第90話 勝ち組と負け組

「武くん。もう本当に百合と私には興味がないのかい?」


「実はさ、今回の件があってから、なんであんなに百合だけに気が向いていたんだろうって疑問に思ってる。なんか心にあったモヤモヤしたものが晴れたっていうか、そんな感じがするんだ。」


「え?」


 実は聖女には心から愛しあった人の意識、思いを自分に向けるというスキルが存在する。それは魂に刻まれる為、こちらの世界に来てからもそれはずっと武藤と百合の心を結び付けていた。このスキルの恐ろしいところは明らかにおかしな思考だったとしても、相手を愛しているからの一言で全て納得させられてしまうというところである。実際愛していることは確かなため猶更質が悪いのだ。これは女神が聖女という肩書に釣られてくる男ではなく、本当に自身を愛してくれる男と結ばれて欲しいという思いから生まれたスキルである。その為、聖女という肩書に釣られてくる男には全く聖女は興味を持たなくなるという効果も持つ。故に結ばれた相手に対しては絶大な効果を発揮する。武藤が常に百合を優先し、常に百合中心の思考をしていたのはこのスキルの影響である。

 しかしこのスキル、十全にお互いが思いあっていなければ効果が発揮されない。今回の魅了の件で、百合からの思いが一瞬とはいえ途切れてしまったことにより、このスキル効果が解除されてしまったのだ。 

 

 ちなみに武藤も百合もお互いを思っていることに違いはない。ただスキルによる過剰な感情が消え去ったというだけである。

 

「百合もそうじゃない? なんで俺なんかを好きなんだろうって思ってない?」


「そんなこと思ってない!!」


 このスキルは女性側には効果が薄い。あくまで男性側に対しての効果が大きいため、百合はスキルが消えても殆ど変化がないのだ。


「さっきの魅了ってさ。興味がトリガーっていうけど魅了のトリガーって普通は異性としての興味だからな? つまり男として相手を見た場合に発動するんだ。どういうことかわかるよね?」


「……」


 武藤のその言葉に百合は口を開くことができなかった。何を言ったところで信じてもらえないとわかっているからだ。

 

「うわああああああああああああ!!」


「香苗!?」


 その時、香苗がその場に泣き崩れた。

 

「カナちゃんがあんなに泣くなんて……」


 気丈な香苗が初めて見せた涙である。

 

「あの時!! 私が直ぐに電話をかけなおしておけばこんなことにはならなかったのに!! 魅了も今度会ったときに聞こうなんて思わず直ぐに相談していれば!! 私が!! 私が!!」


 香苗は手で顔を覆ったまま叫んでいた。

 

「香苗は悪くない!! 私があんなやつに引っかかったから、そんな私を助けてくれる為に一緒に来てくれたんでしょ? 香苗は何にも悪くない!! 悪いのは私!! 武に甘えて、武のことをないがしろにした私が全部悪いの!!」


 そういって泣いて抱き合う二人の姿を見ても武藤は一切心を乱されることがなかった。

 

「いい方法思いついた」


「「え?」」


「二人とも体を出会う前の状態に戻してさらに俺の記憶だけ消せばいい。それで二人は俺と出会う前の状態で自由になれる」


 どう見ても後腐れなく円満に捨てる気満々の提案である。

 

「いやああああああ!! 思い出まで奪わないでえええええ!!」


 武藤との記憶を消すということは、異世界での出会いから何まで消すということである。

 

「でも俺との記憶があると他の男と付き合うのに邪魔になるんじゃない?」


「なんで他の男と付き合うことになってるの!!」


「クラスのイケメンと仲がいいんじゃないの?」


「良くない!! 操られてただけ!!」


「でもまたすぐ操られるんでしょ?」


「そ、そんなことない!! もう絶対魅了されないから!!」


「へえ、まあ好きにすればいいんじゃないかな」


 完全に他人事である。

 

「ここまで百合ちゃんに辛辣にするダーリン初めて見た」


「でもまあしょうがないんじゃないかな」


「え?」


「だってさ、考えてもみなよ。旦那様を独占したいがためにあんな恰好させて、学校でも陰キャ生活させてるってのに自分はクラスのイケメン達と遊んでるんだよ? しかも私達との生活の為に休みも仕事してるってのに、会いたいって電話を即切りってさすがにそれはないんじゃない? 私が同じ立場だったとしてもさすがにそんな相手は切り捨てるよ」


「百合、確かに洋子の言う通りだ。私達が全面的に悪い」


「……香苗は記憶を消されてもいいっていうの?」


「良いわけがない。だから武くん。一度だけ私達にチャンスをくれないか?」


「チャンス?」


「これから君の指示通り、これまで通りの生活をする。君にも会わない。それで君が許してくれるまでその生活を続けて、それでも他の男に靡くことなく、君のことを思い続けていたらどうか許してくれないだろうか?」


