第43話 コスプレ
夏休みの残り2日となったころ、武藤は漸く宿題を終え、夏休みに入って初めて何もしない休日というのを満喫していた。
「ピンポーン」
もちろんそのささやかな幸せもすぐに終わることになることはわかっていた。
「ダーリンお面届いた!!」
そういって朝一から段ボール箱を持って現れたのはモデルのMIKIこと吉永美紀だ。一応百合公認の恋人ということになってはいるが、武藤としてはそこまでの意識はない。純粋に自分に向けられる好意はうれしいのだが……。
「これ見て。出来やばない?」
そういって美紀が箱から取り出したのはキツネのお面だった。全体を覆うものと上だけを覆うものとあり、それも白と黒と色違いもある。質感も軽さも素晴らしく、一体いくらしたんだよと思わず突っ込みそうになるくらいには出来が良かった。
「こっちも一応買ってみたんだけどー。さすがにないかな」
美紀は箱から色々とお面を取り出す。箱の中を見ればそれはお面というよりは被り物だろうというものまで入っていた。ちなみに美紀が手に持っていたのは虎と馬の被り物である。
「お前は俺に何をさせたいの? 病気治してくれって頼んで馬現れたらどう思うよ?」
「んーとりあえず帰れって思う」
まさに身もふたもない話である。
「ん? 底の方はなに入ってるの?」
「ああ、それ? 仮面に合う衣装も頼んだの」
そういって美紀が取り出したのは……。
「神主?」
「
「どうみても神社の神主……いや陰陽師か?」
「サイズあってるはずだから着てみてよ」
そういわれて武藤は着替えてみる。
「ん?」
着替えているときに視線を感じてみてみると、そこには顔を真っ赤にして手を顔に当てて見えないようにしつつも、目の所ががら空きでこちらをガン見している美紀の姿があった。
「はだか……男の人のはだか……みちゃった……たくましい……」
妙に片言っぽいしゃべりになっていたが、武藤は気にせず着替え終えた。
「やっべ、せーめーじゃん!!」
恐らくは安倍晴明と言いたいのだろう。美紀は写真を撮りまくりそれをどこかへと送っているようだった。
しばらくすると玄関が空き、インターホンも何もなく、いきなりリビングに百合と香苗が現れた。どうやら写真を送った相手はこの二人だったようだ。
「きゃあああああ!!」
「ほう、似合ってる。実に似合ってる」
「だっしょー、うちのセンスどうよ?」
「見事だ美紀。御見事だ!!」
何故か美紀と香苗はハイタッチしていた。そして3人で写真を撮りまくっていた。
「なんだこれ」
武藤は展開に思考が追いついていなかった。
「帽子!! 烏帽子は!?」
「もちろん一緒に頼んであるよ。抜かりはないっしょ」
「パーフェクトだ美紀!!」
「セットで頼んだから小道具もいろいろ入ってるよ」
烏帽子までつけさせられ、小道具にお札っぽいマスキングテープ等も入っており、気づけばコスプレ撮影会になっていた。何故かこんなに美少女がいるのに武藤が撮られる側だ。
「武ポーズとって陰陽師っぽく!!」
「陰陽師っぽいって……」
百合の無茶な注文に武藤も頭を抱える。そもそも陰陽師という存在をよく知らないのだ。
(えーと、それっぽく炎っぽいものを纏ってみたらいいのか?)
