第40話 猪瀬組
夏休みも残り4日。宿題はなんとか予定通り進んでいる。百合達二人はもちろん昨日のうちに帰っている。さすがにそうそう何度も泊める訳にはいかないのだ。二人からは同棲したいなどという言葉も聞かれたが、さすがに近所とはいえ中学生で同棲は世間体が許さないだろう。
「さて、がんばりますか」
今日も今日とて宿題に追われている武藤だが、すでに宿題が終わっている恋人二人が襲来して大変なことになるのには既に想像がついていた。
「ねえ、どうしたらいいと思う?」
一方その頃、モデルMIKIこと吉永美紀は友人たちに相談していた。勿論武藤との恋仲発展のことである。
「ミキっちがそんなにマジになるなんて一体だれよそれ?」
「前会った魔法使い」
「あー前あったあの魔法使いくん!? マジ!? だって中学生でしょ!?」
「だって惚れちゃったんだもん。あーダーリンかっこいい……好き」
「あちゃーこれ重症だ。真由、これどうすんべ?」
「でもさー彼女いなかったっけあの子? やばカワイイコ」
「あっ!? いたかも!!」
「二人いる」
「「え?」」
「彼女二人いるの……」
「そんな堂々と二股してんの?」
「……やばくね?」
「しかもお互いを認めてて付け入る隙がないの」
「……やばすぎね?」
「でもあの子どっかで見たことあるんよなあ」
「魔法使いの子?」
「そうそう――ってあっ!? 武藤武!!」
「武藤武って最近話題のあのバスケの子?」
「そうそう。雰囲気なんか違ったけどあの子じゃね?」
「あっ確かに武藤武って言ってた。何ダーリンて有名人?」
「……お前偶にはニュース位みろし。今すげえ有名だぞ武藤武ってったら」
そういって洋子は全中決勝の動画を見せる。
「!? なにこれヤバー!! これダーリン? 超かっこいいんですけど!?」
「かっこいいとかそういう問題じゃなくて……まあかっこいいんだけど」
「なんか色々言われてるねえ。人類超越種とか理外の怪物とか」
「確かにダーリン魔法使いだし、あり得なくはないかなあ」
「……ちょっと聞きたいんだけど魔法使いってのは?」
「ダーリンてば本当に魔法使いだったの。私のお母さんの病気治してくれたし」
「!? 美紀のお母さんて確かALSだったよね?」
「名前とかわかんね」
「……この話誰かにした?」
「いや、誰にもしてないよ?」
「絶対言っちゃだめだよ!! 真由も!! いいね!!」
「あ、うんわかったけど……どったの洋子?」
「あのね。ALSってね。
「!?」
「え? 嘘……マジ?」
「マジもマジ、大マジ。ばれたらアンタのダーリン実験動物一直線よ」
「!?」
(はあー参った。藪から蛇どころかドラゴン出てきちゃったな。思ったよりもでかすぎる案件だこりゃ。親父に相談かな)
美紀の友人、猪瀬洋子は本心からため息が漏れた。友人の恋の相談のはずが特大の爆弾が出てきたからだ。
(でも恐らく国よりも先に重要な情報が得られた。それに美紀を伝手にすぐに連絡もとれそうだし。これは運が向いてきたか……)
「いい? ばれたら彼の人生終わる。そしたら彼は美紀のことを一生恨むだろうね」
「そ、そんなあ。やだああ」
「真由もいい? どっかに情報流したら……消されるよ?」
「わ、わかった。絶対言わない」
(とりあえず口の軽そうな友人二人には釘を刺しておいた。後は親父に相談した後、本人に渡りをつけるだけだ)
洋子は凄まじい早さで脳内を回転させる。どうすれば一番利益を得られるのか。
(やっぱまずは本人に直接会ってみないとね)
やはり直接対峙して会話してみないとわからないと洋子は対面することに期待を寄せていた。
(美紀には悪いけどいい男だったら……貰っちゃおうかな)
そして友人を裏切るあくどいことを考えていた。
「ふむ。眉唾だが、動画を見る限り普通じゃないことは分かる。一度見てみたいな」
「わかった。美紀に頼んでみるね。でも美紀のスキピだから無茶な真似はしないでよ?」
「美紀ちゃんはうちの売れっ子だからな。あまり機嫌を損ねるようなマネはせんよ」
美紀の友人である猪瀬洋子の父、猪瀬組社長である猪瀬剛三は顎を撫でながら思考する。
(不治の病を治せる力なんぞ実在したらとんでもない利益を生む。それが事実なら何が何としてもうちで確保しなくてはな……)
