第81話 平穏な会敵
「すっご。何あれ」
「わあ、すっごいかわいい。現実に存在するとは思えないわ」
「一緒に居る二人もすっごいかわいい。やっぱ可愛い子には可愛い子が集まるものなのね」
ショッピングモールを練り歩く武藤達4人は否が応にも目立っていた。1人後ろをメガネにマスクで歩く武藤は完全に他の人の眼中には入っていなかったが。
『ところでタケシって普段からメガネかけてるの? 家にいたときはかけてなかったよね?』
「いや――」
そこまでいったところでクリスの人差し指が武藤の口を抑えた。とはいってもマスクの上からだが。
『そのまましゃべっちゃうとなんで通じるのか不思議がる人が出てきちゃうから、タケシが私にしゃべるときは耳にこっそりと……ね?』
「「!?」」
クリスの言葉はわかっていないはずなのに何故か百合と香苗は驚愕の表情をしていた。
「今、なんかとてもやられた!! って感じがしたんだが」
「奇遇ね。私もよ」
恐ろしいまでの恋する女の感である。
『それでどうなのタケシ?』
クリスのその言葉に武藤はクリスの耳元に顔を近づけた。
「普段はかけてないけど外出する時は百合達にメガネとマスクをしろっていわれてるんだ」
『?? なんで? マスクは日本人の正装の1つって聞いたことあるけどメガネはなんで?』
「さあ?」
『後で百合にきいてみよう。ん?』
気が付けば周りがクリスと武藤のことを凝視していた。
「あの男はあの子の何? なんか仲よさそうだけど」
「ああ、通訳なんじゃないか? あの子英語しかしゃべってないし」
「ああ、なるほど。それを利用して近づいてるのか。うらやましい」
思いのほか言われたい放題だった。だが通訳というのは別段間違っていないので武藤は放っておいた。
「武。随分クリスと仲がよさそね」
「そうだね。そんなに近づく必要があるのかい?」
凝視している連中の中によく知ってる顔が2つほどあった。衆人環視の中、そのまま理由を説明する訳にもいかない為、武藤はメッセージアプリで百合と香苗に文章を送った。
俺が言ってることをクリスが理解できてたらおかしいでしょ?
「あっ!! そうか」
「確かにそうだねえ」
メッセージを見た二人はすぐに理解したが納得はしていなかった。
「でも、そんなに近づく必要はないよね?
「くっついて耳打ちする必要があるのかい?」
「いや、小声だろうと聞こえたらまずいし、そもそも外野の声が大きいから小さい声だと聞こえないでしょ」
武藤の説明に2人は渋々と納得し諦めた。
『くふっ』
「「ぐぬぬ」」
何故か勝ち誇ったような顔をするクリスに2人は悔しそうな顔をしていた。さっきまであんなに仲良さげな雰囲気だったのがどうしてこうなってしまったのか。武藤は頭を悩ませた。
「それで何故腕にくっついているのかな?」
腕にくっついているクリスに対して、武藤は独り言のように小さく呟く。
『だってこの方がしゃべりやすいでしょ?』
「ちょっと!! 武は私のよ!!」
「私達といって欲しいねえ」
そういって百合はクリスとは反対側の武藤の腕に抱き着き、香苗は正面から抱き着いていた。
これで漸く周りのやじ馬たちも武藤が通訳ではなく、少女達の取り合いの対象となっていることを認識したらしい。
「なんであんな男があんな可愛い子達を!!」
「しかも3人だぞ!? 芸能人クラスを!?」
血の涙を流しそうなほどの視線を向けていたのは主に男であった。
『おいしいっ!! お寿司ってこんなに美味しいのね!!』
「回転ずしだけどな」
その後、モール内の回転ずしに昼食に入った。選ぶ際にクリスがここがいいというのが決め手だった。
「前行ったまわらないお寿司に比べるとさすがに味は落ちるけど、こういうお店はサイドメニューが豊富だねえ」
「お寿司屋にきてお寿司を食べてるのがクリスだけっておかしくない?」
ちなみに香苗は拉麺、武藤はうどん、百合はパスタを食べていた。
「前回のお寿司に舌が慣れてしまっているようでねえ」
一応、最初は寿司を食べたのだが、そこであまりの味の違いに香苗達はレーンに手が伸びなくなっていた。
「そういえばネットで見たんだけど、今の回転寿司って拉麺屋より上手い拉麺が普通にあるらしいよ」
「へえ。ここのは正直そこまでじゃないから、やっぱりお店によるんだろうねえ」
「今度は美味しいラーメン屋を探して行ってみようか」
「それいいね!!」
『らあめん?』
「あー通じないのか。多分知識として存在していない単語は通じないんだろうな。ヌードルという単語が通じても食べたことのない料理となるとわからないって感じかな。後で動画とかで見せてあげるよ」
『楽しみ!!』
そういって笑うクリスはとても幸せそうだった。
その後も3人は仲良さげにショッピングを続け、武藤は通訳兼荷物持ち兼財布として後ろをついていった。恋人でもないクリスの代金を持つのは、見知らぬ土地に一人おいていかれた病弱だった美少女を憐れんだ……というわけではなく、百合達が楽しそうにしているので武藤の中では既に半分くらいは身内の判定がされている為だ。
これが百合達の友人松尾や後輩の中尾であっても同じように財布になっていたことだろう。恋人と仲がいい女の子には非常にあまい男なのである。
「ってことで今日からうちで預かれって言われてたんだが……」