武藤はオーラと魔力を広げ、体の周りから青い炎のような揺らめくオーラを可視できるように広げてみた。
「!?」
「はう!!」
「なっ!?」
そしてそれを移動させて掌にまとめ、それを鳥の姿へと変える。
「行けっ」
そしてそれを空中へ放つと火の鳥は部屋の中を羽ばたいて飛び回り、そして消えていった。
「こんな感じでどう?」
反応がない3人を不安に思ったのか武藤は固まった3人に尋ねる。
「す、すごい!! 武すごいわ!!」
「すごかったダーリン!!」
「い、今のは魔法かい!! 私にもできる!?」
気が付けば武藤は3人に詰め寄られていた。
「えーと、もう着替えていい?」
「「「駄目!!」」」
秒で却下された武藤は、結局その恰好のまましばらく写真を撮られまくっていたのだった。
「あれ? 俺スマホどこやった?」
「ふむ。見当たらないね。その衣装では入れる場所がないからどこかに置いたのでは?」
「私ならしてみようか?」
そういって百合は武藤に電話する。
「たーららららーららーららー♪」
どこかから音が聞こえる。
「ふむ……百合ちょっと待ちたまえ。次は私がかける」
「え? 別にいいわよ?」
「たーらららーらららーららららららららららーらららー♪」
「ふむ、そこの服の下のようだね。」
そこには着替えた武藤の私服が脱ぎ去ってあった。その下にスマホがあるようだ。
「ああ、あったあった。ありがとう」
「どういたしまして。ところで武くんちょっと聞きたいことがあるんだがいいかな?」
「……な、なんでせう?」
「君が相手によって着信音を変えているのはわかった。私と百合の曲が違ったからね。だが非常に興味深いのが何故、百合の着信音が七英雄で私の着信音が四魔貴族1だったのかということなのだが……」
「ひぃ……」
武藤は思わず悲鳴が漏れた。別にやましいことはしていない。
「す、好きな曲だから……です」
「ふむ。まあ確かに名曲だからな。それもいいとしよう。例え
確かに彼女の着信をゲームのボスバトルの曲にしているやつはあまりいないだろう。
「……」
武藤は言葉を返せない。実際は本当に好きな曲だから選んだだけなのだが、どうみても他意を含んだ選曲にしか見えないからだ。
「で、例えるなら百合は誰だい? ワグナス?」
「ワグっ!? も、もちろんロックブーケです」
「ほうほう。では私は?」
「アウ……「はあ!?」も、もちろんビューネイさまに決まってるじゃないですか」
「ほう。和装が好きと」
「いやちがっ――わないけど女一人しかいないじゃん!!」
「ふむ。私は敵から選べ等とは一言も言ってないのだが?」
「!? それはずるくない!?」
「問答無用でアウナスとか言おうとした君の言葉かね?」
「ぐうう。も、もちろん冗談じゃないか」
本当は生の搾り方がクジンシーとか言おうとしたとは言えない武藤だった。
「ん? 電話だ」
「む? そのゾーマの曲は誰なんだい?」
「猪瀬の社長だよ」
猪瀬の社長、猪瀬剛三からの電話で今から例の件で話があるから車をよこすということだった。
「その恰好にキツネ面ってエモくね?」
「和風ゲームの主人公っぽいね」
「武素敵」
陰陽師の恰好にキツネのお面はなにやら好評のようだった。
何があるかわからないので恋人達を家において、武藤は迎えに来た車に乗り込む。
「誰だよ!!」
「私だ!!」
そういってキツネのお面をはずすと猪瀬の娘、洋子は大爆笑だった。
「ひ、ひい、陰陽師って……キツネって……なんでやねん」
おなかを抱えて笑っているが……。
「これ、君の友達のギャル子のコーディネートなんだけど……」
「美紀の!? あいつこんな趣味あったんか!! 写真撮っていい?」
そういって洋子はキツネ面の武藤の写真を撮りまくった。
「君の友達なんなん? いきなり家に乗り込んできて着せ替えごっこさせられてたんだけど」
「私だって美紀が男の人にそんだけ遠慮なくいってるの初めてみたよ。愛されてるねえ、このこの」
そういって洋子は肘で武藤を推してくる。
「あれは愛ってよりかは只、恩を感じてるだけな気がするんだよねえ」
そもそも数回しか会ってないのだ。お互いのことなんて殆ど知らないはず。なのにあれだけ好意を寄せてくるのは、武藤からすれば恩があるからとしか思えないのだ。
「まあ、それもあるだろうね」
「例えばさ。ギャル子のお母さんを治したのが俺だってバレなかったとしてさ、ギャル子の好みの顔の男が俺が治したなんていってきたらギャル子どうしたと思う?」
「んー美紀って結構馬鹿っぽく見えるけど、あの子実は頭いいよ? さすがにその辺は気づくよ」
「え? マジ?」
「マジよマジ。だって成績私より上だもん」
「!?」
それは武藤がギャル子と出会って一番の驚愕だった。
「あーひょっとして、美紀がただ恩を感じてるだけって思ってる?」
「実際そうだろう?」
「はあー、女心がわかってないねえ」
「恐らく俺がこの世で一番理解できないものだな……」
「あの子さ。結構追い詰められてたみたいなんよね。お父さんしかり、お母さんしかり。それを武藤くんが全部解決したの。しかも金銭を要求するわけでもなく、体を要求するわけでもなく、ただ相談された。それだけで。そんなこと普通はありえないの。同じ立場だったら私だってコロっと行っちゃう自信あるわ」
「それって結局、恩を感じてるからってことなんじゃない?」
「解決したかしないかより、何の見返りもないのに相談に乗ってくれたんでしょ? 力になろうとしてくれたんでしょ? むしろそっちの方が重要でしょ。多分美紀はそこに惚れてるんだと思うな」
「……ギャル子のことよくわかってるみたいだな」
「だってうちら
そういって笑う猪瀬洋子の顔は少し影があるように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます