第92話 新たな日常

 GWも明けた平日。武藤はいつも通り陰キャな恰好で学校へと向かう。

 

 結局百合達との関係は今まで通りということで落ち着いた。学校では極力関わらない。終わったら自由にする。そんな日常に戻った。ただし、それが本当に今まで通りなのかは誰にもわからない。

 

「武藤、昨日のACupみたか?」


 武藤が教室に入るなり声をかけてきたのは大柄のゲームマニア吉田である。

 

「見てない。格ゲーの大会か?」


「ああ、3on3のオフライン大会だ。やっぱりプロは強ええなあ」


「そんなことよりハルちゃんの歌枠だろ。澄んだ声は心が洗われるようだった」


 そういってうっとりした表情を見せるのは光瀬だ。これに武藤を合わせた3人が所謂このクラスの陰キャグループである。 

「武藤はGW何してたんだ?」


「バイトだよ」


「へえ、なんか欲しいものでもあんの?」


「別にないかなあ」


「じゃあなんでバイトなんてしてんだよ」


「社会勉強?」


「?がつく時点で勉強になってねえだろ」


 武藤の教室ではそんなたわいもない会話がいつも通り行われていた。この無駄な時間が武藤は好きなのだ。

 

 





「百合ちゃん今日も遊びにいかない?」


「今日は彼氏に会いたいのでご遠慮します」


「え?」


 ええーという叫び声に教室中が騒然となった。 

 

「ゆ、百合ちゃん彼氏いるの?」


「いるよ? 中学の頃から付き合ってるの」


「それってこの学校?」


「それは言えないかな。それと男子は私のことは名前で呼ばないで欲しいな。男で名前で呼んでいいのは肉親と彼氏だけの特権だから」


 百合のその言葉に男子生徒達が目に見えて落ち込んだ。

 

「えーと間瀬さんはいくよね?」


「残念ながら私も彼氏に会いたいから無理だねえ」


「そんな……それじゃクリスさん達は?」


 その言葉を朝陽が翻訳しクリスに伝える。

 

「百合ちゃん達が行かないなら行かない。ということらしいです」


 朝陽から告げられた言葉に男子生徒達は一斉にがくんと肩を落とした。

 

「ま、まさかクリスさんには彼氏いないよね?」


 それを朝陽が伝えると、クリスが目に見えた顔を赤くし、俯いた。

 

「ま、まさか……」


「恋人はいないけど好きな人はいるそうです」


 その言葉に一部男子生徒達は騒然とした。まさか自分ではないか……と。

 

(カラオケいったり遊園地行ったり、結構仲はいいはず。ワンチャン俺ってことも……)


(一緒に出掛けているメンバーの中では、俺は結構話しかけている方だからワンチャン……)


 一緒にクリスと遊びに出かけているメンバーでイケメンに分類される男達は、なまじ自身の容姿に自信があるが故にワンチャン自分ではないかと夢を見ていた。まさか先ほどの3女神が指している男が全て同一人物等とは夢にも思わなかったのである。

 

 

 

「あっ武だ。たけ――」


 学校帰り。駅で電車に乗ろうとしている武藤は見つけた百合が声を上げようとして香苗に止められた。

 

「いくら学校を出たとはいえさすがにここでは目立つ。登下校中も学校の範疇と考えるべきだ」


 香苗のその言葉に百合は同意し、武藤を呼ぶのをやめた。

 

「香苗どこいくの?」


「勿論武くんのところさ」


「ええっ!?」


「電車で偶然隣に座るだけさ。なんの問題があるんだい?」


 そういって香苗は堂々と言ってのけた。

 

「……」


 平日の夕方の普通電車である。人も疎らで同じように帰宅中の学生くらいしか乗客の姿は見えない。つまり非常に空いているのだ。

 

 にもかかわらず、端っこの席に座る武藤の隣に百合と香苗が座ってきた。武藤はあたりを見渡し、席が沢山空いているのを確認しつつ、そっと席を立って向かい側の席へと移動した。

 

「……」


 すると百合達も無言で立ち上がり隣に移動してきた。

 

「……はあ」


 どこに移動しても無駄だと感じた武藤はため息をついて、その場でスマホを見だした。

 

 武藤がスマホのニュースを見だすと、百合は嬉しそうに隣でそれを一緒に見だした。お互いの顔がくっつかんばかりに接近している。 

 

「百合」


「だってえ」


 さすがに香苗が注意し、渋々と百合の顔は元の場所へと戻った。

 

 ブルブル

 

 スマホでニュースを見ていると、マナーモードのスマホが揺れた。メッセージアプリを開いてみるとそこには1枚の写真が送られてきていた。

 

「……」

 

 武藤は声が出なかった。その写真は恐らくお風呂上りであろう香苗が裸の状態で手で胸を隠している画像だった。所謂手ブラである。武藤はそっとアプリを閉じた。

 

 ブルブル

 

 そして再びニュースを見ようとするとまたスマホが震えた。仕方なくまたメッセージアプリを開く。

 

「……」


 今度は隠していないフルヌードの香苗の自撮り写真だった。思わず香苗に視線を送ると、香苗はにやりと笑っていた。完全に遊ばれている。

 

 久しぶりの感覚に武藤の尖っていた心も少し落ち着いてくる。だが誰が見ているかわからない為、油断せずに百合達を無視して再びスマホでニュースを読みだした。

 

 駅に着くと武藤はすぐに歩き出し、自宅へと向かう。気配を追えば、少し離れて百合達もついてきている。

 

 武藤宅へ到着すると時間差で百合達も到着する。既に部屋着へと着替え終わった武藤が出迎えると、すぐさま百合も香苗も抱き着いてきた。

 

「武!! 武!!」


「ああ、久しぶりの感覚だねえ」


 二人に抱き着かれた武藤は、ため息をつきながらもしょうがないなあという諦めの心で2人を好きにさせていた。

 

「どうしたんだ二人とも」


「仕事だからとか、疲れてるかもとか、そういう遠慮はしないことにしたんだ」


「美紀に教えられたから。会いたいときに会いに来るのが恋人だって」


 そういって二人は武藤に抱き着いて離れようとしなかった。

 

「本当は学校でも抱き着きたいんだけど」


「それは勘弁してくれ。今更目立ちたくない」


 最初からバカップルとして認識されていれば、まだ影響も少なかっただろうが、女神扱いされた相手と陰キャとして確立された武藤がイチャイチャしていたらそれはもう大事件である。自分の方がいい男だと百合達に迫るやつらも出てくるだろうし、生意気だと武藤につっかかってくる命知らずも出てくるだろう。武藤としてはそれらの相手をするのが非常に面倒なのである。

 

「最初から陰キャな恰好なんてさせなければよかった。私達が自分に自信がなかったせいで……」


「誰が来ようとも私達が恋人だと自信をもって言えば良かったんだがねえ。武くんのすごさを知れば知るほど、自分のちっぽけさが浮き彫りになってしまってねえ」

 

「でもそのお陰で俺は陰キャ生活の楽しさを知ることができた。今はすごく快適な生活だぞ」


 一部の煩わしい奴らの相手をしなくてもいいし、交友関係も極一部でいい。女が寄ってくることもなければ、毎日遊びに誘われるようなこともない。武藤にとっては中学時代とは違った方向で非常に充実した生活である。

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「……」


 不意に百合が号泣しながら武藤に抱き着き、香苗も同じように涙を流しながら無言で武藤に強く抱き着いてきた。

 

「生活が充実してて、しかも初めての高校生活。浮かれるのも仕方がないさ」


「もう浮かれないから。武しか見ないから。だから……捨てないで」


「……」


 2人は泣きながらさらに強く武藤を抱きしめた。2人は武藤に捨てられるかもしれないという恐怖が蘇ってきたのだ。

 

「むしろ捨てられたのは俺の方じゃないの?」


「「捨ててない!!」」


「忘れられてはいたけど」


「……もう魅了されない。されたら武の手で私を殺して」

 

「嫌だよ。なんで殺人犯にならないといけないんだよ」


「だって……もうどうしていいかわかんないんだもん!! お願いだから……嫌いにならないで」


 百合の体は恐怖に震えていた。香苗の方は何もしゃべることなく、ガタガタと震えたままくっついている。

 

「はあ」


 武藤が一息ため息をつくと、二人の体がびくっと強く震えた。

 

「別にクラスメートを優先したっていい。そっちの付き合いもあるだろうし、そんなことでは怒らないよ。でもさ、いくら忙しいとはいえ自分たちの為に働いてる恋人をないがしろにするのはさすがにどうかと思うんだよ」


 その言葉に二人は反論できない。

 

「先に約束してたからそっちを優先したいっていうのなら、そういってくれればいい。ただクラスメイトと出かけるからの一言で済まされたら、明らかに恋人よりクラスメイトをとるってことでしょ。つまりそっちに意中の人がいるって思われても仕方ないと思うんだが」


「そ、それは……ごめん、あんまり電話の時の記憶がないの」

 

