第49話 未来の英雄

「あれが武藤先輩か」


「あれが理外の怪物……」


「で、あっちが石川原キャプテン……いや、元キャプテンか。やっぱ全国を制した人達は貫禄が違うな」


 武藤達は一旦帰宅後、昼過ぎに体育館へ戻ると、入部希望者らしき人達であふれていた。

 

「こんなにいるのか」


「果たして何人残るのか」


 そうはいいつつも自分がまだ在校している間に、こんなに部員が増えるとは思っていなかった石川原の顔は笑顔で崩れていた。

 

「先輩!!」


「おおっ竹内、元気だったか?」


「はいっ!!」


「こんなにライバル増えると初心者のお前は大変かもな」


「わかってます。でもメンバー足りなくて試合出られないよりはレギュラー争いできる方が嬉しいですよ」


「お前はポジティブだなあ」


 そういって武藤は竹内の頭をぐりぐりと撫でまわす。なんだかんだといっても武藤は後輩にとっては優しい頼れる兄貴分なのだ。その為後輩からの信頼も厚い。

 

「精々レギュラーだけじゃなく、彼女まで寝取られないようにしろよ」


「!? ひ、陽菜ちゃんが……」


「まあ、あの子は俺を出しに元々お前を狙ってたようだけど」


「え?」


 武藤は竹内の彼女を見たことがあった。武藤に群がってきているメンバーの中にいたが、視線は竹内の方にずっといっていたのを武藤は確認している。この男、元々観察眼が鋭い為、自分のことには疎いが他人のことには鋭いのだ。

 

「だからもっと自信を持て。ちゃんと最初からお前を見ている人もいる。1年で一番俺が期待してるのはお前だからな」


「武藤先輩が俺に期待!?」


「おいおい、ムトずるいぞ。俺だってそうだよ」


「キャプテンまで!?」


「だからもうキャプテンじゃないっての」


「あっすいません!! つい……」


「まあつい最近までキャプテンとしか呼んでないんだから急に変えろと言われても難しいだろ。それに石川原いしかわらってなんか長いし言いにくいし」


「それでイッシーって言ってんのかお前は!!」


 衝撃の事実に驚く石川原。


「知ってるか? イッシーて、すげえ下手だったんだぞ?」


「ええっ!? 本当ですか!!」


「ああ、小学生の頃始めたんだけど、最初に体育の授業でやった時はそれはもう下手くそだったな」


「初めてで上手いのはお前だけだ!!」


 お互い人生初めてのバスケで武藤は従来持っている圧倒的スペックで石川原を圧倒していた。

 

「こいつのすごいのは、あそこまでけちょんけちょんにやられといて、全く腐らずに諦めずに努力を続けたことだ」

 

「だって人は人、自分は自分だろ? 他の人の才能なんで羨んだところで手に入るものでもないし、だったら自分が少しづつでも上手くなるしかないだろ?」


「これが今の石川原の力の原点だ」


「……すごいです!! 俺もキャプテンみたいになれますか!!」


「だからキャプテンじゃ……はあ、お前はムトみたいな天才タイプより努力を続ける俺みたいなタイプだから、焦らず続ければ俺なんてすぐ超えられるさ」


「!? がんばります!! いつかキャプテンを超えられるように!!」


 これが後の世で、全日本最高のスモールフォワードといわれた竹内純が、真剣にバスケの道を歩み始めた切っ掛けである。

 






「所でムト。本当に竹内に期待してるのか?」


 竹内が離れた後に石川原が武藤に尋ねる。


「当たり前だろ。あいつ野田より才能あるぞ?」


「……マジ?」


「あいつ目がいいし器用なんだよ。さっき練習してるとこみたけど、俺が地区大会で見せたドリブルを歪ながらも再現してたぞ?」


「どういうやつだ?」


「こういうやつ」


 そういって武藤は落ちてるボールを使ってドリブルをする。球を股の間に通すレッグロールから背中側、ビハインド(背中側)でのグライドステップの後、くるっと体を半回転させる高速ビハインドロールからの一気にドリブルする。

 

「おおっ!!」


「すげえっ!!」


「なんだあれ!?」


 周りの新入部員達から驚愕と感嘆の声があがる。

 

「さすが武藤先輩!! やっぱ本物は違うなあ」


「ちょっとドライブの入りが遅いのとビハインドでのドリブルがぎこちないけど、ちゃんと基本はできてたぞ。後は体重移動だな。しっかりと体幹を鍛えるといい」


「はいっ!!」

 

 興奮して近寄ってきた竹内に武藤はアドバイスする。

 

「竹内はまだ基礎が固まってないから、その分吸収力もある。だから山ちゃんにしっかりと基礎から鍛えてもらえ」


「わかりました!!」


「おいおい、俺より先生してるじゃねえかよ」


「あれ? 山ちゃん? いつのまに」


「今来たんだよ。相変わらずだなお前は。お前に言われずとも竹内が望めばしっかりと鍛えてやるよ」


「よろしくお願いします!!」


 山ちゃんに預けておけば大丈夫だろう。武藤は竹内という才能のこれからの未来が明るいことに安堵した。

 

 

 

「じゃあ先輩達に手本として1オン1をやってもらおうか」


「「え?」」


 山岸の声に武藤と石川原が同時に反応した。

 

 

 「おおおっ!!」

 

 「夢の対決だ!!」

 

  ギャラリーは大興奮である。

  

「……聞いてないんだけど?」


「今言っただろ?」


 この野郎と思いながらも仕方ないと二人はコートに入った。

 

「勝負するのも久しぶりだな」


「ああ、今日こそ点を取らせてもらうぞ」


「!?」


 2人が位置につき、石川原が武藤からボールを渡されたその瞬間、石川原はすぐにシュートモーションに入った。武藤は即座に反応したが、それでも手が届かない。

 

「フェイダウェイだと!?」


 フェイダウェイ。後ろにジャンプしながら放つシュートである。まさか3Pのラインからさらに後ろに飛んで・・・・・・・・・打つ奴がいるとは思わなかった武藤は反応が遅れた。


「よしっ!!」


 ボールはボードに当たってしっかりとリングに吸い込まれた。

 

「うあああああ!! すげえ!!」

 

「キャプテンすげええ!!」


「あの武藤先輩から点を取った!?」


 全国制覇をしたメンバー達が大興奮である。それもそのはず。練習でも大会でも武藤から1対1で点を取ったものはいないのである。

 

「1回こっきりだろうけどな。入ってよかった。ムト対策をずっと考えてたんだ」


 どうやっても止められる。なら止められない位置・・・・・・・・から決めるしかない。めちゃくちゃな理論だが、それしか方法がないのである。その馬鹿げたものを石川原は真剣に練習し、そして決めたのである。


「やられた……お前本気すぎるだろ。どんだけ負けず嫌いなんだよ」


「勝てないにしても1回くらいは点を取ってみたいじゃないか」


 そういって笑う石川原に武藤も苦笑せざるをえない。結局1-10と石川原がとったのはその1点のみで武藤の圧勝だったが、それでも十分元キャプテンとしての面子は保たれたのだった。

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