第89話 決め手はおし――

 GW最終日。武藤は帰国後、すぐに自宅へと向かった。

 

「疲れた」


 武藤は珍しく疲弊していた。仕事が疲れたというよりは人づきあいが疲れたという感じだ。何せ世界のトップクラスの金持ち達に歓待され続けたのだから。ここでいうトップクラスというのは、長者番付に載っているようなものではなく、本当の意味・・・・・での金持ちだ。億単位の金をチリ紙と勘違いしているのではと思うくらいには金持ちである。金持ち喧嘩せずとはいうが、その分彼等は家族に対する愛情が非常に強い。その家族を奇跡の力で死の淵から助けられたのだから、その感謝の気持ちはすさまじいものがあり、一族総出で武藤を祀るかのように歓待してきたのだ。彼含め、親戚一同から自分の娘はどうだ、孫はどうだとどんどん勧められ、さしもの武藤も非常に困惑していた。嫌がらせというわけではなく、純粋に進めてくる相手に強く出ることもできない為、武藤としては日本は嫁は一人だけで既に結婚を誓った人がいあるといって何とか逃げるしか手がなかった。5人恋人がいる男のセリフである。

 

 するとドバイなら4人まで嫁は大丈夫だからドバイに住めばいいと勧められた。ちなみにそういう割に彼等はみんな嫁が1人だったりする。そもそも何故ここが一夫多妻なのかといえば、戦争で男が激減し、未亡人が大量に増えた為、裕福な男は女性の生活安定の為にも4人まで娶れる、っていうか娶れという法律が作られたせいだ。どちらかというと切実な話から来ているのである。そして嫁は平等に扱わなければならない、側室も第一夫人に伺いを立てなければならない等と男としては結構面倒なルールが付く為、あまり積極的に2人以上の嫁を貰う人は最近では少ないらしい。

 

(第一夫人に伺い、みんな平等。なんか既視感が……)


 武藤はその関係に心当たりがありすぎた。

 

 必死に引き留めようとする依頼人一族を何とか振り切り、武藤はやっとの思いで帰路につくことができた。むしろ依頼そのものよりもそちらの方が疲れた程であった。

 






「ん……今何時だ?」


 疲れて眠ってしまった武藤が目を覚ますとまだ日が暮れていなかった。寝室を出て階段を降りるとリビングに人の気配を感じる。

 

 

「あっダーリンおはよう!!」


 扉を開けるとそこには恋人達が全員そろっていた。

 

「……今日なんかあったっけ?」


「何かないと来ちゃいけないの?」


「……まあいいけど」


「……」


 随分とそっけない態度の武藤を見て百合は体を震わせ、香苗も真剣な表情になる。

 

「「ごめんなさい」」


 そして何故か百合と香苗が土下座していた。 

 

「……なんで?」


「私達が自分勝手に武のことを束縛してるのに、私達はそれをいいことに友達と楽しく遊んでいました」


「本来なら君はクラスの中心となっている人物だ。それを私達の都合で陰キャにしているというのに……」


「そ、それをいったらあーしらだって賛成したんだから同罪だよ!!」


「それは百合達だけのせいじゃないね」


 そういって美紀と洋子は2人をかばう。

 

「それだけじゃなく、私は武を忘れてクラスの男の子と……」


「え!? 百合ちゃんやっちゃったの!?」


「やってない!! 手も繋いでない!!」


「私がいなかったら危なかっただろうけどねえ」


「うぐっ」


「どういうこと?」


 そこで香苗は魅了の力を持つ男の話をした。

 

「そういうやつは相手に興味を持たなければまず発動しない。つまり興味があったっていうことだよね」


「そっそれは……」


「でも武くん。君なら魔法も何も使わないでも全く問題にしないのだろうが、一般人は君ほどの精神力を持っていない。ましてや女子高生にそこまでのことを求められても無理だろう」


「あーしなら全然平気だけどね」


「相手がアレックスでもか?」


「そ、それは!? ……少し揺らいじゃうかもしれない」


「洋子だってアレックス相手なら揺らぐだろうし、真由さんだってあのなんとかいう格闘家から迫られたら揺らぐはずだ」


 その言葉に洋子も真由も視線をそらした。

 

「百合ですら揺らぐ以上、1ミリも揺らがない女は存在しないと断言しよう。しない女は偶々揺らぐタイプの男やシチュエーションに出会っていないだけだ」


 香苗はそう断言した。

 

「だから許せと?」


「そう願いたい」


「別に許すもなにもなんとも思ってないんだけど」


「え?」


「元々こうなるんじゃないかとは思っていたんだよ。男も女も会わない時間が多いほど、身近な異性に簡単に落ちるから。だから俺より他の男がいいのならそれでもいいと思ってたんだ。まさかこんな簡単に落ちるとは思ってなかったけど」


「……ごめんなさい」


 土下座したまま百合が謝る。

 

