第61話 とある業界

 とある日。あるプロゲーマーが動画配信を行っていた。


「今日は突然世界ランク1位になった噂のチート疑惑のプレイヤーの疑惑を検証していこうかと思います」


 チート疑惑のプレイヤー。もちろん武藤のことである。

 

「こいつの疑惑その1。まずポイントがありえない」


 格闘ゲームのネット対戦は勝つとポイントが入り、負けると下がる。つまり勝ち続けないとポイントはあがらないのだ。しかも高ランクにいくほどポイントは入りづらくなっていく。


「トッププロでも2000前後なのにこいつ1万超えてんのよ。さすが無理ありすぎるっしょ」


 何せ無敗なのだ。やればやっただけ上がっていくのである。

 

「調べた限りランクマッチ無敗なの。あり得る? でもさ、そこが逆に不思議なのよ。バレないようにするなら絶対どこかでわざと負けるはずなのよ。いくらなんでもチートで無敗ってさすがにバレるっしょ。つまり本気でやってるなら馬鹿。小学生って可能性もあり得るけど、小学生が難しい格ゲーのチートを使うか? って話」


 格ゲーはバレないチートは難しい。簡単なのは体力が減らないや攻撃力が何倍にもなる等であるが、試合のログをみれば一発でバレる。故にバレにくいチートとして敵の行動に対しての自動超反応等が使われる。

 例えば相手が投げた時だけ投げ抜けを自動で入れる等である。じゃんけんで例えると相手がグーを出した時かならずこちらも自動でグーを出し、パーを出した時は自動でチョキを出せる仕組みだ。簡単に言うと自動後出し機能である。つまり相手が行動をしたら相手がほぼ負けるという理不尽な機能である。

 

「こいつの試合のログみてるんだけどさ……普通に上手いのよ。ちょっとキーログ確認してみるわ」


 キーログとは、プレイヤーが試合中にどんなボタンをどんな時に押した等の操作ログが見られる機能である。

 

「……あれ? これワンチャン……え? マジ?」


 プロプレイヤーはキーログを見て驚いた。

 

「これ……ちゃんと入力してるな」


 普通格闘ゲームのチートの場合、基本的に後出しじゃんけんである。つまり相手の行動より必ず後に入力が発生するのだ。だが武藤は読み合いでの結果と超反応の為、相手より先に行動するパターンと技を出さないというパターンが存在する。チートの場合自動入力の為、基本的に相手の行動に対しては絶対発動してしまうのである。そこをランダムにした場合、勝つ可能性も減るので100%勝つことにこだわるチーターがそんなことをする訳がないのだ。

 

「ちょっとまって……こいつ普通に読み合いで勝ち続けてる? ありえなくね? 読み合い8割は勝ってんだけど」


 1試合のではない。武藤の場合、全試合通して8割勝っているのである。

 

「これ……チートじゃないかも……マジか……」


 プロが確定的に感じたのは相手の飛び道具に対しての行動である。隙の少ない飛び道具を撃つキャラとの対戦時の武藤の行動が、明らかにおかしかったのだ。

 

「これチートだと無理なのよ。飛び道具のコマンド入力見てからだと絶対間に合わないから、相手の行動を見てから反応するチートだと絶対無理なの。なのにこいつ普通に何回も攻撃通してる。これ読みだね」


 見れば見る程、実はチートではないという確証が得られていくことにプロも驚きを隠せない。

 

「これ全盛期のBurst並だ」


 Burstとはかつて世界一位になったこともあるアメリカのプロゲーマーだ。常人を超える反応速度で数多のプロを返り討ちにしたその姿は生きてるCPUとも呼ばれたこともある生きる伝説である。

 

「アカウントはJP……日本か。やばいやつ出てきたな」


 武藤は本人が知らない所でも案の定目立っていた。しかしこれは武藤がeスポーツ界隈に詳しくないのが災いした形だ。まさか武藤がプレイしていた格闘ゲームが現在世界中でもかなり有名なタイトルになっており、優勝賞金1億円の大会が開かれるレベルだとは本人も思っていなかったのだ。

 

 格ゲー界隈としてはたまったものではない。何せ格ゲーは基本1対1の為、完璧に突き詰めるとFPSと比べて運の要素が殆どないのだ。超反応と圧倒的な読みを持つ相手には荒らしプレイすら効かない為、本当になすすべなくやられるしかなくなるのである。


