第48話 休み明け
翌日。ついに長かった夏休みも終わりである。気だるげな表情で武藤は無気力状態で学校へと向かう。
「おいすー」
「おいーって誰やねん!?」
貝沼に挨拶するも武藤はといえばマスクにメガネの不審者スタイルである。
「なんか百合達がしばらくこの恰好で通えと……」
「ああ……まあ今のお前ならなあ。TV見てたぞ。すげえ活躍だったじゃん」
あれから一週間たつも未だに武藤の話題はTVで度々出てくるのである。全く連絡も取れない謎の存在として。通常はプライバシーなどを考慮してTVでは名前は伏せられるものなのだが、なにせ出たのが公式の大会である。伏せられることもなく、本名から学校名まで全てバレていた。
「おっすおっす――って誰やねん!!」
同じことを稲村も繰り返していた。
「あー武か。どこの不審者かと思ったぜ」
「……ムネ? なんかあったか?」
「……別になにも?」
げに恐ろしきは幼馴染である。何もしていないのに色々と稲村の様子がいつもと違うことに貝沼は気が付いてた。
「で、その後どうなったんだ?」
「ぐふっぐふふふふ」
「気持ち悪い笑い方やめろ」
武藤の問いに君の悪い笑いで稲村が答える。
「なんとっ!! この度めでたく、聖子ちゃんと付き合うことになりました!!」
「!?」
「おおっやったじゃん」
「これも武とタカのおかげだ!! ありがとう!!」
「ど、どどどどういうことだ!? 聖子ちゃんて前来てたあの超かわいい百合ちゃんの後輩の子だろ!? それがなんでムネなんかと!!」
「なんかいうな!! 前遊びに行ったときにお前が用事で帰った時あったろ? あの時にさあ……くっくっく」
「!? お、俺はなんて失敗を……家のネットの不調なんか放っておけばよかった……」
あの時、貝沼は母親から家のネットがつながらないという電話で帰宅していたのだ。
「あーでもタカじゃ無理だったと思うぞ」
「なんでだよ!?」
「なんていうか中尾さんてムネと相性がすげえいいんだよね」
「え?」
「甘えたがりなんで、甘やかせ上手なムネにぴったりというか」
「それでも!! ムネが付き合うことは阻止できたはずだ!!」
「なんでだよ!?」
自分より先に彼女なんか作らせない。恐ろしき男の執念である。
「で?」
「え?」
「どこまでやったんだ?」
目が座っている貝沼の問いはとてつもないプレッシャーを放っていた。
「その……お、おっぱいは触らせてもらいました」
「死ねええ!!」
「うおっ!?」
貝沼の右ストレートは咄嗟に避けた稲村の顔すれすれを通り過ぎる。なんだかんだいって自称世界一動けるデブは伊達ではないのだ。
「揉んだのか? あのちっぱいを揉んだのか?」
「ちっぱいいうな!! しっかりとしたものはあったぞ!!」
「往来で下賤な話はやめろ」
武藤はそういって二人を止める。だがそうはいっているがこの男、件の少女のおっぱいをしっかりと揉んだことがある。しかもなんなら絶頂すらさせている。だけどあれはマッサージだからノーカウント。本気でそう思っているのでそのことはおくびにも出さない。
「大事なのは大きさじゃない」
百戦錬磨の武藤の言葉に二人は視線を向ける。
「そこに愛は……あるんか?」
「「消費者金融のCMみたいな言い方やめろ!!」」
何故か二人に攻められる武藤だった。
教室について武藤は変装を解く。何故かといえば意味がないからだ。何せ3年も通っている学校である。既に顔なんぞ知れ渡っているのだ。この学校に通う間はあくまで登下校中に寄ってくる人を避ける為の変装である。ちなみに高校に入ったら学校内でも変装させるとは百合達の談である。
「武藤君テレビ見てたよ!! すごかったね!!」
席に着いた武藤の周りには生徒が群がってきていた(主に女子生徒)
「おーっすムト」
「おっすイッシー」
「おおっ!! 全国制覇コンビ!!」
隣のクラスの石川原も来ており、全国を制したエース二人に周りも興奮状態だ。ほのかに聞こえるイシ×ムト、ムト×イシという声にはあえて誰も耳を傾けないようにしているが。
「イッシーバッシュ持ってきたぞ」
「いいよ、やるよ。記念にとっとけ」
「わかった」
武藤はバスケットシューズは石川原のお古を借りたままだったのだ。弘法筆を選ばすを地で行く男である。
その後も武藤の周りは一段とにぎやかだったが、武藤はあることに気が付いていた。
(なんか女の子の髪形がみんないつもと違う気がするんだが……)
武藤は自然とポニーテールから見えるうなじ等に視線を泳がせていた。見られていると感じた女子生徒達は内心ガッツポーズを決めていた。
(情報あってた!! ナイスよタカムネコンビ!!)