「俺は今まで無意識に百合至上主義だった。何でもかんでも自分の中で百合を優先させてた気がするんだ。それをやめることにする」


「どういうこと?」


 恐れるように百合が尋ねる。

 

「俺は自由に生きる。だからこれからは、ああしろこうしろと指図されても聞かない。俺は俺の好きにさせてもらう。だから君達も好きにしろ」


 武藤のその言葉に2人は衝撃を受けた。基本的に甘い武藤は今まで恋人のお願いは何でも聞いてくれていた。特に百合のお願いは断ったことはない。その武藤がいい放ったセリフの為、2人はかなり衝撃的に脳内に響いた。ちなみにこんなことを言ってはいるが基本的に武藤は責任感が強いので、手を出した相手を完全に切り捨てることはできない。

 

「そ、それ「ストップ百合」」


 何かを言いかけた百合を香苗が止める。

 

「一つだけはっきりと確認させて欲しい」


「何?」


「私達は恋人のままだと考えててもいいのかい?」


「俺は捨てられたと思っていたんだが」


「「捨ててない!!」」


「……イケメン君と肉体関係はなかったんだね?」


「「手も握ったことない!!」」


「……許すのは今回だけだよ」


 武藤はまだ魅了について深くまだ調査をしていない。これが思いのほか強力な精神操作能力を持っていたとしたら、普通の女子高生では太刀打ちできないだろう。その場合、隙がなくても操られた可能性もある。可能性が0ではない以上、それを理由に二人を断罪もできなければ、別れることもできない。なんだかんだと愛した女性に甘い男なのである。


「香苗!?」


 その言葉を聞いた香苗はその場に崩れ落ちた。

 

「良かった……よかったよおお」


 そして一目もはばからず泣き出した。

 

「武くんは1度別れたら2度と付き合ってくれない。だから捨てられたらどうしようってずっと悩んでた。もう恋人でも何でもないって言われたら死のうかと。昨日はずっと死ぬ方法ばかり考えていた」


「香苗」


 ちなみに百合は捨てられたらストーカーになってでも武藤に食らいつくつもりだった。


「その割には裸の写真とか送ってきてたが」


「そうでもしなきゃ正気を保てそうになかったんだ」


 余裕に見えたのは香苗の精一杯の虚勢だった。

 

「あっ安心したら腰が抜けちゃったみたい」


「仕方ないな」


「あっ」


 武藤はすっと香苗をお姫様抱っこしてリビングへと運んだ。

 

「できたらソファじゃなくてベッドがいいかな」


「香苗……」


「まだ不安なんだ。だから武くんをこの体に刻み込んで欲しい。2度と忘れないように」


 そういう香苗の表情は真剣そのものだった。

 

「お願い」


 そういって瞳を潤ませる香苗に武藤は抗えなかった。基本的にこの男は心を許した女性には甘いのである。

 

 結局、真由達姉弟が来るまでの1時間の間に百合も香苗も気絶することとなった。ベッドの上は大惨事である。普段見ている制服姿の2人はあまりに背徳的で武藤も興奮してしまったのは言い訳のできない所である。

 

 その後、真由達兄妹が来て武藤はいつも通り幸次とゲームをしていると、漸く百合と香苗が起きてきた。くる前とは違いすっきりとした顔をしている。

 

「あっ二人とも許してもらえたのね。良かったね」


 その表情を見ただけで真由は武藤が二人を許したのだとすぐさま理解した。

 

「ありがとう真由さん。色々とお世話になりました」


「いいよ。同じ恋人仲間でしょ」


 そういって笑う真由に百合も香苗も抱き着いた。背は小さいが真由は2人にとって非常に頼れるお姉さん的な存在となった。

 



ピンポーン


 そして真由達兄妹が帰った後、武藤宅を尋ねる者がいた。

 

「はーい旦那様」


「ん? どうしたんだ洋子? なんか緊急の用事?」


「用事が無きゃ恋人の家に来ちゃだめなの?」


 明らかに美紀達の影響である。あの2人が来ていたのに洋子だけ駄目とは言えない。

 

「美紀達に対抗して無理してこなくてもいいのに」 


「無理じゃないわ。会いたいからきたの」


 そういって洋子は武藤にしなだれかかってくる。

 

「もう夜も遅いぞ?」


「大丈夫。明日の朝、車で迎えにきて貰うから」


「えっ? ってことは……」


「ふふっまだ時間がたっぷりあるってことね」


「……」


 結局、武藤は朝まで寝られなかった。

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