第50話 年貢の納め時


「先輩!! 見つけました!!」


 その後、後輩たちの練習を見ていると、体育館の入り口から女性の声が聞こえた。視線を向けると一人の女性がこちらを見ている。

 

「ん? お前咲か!? なんでここに!?」


「もちろん先輩に会いにですよ!!」


 そういってその女性は山ちゃんへと抱き着く。

 

「おおっ!!」


「山ちゃんにもついに春が!!」


 周りの生徒達は動揺するも女っ気のない山岸についに彼女ができたのかと祝福ムードである。

 

「違うっ!! こいつは只の後輩!!」


「ええー先輩酷いですぅ」


 そういって女性はより一層山岸にしなだれかかる。

 

「離れろっ !! 誤解されるだろ!!」

 

「……誰にですか? まさか他に女が――」


「いないよっ!! 生徒達にだよ!!」


「なーんだ。よかった、また虫が付いたのかと思ったじゃないですか」


 その言動と笑顔なのに全く笑っていない瞳に周りの生徒達も恐怖に固まる。これはやばいやつだと。

 

 元々山岸はモテるのである。だが全く女っ気がないと山岸が勘違いするまでになった原因はこの女、咲が山岸に近寄る女そのすべてを排除してきたからだ。

 

「全く……やっと虫が近づかなくなったと思ったら、急に先輩いなくなるんだもん。探しちゃいましたよ」


「ああ、悪いな。携帯水に落としちゃってさ。番号変わった挙句に連絡先誰もわかんなくなった」


 山岸は元々ガラケーを使っていた為、水没により完全に新規のスマホに切り替わった。その後、誰にも連絡がとれないままこの学校に赴任してきたため、知り合いからは死亡説も流れている程である。


「そういうところ、先輩らしいです。ネットニュースに出ていて気が付いてよかったです。今日は再会を記念して飲みましょう!!」


「え? 俺酒飲めないんだけど」


「まだ飲めないんですか!? じゃあノンアルコールでいいから先輩の部屋で飲み明かしましょうよ」


「いや、お前ももう大人なんだし、女性を部屋に上げるわけには――」


「女ですか」


「え?」


「やっぱり他に女が――」


「いないよっ!! だから落ち着け!!」


「だったらいいじゃないですか。終わるまで待ってますから!!」


 そういえばそうだった。こいつはこういうやつだった。懐かしい記憶とともに山岸は咲という後輩を思い出していた。

 

「そもそもお前は今何してんだ?」


「私も教員してますよ? 隣の県ですけど。今日は打ち合わせでこっちに来たんでお父さんの所に泊まろうかと思ってたんですよ。でも偶然・・先輩がこっちにいるって聞いたので会いにきました」


「そ、そうか……」


 山岸は偶然の部分が妙な聞こえ方だったのに疑問を浮かべるもそういうこともあるかと納得した。

 

 

「山ちゃんこんな美人の彼女がいるのに彼女募集中とかいっちゃだめじゃん」


「だから違うっての!! 一応こいつの紹介しとくか。こいつのは俺の後輩で咲。室井・・咲。あの爺の娘だ」


「ええっ!? 室井先生の!?」


「室井咲です。もうすぐ山岸咲です。うちの夫がいつもお世話になってます」


「誰が夫だ!!」


 いきなり外堀を埋めに来るおそろしい女はあの室井の娘であった。

 

「こいつに引っかかるとあの爺の義理の息子になるんだぞ!! アレが義理の父親とか絶対嫌だ!!」


 ああー、とその場にいる全員が納得の声をあげる。山岸が室井を恐れているのは全員周知の事実なのだ。

 

「でも山ちゃん。こんなに美人で一途な人に思ってもらえるんなら、それくらい耐えれるでしょ?」


「絶対嫌だ!! お前らはあの爺の怖さを知らないからそんなこと言えるんだ!!」


 未だにトラウマになるくらいには牙を折られているようである。

 

 だがこの場にいる生徒達は全員気が付いていた。もうこの女から逃げられる術はない・・・・・・・・・・・・・・・・と。


 どう考えても今までは偶然に偶然が重なり運よく逃げられていただけなのだ。山岸としては毛頭逃げているつもりはなかっただろうが。見つかったら最後、例え他の女と結婚していたとしても狙われていたであろうことはその垣間見える執着心から明白である。どう考えても特級呪物、特大地雷の類であった。


 そうなると山岸が幸せになる方法は逃げ切るか、この女と結ばれること以外にはない。だが逃げるのはもう戸籍や国を捨てる覚悟でもなければ無理である。となれば結ばれる方法しかないわけだが……。

 

