第82話 卒業

 クリスも日本に馴染みだした小春日和。東中の卒業式が行われた。

 

「武藤先輩ボタンください!!」


「ずるい!! 私も!!」


 何故か式が終わると在校生の女子生徒達が武藤に群がり、それはもう獣のように武藤へと襲い掛かって武藤の制服のボタンを奪いあっていた。ちなみに殆ど武藤と会話をしたこともない生徒ばかりである。

 敵意があって襲ってくる訳でもなく、純粋に自分に憧れて集まってくる後輩達を無碍にもできず、武藤はされるがままになっていた。

 

「なんでこんなことに……」


 気が付けば武藤の制服にボタンは1つも残っておらず、そでの飾りのボタンですら全て奪われていた。

 

「まるで追剥にでもあったみたいね」


 這々の体で逃げ出した武藤にクラスメートだった少女が声をかける。

 

「あの武藤武のボタンだよ? そりゃ欲しがるでしょ」


 クラスメートの少女たちはまるでそうなることが当たり前のように会話していた。

 

「そんなことより武藤君一緒に写真撮ろうよ」


 クラスメートの1人のその言葉に周り全員の視線が武藤を向いた。そこからは男女関係なく写真を撮られまくり、制服姿を見たがった百合と香苗が迎えに来るまでその撮影会は続いた。

 

 


「まっ予想通りね」


「私達の旦那様はもてるねえ」


 百合と香苗はボタン1つない昭和の番長でも着ないような制服を来た武藤を見てそう呟いた。

 

「ちゃんと制服を着た武を見たかったのに……」


「なんか校舎裏のさくらのとこで写真撮るって聞いたんで行ってみたら追剥だらけだった」


 写真を撮るという情報は間違っていなかった。ただ後輩達も武藤が来るという情報を得ていた。それだけである。

 

「とっとと帰ればよかったのに、相変わらずだなあお前は」


「そこがムトらしいんじゃないですか」


「山ちゃん、イッシー」


「最後ぐらい山岸先生と呼べや!!」


 振り向けばそこには満面の笑顔を浮かべたバスケ部顧問と元エースの姿があった。

 

「本当に去年はいろんなことがあった。俺の人生でもここまでイベントてんこ盛りだったのは初めてだ」


「結婚おめでとうございます」


「まだ結婚してねえ!!」


「責任取らないんですか?」


「ぐ……」


 何しろあの西中の鬼監督、室井先生の娘に手を出しているのである。……半分以上謀略の香りがしているが、そこは本人が気が付いていないので問題ない。

 

「そんなことより、お前らのせいでバスケ部は今、体育館組とグランド組に分けないと一緒に練習できないくらい人数が増えすぎちまったんだぞ。どうしてくれるんだ」 


 武藤と石川原の全国制覇の効果か、あれからもバスケ部員は増え続けていたようで、気が付けばコートでは全員が練習できない人数となっていた。


「そこはやはり全国制覇の実績を持つ先生がなんとかするべきでしょう」


「だよなあ」


「ほとんど全部お前ら二人のせいだろうが!! 特に武藤!!」


 そういって武藤を追いかけまわす山岸の姿を見て、周りも自然と笑顔がこぼれた。バスケ部に武藤がいたことろのごく自然な風景だったからだ。

 

「はあ、はあ、確かにきつい1年だったが、それ以上に楽しかった。時間があったらまた後輩に練習付けにこい」 


「偶には元キャプテンがしごいてやりますか」


「イッシーがいくならいいぞ。っていってもバスケは続けないんだけど」


「ムトと一緒にインターハイ出たかったなあ」


 石川原は武藤とは違う高校である。バスケの強い高校からの推薦枠で少し遠い高校へと進学したのだ。決め手となったのはライバルである野田からの勧誘だったらしい。

 

「俺と野田とムトがそろえば3年連続インターハイ、ウィンターカップ制覇も夢じゃなかったのに」


「特定のチームの1強はそのスポーツを衰退させるぞ?」


「たった3年ならそこまでにはならんだろう。お前が高校で後進を育てていたらそうなる可能性もあるかもしれんが」


 武藤と石川原が2年になってから後輩達を鍛え続けたら、とんでもない精鋭チームになってしまうだろう。そうなれば少なくとも武藤達卒業後2年は王者が続く。そこまでいけばさすがに弱体する可能性もあるが、どの大会も最終的に優勝高校が決まっていたらさすがに客も萎えるだろう。

 

「まっ好きにしろ。お前は自由な方がいい。それがお前の持ち味だし、お前の強さでもある。だがバスケを嫌いにはなるなよ?」


「別に嫌いにはならんよ。スポーツは基本的に好きだから」


 この男、スポーツ万能なくせに決して自分から特定の部活に入ることをしない。そうすると自分の時間を自由に使えなくなるのが嫌なのである。

 