「期限は?」


「君が決めてくれ。私は10年でも20年でも待つつもりだ。でもさすがに30超えてまで待たされたら責任は取って欲しいけどね」


「なんでそんなに……」


「そもそも私は魅了されていない。百合に起きた現象を確認する為にやったことであり、私はずっと武くん一筋だよ」


「他の男とセックスしたがってるのに?」


「それとこれとは別さ。単に興味があるだけだ。君が嫌がるなら絶対にしない。なんならそういう魔法をかけてもらっても構わない」


「どういう魔法?」


「他の男に抱かれたら死ぬ魔法」


 そう断言する香苗の瞳には一切の躊躇がなかった。

 

「私にもかけて。私には他の男に惹かれたら死ぬ魔法でいい」


「なんでそんなに死にたがるんだよ。そんな魔法ねえよ」


「だってこうでもしないと信用してくれないでしょ? 武と別れるなら生きてる意味ないもの。だったら私も命を懸けるわ」


 そういう百合の瞳にも一切の躊躇がない。

 

「はあ、わかった。そんな魔法は無いし作りたくもないから、今まで通りでいい。学校では極力関わらない。それでいいか?」


「学校以外は?」


「今まで通りって言っただろ。いつでも会いにきていいよ。まあ入学2日目までしか会いに来てなかったけど」


「「うぐっ!?」」


 武藤が最初の土日から忙しく、平日も授業や人間関係に慣れる為に疲労し、2人は武藤に全く会いに来ることができていなかった。


「そもそも結婚生活の為に仕事してたはずなのに、それですれ違ってたら本末転倒もいいところだなあ。もう一生働かないで生活できるくらいは貯めてあるから仕事やめようかな」


「うげっ!? だ、旦那様!! 今仕事辞められると猪瀬が非常にまずいことになるんですが……」


「別に猪瀬の部下って訳じゃないし」


「確かにそうだけど……お、親父に仕事減らすように言っておくから!! だからやめるのだけはやめて!!」


 洋子も必死である。現在の猪瀬を支えてるのは間違いなく武藤=清明である。急にそれがなくなれば非常にまずいことになる。何しろ予約だけで1年先まで予定が埋まっているのだ。


「月に1回会うだけでいいって俺は給料日のATMと何にも変わらないんだなあって思ったらなんかむなしくなってきた。結婚してもきっとこうなんだろうなあって。あれ……だったら俺一人のが良くないか?」


「!? 良くないよダーリン!! 一人の老後なんてきっと寂しいよ!!」


「犬でも猫でも飼えば良くね?」


「ひ、人のぬくもりが欲しくなるよ!! 絶対!!」


「一人生活長かったし、一人で困ったことなんかなかったし……あれ? なんで俺こんなに女抱えてるんだ?」


「「「「「!?」」」」」


 武藤が真理に気が付いてしまった。武藤は別に一人でも全く困らないのである。女性に関しては引く手数多だし、金も一生困らない程稼いでいる。百合からの呪縛が解かれた今、武藤はより自由な発想を考えることができるようになったのだ。

 

「責任」


「え?」


「ダーリンは手をだした責任をとるべき!!」


「体は処女に戻せるし記憶も消せるから戻そうか?」


「……ダーリンは私のこと嫌いなの?」


「嫌いなわけないでしょ。そもそも美紀と真由は頻繁に会いに来てただろ? 美紀と真由以外の3人は月に1回会うどころかもっと会わなくても問題なさそうだからさ。ATM以下の存在に成り下がってるのにそれは付き合ってるって言えるのかなあって」


「「「……」」」


 実際無理をして会いに来ている2人がいる限り、残りの3人は何を言っても無駄である。結局会いに行かなかったという事実が覆ることはないのだ。


「だから美紀と真由については責任は取るつもりだし、なんなら家買って一緒に住んでもいいんだけど……」


 実は猪瀬が武藤達の通う学校のすぐ近くに新築されたマンションを抑えている。そこの最上階丸々1フロアを買い取って、高校の間はそこに住んでもいいかなあと武藤は考えていた。だがそうすると武藤の家に通っている真由とその弟が問題になる為、断念していたのだ。さすがにまだ小学生の弟を1人家に残すのはまずい。それに真由と、もはや完全に武藤の弟と化している幸次との一家団欒のようなひと時が武藤はとても気に入っていた。その為、実家を出ることができないでいるのである。


「とりあえず幸次が中学生になるまでは、一緒に居た方がいいかなあって思ってる」


「ご主人様……」


 自身の弟のことまで考えてくれている武藤に真由は思わず感極まって抱き着いた。


「あっ!! 真由ッちずるい!!」


 美紀も負けじと武藤に抱き着く。残りの3人はただそれを見つめていた。武藤に対する対応で、勝ち組と負け組のラインが明確に分かれた瞬間である。


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