第53話 後継

「きゃあああ 石川原くーん!!」


 武藤と貝沼が体育館に入るなり、聞こえてきたのは女子生徒達の黄色い声援だった。

 

「随分盛り上がってるみたいだな」


「誰が出てるのかすぐわかるな」


 見れば予想通りコートでは石川原が縦横無尽に暴れまわっていた。とはいっても見れば自分で決めることはせず、周りにパスを回すプレイが中心のようだ。

 

「前の武を見てるみたいだ」

 

 貝沼の指摘に武藤も納得する。自分もバスケ部では同じことをしていたので、心当たりがありすぎるのだ。

 

 石川原を中心としたチームは素人集団では止められることなどできず、名もなき二年生チームはなかなかいい勝負のような点差で敗北した。石川原の絶妙な手加減のおかげである。

 

「よおムト。野球終わったのか?」


 試合の終わった石川原が武藤達を見つけて声をかけてきた。


「あっという間の一回戦負けだ」


「マジか!? お前でも野球は駄目だったのかあ」


 武藤の言葉に石川原は驚いた。武藤ならなんでもできると本気で思っていたからだ。


「武が駄目っていうか相手の聡がマジになってなあ」


「聡? 野球部のさとし?」


「ああ。アイツがマジになって武以外は全く打てなかったんだよ」


「以外ってことはムトは打てたのか?」


「こいつ二打数二安打二本塁打って頭のおかしい打撃成績だぞ」


「……やっぱりムトはムトだったか」


「なんだよそれ」


 石川原の言い方に武藤は微妙な顔をする。言葉の意味としては貝沼の「武だから」と大体同じである。

 

「で、石川原は調子よさそうだけど、うちのクラスはどうだった?」


「そっちは外のコートでやってるから見てないな」


「そうか。武どうする? 外見に行くか?」


「別にうちのクラスなんて見てもおもしろくなくね? ムネの試合見てみようぜ」


 そうして貝沼と武藤の二人は、そのまま体育館で稲村の試合が始まるまで、石川原も含めて適当にだべって時間をつぶしていた。


「石川原!! 武が出ない以上、お前が最大のライバルだ!! 俺が倒して優勝してやるぜ!!」


 のんびりとくだらない話をしていると、どこからか浜本が来て石川原を指さして叫んでいた。

 

「……で、松尾さんとはどうなん?」


「話を聞けええ!!」


 心底どうでもよかった武藤は、普通に無視して先ほどまでの会話に戻ろうとするも浜本に必死に止められる。

 

「お前の話、俺に関係ないじゃん。どうでもいいことはちらしの裏にでも書いてろよ」


「ぐっ!?」


 武藤ににべもなく一刀両断にされ、勢いだけで押してきた浜本は逆に焦る。

 

「なんか最近、武俺に冷たくない?」


 その言葉に武藤は首をかしげ隣の貝沼に尋ねた。

 

「そうか?」


「いつも通りだぞ?」


「だ、そうだ」


「そうかあ? そうだった……か? あれ?」


 言われた浜本自身も首を傾げた。そういえばなんかいつもこんな雑に扱われてた気がしたのだ。

 

「そもそもお前がイッシーに勝てるわけねえだろ。引退してるとはいえ県のMVPで、全中ベスト5に入ってるんだぞ?」


「あれはまあ、殆どムトのおかげなんだが」


「イッシーの努力と実力あってこそだろ。そもそも実力が無きゃ、いくら優勝してたとしてもベスト5に選ばれることはないでしょ」

 

「そりゃそうだ。確かに武もすごかったけど、やっぱりMVPは石川原の努力の賜物だと思うぞ」

 

 本気で自分を認めてくれる二人に石川原は照れくさくなる。幼い頃から一緒に居る武藤、貝沼の二人は、そういう類のお世辞など全く言わないことが分かっているからだ。

 

「そうまで言われたら負けるわけにはいかないな」


 球技大会はレクリエーション感覚だった石川原だが、自分の実力を信頼してくれる2人の期待に応えるべく、本気を出すかと気合を入れた。

 

「なら決勝で勝負だ石川原!! 俺の実力を認めさせてやるぜ!!」


 浜本はどこからその自信が沸いてくるのか、武藤達には理解できない程、何故か自信満々にそう宣言して去っていった。

 

 そしてバスケ大会決勝戦。

 

