第59話 得意料理

「武藤君は食べられないものとかある?」


「野菜は嫌い」


「子供か!!」


 日曜のお昼過ぎ。ボウリングから帰ると一向は武藤の家の近くにあるいつものスーパーで買い出しをしていた。


「あれ? でも武って普通に野菜食べてなかったっけ?」


「百合や美紀が作った料理を俺が残すわけないでしょ」


「ダーリン……大好きっ!!」


 美紀は人の目も気にせず、躊躇なく武藤へと抱き着く。いつものメンバーで基本的に料理を作るのは百合と美紀の2人であり、洋子と香苗はまだ母親の監視下で修行中の為、あまり作っていないのだ。

 

 ちなみに武藤は恋人の料理ではなく例え外食であろうとも人から出された料理は、基本的にどんなに嫌いなものでも完食する男である。これも異世界で食に困った生活をしていた為だ。

 

(向こうじゃ毒のあるもの程、旨かったんだよなあ)


 武藤のいった世界は、毒素に信じられない程のうまみが凝縮されていることが多かった。その為、毒で死ぬ者が多数いたのだが、武藤は食べながら解毒するという荒業で毒物を平気で食していた。特に強い毒素程旨かったりする為、一口で即死級の毒物を食べつつ即座に解毒するという危険な行為をしていた。思考だけで魔法が使えなければ何度も死んでいたであろう。何せ食べた瞬間に全身が麻痺して動けない毒とか、普通にあったのだ。

 

(食べなきゃ死ぬくらいの飢えとはいえ、よくあんな生活してたよな)


 魔闘家の修行で竜が跋扈するような危険地帯に着の身着のままで放り込まれたのだ。例え勇者だとしても3日生きられないような地獄の果てのような地である。そこで1年生き延びた武藤は、人間が生きていけるところなら恐らく、地球上のどこでも生き延びられる程のサバイバル能力を手に入れた。


(ウサギがクマより強いとか、やばかったよなああそこ)


 見た目は普通のウサギなのに襲ってきたクマを返り討ちにしていた光景を見た時は、さすがの武藤も固まって動けなかった。それから見た目に騙されず、どんな相手にも油断せず慎重に戦うことを意識するようになったのだ。

 

「じゃあなんでも食べられるってこと?」


「野菜は好きじゃないけど」


 意識が異世界に飛んでいた武藤は真由の言葉で現実へと引き戻された。

 

「栄養が偏るから野菜も食べてね」


「……」


「そんな沢山は入れないから」


「……わかった」


 有無を言わさない真由の言葉に武藤は渋々と了承した。雇い主になるはずなのに何故か逆らうことができない気がしたのだ。

 

「ふふっ武ったら子供みたい」


「真由っちはなんかちっちゃいのにバブみがあるよね」


「バブみってなに?」


「母親みたいってこと」


「あーなんかわかる。真由は女子力高いし、面倒見もいいからね」


 美紀の言葉に洋子が一人納得する。

 

「ギャルなのに」


「ギャルっていうか洋子達に恰好合わせてるだけで、別にギャルじゃないし」


 洋子の言葉には真由は反論した。洋子達に合わせているだけで、言動や行動は別にギャルではないらしい。

 

 ワイワイと美少女5人が姦しい買い物を終えて武藤宅に到着すると、真由と百合、美紀の3人はキッチンへと向かった。残り二人はリビングで武藤とゲーム対決である。

 

「くっ!! ゲームなら勝てると思ったのに!!」


「武くんはゲームの腕も信じられないレベルなのだよ」


 有名な格ゲーで武藤は無双していた。そもそも見てからの反応速度がCPU並なのである。読み負けしない限りは負けることないが、武藤が一番得意なのが相手との読み合いなのだから手に負えない。

 

「また負けた!!」


 相手が恋人であろうとも武藤は勝負事で忖度も接待もしない為、常に勝ち続ける。その為、オンラインでプレイするとチートを疑われてアカウントを停止させられてしまう可能性を考えて、殆どオンライン対戦はしていなかった。

 

「確かにこの強さだとチートを疑われても仕方がないねえ」


 武藤がオンライン対戦しない理由を聞いて香苗は一人納得する。

 

「ゲーム会社に用意してもらったコントローラや環境でプレイしない限り、その疑いは晴れないだろうねえ」


 格闘ゲームなんかでチートして何が楽しいのか武藤には理解できないが、努力もせずにただ相手に勝つことが嬉しいという層も少なからず存在するのだ。そしてそういった層は手段を択ばないのでチートに走るのである。

 