「仕事が忙しくて会えなかったし、仕方がないよ。まあ元はといえば君達との生活の為の仕事だし、君達との時間をとる為に無理に仕事を入れてたんだけど……その挙句がこれか。人生ってやつはままならないものだね」


 そういって武藤は一人天を仰いだ。

 

「う、うわああああああああん、ごべんなさあああいい!!」


 ついに百合は号泣した。魅了されていたとはいえ、切っ掛けは自分の油断である。しかも香苗がいなければどうなっていたかわからなかったのだ。

 

「次はちゃんと先にいって欲しいな」


「なにをだい?」


「イケメンといい感じだからわかれようって」


「!? そんなこと絶対しないもん!! 私は武だけだもん!!」


「その割には電話したらクラスのみんなと遊ぶからって即切られた気がするんだけど?」


「そ、それは!? だ、だって……私だってなんでそんなこと言ったのかわからないんだもん」


「武くん、そう百合をいじめないでやってくれ。魅了されている時にまともな思考ができるとは思えない」


「香苗はできてたんでしょ?」


「恐らく魅了が浅かったからだな。そうでなければ私も危なかったかもしれない」


「香苗の場合はセックスに興味があるから余計に危ないだろうね」


 その言葉に香苗は反論する術を持たなかった。

 

「それで武くん。許してくれるのかな?」


「だから許すも何もなんとも思ってないって言ってるでしょ。好きにしたらいい」


「そうか。なら武くんの陰キャ生活は終了ということでいいかな?」


「……なんで?」


「これからは隠さずに堂々と学校でもイチャイチャしにいくからさ」


「それは勘弁してくれ。今まで通りかかわらないようにしよう」


「「ええっ!?」」


 これには百合も香苗も驚いた。

 

「ど、どうしてだい?」


「今の生活も悪くないからだよ。身だしなみにも人間関係にも気を使わなくていいってのは実に気が楽でいい」


 常に周りに気を使ってきた武藤としては、全く気を使わない陰キャ生活は快適そのものだった。


「だから俺は今まで通りいないものとして扱ってくれていい。そっちもそれで楽しくやってたのならなんの問題もないだろ?」


 武藤の言葉に百合も香苗も口を開くことができなかった。

 

「武、怒ってる?」


「怒る? なんで?」


「……絶対怒ってるねえ」


「とりあえずここ1か月はデートもしてなかったし、しようとして電話しても断られたし、学校での会話もゼロだった。つまり別に会わなくてもなんの問題もないってことじゃないか?」


「「!?」」


「が、我慢してたんだよ!!」


「でも美紀や真由は会いに来てたよ?」


「「ええ!?」」


「ちょっと美紀どういうこと!? 聞いてないんだけど!?」


 洋子が美紀を問い詰める。

 

「え? 会いたかったから。つーかなんでみんなは来ないわけ?」


「え?」


「本当に会いたいなら無理に時間作ってでも会いに来るっしょ。あーしも真由もそうしてたし」


「「「……」」」


 その言葉に百合達は言葉を返せなかった。

 

「いくら仕事が忙しいっていっても土曜の朝早くとか、平日の夜とか会える時間はあるわけじゃん。迷惑だろうがなんだろうが会いたいのなら会いに行くべきっしょ。恋人なら」


「「「!?」」」


 その言葉は百合達の心に深く刺さった。

 

「あっでもやっぱ来ない方がいいわ。あーしか真由がずっと独占出来てたのができなくなっちゃうから。あーダーリンと2人っきりのラブラブな時間……楽しかったなあ」


 そういってうっとりとする美紀の顔は本当に幸せそうだった。真由もその時のことをも思い出したのか顔が赤くなっている。

 

「ずるい!!」


「美紀も真由もそんなことをしてたのか!!」


「これはさすがに抜け駆けじゃないかねえ」


 武藤の仕事のことを考えて遠慮していた3人からクレームが発生する。

 

「だけどこの2人のお陰で武くんが壊れなかったと言えるのかもねえ」

 

「どういうこと?」


「今までなら百合が裏切ったと思われた時点で、武くんなら心が壊れてた可能性が高いってことだよ」


 そこまで武藤の信頼が百合へと傾いていたともいう。その為、裏切られた時点で心が耐えられなかったと香苗は判断している。壊れて居たら百合だけでなく自分たちも間違いなく切られていただろう。下手したら壊れて記憶をなくしていたかもしれない。


「だが実際は壊れていない。何か美紀達に特別な信頼があるように見える……君達何かしたのかい?」


「えっ? ひょっとしておし「わあああああやめなさい美紀!!」」


 お尻と言おうとした美紀の口を洋子と真由が慌てて塞ぐ。

 

「ん? やはり何か心辺りが?」


「トップシークレットです!!」


「そうそう」


 美紀の代わりに真由と洋子が答える。さすがに3人で無理やり武藤のお尻を舐めた等とは言えない。ましてやそれで信頼関係が上がった等とは。

 

 

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