第60話 メイド
「店長、今までお世話になりました!!」
「関谷さんがやめるとさみしくなるねえ」
武藤の家でのバイトが決まった翌日。真由は即座にやめることを店長へと伝えた。ちょうど締め日前であり、バイトの人員も足りていた為、特に問題も発生せず、円満にバイトをやめることができた。
「関谷さんには固有のファンも結構ついてましたしね」
メイド喫茶でフロアリーダーをつとめる大学生が、残念そうに呟く。
「関谷さんには随分と無理を聞いてもらったし、すごくたすかったわ。なにかあったら力になるからね」
「ありがとうございます店長」
実際、真由は人手が足りない時のヘルプに頻繁に入っていた。急な時でも嫌な顔一つせず、すぐに入っていたので店からもスタッフからも信頼が厚い。
「あっそれじゃ一つお願いがあるんですけど……」
そういって真由は意味深な笑みを浮かべた。
「おかえりなさいませご主人様!!」
「……なんで?」
バイトに来れると決まった前日に真由に合鍵を渡していた武藤だが、あくるバイト初日。玄関を開けるとメイドがいた。
「どうですか? バイト先に言って譲ってもらったんですよ」
そういって真由はくるっと一回転する。真由が着ていたのはメイド喫茶のメイド服である。ゴスロリ風だが青と白を基調としたかわいらしいデザインだ。
「……なんでメイド?」
「家事炊事なんてメイドの仕事じゃないですか。だったら可愛い服の方がご主人様喜ぶかなあって」
「……メイドだからご主人様?」
「メイド喫茶でもそうだったからついくせで……」
「まあ呼び方なんてなんでもいいけど」
「じゃあこれからよろしくお願いしますね。ご主人様」
屈託のない笑顔を浮かべる真由に武藤はごくりと唾を飲む。今まで何度か真由とは会ってきたが、何故か今日だけは違う。服装? 言葉遣い? いや、そんなものではない。
(胸が……でかい!?)
そう、真由のおっぱいはものすごく大きかった。身長が低いのに美紀達よりも遥かに大きいのである。
「そ、その……」
「はい?」
「む、胸に何か詰めてる?」
「ああ、これですか。今日は抑えてないので」
「抑える?」
「家にいないときは基本的にコスプレ用の胸を小さくするブラをしてます」
今時のブラはメロン2つを隠す程の性能があるというのか!? 武藤はその胸囲、いや脅威の下着の性能に戦慄した。
「つけないと足元が見えないから危ないんですよ」
真の巨乳にしか許されない発言を聞いて武藤は言葉が出なくなった。そして思った。この場に百合がいなくてよかったと。
隠れ巨乳だったことを知り、武藤は何故か底知れぬ不安を覚えるのだった。
「……すごいな」
真由の一連の掃除を見て手際の良さに武藤は驚く。それは完全にプロの所業であった。
「あのドーナツ屋さんの本部の系列にバイトでいたこともあるんで」
「……清掃の本場じゃないか」
このあたりで一番有名なドーナツ屋さんは本部事業所が何故か清掃業メインの会社である。
「エアコン掃除に3万近く取られた記憶しかない」
「お掃除機能付きは掃除が面倒ですからねえ」
「今時ついてないやつなんてないでしょ」
「結構あるんですよ。有名メーカーのやつとか、なかなか壊れないせいでずっと使ってるお家とかありますよ。今の最新型と比べて電気代がかなり高いんですけど、それでもいくら最新型といえど安い奴はあっという間に効きが悪くなりますから」
「その辺はコスパ的にどうかだよなあ」
「狙い目は1,2年前の型落ちの高性能なやつの新品ですね。性能なんか最新と何にもかわらないのにかなり安くなりますから」
何故か武藤は電気屋に営業を進められている気分になった。
「近年は家電も性能が頭打ちなんですよ。そもそもやることは一緒なんで、目的以外の機能で他と差をつけるしかないから迷走しがちなんですよねえ」
「だから洗濯機に通信機能とかつけるのか」
「そもそも洗濯するのに洗濯機に洗濯物入れるじゃないですか。だったらそこでタイマー入れるだけでいいのに何故スマホに連動させるのか意味わかりませんよね」
「確かに」
所謂白物家電と呼ばれる物は趣味なものというよりは生活に密着している物なので、使用目的がはっきりとしている。冷蔵庫なら冷やす。洗濯機なら洗濯。というように、欲しい機能は決まっている。故に技術力の面からその部分については各メーカーで差が出にくくなってきている。何故かといえば根本の部分の性能には限界があるからだ。
どんなに性能があがってもボタンを押した瞬間に部屋の温度が氷点下になるエアコンは出来ないし、洗濯すると洗った物が新品になる洗濯機もできない。根本の部分の性能で未だに純粋に勝負をしているのは炊飯器くらいではないだろうか。何故かといわれれば味覚というものが千差万別だからである。だが洗濯や冷蔵等の機能は人によらないのだ。洗濯機は洗濯物がきれいになればいいし、冷蔵庫は物が冷えればいいのである。故に頭打ちになった物はそれ以外の部分で差別化を図るしかないのだ。メーカーの人の苦労を考えて武藤は何故か気の毒な気分になった。
「でもなんで無理に毎年新しいの出すんだ?」
「それは販売店との関係のせいですね。メーカーだってそんなに同じようなの出したくないんですよ。開発費だってかかるから、同じ奴を長年売り続けるのが一番利益率高いんです。でも出さないと販売店が店先に並べてくれないんです」
「なんで?」
「競合他社が新製品を出すとそっちの方が新製品ってことでお店に並ぶんですよ。お店に展示できる数なんて決まってますから、出してもらうためには新しいのを出し続けるしかないんです」
「……世知辛いねえ。なんでそんなに詳しいの?」
「電気店でバイトしてたこともありますから!!」
「すごいね」
「でもずっと変わらない物もありますよ」
「え、何?」
「黒板消しのクリーナー」
「え? あれって売ってんの?」
「売ってますよ。お店の人に聞いた話だと60年で4回くらいしかモデルチェンジしてないって言ってました」
「まああれは最初から完成形みたいなものだからなあ」
「アメリカじゃ30年も前に黒板なくなったらしいですけどね」
「え? マジ?」
「もうアメリカにはないらしいですよ」
「……うちの学校まだ普通に黒板なんだけど?」
「東京の私立とか極一部だけですよ。ホワイトボードとか電子黒板なんて。そもそもコストに比べて黒板でいけない理由がないんですよね。問題のチョークの粉も最近はダストレスチョークっていう粉が出ない物が増えてきましたし、ネット授業ならそもそも教師もタブレットがあればいいだけなんで、大金使って電子黒板なんて導入する必要もないですから」
「でも電子黒板って便利そうじゃない?」
「アプリの起動時間のラグや停電なんかのトラブルに弱いことが問題みたいですね。やっぱりアナログ最強ってことらしいです」
「やっぱアナログ最強かあ」
「最強です」
何故か二人は令和の時代に昭和な人のような会話をしてなごんでいた。
夕食も片付けも終わり、まだバイト終了まで時間がある為、武藤は真由とレースゲームをしていた。
「今度は負けませんよ!!」
「また返り討――ん? 電話だ。もしもし?」
『あっ武? ごはん終わった』
「ああ、終わったよ」
電話は百合からだった。スピーカーにして机にスマホを置いて武藤は会話しながらゲームを続けた。
「すごいっご主人様のキノコっすごいのっ!!」
「いいかたああああっ!!」
『……武?』
「ちっ違うんだ誤解なんだ」
「ご主人様の亀さんが気持ちいい当たり方してっ」
「だからいいかたああああ!! きもちいい当たり方ってどんなんだよおおお!!」
『た・け・し?』
「まって、ほんとにごか――」
「ご主人様!! イカ臭い液体を顔にぴゅっぴゅしないで!!」
「だからいいかたああ!! なんでゲームでイカくさ――」
『ブツン』
「……」
ピンポーン
「ひいいっ!?」
百合からの電話が切れて数分後。いきなり鳴り響くインターホンの音に武藤は何故か恐ろしいまでの恐怖を感じた。
一方、ゲームをプレイ中に興奮していた真由は汗ばんでいた。そして汗をタオルでふいていたため、玄関にでるころには汗ばんだ状態で衣服が乱れていたのである。そしてその状態で急いで玄関に向かえば――――
「はあ、はあ、いらっしゃいませ奥様」
どうみても情事の最中に焦って急いできたメイドの姿である。
「武?」
「ちゃうねん」
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