第42話 地味化計画

「あれ? 香苗、顔に何かついてるよ? 取ってあげる」


 そういて百合はハンカチを取り出そうとするも見当たらない。


「あっ!! そうだ。武の家にハンカチ置いてきちゃった。帰りに取りに行ってくる」


 今日水をこぼした際に咄嗟に自分のハンカチで拭いたことを百合は思い出した。

 

「通り道だから一緒にいくよ」


「ダーリンの家行ってみたい!!」


 結局3人で武藤の家へと行くことになった。

 

「おかえり」


「「「……ええーー!?」」」


 3人が家に入ると普通に武藤が出迎えてきた。

 

「なんでいるの!?」


「じゃあ海にいるのは誰!?」


「ま、まさかこれがドッペルゲンガーというやつなのか!?」


 三者三様に驚いている。無理もない。先ほど海で話してきたばかりなのだ。

 

「まあこの世に3人は自分に似た人がいるっていうしね」


「そんな問題じゃないでしょ!!」


「あーし、ダーリンじゃない人にしゅきしゅきアピールしちゃったの……?」


「武くん?」


「あーごめん。普通に先回りしただけで海にいた本人だよ」


「!? もう!! 驚かせないでよ!!」


「えっ? じゃあダーリン本物? 私間違ってない?」


「間違ってないよ。ギャル子がくっついてたのは俺だよ。だから安心して」


「ダーリン!!」


 そういって美紀は武藤に抱き着く。さすがの百合も今回は文句を言わないようだ。

 

「香苗はなんでわかったの? 私全然気づかなかった」


「髪に砂が付いているからね。それに体から海の香りがする」


「さすがに香苗は誤魔化せなかったか」


 そういって苦笑する武藤を見て、機嫌は直ったようだと香苗も安心する。

 

「さっきはごめんね武」


「いいよ。こっちこそごめんね。ちょっときつく言い過ぎた」


「なんでダーリンが謝るの!? 悪いのはあーしの方なのに」


「別にみんな悪くないよ。だから気にしないで」


「ダーリン……しゅき……」


 そういって美紀はより一層武藤へ抱き着いて離れない。男嫌いといわれていたカリスマモデルの今がこれである。

 

「さて、仲互いもなくなったところで武くんと美紀にはちょっと話がある」


 件の二人は咄嗟に「あっこれあかんやつや」と叱られる案件であることを敏感に察知し、ソファに行儀よく座った。

 

「よろしい。私は魔法については極力バレないようにした方がいいと思う」


「えーなんで? 魔法使いってすごくね?」


「一切の自由がなくなるどころか、まず間違いなく実験動物一直線だな」


「あー!! それ洋子も言ってた!!」


「まず今のところ、人類で魔法が使えたという実証はされていない。噂やおとぎ話程度ならあるが、魔女狩りにしてもあれは政治的な話であって、本当に魔法があったという話ではない。そんなところで魔法が使える者がいたとしたらどうなる? それも実証つきでだ」


「そりゃあ、有名になる?」


「そうだな。なりすぎるな。そしてあらゆる方面から狙われる」


「え?」


「それはそうだろう。本来ありえない力・・・・・・を使える者がいるんだぞ? 調べるに決まってる。そしてその力を自分たちの者にしたいと考える者が出てくる。そういった者達に共通するのは自分達さえよければ他はどうでもいい・・・・・・・・・・・・・・・・・と考えるところだ」


「ええ? どういうこと?」


「まあ、私達は彼という種馬にあてがわれる可能性はあるが、まず使われるのは彼に対する人質としてだろう」


「人質?」


「愛する人がいたら間違いなく人質として使うだろう? そうすれば個の力として敵わなくても彼にいうことを聞かせられるのだから」


「えーそれなんかずるくない?」


「勝てない相手なら勝てる手段で戦えばいい。人類はそうやって戦ってきたんだよ。と、いうわけで魔法がバレるとやばいわけだ。わかったかね?」


「はーい!! 先生わかりました!! ダーリンの魔法は秘密にします!!」


「よろしい。武くんもいいね?」


「あー、一つ言っておくけど、俺魔法を使ってるところ見られてるのって、百合と香苗だけだよ?」


「……は?」


 そうである。実は武藤は魔法・・を使っているところは誰にも見られていないのだ。転移の際には必ず周囲を索敵しているし、なんなら飛ぶ前に一瞬姿を消している。ギャル子の母にしても魔法を使う際には必ず姿を消している・・・・・・・・・のだ。


「あのバスケは?」


「魔法は一切使ってない」


 武藤はバスケには魔法を一切使っていない。目をやられたときにオーラは使ったが、それは魔法と違い外部の力を全く借りていない本人の持つ力なので問題ないと思っている。

 

「え? でも私達って魔法なんてみたことないよ? 香苗はみたことあるの?」


「いや、心当たりはな……避妊魔法か!!」


「正解」


 そう。避妊魔法だけは百合と香苗の前で使用している。だが二人は気が付いていない。

 

「いつ使ってるのかも気づいてないんだが……」


「そりゃあそうだろうね。だってその時って大抵二人が気絶する瞬間だし」


「「はあ?」」

 

「俺が魔法を使うときって中に出してるときなのよ。それって大体君たちがイってる時だから……」


 その言葉に二人はあーと声が漏れた。それは見た覚えがないわけである。何故ならその状態は100%意識が飛んでいる・・・・・・・・・・・からだ。


「ギャル子のお母さんの時も姿を消してたし。だから誰にも見られてないはずなんだけど……」


「ふむ。まさか誰にも見られていないのに・・・・・・・・・・・・魔法使いと認識されているということか。こいつは想定外だ」


 まさかの事態であった。よもやアレが魔法でないとは香苗も思っていなかったのだ。

 