猪瀬組は芸能事務所から人材派遣まで、あらゆる仕事を請け負う総合企業である。どうみても堅気に見えない風貌と日本家屋風の大きな屋敷は任侠映画の撮影に使われた程である。というか本物である。
(いざとなったら力づくでも……いや、あの動きを見る限りあれはヤバい。どうみても子供のくせに雰囲気が堅気じゃねえ。あれはできるなら敵に回したくはない……)
裏の道で生きてきた男の直感が武藤とのいざこざは避けろと叫んでいる。これまでずっとこの勘に従って死地を生き伸びてきたのだ。
(ああいうタイプは最初に信用を作れないとその後一切関わり合いが持てなくなる可能性が高い。慎重に行かなくては……いざとなったら洋子を娶らせるか)
自分を慕う組の、家族の為、数多の死地を生き延びてきた男はあらゆることを想定する。まずは相手が何を欲しているかを知らなければならない。
(金や女に落ちるんなら楽なんだがな……)
どうみても極道にしか見えない大企業を束ねる男は、まだ見ぬ怪物に期待を寄せていた。
「なんでやねん」
武藤は途方に暮れていた。明らかに堅気じゃない家の前に立たされて。
「さあ、入って入って」
そうせかされ武藤は足を踏み入れる。
「お帰りなさいませお嬢!!」
両脇に一列に並ぶ黒い服の男達が一斉に頭を下げる。
「ああ、これ? うちの社員達だから気にしなくていいよ」
そういって笑う少女に武藤の後ろをついてくる百合と香苗は顔を引きつらせていた。
(なんでこんなことに……)
武藤はこうなった経緯を思い返していた。
それは武藤が本日分の宿題を終え、百合達と気晴らしにデートに出かけている時だった。
「ダーリン見つけた!!」
「げえ!? ギャル子!?」
突然ギャル子が抱き付いてきたのだ。
「ちょっと離れなさいよ!!」
百合はそれを必死にはがそうとするが、体格的にギャル子の方が大きいためはがせない。
「いーや。ダーリンはうちのものなの!!」
「武は私のです!!」
そういって睨みあう二人はただかわいいだけで全く迫力が感じられない。ちなみに香苗はそれに加わらず離れた場所から面白そうに様子を伺っている。
「ちょーっといいかな?」
「貴方は?」
「美紀……ギャル子の友達の猪瀬洋子よ。よろしく」
「武藤武です」
「武藤君うちのお父さんがちょっとお話したいっていうんで、悪いけどちょっときてくれないかな?」
「お断りします」
「まあまあ、そういわずに」
秒で断ったのに全く無視して猪瀬洋子は背中を押してくる。
「ちょっと!!」
「大丈夫、大丈夫。さきっちょだけだから!!」
「なにが!?」
気づけば黒服の男達に囲まれ、車に乗せられ冒頭の場所である。
「君が武藤君かね」
連れられてきたのはどう考えもやくざの屋敷、そして親分の目の前である。机もなく座布団一つに座らされており、周りが黒服の男達が囲っている。
「そうですが、無理矢理拉致とは趣味がいいとはいえませんね」
「何だとこのガキっ!!」
「やめねえかっ!! すまないなうちの若いのが」
恐らく予定調和なのだろう。大きな声で恫喝してそれを諫めることで対称を威圧して主導権を握ろうとしているのを武藤は正確に把握していた
「三問芝居はいいので早く用件をどうぞ」
「ほう。全く焦ってないな。怯えてもいない。政治家ですらこの環境なら多少は動揺するというのに」
「聞こえませんでしたか? 用件をどうぞ」
そういいながら武藤はオーラと魔力を広げていく。魔闘家としての本気の戦闘体勢である。
「うおおおまてまてまて!! なんか凄い鳥肌だってるんだけど!? なんだそれ!? ちょっと落ち着け!!」
「はやく」
「わかった!! 言うから!! ちょっと抑えてくれ!!」
武藤が周りを見ると百合達以外が苦しそうにうずくまっている。百合達には魔法的なバリアが張ってあり、プレッシャーの範囲から外されている為だ。
「ふう。洒落にならんな。それが魔法ってやつか?」
「!?」
武藤が威圧を抑えると猪瀬剛三はそれが魔法だと言い放った。この場でそれを知っているのは百合達以外だと……。
「あっごめん言っちゃダメだった?」
ギャル子が焦った顔をしていた。確かに武藤は口止めをしていなかったのを思い出した。
「はあ」
