第46話 ギャル子と洋子

 そしてついに訪れた夏休み最終日。のんびり寝て過ごそうとしてた武藤だが、朝からでかけている。


「ダーリーンっ待ったー?」


「おはよう武藤くん」


 その理由といえばこの二人とのデートである。朝から待ち合わせをしていたのだが、やはり待たせるのは人として駄目だと思っている武藤は30分以上早く到着して待っていた。今では殆ど会わなくなった父親が時間に厳しかったから、そう躾られてきたのが影響しているのだろう。


「待ってないよ。いこうか」


 決して女性には待ったとは言わないのが男だといわれていたので、武藤は例え相手がどんなに遅れようが待ったなどと言ったことはない。


「ダーリンと初デート!! 楽しみだなあ」


「大丈夫武藤君? 無理してない?」


「寧ろそっちが大丈夫? なんか変だよ?」


 武藤は何故かいつものサキュバスっぷりが身を潜めている洋子を逆に心配する。


「へ、変かな?」


「いや、格好はかわいいだけだけど、様子がさ」


「か、かわ!?」


「ふふっ洋子ってばギャルッぽい恰好以外って初めてなんじゃね?」


 そう。今日の洋子は何故か清楚なお嬢様っぽいコーディネートで、白いワンピースを着用しているのだ。見事に着こなしており、どう見ても深窓の令嬢である。


「その、この格好はママが選んでくれたの。それで武藤君が居れば護衛なんていらないってオヤ――お父様に言われて、今日は皆車で待機してくれてるの」


 通りでいつも見かける黒服を今日は見かけていないと思った。武藤は洋子の言葉で納得した。


「ああ、それで緊張してるのか。なら期待に応えないとな」


 そういって武藤は洋子の前に跪いた。


「え?」


「姫は私がお守り致します。どうかご安心を」


 そういって洋子の手を取り、口づけする。


「!?」


 洋子は顔を真っ赤にして固まってしまった。


「!! ダーリンずるい!! 私にも!!」


「はいはい」


 そして同じことを美紀にもすると、美紀も洋子と同じように顔を真っ赤にしてぼーっとキスされた手を眺めていた。


 ちなみにこれは異世界で実際に武藤がお姫様にやらされたことである。姫のお付きの人にこうしろと教えられそれを実行したので、本人は作法だと思っている。実際は姫が武藤に気があったので、お付きの人が気を利かせて姫の為にやらせただけである。もちろんそんなこと武藤は全く気付いていない。


「じゃあ、いこっかダーリン」


「いつものとこ?」


「もちっ!!」


 いつものとこ。ショッピングモールである。田舎にはそこくらいしか遊ぶところがないのだ。


「電車で遠くに行くと洋子の護衛の人が大変だしね」


 確かに黒服でぞろぞろと移動するのも大変だろう。車だとついていくのがそもそも大変だろうし。


「猪瀬さんはそういう服も似合うね。さすがお嬢様」


「!? あ、ありがと……」


「洋子照れてる!! めずらしいっ!!」


「うっさい!! それより猪瀬さんだとオヤ――お父様と同じだから言いにくいでしょ? 洋子でいいよ」


「えっと洋子さん?」


「呼び捨てで」


「洋子」


「うん。よろしい!!」


 そういって微笑む洋子はお日様に輝くひまわりのように美しかった。


「洋子だけずるい!! うちも美紀ってよんで!!」


「ギャル子」


「ちーがーうー!!」


 そういって腕を引っ張るギャル子を揶揄いつつ、武藤達はデートを楽しんだ。


「へー、武藤君ゲーム上手なんだね」


 またもや一発で人形をとる武藤に洋子は驚きの声をあげる。


「知らなかったでしょ? こうやってお互いの良いところや悪いところを深く知っていってから初めて結婚なんて選択肢が出てくると思うんだよ」


「でもでもっ早くしないとダーリンモテるから取られちゃうもん!!」


「なんか特売品みたいな扱いだなあ」


「タイムセールなのかもね」


 焦るギャル子を見て武藤も洋子も笑う。


「まだ俺中学生だよ? なんでそんなに焦ってるの?」


「だって百合ちゃんもカナちゃんも既に子供のことまで考えてるんだよ?」


「あの二人は気が早すぎるんだよ……まあ、あの二人から捨てられない限りは将来的に面倒みるのは間違いないけど」


 既に武藤は百合達二人については覚悟完了している。


「なら私もそれに加えてよ!!」


「そんなに焦る意味がわからないんだよなあ。他にいい男いっぱいいるでしょ? まだ高1何だし、今すぐ決めることじゃないきがするんだけど」


「今がいいの!! 今すぐ!!」


「例えばさ。今から高校卒業するまで会わないって約束したとするじゃん? その場合、卒業の時にもう俺の事覚えてない気がするんだよね」


「それは……」


「いや、その条件なら忘れるかもしれんけど、その条件なんか意味あるの?」


「例えば結婚していきなり旦那が海外に単身赴任3年いった時に待っていられるかどうかってこと。百合と香苗は何だかんだ待っててくれる気がするんよね」


「それは……でも電話でやりとりすれば大丈夫じゃない?」


「どうせ直接会わないとあっというまに電話なんかしなくなって、すぐに身近な男に靡くよ。そうじゃなきゃ遠距離恋愛はもっと成立するでしょ」


 遠距離恋愛は8割別れるといわれているのだ。


「ギャル子のそれは恋でも愛でもなく唯の恩なんだよ。それって相手に対するものじゃなく相手の行動に対するものなんだ。だから別に相手を好きじゃなくても発生してしまうんだ。例え大嫌いな人でも助けて貰ったら恩を感じるでしょ? だから好き嫌いとは別の感情なんだよ」