「絶対駄目!! 私だって駄目なのに!!」
「まあそれはそうだねえ。泊まるくらいならまだしも同棲までいくとさすがに許可はできないねえ」
クリスのことをいうと百合も香苗も猛反対だった。それは武藤としても同じでさすがに1つ屋根の下で男女二人っきりで暮らすのはいささか問題があると思っている。例え相手が同い年で超絶美人とだとしても武藤は手を出さない自信はあるが、世間がそれを信じるかといえば信じる方が少ないだろう。兄妹やら肉親ならわかるが赤の他人である。世間体が悪いどころではないが、そもそも5人の美少女入れ代わり立ち代わり入り浸る武藤家に世間体などというものは元々存在していないが。だがやはり問題は武藤では女性的な問題があっても全く役に立たないことである。結局大家としての存在でしかありえなく、病院暮らしだったクリスに自炊等家事全般の能力があるはずもない。よってそもそも選択肢として武藤の家にホームステイというのはありえなかった。
「あれ? なんで百合ちゃん達もいるの?」
買い物が終わり夕方近くになると、モールの駐車場に猪瀬の車が迎えに来た。そこで降りてきたのは洋子と美紀、真由の3人だった。
「なんかアレックスの妹さんを迎えに行けって親父がいうからきたんだけど。そっちの超かわいい子がアレックスの妹さん?」
『クリスティン・フィリップスです。クリスと呼んでください』
「クリスティン・フィリップスです。クリスと呼んでください。っていってる」
「すごい!! ダーリン英語わかるんだ!! そいえばアメリカに仕事で行ってたんだったね」
「わかるだけで英語の成績すげえ悪いけどな」
「そうなの?」
「だって会話できるだけだし」
「でもそれすごくね?」
「言ってることはわかる。それに対する適切な解答を選べといわれても文章がわからないから選べん!!」
「あーなんていうか英語の試験には向かない能力だねえ」
「私は洋子。猪瀬の娘です。こっちが美紀でそっちが真由。ともにそこの旦那様の恋人です」
『!?』
武藤がそれを訳すとクリスが驚いた表情で全員の顔を見渡した。
『確か恋人は5人といっていましたか。これで全員というわけですね』
「あれ? なんかクリスちゃんの視線が鋭くなった気がするんだけど?」
「恐らく私達を敵、もしくはライバルだと認識したのだろう」
「ライバル?」
美紀の不思議がる言葉に香苗は視線で答える。その先に居たのは武藤である。
「!? ま、まさか……」
そういって振り向く美紀に香苗は静かに頷いた。
「なるほど。超強力なライバルって訳ね。でも5対1で勝ち目はあるのかしら?」
「ああ、多分5対1というよりはハーレムに入るかどうかの話になると思うよ?」
洋子の言葉に真由がそう返す。
「ってことは百合ちゃん次第って訳か。百合ちゃんはどうなの?」
「すごくいい子だと思う。でもまだ武に対しては恋に恋してるというか、命を救ってくれた恩人とういうか恋心の方はそこまでではない気がする」
「どちらかというと私達を挑発というか揶揄う感じでアピールしてたね。恐らく友人なんてものも居なかっただろうから、そういうのが楽しいんだと思うねえ」
今日一緒に居た百合と香苗はそう分析する。
「そういう感じなわけね。じゃあ後はクリスちゃん次第って訳か。ともあれこれからよろしくクリスちゃん」
『こちらこそよろしく』
そういって握手する洋子とクリスはお互い笑ってはいたが、その目は真剣そのものだった」
「洋子の家にホームステイってことでいいんだよな?」
「ええ。既にクリスちゃんの身の回りのお世話をする女性スタッフが数人手配されてるわ。勿論みんな英語ペラペラで通訳も兼ねる感じ」
「用意周到なことで」
そんなすぐにスタッフが何人も用意できるはずがない。つまり猪瀬はかなり以前から話の打診は受けていたのだろうと武藤は推測する。
その後、顔合わせもかねて全員で猪瀬家へと行きクリスの部屋なども見せて貰った。
『すごい!! 床に草がしいてある!!』
「それは畳というんだ。い草という植物から作られてる床で弾力性や耐久性、吸音・遮音効果もあって、夏は涼しくて冬は暖かい断熱や保温性もある万能床だな」
『すごい!! これが日本性の究極の床なのね……』
両手を組んで傍からみればアメージング!! と目をキラキラ輝かせているクリスを見て、恋人達はそれはもう和やかな空気を醸し出していた。彼女達も日本人なので、日本のことに目を輝かせている外人を見ると嬉しくなるのである。
『靴を脱いで部屋を歩くっていうのもユニークね!!』
最近では日本でも大き目の病院は土足可の所が多い。アメリカも勿論病院内は基本土足である。寧ろスリッパとどちらでもいいという日本が異質なのである。
純和風な作りの猪瀬家では勿論のこと素足での移動である。フローリングの部分はスリッパでの移動をすることも多いが、部屋に入るときはそれを脱ぐのだ。それは病院暮らしの長いクリスには非常に新鮮であった。
『ここなところで暮らせるなんて夢みたい!!』
クリスの言葉はわからなくても百合達はその雰囲気だけで何を言っているのか理解していた。まだ武藤の恋人でなくてもいずれ必ずハーレムに入る。5人とも何故かそう確信していたのだった。
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