第54話 少女とストーカー
球技大会も終わり平和な日々が続く、秋も深まる日曜日。武藤は久々に一人で出かけていた。いつもなら代わる代わる襲い掛かる恋人達の相手で手一杯な日曜だが、今日は偶然にも全員に用事があるとのこで、本当に久しぶりに一人生活を満喫していた。
「一人ってのも偶にはいいもんだなあ」
受験生にも関わらず一日中遊んだその日の夕方。いつもなら日曜日の大半の時間は腰を振っているかデートしている為、久々の一人歩きに武藤は上機嫌である。そもそも武藤と貝沼の二人は既に推薦での入学が決まっている為、受験とは無縁であり、要するに暇を持て余しているのだ。
「ん?」
薄暗くなった道の前方を一人の女性が歩いている。思えば駅を出てからずっと武藤の前方を歩いている気がする。
(なんか妙に後ろを気にしているような……)
気のせいだろうと武藤は気にせず家路を辿る。しかしその後も何故か前方の女性が進む道は、武藤の家路とかぶっており、常に前方を歩いている状態が続いた。
(どうみても俺ストーカーです。本当にありがとうございます)
傍から見たら自分は完全にストーカーというか不審者だなと武藤は自分でも思ってしまった。しかし本当に只の偶然である。
(この先のコンビニに入って少し時間をずらすか)
そんなことを考えながら武藤は家路をたどり、直角になった視界の悪い交差点に差し掛かる。
「おっと」
突如何かが飛び出してきたのを武藤は軽々と避ける。
「!? くっ!!」
飛び出してきた何かはさらに武藤へ向かってくるが武藤はそれも軽々と避けた。
「ん?」
そこで武藤は気が付いた。これさっきまで前歩いてた女性では?
「このストーカーがっ!!」
女性は武藤に対し、とても素人とは思えない鋭いパンチを繰り出し続ける。
「死ね!!」
避け続ける武藤に女性はついには回し蹴りをしてきた。武藤はそれを力が乗り切る前に掌で受け止め、その力をそっと受け流して女性が大勢が崩れないように気遣う。
「1対1なら蹴りはいいけどスカートではやめた方がいいかなあ」
そう。女性……と呼ぶには少々体の小さな女の子は短いスカートをはいていた。にもかかわらず武藤をして素晴らしいとまで思ってしまう程、見事な軌道を描く上段回し蹴りを放ってきたのだ。当たれば同じ身長の男なら倒れていただろう。だが女の子は非常に小柄だった。武藤の頭へは足が届いておらず、武藤は蹴りを胸の前でやさしく受け流していた。
「くっ!? ストーカーの癖に強い!!」
「これはひどい」
完全にストーカー扱いである。まあ、武藤も相手がそう思う気持ちは理解できるし、恐らく違うといったところで信用されないこともわかっているので、こうして相手が落ち着くまで軽く相手をしてやっているのだ。
「くっ!? なんで当たらないの!!」
女の子は必死にパンチやキックを繰り出すが武藤は異世界とはいえ、殺すことを目的とした戦闘武術の正統継承者である。素人のしかも殺気もこもらない攻撃なんぞあたるはずもなかった。
「はあ、はあ」
武藤が攻撃を避け続けていると女の子はさすがに疲れたようで、ついにその攻撃が止まった。
「そろそろ行ってもいいかな?」
「!? いいわ。掛かってきなさい!!」
噛みあっているようで致命的にかみ合わない会話である。
「それじゃ」
そういって武藤は構える女の子を素通りしてそのまま立ち去ろうとする。
「ちょっちょっと!! 待ちなさいよ!!」
「ん?」
「何処へ行く気?」
「どこって帰るんだけど?」
「何でよ!! 勝負はまだついてないわよ!!」
「勝負だったのかこれ……」
一体何の勝負だろうか。いつの間にか勝負にされていたことに武藤は戸惑う。
「ストーカーなんかに負けるわけにはいかないのよ!!」
「その心意気はわからんでもないんだけど、まず相手を確認しような?」
「ちゃんと確認したわ!! 貴方、駅からついて来てたでしょ!!」
「それだけでストーカーって言われてもなあ」
「偶然同じ時間に全く同じ道で帰るそんな怪しい恰好した男がいるわけないでしょ!!」
「怪しい恰好は否定しないけど、その理論だと近隣に住む男全否定じゃない? 近所に住む男が偶々帰る電車が同じになった。それだけのことだぞ?」
「ぐっ!?」
田舎とはいえ、このあたりに住む同年代の男はそれなりの数がいる。そのうちの一人が偶々日曜日の同じ時間に電車で帰るとなると、確率的にはそれほど低いとはいえないだろう。何せ田舎の為、電車の本数そのものが少ないのだ。本数が多ければばらけるが、少ないと必然的に特定の電車に集まってしまうのである。
「じゃ、じゃあ貴方がストーカーじゃないっていう証拠を見せなさいよ!!」
「逆だろ」
「は?」
「なんで俺に悪魔の証明させるんだよ。まずお前の方が俺がストーカーだっていう証拠を出さないといけないんだろ」