「まずは武くんの認識を改めないとな。武くん。人類にあのバスケの時の君のような動きはできない」


「……え?」


「それこそ魔法でも使わないとね。問題はそこなのだ」


「そこ?」


「つまり普通の人にとって例え魔法でなくとも魔法のように見えることは魔法・・・・・・・・・・・・・・なのだよ」

 

「え?」


「武くんにとって魔法というのはある一定の規則や定理がある技術・・・・・・・・・・・・・・・なのだろう?」

 

「うん」

 

「そこにずれがある。私達一般人にとってはどうにもできないことは全部魔法・・・・でいいんだ。技術云々の話ではない」


 異世界帰りの弊害である。向こうでは明確に魔法かそうでないかが判別されていた為だ。魔力を使っていない行動は魔法ではありえない。向こうでの根本にあるその定義を守っていた為に、バスケでのあの動きなら魔力を使ってないので問題ないと判断していたのだ。


「だが、まだバスケについてはいい。あれは人には出来ない動きだが、人に可能な動きだからだ」


「?? どういうこと?」


「つまり空を飛んでいるわけでも瞬間移動しているわけでもない。あれはボールを投げる、ドリブルするといった目を開いていればまだ人に可能な動きなのだよ。だからまだ言い訳ができる。問題は病気を治したほうだ」


 その言葉に美紀がピクリと震える。

 

「姿を見られていないにも関わらず、病気が治るという結果だけは残ってしまっている。そしてそれをやった人物が判明しているというのが問題だ」


「……ごめんなさい」


「確かに口が軽すぎる美紀も悪いが、口止めもしていない武くんも脇が甘すぎる」


「?」


「美紀。物理的に甘いわけではない。寧ろ汗でしょっぱいだろうから武くんの腋を舐めにいかないように」


 香苗は武藤の腋に近づき舐めようと舌を伸ばしている美紀を止める。

 

「ン。確かにちょっとしょっぱいけど嫌な感じじゃない」


 香苗が止めるにも関わらず、普通に美紀はペロンという音が聞こえるかのようにTシャツの隙間から武藤の腋を舐めていた。

 

「なんで俺カリスマモデルに腋舐められてんの?」

 

 あまりの出来事に武藤も思考が追いついていない。

 

「はあ。まあいい、武くんは今後目立つ行動はとらないように」


「はい」


 武藤は素直に頷いた。

 

「美紀も周りに武くんのことを言わないように。いいね?」


「はーい」


「これは、前言っていた計画を本当に実行に移さないといけなくなったかもしれないな」


「計画?」


「武藤武地味化計画だ」


「あーあの目立たないようにして他のメスを近づけないようにするってやつね」


「幸いにも日本人は異常な程に熱しやすく冷めやすい。武くんについても情報が漏れない限りすぐに沈静化するだろう。燃料がなければ火は燃えないのだから」


 だから地味に変装して目立たなくしておけばいずれ沈静化するだろう。バスケについての動画も猪瀬から削除申請してもらえばいい。企業からの申請ならすぐに通るだろう。だがそれはつまり……。

 

「猪瀬については関係を切るのは難しいか」


 どんなに力を持っていても武藤はただの中学生である。組織的に狙ってくる相手がいた場合に対処できないだろう。ならば後ろ盾はあったほうがいい。しかも国といういつ裏切るかもわからないところより、利益という点が大きければデメリットがそれを上回らない限り裏切らない企業の方がまだ信用がおける。香苗はそう考えた。

 

「本来なら治ったという結果はあるが、誰がやったという確証まではなかったはずだ。だからシラを切ろうと思えば切れたはずなんだが……」


 香苗がそちらを見ればシュンとしている美紀の姿が見える。心底反省しているようだ。本人に全く悪気がないことはわかっているので責めるのも可愛そうだ。

 

「まあ、猪瀬とつながりができたから結果オーライというところか。今後は気を付けたまえ」


「わかった」

 

「ではこれより、武藤武地味化計画を発動する!!」


「えー本当にやるの?」


「武くんは今後外を出歩くときは帽子にマスクにメガネを着用するように」


「えーそれ不審者じゃね? 逆に目立つと思うよ?」


「そうなのか?」


「マスクとメガネは普通の人でもあり得るから目立たんけど、それに帽子はさすがに目立つんじゃね?」


「ふむ。美紀がそういうのならそうなのだろう。本当は帽子ではなく髪を長くして目を隠したいのだが……」


「さすがに男でウィッグまではつけられんっしょ。そこは伸びるまで待てばいいんじゃね? 今でも結構前髪伸びてるから、それをこうやって前にあつめて……出来た!!」


 そこにはクラスに一人二人はいそうな所謂、陰キャメガネくんの姿になった武藤がいた。

 

「やばっオタクくんができた!! 教室の隅っこにいそう!!」


「さすがは美紀だな。これなら目立たないだろう。猪瀬の仕事に行くときもこの格好の方がいいか? いや、そこは正体を隠せた方がいいから仮面でも被った方がいいか?」


「仮面? 超かっけええんだけど!! 何かいいのないかネットで探そう」


 そういいながら3人はワイワイとスマホを使って仮面を探し始めた。一人オタク姿で残された武藤はなんともいえずその場に立ち尽くしていたのだった。

 

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