「おいっ武!! お前高校どこいくんだよ?」


 自然に辺りが空気を読み、3人の会話に割り込まないようにしていたのに空気を読まず、石川原達との会話を中断させた男がいた。


「……誰?」


「おまっ!? 酷くね?」


「で、何の用だハマ?」


「だからどこの高校いくんだって話」


「少なくともお前とは一緒じゃないな」


 浜本は結構遠い私立の高校である。そこは野球の推薦等スポーツがかなり盛んではあるが、一般の方はお金さえあれば結構お馬鹿でも入れる高校でもある。

 

「折角一緒のとこに行こうと思ったのによ」


「……お前の頭じゃこの辺りの公立は無理じゃね?」


「目標が決まってたら努力したんだよ!!」


「3年2学期から努力ってお前、言ったところでマラソンのゴール前100mで周回遅れがどうやって挽回するんだよ」


 その言葉に周りから吹き出す声と一緒に「確かに」とか「さすがに無理よねえ」等の声が聞こえてきた。

 

「イッシーやタカはな。別に特別な目標があった訳じゃない。でもコツコツと努力すればそれは無駄にならないって思ってずっと努力を続けてきたんだ。最後の最後だけで同じ目標にたどり着けるわけないだろ。一発逆転は正規の方法じゃ存在しないんだよ」


 武藤のその言葉にさすがの浜本も黙った。周りもうんうんと頷いている人も多い。というか山岸が一番頷いていた。ちなみに武藤は家で勉強等したことはない。


「くそっ!! 折角一緒に行ってやろうと思ったのに!!」


「いや、俺が桜が丘行くっていったらお前来たの?」


 桜が丘といえば東大入学者を毎年出しているこの辺りでは知らぬ者がいない程の超が付く名門校である。しかも公立である為、学費も少ないことから競争率も高く、その偏差値は普通に70以上ある。

 

「さくっ!? お前そんなとこ行くの!? 俺がいけるとこにしろよ!! くそがっ!!」


 そういって浜本は走り去ってしまった。


「何しに来たんだあいつ?」


「さあ? それよりムト桜が丘行くのか?」


「あんな遠いとこ行くわけないだろ。俺は行ったら来たのか? って聞いただけだ。一言も行くとはいってない」


 それを聞いた周りの反応は一緒であり「ああー」というため息交じりの声だけだった。何せこの男、恐ろしいまでの面倒くさがりである。例え受かる頭があったとしてもここからだと電車で2時間はかかる高校に通うはずがないのだ。そもそも全国制覇できる腕前がありながら3年の夏までバスケをしなかった男である。周りもすぐに正解を思い浮かんだ。面倒だったんだな……と。

 

「それじゃまたな」


 その後も長々と周りの人たちと会話を続けたのち、武藤はその言葉を最後に東中を後にした。数々の伝説を残して。

 

 

 

 

 

 

 

「ダーリン、百合ちゃん、カナちゃん卒業おめでとう!!」 

 

 その日の夜。猪瀬家では卒業パーティーが開かれていた。参加者は武藤とその恋人達、そしてクリスである。

 

『わあーこんな大勢でパーティーなんて初めて!!』


 クリスは基本的に兄と二人っきりでのつつましやかなパーティーしかしたことがない。その為、大勢でケーキを切り分け、料理をとりわけるなんてことは初めてのことで大興奮である。

 

「遅くなったけどクリスの歓迎パーティーも含めてるからね。クリスも主役の1人だよ」


 通訳兼メイドのお付きから洋子の言葉を聞くと、クリスはそれは嬉しそうに無邪気にほほ笑んだ。


『タケシこれ美味しいよアーン』


「ちょっとクリス!! 武こっちも食べて!!」


 気が付けばいつも通り武藤の奪い合いになっていた。しかし、周りから笑顔が消えるようなことはない。武藤の周りには自然に笑顔があふれているのだ。


 卒業後。武藤は時間があるということで仕事三昧な日々を送らせられながらも空いた日にはクリスの入学準備の買い物やら生活用品の買い物やらに付き合わされた。もちろん恋人達も一緒であり、気が付けばクリスは一緒に居ることが当たり前のように馴染んでいた。だがまだ百合からの許可は下りず、言葉も通じないのにクリスはよく百合とやりあっている。仲よさそうにじゃれあう二人を微笑ましそうに見守る残りの恋人達。

 

「こんな日々も悪くないな」


 こうして武藤の中学生活は終わりを迎えたのだった。

 

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