第77話 非論理的な存在

「ちっふざけやがって。こっちがあんだけ目をかけてやったっていうのに……どこのどいつだ」


 竜司は帰った後、一人荒れていた。それもそのはず、ずっと狙っていた女が奪われたのである。

 

「こんなことなら無理やりにでも犯っちまえばよかったぜ」

 

 さすがに無理やりやれば本家も黙っていない。竜司は渋々と正攻法で洋子をものにしようとしていた。

 

「あんだけプレゼント受け取っといて今更何言ってやがんだ糞が!!」


 ちなみに洋子は殆ど受け取っていない。指輪やネックレス、果ては車まで送られているが、全て受け取らずに断っていた。だが竜司にとっては送った=受け取ったという認識であり、全くお互いに意思の疎通ができていなかった。送られたプレゼントはその後、殆どの場合竜司の情婦に送られている。

 

「猪瀬を乗っ取る夢がこんなことで……」


 竜司は合法的に猪瀬組を乗っ取るつもりだった。実際洋子を無理やり手に入れても猪瀬組が手に入るようなことはないのだが、竜司はとってそんなこと関係なかった。

 

「あんないい女、あんなガキにくれてやるには勿体ねえ……おいっあのガキについて調べろ!!」


 こうして猪瀬組の闇が動き出したのだが……ただ、相手が悪すぎた。

 

 

 

 

「ちくしょう!! どうなってんだ!!」


 竜司は武藤を調べさせていたが、一向にその情報は集まらなかった。

 

「こっちは情報屋のプロも雇ったんだぞ!! それなのに何の手がかりもないだと!?」


 実際、猪瀬家と懇意にしている情報屋は猪瀬の力で軒並みこの件については関わらなかった。依頼を受けるのは所謂新規や確度の低い情報しか集められないレベルの低い者たちだけだったのである。それらが組織的に動いたのにも関わらず、気が付けば諜報員の記憶が混濁して帰ってくるという状態が続いた。

 

「どういうことだ……いくらなんでもおかしぎる」


 短慮な竜司にもそれくらいは考える頭があった。

 

「あの男に一体どんな秘密があるっていうんだ」


 調査は完全に詰んでいた。何しろ武藤の魔法には自分を意識したものを察知するという恐ろしいものがあるのだ。つまり武藤のことを考えただけで察知されるのである。そしてあっという間に武藤に記憶を消されるのだ。


「こうなったら直接洋子を……」


 竜司はそんなことを考えていた。それが虎の尾を踏む事だとも知らずに。

 


「ん? な、なんだ!?」


 翌朝。目を覚ました竜司の枕元にナイフが突き立っていた。

 

「これは一体……」


 組員に聞くも勿論全く原因はわからなかった。

 

 次の日。警備を万全にして竜司はホテルに泊まった。だが翌朝。

 

「うあああああ!?」


 やはり同じナイフが枕元に刺さっていた。それも昨日よりも近くに。


 その日、竜司はホテルの最上階の部屋のソファーで寝た。勿論警備は万全にして監視カメラも付けてである。

 

「う、うああああああああ!?」


 だが自身の顔の隣にやはりナイフが突き刺さっていた。監視カメラには何も映っていなかった。いきなりナイフが現れたのである。

 

「なにが……一体何が起こってるんだ……」


 次の日。警備を万全にして自宅の核シェルターに引きこもった。だがナイフは顔の数ミリ横に刺さっていた。どう考えても次は顔に刺さる。

 

 翌日から竜司は寝なかった。それは3日間徹夜をし、徹夜4日目の車での移動中での出来事だった。

 

「ぎゃああああああ!!」


 さすがの竜司も3日徹夜はきつかったらしく、うつらうつらと昼寝をしてしまった。その瞬間、頬にナイフが突き刺さった。

 

(次はどこだ? 目か? それとも頭か? 次は殺される……俺は一体何に手を出しちまったんだ……)

 

 竜司はガタガタを震えることしかできなかった。

 

「やっほー竜司。お元気してる?」


 そういって病院に尋ねてきたのは洋子だった。

 

「私に手を出そうとしたんだってね」


「……何のことだ?」


「ああ、いいのいいの気にしないで。どうせ今日までなんだから」


「!? 今日までってどういうことだ!? 何を知っている!?」


「さあ? 私がなんで彼にぞっこんなのか知ってる? まあ、いくら調べても情報が出てこないからわからないだろうけどね。要は手を出しちゃいけないものに手を出しちゃったってことよ」


 洋子のその言葉に竜司は体が震えた。そういえばナイフは洋子に手を出そうとした時から始まっていた。

 

「すまなかった!! 金輪際お前とその周りには手をださねえ!! だから助けてくれ!!」


「遅かったなあ。もっと早くその言葉を聞きたかったなあ」


「そんな!? た、助けてくれ!! なんでもするから!!」


「じゃあ……死んで」


「え?」


「なんでもするのよね?」


「あ――いや、それは……」


「なーんてね。これから犯罪まがいのあくどいことはやめなさい。見逃すのは1度だけよ。よくわかったと思うけど、どこにいようと、何をしていようと、旦那様はいつでも貴方を殺せるわ。今この瞬間でもね」


「ひいいっ!? わ、わかった!! もうやめる!! だからゆるしてくれ!!」


 ついに竜司は土下座をした。理解できない力は防ぎようがないのだ。それに狙われたら……すなわち終わりである。

 

 その後、何年か後にこのことを忘れた竜司が、一般の女子高生を浚い、手を出そうとした瞬間、全身にナイフが突き刺さった。しかも致命傷にならないように綺麗に臓器を避けて刺さっていたのだ。だが出血は避けられず、数時間後、誰にも知られずに苦しみ抜いて亡くなった。女子高生は何故かその場にいなくなっており、攫われた記憶を消されて、攫われた場所である駅の裏の駐輪場にいたのは武藤だけが知っていることである。

 





「あんなんでよかったの旦那様? 生かしておいてもしょうがないのに」


「ああいうやつは、いずれ今日のことなんて忘れて死ぬよ」


 結局は武藤の予想通りの結果となったのだった。

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