「……」


「一旦恩を忘れてさ、俺個人を見てどうかだと思うんだよね。そんなにすぐ好きになるとも思えないし、今までのことから嫌いって可能性の方が高いと思うんだよ」


「ちがうもん」


「え?」


「なんなら最初に海で声かけたときからちょっと気になってたもん」


「……なんで?」


「なんか、はぐれた子犬みたいな顔してたから……見てたらなんか胸がきゅーんってなって、それで声かけたくて、ついあんなこといっちゃったんだもん」


「……マジ?」


「だから2回目に海で会った時、私の話をちゃんと聞いてくれて、お父さんに説教までしてくれて。じゃあなんでギャル子は泣いてるんだよって言ってくれた時にああ、私はやっぱり君のことが好きなんだなあって自覚しちゃったの」


「……マジかあ」


 武藤にとって衝撃の事実だった。まさか母親が助かる前に自分に惚れていたとは夢にも思っていなかったのだ。


「まあ、確かにお母さんを助けてくれた時が決定的だったけどさ。そういう力を持った人がさ、無償でそんな人助けすると思う? これでもさ、モデルやってるから結構いろんな男の人に誘われるんだ。そういう力を持った人って、やっぱ代償にそういうこと求めてくると思うんだよね。でもダーリンは内緒でお母さんを助けようとしたでしょ? ばれちゃったけど。やっぱ恩着せがましくそういうことをしない人って信用がおけるじゃん? しかも仲がいい訳でもない赤の他人の為を思って行動してくれる人なんてそんなにいないよ? 私はダーリンの特別な力じゃなくて、そういうやさしい心に魅かれたの。見た目がどうこうじゃないよ」


「ごめん、ギャル子。いや、美紀。そんなにちゃんと思ってくれてるなんて思ってなかった。俺もちゃんと真剣に考えるよ」


「ダーリン今美紀って……私こう見えて一途だよ? 死別でもしないかぎり男の人は後にも先にも一人だけって決めてるんだ。おかあさんが言ってたの。唯一の一人を見つけなさいって。ダーリンには私の唯一になって欲しいな」


 そういって美紀は武藤へと抱き付いた。武藤も避けずにしっかりと受け止める。唯の恩人ではなく、しっかりと好きでいてくれたということで武藤の美紀への意識は切り替わった。唯助けただけの人から自分を好きでいてくれる人へと。武藤は裏切られなれているので完全に信用はしていないが、それでも美紀の思いが本物なのは感じ取っているので、美紀はかなり懐に入り込めているといっていい。


「良かったね美紀」


「洋子……ありがと。でも洋子だってダーリン気になってるでしょ?」


「わ、私が!? いや、その……」


 武藤はサキュバスが何故慌てているのかわからなかった。


「ダーリン勘違いしてるかもしれないけど、洋子って本当に奥手なんだよ? 同年代だと男の人の手も握ったことないくらいに」


「え!?」


「護衛の人が居ないときに男の人と話すときなんて、ほんと挙動不審になるよね」


「……」


 美紀のその言葉に洋子は顔を赤らめて俯いた。どうやら本当らしい。


「あれ? でも車で色々となんかしてきてたような……」


「あ、あれは……ネットとかで聞きかじった誘惑の仕方をやってみたの!! 意味はよくわかってないけど……」


「マジかあ……天然サキュバスかあ」


「え? ダーリン何されたの?」


「なんか耳元で色々とささやかれたり、おっぱい揉んで強調してきたりと……社長の前じゃなければ危なかった」


「!? こ、効果あったの?」


「正直かなり色っぽくてぐらついた。百合達がいなかったら引っかかってたかもしれん」


「!?」


 その言葉に洋子は驚いた。まさか効果があったとは思っていなかったのだ。


「やったじゃん洋子!!」


「……美紀はそれでいいの?」


「ほえ? だってダーリンならうちと洋子一緒に貰ってくれるっしょ。親友と同じ人に嫁げるって最高じゃん?」


「!? 美紀……」


「今からこんなこというのもあれなんだけどさ。洋子の子供、うちの子と一緒に育てて見たいんよね。絶対両方かわいいに決まってるし」


「そんなこと考えてたの!? まあ私も美紀の子供なら育てて見たいけど」


 何やら美紀も洋子も色々と感性がおかしいようだ。武藤は見つめあって喜んでいる美紀と洋子を見てそう思った。


「っていうわけで、貰う時はうちらセットでよろしくー」


「よ、よろしく……」


「ぐっ……」


 照れながらそういう洋子を見て不覚にも武藤はかわいいと思ってしまった。清楚な格好でありながら、抜群のスタイルで尚且つ顔を赤らめて照れた状態で上目遣いでこちらを見てくるのだ。普通の男なら一撃で落ちるだろう。武藤もなんとか致命傷・・・ですんだのだった。



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