以前試合の応援の時にタカムネコンビから聞いた、武藤は女子の髪形の変化に弱いという情報がクラス中に出回っていたのだ。
おさげの子をじっとみたり、髪を結っている子をじっとみたりと、女子生徒達は明らかに武藤からの視線を感じるのだ。武藤としては無意識なので気が付いていない。だが間違いなくいつもより視線で追っている時間が多くなっていた。
(髪が長い百合や美紀にポニーテールは似合いそうだな。でも髪を掬いあげる仕草も好きなんだよなあ)
だが考えているのはあくまで恋人のことだった。
その後、体育館での全校集会である。
バスケ部は舞台上に呼び出された。全国優勝なので当然表彰される為だ。
「おいっ武藤!! さっさとあがってこい!!」
武藤は当然上がらなかった。何故なら既にバスケ部員ではないからだ。だが山岸の叫び声で渋々とあがることになった。
「あれが武藤先輩か」
「あのテレビに出てた武藤先輩!? ほんとにうちの学校にいるんだ!!」
体育館中がざわついていた。それもそのはず、事件でもないのにこんな田舎町がテレビで連日報道されるようなことなどめったにないからだ。その主役たるや認知度はすごいことになっていた。
「おめでとう」
武藤は校長から光り輝くバスケットボールを授与された。石川原は巨大なトロフィーを既に受けとっている為だ。
振り向いて石川原とともにボールを掲げると割れんばかりの拍手喝采が沸き起こった。
ちなみにその後、山岸に聞いた話だが、教頭は厳重注意だけでおとがめはなかったそうだ。なんでも寄付金等に関しては特に規定がなく、罰することはできないらしい。
だがあまりに独断が過ぎるとのことで、来年からは島の分校へと赴任するとのこと。要するに島流しである。休み明けから教頭の元気がないのはそういうことかと武藤は一人納得した。
「あのテレビの後、全国から寄付金が集まってるらしい。これでお前らの宿泊費どころかユニホームも新調できそうだ」
山岸が嬉しそうに語っていた。それと最近教員の集まりで若い女性教員からよく声をかけられるようになったらしい。
「これも全部お前のおかげだ。感謝するぜ」
武藤が彼女募集中といったことも影響しているのだろう。山岸は大人気になっていた。元が硬派なので誰にも手はだしていないようだが。
「でもなんか最近生徒達の親御さんが妙に近い気がするんだよなあ」
だが山岸は気が付いていなかった。狙っているのが若い独身女性だけでないことに。
武藤はもちろんバスケ部員達もそれには気が付いていた。なにせ
既にハニートラップまみれの地雷原真っただ中にいるということに、いつ山岸が気が付くのか。武藤達はあえて何も言わずに見守っていた。
「それで今日の昼からなんだけど、少しバスケ部に顔を出してくれないか?」
今日は午前中の宿題提出や集会のみで授業は明日からである。つまり昼からは休みなのだ。
「何か問題でもあったん?」
「いやあ、なんかバスケ部入部希望者がすげえいるのよ。入部試験とかはないから全員入ることになるけど、お前達に憧れて入ってきてるのは間違いないから、一応挨拶くらいはして貰えないかと思ってな」
「ああー」
武藤も石川原も何となく状況を察した。そりゃいきなりの全国制覇である。しかも上下関係なく誰でもレギュラーになれる可能性があるのだ。内申点のことを鑑みても気になるのも無理はない。
「一週間ぶりだし、まあいっか」
「だな」
二人は一週間ぶりにバスケ部に顔を出すことになった。
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