武藤は思わずため息をついた。ギャル子の口の軽さではなく、自身の身の甘さにである。
「まあ、そんな顔をするな。あんな動画が出回ればいずれはばれるだろう。だが今ならまだ間に合う」
「なんのこと?」
「君は自分なら守れるだろうが、周りの大切な人はどうだ? 四六時中守れるのか?」
「なるほど、私達を守ることと引き換えに武くんを取り込む。つまり後ろ盾になるということかね」
剛三の言葉に香苗が反応した。
「ほう。そちらのお嬢ちゃんは随分賢いな。まあその通りだ。君達に関わってくる厄介毎をうちが間に入って治める」
「その代り、魔法を使って何かをさせるってことか」
「どうだ? 悪い話じゃないとは思うが?」
「その気になれば四六時中守れんわけじゃないし、それだけで奴隷にされるのは利点がないな」
「もちろん仕事に見合った報酬は払うし、君の意見が優先だ」
「仕事の内容は?」
「魔法とやらで出来ること次第だな。聞いた話じゃ病気とか治せるんだろ?」
「まあ、大体治せる」
「怪我は?」
「そっちのが簡単だな。四肢再生とかはまあやってみないとわからんが、たぶん可能だ」
「!? そこまでか……脳死もいけるか?」
「そこらへんもやってみないとわからん。やったことないからな。あんたの身内に誰かいたら試してやってもいい」
「本当か!? これは想像していたより凄いことになりそうだ」
「報酬はちゃんと用意しといてくれよ」
「もちろんだ。なんだったらうちの娘を付けてやってもいい」
「!? こらあっ社長!! ダーリンは私のよ!!」
「違うでしょ!! 武は私の!!」
「私達のだろう?」
女性達3人が姦しくしているが、肝心の娘さんはこちらを見定めているようで、薄らと笑みを浮かべてみているだけだ。
「随分とモテるな。やはりいい男にはいい女が集まるものだな。おっと、知ってるかもしれんがこいつが俺の娘の洋子だ」
「よろしくね」
そういって洋子は敬礼のようなしぐさをする。ショートでシャギーの入っている髪は百合やギャル子のような長い髪とはまた違った魅力を醸し出していた。ちなみに香苗は百合と洋子の中間くらいショートボブくらいあるのでまたそれも違った魅力である。
「俺の立ち位置としてはどうなるんだ?」
「そこは契約社員のような扱いがいいだろうねえ。直に切られるかもしれないが、こちらからもすぐ切れるように」
香苗の提案に武藤も頷く。
「まだお互い信用もないんだ。今はそれくらいがいい。後々武くんが会社を興した時に業務提携でもすればいいんじゃないかな」
「それでいい?」
「……ああ。優秀な参謀がいるようでなによりだ。だがまずは一仕事してもらってからだ。まだその実力がわからんからな」
「いいだろう。決まったら連絡をくれ」
「わかった。俺に直接つながるように俺の番号も教えとく」
「あっ!! 社長ずるい!! 私も!!」
「貴方は駄目!!」
「なんでよ!!」
「まあまあ、百合。ここは抑えて」
気付けば社長の剛三だけでなく娘の洋子、ギャル子、そして幹部らしき斎藤という人物の連絡先が登録されていた。
その後、隣の部屋に何故か大量の寿司が用意されており、断るのも気が引ける為、武藤達は遠慮なく御馳走になった。ちなみに一番食べていたのは何故かギャル子である。
「どう見た?」
武藤達が帰って後、剛三は娘の洋子と隣の部屋に隠れていた妻、芳江に尋ねた。
「なんかすごいね。わからないけど鳥肌立っちゃった」
「あれは
「戦人? ママ何それ?」
「ママじゃなくてお母様でしょ。常在戦場。食事中も話し中もこの屋敷にいる間は常に戦闘体勢に入れるように警戒していたわ。信じられないけど、恐らく何人も人を殺してる雰囲気だったわ」
「!? まだ中学生だよ?」
「まだ話してない秘密が沢山あるのでしょう。洋子」
「何?」
「篭絡しなさい」
「……でも独り占めは難しそうだよ?」
「何番目でもいいわ。貴方が寵愛されれば猪瀬に敵対はしないでしょう」
「OK。まあ私もあの子気にいっちゃったからね。美紀には悪いけど全力で行かせてもらうよ」
そういって母娘で微笑む姿を見て、何故か剛三は恐ろしいものでもみたように恐怖に身を震わせていた。
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