第51話 球技大会
その後、しばらくすると武藤達の思惑通り、武藤フィーバーは鳴りを潜めた。日本人は飽きるのが早いのである。
「情報という燃料さえ出なければ燃えることはないのさ」
どや顔で言い放つ香苗はどこか自身があふれていた。
そんな平和な日々が続く、秋の日。武藤達の学校では球技大会が行われていた。1年から3年まで混在して行われるが、そこまで本気で挑む者は少なく、気楽に行うカジュアルな運動といった感じの所謂催し物である。
「今日こそ武に勝つ!!」
そんな大会を前にわざわざ武藤の前まできて興奮気味に浜本が叫ぶ。
「どうやって勝つのかは非常に知りたいところではあるが、関わりたくないなあ」
「なんでだよ!?」
武藤の隣に立つ貝沼の独り言に浜本は即座に反応する。
「だってハマはバスケだろ?」
「ああ!! 武以上に目立って俺もテレビに出る!!」
「武の出る競技、野球だぞ?」
「……え?」
☆
「なんか悪いことした気がするなあ」
「あいつが勝手に勘違いしただけだから気にする必要ないだろ」
固まったまま動かなくなった浜本を置き去りにして、武藤と貝沼の二人はグランドへと来ていた。
「野球なんていつ以来だろ?」
「子供会のリーグ以来か?」
この二人を含めたいつもの幼馴染四人は、小学生の頃に同じチームとしてリトルリーグに参加していたことがある。リトルリーグといっても本格的なものでなく、地域の子供会同士のリーグ戦だ。
「よく考えたら武が凡退や三振した姿見たことないな」
「そりゃないだろ。だってしたことないもん」
「……は?」
「俺、打率十割だよ?」
貝沼もさすがに驚いた。いくらレベルの低い子供会の試合だとしてもまさか平然と打率十割を達成しているとは思ってもみなかったのだ。1試合2試合の出場ならまだ話は分かる。だが子供会の試合は毎週ではないが、日曜日に1試合か2試合行われる。年で通算すると30試合近くは行われるのである。リトルリーグは1試合6回までなので通常2打席、多くて1試合に3打席回ってくる。2打席だったとしてもフル出場で60打席である。それなのにこの男、平然と打率十割を達成しているのだ。
「あー思い出した。そいえば武、ワンバウンドしたボールをゴルフみたいにスイングしてホームランにしてたな」
田舎にちゃんとした野球場なんぞあるわけもないので、基本的にスタンドなんてものはない。したがってホームランは基本全てランニングホームランである。
「あーあったあった。楽しかったなあ。あれ誰だっけ? 西小のエースとか何とか言ってたやつ」
「あいつ西中のエースだぞ? 今じゃ元だけど。当時だってお前以外誰もバットにかすりもしなかっただろ。それをお前がパカパカ打つもんだから、あいつすげえムキになってたもんなあ」
「どんなに早くてもストレートなら金属バット持ってりゃ誰だって打てるよ。バットそこにおいておくだけで飛んでくもん」
「チェンジアップを混ぜてくる生きた120㎞の速球に対して、小学生でそれができるのはお前だけだ……」
当時から動体視力と直感ががずば抜けていた武藤は、どんなボールの軌道も正確に捉えることができた。ただ、パワーだけは足りなかった為、遠くに飛ばすことはできなかった。だが先述の通り、リトルの球場に外野スタンドなんてものはない。つまり、例え転がっていようと
そこでパワーのない武藤が編み出したのが、ライナーで外野の隙間を抜くという方法だ。武藤は驚異のバットコントロールで、思ったところにボールを打つことができる。狙えば10回中9回は狙ったベースの上にボールを当てることができるレベルである。その技術を使えば守備の間を抜くことなんぞ児戯にも等しいのだ。
「打率十割でホームランも打てる1番バッターって怖すぎるんだが……」
「でも全く勝てなかったよなあ、うちのチーム」
そう、武藤達のチームは毎回ぶっちりぎりの最下位だった。何故かといえば、投手陣も守備陣も壊滅していたからだ。
「さすがに10点とっても20点取られるチームは勝てねえよ」
そういって武藤と貝沼は笑いあう。この二人、実は野球が大の苦手球技である。貝沼は目が悪い為、小さいボールが高速で飛び交う野球は致命的に相性が悪い。対して武藤は打撃も守備もほぼ完璧である。だが、唯一の弱点が
「外野フライって難しいよなあ」
「そうそう、無理だよなあれ」
元々フライが取れない貝沼も武藤の言葉に同意する。そんな和やかな空気の中、球技大会が始まった。
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