 幸いにも咲は美人である。髪がセミショートで鼻立ちもすっきりとっており、ぱっちり二重で肌も綺麗である。やや背が低いが女性にとってはマイナス要素にはならない。そしてスタイルも非常に整っている。10人いれば8人は振り向くくらいの美人なのだ。実際咲は非常にモテる。大学時代はそれこそ山岸以外の男達ほぼ全員に狙われる程にはモテる。だが本人が山岸一筋だった為に男達は全く相手にされなかったのだ。その相手にされなかった代表が織戸である。

 

「先輩は私のことが嫌いなんですか……」


「いや、好きか嫌いかでいえば好きだが……」


「だったら!!」


「でも駄目だ。あの爺がいる限り俺には無理だ……」


(お父さんたら……どこまで先輩の心を折ったのよ。もはやトラウマになっちゃってるじゃない)


 一体どこまで牙を折ったのか。完全に山岸が父に屈していることに咲は憤りを覚えた。このままでは普通の手段では自分に手を出すことはないだろう。一体どうすれば……。

 

「武藤君」

 

「?? なんでしょう?」


「ちょっとお話が」





 その後、武藤は練習を切り上げ帰宅した。これでも受験生なのである。といっても早く帰るのは勉強をする為ではないが。


 そして週の明けた月曜日。武藤は登校後、やたらと暗い顔をした山岸を発見した。

 

「どうした山ちゃん。元気ないようだけど」


「おしまいだ。俺はもうおしまいだ……」


 聞けば雰囲気に酔って咲に手を出してしまったらしい。

 

「ああ……まあ、男なら責任取らないと」


 そうはいいつつ武藤はその事実を既に知っていた。酔わせてやっちゃえ作戦は元々咲が考えていた作戦である。だがアルコールが入ると寝てしまう山岸にアルコールは飲ませられない。咲はやられたふりをして2人供裸でベッドに入って朝を迎えればいいと考えていた。だがそれではすぐにバレる可能性がある。出したかどうかなんて男はすぐにわかるのだから。警戒している山岸なら気が付くかもしれない。それにもうすぐ魔法使いともなると童貞は警戒心が強いのだ。

 

 そこで相談に来た咲に武藤が提案した作戦は本当にやってしまえ作戦である。


「最初の1手が重要です」


 身持ちの硬い童貞を落とすには最初に手を出させることに全力を注げばいい。後は勝手に溺れてくれる。武藤のこの意見に咲は素直に頷いた。


 作戦としては、まず自然に服を脱ぐという行為にどう移行するかということ。童貞なんざ服を脱いでおっぱい触らせてば落ちる。だが強度の強い童貞はそこでも自制する。山ちゃんはこのタイプだと武藤は予測している。そうでなければこのハイスペック教師が魔法使い寸前までくるはずがないのだ。だが身近で警戒心が薄くなる咲なら可能性がある。そこでごく自然に着脱クロスアウトして迫るという作戦だ。


「まずは目標1として自分の服をお酒で濡らさせること。あくまで不可抗力として自分からではなく、相手から濡らされるように仕向けるのがポイントだ。山ちゃんが口にお酒を含んでいる時に噴き出すようなことを言う。まあ山ちゃんなら抱いて下さいとかセックスしてくださいっていえば吹くと思う」

 

 咲はふんふんといった感じで頷きながらメモを取る。


「その後シャワーを借りて――」


「そのまま押し倒すんですね!!」


「違う。焦るな。ハンターは獲物を捕らえる時は完全に逃げられなくしてから止めを刺す。まだ準備段階だ」


「おおっ!?」


 乗ってきた武藤からすでに敬語はどこかへ消えていた。


「シャワーの後。ここがポイントだ。着替えがないからといって山ちゃんの服を借りろ・・・・・・・・・・


「服ですか?」


「ここからは性癖によって刺さるものが変わるから注意が必要だ。考えられるパターンとしては定番なのがYシャツだ」


「Yシャツ? それを着ればいいんですか?」


「ああ。だが……下は裸だ」


「!?」


「裸エプロンのYシャツ版。裸Yシャツだ。もちろん前のボタンは留めない」


「!? そ、それって見えちゃうんじゃ……」


「見せては駄目だ。ぎりぎり、見えるかどうかで見せないことがポイントだ。そして普段の動作でちらっと見せるのが攻撃手段だ」


「な、なるほど!!」


「四つん這いで近寄る。気づいてないふりして横を向いて横乳をチラ見せしたりすると効果的だ」


 咲は必死にメモを取っている。


「Yシャツが無ければTシャツでもいい。その場合も下には何もつけてはいけない。Yシャツとの違いは前が空けれないので、攻撃手段は乳首のポッチ透けと胸元から見える乳首、そして見えそうで見えない下だ。近くに迫って胸元が覗き込めるようにしてやると、たぶん胸に視線がいく。間違いなく。俺も香苗にやられた時は目が離せなかった……」