「キャプテン勝負っす!!」


 石川原のクラスの対戦相手はバスケ部1年の竹内のクラスだった。

 

「負けてんじゃん!?」


 浜本のクラスは普通に準決勝で竹内のクラスに負けていた。1年とはいえメンバーがほぼ全員バスケ部の為、例え3年でもバスケ部不在のチームでは勝ち目がなかったのだ。ちなみに稲村のクラスはもっと早くに負けていた。

 

「お前あんなに自信満々に決勝で勝負って……」


「わああああいうなあああ!!」


 浜本は武藤達の視線に居たたまれなくなったのか、叫びながら走り去っていった。


「さすがにバスケ部相手には、手加減できないからな」


「望むところっす!!」


 久しぶりのバスケで気合の入っている石川原と東中の伝説の一翼を担う元キャプテンとの戦いに興奮するバスケ部員達との戦いが始まった。

 

 試合は石川原の本気のプレイで3年の攻撃は一方的に決まるが、1年チームの全員の連携攻撃もさすがに石川原一人では対処できず、一進一退の攻防が続いた。

 

(たった一人なのに5人がかりで全く止められない……これが武藤先輩と組んでいた県MVPの実力!!)


 武藤が目立ちすぎる為隠れがちだが、石川原もまた中学を大きく逸脱したレベルの全国プレイヤーなのである。

 

(くるのがわかっているのに止められない……トップスピードに乗るまでが早すぎる!!)


 新しく入ったバスケ部員達は石川原のその実力に驚いていた。偶に練習を見に来てはくれるが、試合などはしたことがなかったのだ。

 

(これが弱小を全国制覇に導いたキャプテン……これより上の武藤先輩は一体どんなよ!?)

 

 新メンバー達にとっては目の前の石川原にすら全くついていけないのに、それより遥かに上といわれる武藤についてはもはや理解が追いつかなかった。

 

 1年チームが2点リードした状態で試合時間残り3分を切った時、ボールは石川原の手にあった。

 

「守るんだ!! 守り切れば勝ちだ!!」


 竹内の指示で全員で石川原を囲む。しかし石川原は焦った様子も見せずにゆっくりとドリブルでどんどん間合いを詰めてくる。

 

(すごい。全然焦ってない……これが全国制覇チームのキャプテン!!)


 自分はすごい人と一緒にプレイしていたのだと、竹内は改めて実感した。

 

「!?」


 スローなドリブルから一気にトップスピードのペネトレイトで、石川原は一気に包囲網を突破した。

 

(あれ? キャプテンにしては遅い?)

 

 そして一気にフリースローサークルの中へと入るとすぐにジャンプシュートを放――たなかった。

 

「!?」


 追いついたディフェンス陣は既につられてジャンプしている。石川原は飛ばずにドリブルでライン際を走ると、3Pラインの外側で振り向きざまにジャンプする。

 

 全員釣られたと思っていたその矢先、唯一竹内一人がそのフェイクに引っかからず、石川原についてきていた。そしてジャンプシュート中の石川原の顔の前に手を出す。

 

「!? くっ!!」


 視界の塞がれたそのシュートはリングに当たって落ちた。それと同時に試合終了のブザーが鳴り響いた。

 

「勝……った?」


「ああ、お前たちの勝ちだ。上手くなったなあ竹内。最後のは玉木の使ってたやつか?」


「は、はい!! 俺、背が低いから届かないことが多いんで……」


「あれがフェイクだといつ気が付いた?」


「なんかキャプテンのドライブにしては遅いなと……それにキャプテンや武藤先輩なら絶対最後は勝ちに来るはずだから……」


「くっくっく、見事だ。完敗だよ」


 そういって石川原は竹内の健闘をたたえて背中をたたく。


「あ、あざーっす!! やったああ!!」


 こうして球技大会のバスケは1年チームが初の優勝を飾ることとなった。

 

「やられたなあイッシー」


「ああ、完全に読まれてた。あそこまでやられたら完敗だ」


 石川原の行動を完全に理解した上でのディフェンス。完全に読み負けである。


「頼もしい後輩でなによりだ」


「全くだ」


 そういって武藤と石川原は笑いあう。


「久々に楽しめたか?」


「ああ。もっと部活に顔を出したくなったよ」


「受験生だけどな」


「……それをいうな」


 そういって貝沼を含めた三人で笑いあう。武藤達の平和な日常の一コマであった。

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