前が実在しないかだけ確認したくらいで後は想像だけで書いてますので本当は違うとか、そんなことありえないとか苦情はやめてください。フィクションですから。
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