そもそも悪魔の証明である。物的証拠なんぞあるわけがない。家が近くというのもストーカーでない証明にはならないのだ。
「ぐぬぬ」
少女は武藤の言葉に悔しそうに歯を食いしばる。実際違うのだから証拠なんてあるわけがない。
「そもそも本当にストーカーがいるのか? 確かに可愛いけど自意識過剰じゃない?」
「かわっ!? お、おだてたって許さないんだからね。ちょっと前から学校の帰り道に視線を感じるし、フード被ったあきらかに同じ人と妙にすれ違うし……アンタなんでしょ!!」
「そのすれ違う人と俺が似てるってこと?」
「背は同じくらい。フード被ってマスクしてるから顔はわかんない」
(フード被ってメガネにマスクで顔がわからなくて身長が同じくらい。どう見ても俺です)
それなら疑われるのも無理はないかと武藤はため息をついた。
「ふむ、ちょっとそこのコンビニに付き合ってくれないか?」
「え?」
武藤の唐突な提案に少女は困惑するも、そのまま大人しくコンビニについていった。警戒心があるのかないのかわからない少女である。
「視線をあまり向けないで自然に見てほしいんだけど……店の入り口から外の左の奥にある電柱に人がいるから確認してみて」
「? わかった」
言われるがままに少女は武藤の言う通り店内を移動中に自然と外に目を向けた。
「!?」
その視線の先には先ほどの会話に出てきたフードを被った者の姿があった。少女は直ぐに冷静さを取り戻すと、武藤のいる店の奥へと戻る。
「な、なんで……」
「実はさ、君と俺が帰ってるときにやや後ろに気配を感じてたんだよね。俺と同じでただ帰り道が同じ人かと思ったんだけど、君が襲ってきたときにその場に止まってたからさ。巻き込まれないように離れてるのかと思ってたんだけど、さすがにコンビニの外で待つのはおかしいな」
ひょっとして自分を本当にストーカーと思って警察に電話して見張っているのでは? と、武藤も疑心暗鬼になっていたのだが、スマホを取り出す様子もなければ、どうにも様子がおかしい為、武藤は少女に確認してもらったのだ。
そのことを聞いた少女は、先ほどまでの強気な態度はどこへやら、自らの肩を抱き震えだした。
「いやいや、君ぐらい強ければ一般人男性なんて怖くないでしょ?」
「女である以上、力づくで来られたら勝ち目なんてないわ……」
「それにしては容赦なく襲ってきた気がするんだが……」
「ふ、不意打ちならなんとかなるかもって……」
「思い付きで行動しすぎだろ……」
勇気がある……いや、単なる思い込みの激しい暴走少女か? 武藤は少女について考える。力で男にかなわないと理解しているのにもかかわらず自分に対しては問答無用で襲ってきた。これはそこまでこの少女が追い込まれていたということである。やらなきゃやられる……と。
「それで直接の被害は何か出てるのか?」
「て、手紙が……」
「なんて?」
「ずっと見てるって……」
「こわあ」
それは確かに怖い。見も知らぬ相手からそんなことされたら、確かに恐怖を感じるかもしれない。
「警察には?」
「行ったけど直接の被害が出てないからってまともに相手にしてもらえなかった」
(田舎の警察の悪いとこが出てしまったか)
武藤は呆れてしまった。基本的に警察は被害が出てからしか動かない。出る前に動かないと意味がないのだが、犯罪者を弁護する頭のおかしい奴らがいるせいで動けないのだ。冤罪を防ぐとかそういうのならわかる。だが明らかな犯罪者を擁護するってお前ら犯罪者の仲間だろって話である。
「以前お店から警察に頼んでもらった時はすぐに対処してくれたのに……」
「ん? 以前?」
「以前バイト先で何度かストーカーが……」
聞けばこの少女はメイド喫茶でバイトしているらしい。そのせいか何度もストーカー被害にあっているそうだ。その都度お店が警察に通報して事なきを得ているらしい。だが今回の相手はお店に関わっているか判断できない。というよりもお店に相談より先に現在の状態になっているようだ。バイト先はそれなりに都市部なので警察署があるが、こんな田舎では駐在所が関の山である。そしてそこにいるのは平和ボケした田舎のおっさん警察だけだ。ストーカーそのものを知らない可能性だってあり得る。
「例え警察に頼んでもこれは解決しないかもしれない」
「え?」
「頭のおかしい奴に理屈は通じないからな。ストーカー事件っていきなり殺しに来た挙句に犯人も後を追って自殺とかよくあるんだ」
「!?」
武藤のその言葉に少女は体を振るわせる。
「だったらもう二度と手を出せないように自力で解決するしかない。ちょっと怖いかもしれないけど……囮、やってみるか?」
「囮?」
少女は武藤の言葉に首を傾げた。
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