「1度アカウントを作ってやってみたらどうだい? 本当にアカBANされるか見てみたい」


「まあいいけど」


 香苗の言葉に渋々と頷き、武藤はアカウントを作成してオンライン対戦を始める。そして当然のように無敗を続けるが途中で食事の時間となった。

 

「うっま」


「本当? よかった」


 真由の作ったのはソース自作のカルボナーラだった。インスタントで温めるだけのものよりも遥かに旨く、専門店で食べるのと比較しても見劣りしないレベルの味であった。

 

「洋食は得意だけど和食は百合ちゃんに勝てそうにないなあ」


「私は逆に洋食はあまり作らないから」


「あーしはどっちも行けるけど二人ほど上手くないんよねえ」


 料理上手な3人はそれぞれ得意料理が違うようで住み分けができているようだった。

 

「これならメイド喫茶やめたらいつでも来てくれていい」

 

「本当? やった!!」


 何故か真由は美紀とハイタッチして喜んでいた。

 

「武こっちも食べてよ」


「もちろん食べるさ。この世で一番旨い料理だからな」


 そういって武藤は百合が作ったオムライスを食べる。

 

「もう、武ったら……」

 

 武藤の言葉に百合は照れるが、武藤はもくもくと料理を食べ続ける。

 

「あれが正妻の貫禄……」


「完全に胃袋をつかまれてるね」


 真由と美紀の言葉に耳も貸さず武藤はあっというまにオムライスを完食した。

 

「百合ちゃん洋食作らないってめっちゃ洋食つくってんじゃん!!」


「これだけはね。武の一番好きなのがオムライスなの」


「あーそれで……」


「しかもこれは普通のオムライスではない。和風オムライスなのだ!!」


「なんで香苗が自慢げなのよ」


 武藤が比喩でなくこの世で一番旨いと思っているのが、この百合が作った和風オムライスである。ケチャップライスではなくしょうゆベースのライスに卵と刻み海苔がのっている一品で、武藤は1度に3合分の米を食べたこともあるほどの好物であった。

 

「すっご……あれだけあったのに一瞬で無くなった」


「ダーリン、サラダは私が作ったの。ドレッシングも自作よ!!」


「野菜嫌いだけど美紀が作ったのなら残すわけにはいかないな」

 

 そういって武藤はサラダも普通に完食した。


「ごちそうさま。全部旨かったよ」 

 

「お粗末様。美味しかったのならよかった」


「百合、今度そのオムライスの作り方を教えてくれないか?」


「あーカナちゃんずるい。私も!!」


「香苗はまずお母さんに合格貰ってからね」


「くっ!! お母さんは厳しいんだよ……」


 香苗は母親からなかなか合格がでないようである。ちなみに香苗に作られた料理は基本的に父親の元へといく。どんなに失敗したとしても愛する娘の料理を拒む父親はいないのだ。

 

「うちもマ――お母さまが厳しくてね。初心者にいきなり和洋中全部はさすがに無理だよ……」

 

 そうって洋子は途方に暮れた表情をしていた。

 

「洋食は真由っちで和食が百合ちゃんなら洋子は中華でいいんじゃない? 私はどれも少しづつ基礎を抑える感じにするから」


「……帰ったらママに言ってみるわ」


 いきなり全部を初心者に詰め込むのは無理があるのだ。得意分野を作る方が利点が多い。

 

「と、なると私はどうしようかな。エスニック料理とかに挑戦してみようか?」


「それいいねえ、さすがに私達もそんなにエスニック料理に詳しくないし、いいかも? ダーリン辛いの好き?」


「好きだよ」


「ならカナちゃんはそっち方面よろしくー」


「うむ。任せたまえ。明確な目標があるとやる気もでてくるというものだ」


 そういって香苗は胸を叩き、自信を見せる。あやふやな目標で料理が上手くなりたいよりもエスニック料理だけは誰にも負けないという明確な指針があれば、努力もしやすいだろう。

 

 食事も終わり、猪瀬の車で全員を送ってもらうと、武藤はオンラインで対戦の続きを始めた。気が付けば徹夜でプレイし、翌朝無敗のまま一番上のランクまであがっていた。かかった時間は凡そ10時間である。

 

「しまった。今日学校じゃん」


 日曜の夜に徹夜という恐ろしい所業をしても武藤には全く疲労の色は見えない。何故なら2徹、3徹当たり前の生活をしていたからだ。しかも命がけの。今更平和な場所で徹夜なんぞものともしないのである。


「はあ、学校いくか」


 武藤はシャワーを浴びて着替えると登校する準備をする。


(関谷さんに弁当も作ってもらえないかな……)


 そんなことを考えながら武藤は1人学校へと向かうのだった。

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