「俺、今のとここいつに勝てる気しねえわ」


 最後にぼそっと呟いたプロの一言は、まごうことなき本音であった。


「多分プロは今頃阿鼻叫喚だろうな」


 格闘ゲームの練習とは、基本的にキャラ対策なのである。そのキャラはどんなことができて、どういう行動が強い、弱いのか? どの技が何フレームで硬直は何フレームなのか? ということを念入りに調べることから始まる。フレームとは所謂時間である。格闘ゲームは画面に映る情報がアニメーションと考えたらわかりやすい。1コマ1コマ画面を映しており、技が出るモーションなども1コマ1コマ書いていると考えた場合、1秒間を60枚の絵で表現している状態である。1フレームとは1コマのことであり、つまり60分の1秒のことである。

 この1フレームでのやり取りを覚えることが上級者への第一歩なのだ。硬直が何フレームの技をガードしたらこちらの発生が何フレームの技なら100%当たる。そういうことを覚えないと勝てないのがプロシーンである。

 つまり武藤の使うキャラは、対武藤対策として念入りに調べられる。そして練習相手としてそのキャラを使っている人は対戦を申し込まれるのだが……武藤が使っているキャラは……レアだった。


 レア。つまり使っている人が殆どいないキャラである。対策を取ろうとしても使っている人が殆どいない為、練習することができないのだ。そうなるとどうなるかというと、使っている人が練習でひっぱりだこになるということである。


「俺このキャラ使ってるプロの人、2人しかしらないんだけど」


 世界でそのキャラを使わせたらTOP2といわれている日本人二人である。しかし、それでもその2人は大会で上位に行くことはなかった。なぜならそのキャラは現在かなり弱いとされているのだ。ちなみに前作では相当強かったキャラだが、今年になって新しいゲームとなってからシステムと相性が悪く、非常に弱くなってしまったのだ。故にその2人もサブキャラとしては使っているが、メインキャラにはしていない。


「このキャラ極めれば弱くはないんだよ。ただ極めても強キャラ使う中級者レベルなんだよね。極める時間で他のキャラで大会優勝できるからプロは使わない。ただ理論値でいえば最強キャラかもしれないんよ。でもそれは使ってる人間がエスパーだっていう前提だね」


 弱い点はいくつもある。が、強い点がリーチ以外に見当たらない。飛び道具はある。だがいかんせん絶対的に火力が乏しいため、こつこつと攻撃を当て続けなければいけない。その割に火力が高いキャラに攻められると一瞬で倒されるのだ。自分側はできないのに相手キャラからは常に一発逆転される可能性があるのである。そんなキャラを一発勝負の大会で使うプロ等いるわけがなく、気が付けばキャラ自体使う人が減っていた。格闘ゲームは対戦ゲームである。勝てない勝負はやはり楽しくないのだ。


「システム的にあってないってのが一番の問題なんだよね」


 このゲームにはゲージを消費して高速に前に進むというシステムが存在する。その為、どんなキャラも相手の懐に入りやすいのだ。武藤の使うキャラは遠距離から相手に近づかせないキャラである。そして懐に入られると途端に不利になる。つまりシステムと非常に相性が悪いキャラなのだ。


「このキャラで勝ちまくるって相当だよ。ま、俺は最初からチートは疑ってなかったけどね。ほんとだよ? 理由としてはこのキャラって恐らくこのゲームの中で一番チートに向いてないのよ」


 何せ火力が低すぎてなかなか相手の体力を削ることができないのだ。そしてメインとなる遠距離での大技がかなり出が遅い。つまり相手の行動を見てからだとほぼ間に合わないので、後出しのチートとしては非常に相性が悪いのだ。


「でも俺はこいつ大会には出ないと思うよ。絶対プロじゃないだろうし」


 このゲームは作っているメーカーが主催する大会では、プロライセンスを取得したものしか賞金が受け取れないこととなっている。正確には10万円までしかでない。優勝賞金1億円でもライセンスがなければ10万円なのだ。それは日本の法律上の関係で、ゲーム大会での高額賞金は賭博扱いになる為、プロライセンスを発行することにより、それを飯のタネにしている職業があるという建前を作っているのだ。どう考えてもただの利権問題なのだが、色々と複雑なようである。


「でもこのキャラの可能性は見させてもらったから。この動きに憧れてこのキャラ始めるプロはいるかもしれないね」


 とあるプロゲーマーはそんな言葉で動画を終了した。その後、この動画は非常に反響を呼び、世界中に拡散されてついにはBurst本人からも「こいつは俺よりすごい」との言葉が出て、さらに広まっていった。


 一方、当の武藤はといえば……。


「このキャラ勝てるけど爽快感全くなくてつまんね」


 世界の動向など全く興味も示さず、世界一位になったキャラをあっさりと捨て、違うキャラを使いだしていた。そして再びとある業界が騒然としていくのだった。

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