 そういって武藤は遠くを見つめる。これらの作成は既に香苗によって武藤がやられているものばかりである。そして面白いように香苗の作戦通り操られていたのだ。


「後は裸エプロンとか裸バスタオルとか色々あるが、山ちゃんが好きそうなのを選べ」


「わかりました師匠!!」


 いつの間にか柳以来の師匠である。


「目標2は相手の服を脱がすことだ」


「先輩の服を!?」


「簡単なのはお酒を零すことだ。上はいらん。正確にズボンを狙うんだ」


「わかりました!!」


「シミになるから早く脱いでくださいとぱぱっと脱がせてしまえ。それまでにお前の色気にやられてたら大きくなっているはずだ。なっていなければ偶然を装ってパンツの上からでもどさくさにまぎれてパンツを降ろしてからでも触って大きくしろ」


「さ、さわっ!? ど、どうやってそのお、おっきくすればいいんでしょう?」


「触ってればあっと言う間だ。強く触らなければ触れれば大きくなる。男なんてそんなものだ」


「な、なるほど!! 頑張ってみます!!」


「目標3、ここが止めだ。ここはお前の選択肢にかかっている。まずは先輩私でおっきくなっちゃったんですかあっていう小悪魔風に迫るやり方。2つ目はしおらしく、顔を赤らめて先輩、その、ごめんなさい。と初心な乙女を演じるやり方。3つ目は堂々と先輩私の事嫌いですか?と聞くやり方。これは2つ目からコンボで繋がる。4つ目は童貞の先輩なんか怖くない等挑発するやり方。そして最後は……ヤンデレ風受け誘いだ」


「ヤンデレ?」


「どうせ処女なのが嫌なんでしょ!! だったら他の男で捨ててきてやるってその恰好のまま出て行こうとすれば、必死に止めてくるだろう。止めた後にじゃあなんで手を出さないのといっておっぱいを押し付けて涙でも見せれば、山ちゃんならあとは押しきれる」


「おおおっ!!」


「後はお前なりにアレンジして使え。後は逃がさない為にはこっそり撮影しといた方がいいぞ」


「撮影!? そ、それはさすがに……」


「普通なら男が脅迫に使うものだがな。お前の場合は逆だ。脅迫に使える」


「え?」


「お父さんに見せるとでもいえばもう逃げられない」


「ああっ!! なるほど!!」


「実際父親なんかに見せる訳ないのに、その状況なら山ちゃんはそんな判断はつかない」


「さ、さすがは師匠!! 完璧な作戦です!!」


「詰めを見誤るなよ」


「わかりました!!」


 帰る前に武藤は咲とこんなやりとりをして作戦を伝えた。そもそも山岸が咲に少なからず好意があるのは間違いがない。トラウマで手が出せないだけなのだから、最後だけ少し後押ししてやれば後はどうとでもなる。その為、山岸が落ちそうなシチュエーションを何パターンか教え、やってるところはしっかりと撮影しておくことを武藤は伝えた。それで山岸は逃げられないからと。

 

 そしてその結果がこれである。

 

「ああああ、おれはなんてことを」


「よかったじゃないですか。既にお義父さんの連絡先しってるからいつでも挨拶にいけますね」


「!? うああああああああああああ!!」


 月曜の朝から山岸の絶叫が校舎に響き渡るのだった。

 

 


 前日、日曜日の夜。

 

『ありがとうございます師匠!! おかげ様で念願かなって先輩を手に入れることができました!! これも全て師匠のおかげです!!』


 武藤は咲からそう電話で告げられた。


「それはおめでとう。これで山ちゃんも幸せ一直線だな」


 武藤は恩師でもある山岸に幸せになってほしくてちょっとだけ手助けをしたかった。これでどちらかがそこまで気がない、もしくは好きではないなら何もするつもりはなかった。が、心理的要因で結ばれないだけでお互いを思っているのであればこのままくっつけるのが、山岸にとっても一番いい結果になると武藤は判断した。人妻に誑かされるよりは余程マシである……と。だがこのままいくと相思相愛ながらなかなかくっつかない。そこで色々と策を弄したという訳である。


『何か困ったことがあったらいつでもいってください。これでもお父さんやおじいちゃんの伝手でいろんなところに顔が利きますから』


「その時は是非お願いするよ」


 山岸の性格を読み切った武藤の【こうすれば落ちるシミュレーションパターン】を咲は見事に使いこなした。まさに策士と地雷の最強トラップコンビである。

 

 こうして武藤は着々と各所へのパイプを広げていくのだった。




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仕事がちょっと洒落にならないレベルで忙しいため、次回更新は未定です。

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