第37話 家族
翌朝。明るくなると同時に武藤は目が覚める。昨晩はさすがに自重し、オールナイトカーニバルだけは避けたのだ。夜更け過ぎに二人を気絶させた後、すぐに武藤も力尽きて眠ってしまった。疲れが溜まっていたのだろう。主に精神的な。
二人を起こさないように起きた武藤は、昨日できなかった宿題に取り組んだ。このままでは下手したら間に合わないのだ。
日も高くなってきたころ、漸く二人が目を覚ました。二人は朝食を摂った後も何故か武藤家に居座っていた。そしてことあるごとに宿題をしている武藤にちょっかいを出してきた。主に肉体的に。
武藤はその誘惑にも耐え、宿題をつづけた。サキュバスの如き二人の誘惑は魔王との戦いよりも困難を極めたが、当初の予定通り宿題を進めることができた。
(勝った!!)
武藤は全国優勝よりも喜んでいた。でも下半身は裸である。何故なら二人がことあるごとに襲ってきているからだ(主に下半身を)
「ここを攻めるのよ」
「こうか?」
「んーもっと舌先を使って……」
見れば百合が香苗に口技講義をしていた。武藤のモノを使っての実演講義である。ダイニングテーブルの下でこんなことをされても宿題を終わらせた武藤の精神力が尋常でないことがわかる。
夕方になり、さすがに2泊はさせられないと二人を家まで送っていった。二人はかなり渋ったが、明日デートするということでなんとか納得させた。そして武藤は急いで明日の分の宿題も終わらせるのだった。
そして翌日のデートで思いもしなかったことがおきた。
「武藤先輩!!」
「武!!」
偶然、百合の後輩である中尾聖子と武藤の幼馴染であるムネこと稲村と出会ったのだ。もちろん出会ったのは別々である。
いつものショッピングモールを歩いていた時に稲村と出会うと彼はこう話していた。
「なんかタカが急に用事が出来たっていって帰ったんだよ」
もう一人の幼馴染である貝沼が急用で居なくなったと。それで一人ぶらぶらとしていたらしい。もう一人の中尾はといえば
「お友達が家から電話がかかって来ておばあちゃんがどうとか言って帰っちゃったんです」
こちらも友人の急用らしい。奇しくも二人とも同じ要因でフリーになったところで武藤達3人に遭遇したという訳だ。
「じゃあ一緒に遊ぼうか」
武藤のその一言でダブルデートのような形になったのだが……。
「稲村先輩!! あれとって下さい!!」
「まかせろ!!」
この二人は思いのほか相性が良かったようだ。どうやら中尾は多少太って入ようとも関係ないどころか、若干デブ専のけがありそうである。というより包容力がある男性が好みの様だ。
稲村はといえば、ドSな妹薫と生活しているだけあって包容力の塊のような男である。多少のことでは怒らないし、何より面倒見がよく心優しいのである。武藤達と馬鹿ばかりしているのであまり周りには気が付かれていないが、かなり気づかいの出来る男なのだ。
甘え上手な中尾に甘えさせるのが得意な稲村。まさに相性的に抜群である。
「聖子が男の人にあんなに甘えてるのは初めてみた」
「私もだよ。中々に面白そうなカップルじゃないか」
楽しそうな後輩を見て百合達二人も嬉しそうだ。ちなみに武藤はといえばマスクにサングラスに帽子と完全に不審者スタイルである。百合達二人がどうしてもと譲らなかったためだ。何が楽しくて真夏にこんな格好をしなければならないのかと聞けば……
「虫が寄ってきちゃうでしょ?」
ハイライトが消えた瞳でそう宣言されれば武藤も逆らえなかった。
思わぬカップルが誕生? しそうなままデートは終わり、武藤は日課となるランニングで再び海へと来ていた。
(魔力量が大分回復してきてるな)
武藤自身魔力は殆ど使用していないので補充する必要はないが、いつ必要になるかわからない為、海の魔力量は気にしておいて損はないのだ。
「あっ魔法使いくん」
「ん? なんだギャル子か」
夕方の海で出会ったのはやはり犬を連れたギャル子だった。
「どうした? なんか元気ないな」
いつもなら噛みついてくるギャル子が今日は何故か大人しいのだ。
「……君は魔法が使えるんだよね?」
「まあな」
「だったら……いや、なんでもない」
「なんだ気になるな。言ってみるだけ言ってみたら? 多少は気が楽になるかもしれんぞ」
「……そうだね。うちはさ。お母さんが病気で入院してるんだよね。なんか難しい病気らしくて、結構長く入院してるの。それでね、お父さんがなんか変な宗教みたいなのにはまっちゃって……変な道具とか一杯買ってきちゃって、最近は変な男の人も家に出入りするようになって……」
思いの外大変なことになっていた。
「それで体でも狙われたか?」
「!? まだそこまではされてないけど、なんか私を見る目がいやらしくて……家族がバラバラになっていく感じで、もうどうしたらいいか」
不意にギャル子の瞳から涙が零れ落ちた。
「ごめんなさい。貴方にこんなこと言ってもしょうがないのにね」
「連れていけ」
「え?」
「お前の家に連れていけ。お前の親父に言いたいことがある」
そういって武藤はギャル子についていった。
「おおっ美紀!! 後藤さんがいい壺を持ってきてくれたぞ!! これで母さんも安心だ!!」
家に入るなりギャル子父は妙な壺を抱えて喜んでいた。
「おや、お客さんかい?」
「あんたがギャル子の父親か?」
「ギャル子? 美紀の父親というのであれば確かに私だが」
「そんな壺で母親が本当に治るとでも?」
「!? 君は誰だい? この壺は霊験あらたかな「お前は黙ってろ」」
武藤は話に加わろうとして来た胡散臭い男を黙らせる。
「それいくらなんだ?」
「なんとたったの300万円だ!!」
「!? お父さん!? なんでそんなものを!!」
「いや、だってこれでお母さんが治るんだぞ? 安いものだろう?」
ギャル子父は本気で言っているようだ。
「おじさん。壺で病気は治らない」
「!? 君、いいかげ「お前は黙っていろと言った」」
武藤の殺気を乗せた圧力に不審な男は直に黙った。
「おじさんよく考えて欲しい。どんな病気も治る壺なんてあったら病院はいらない。そして世界には病気や怪我で困っている大富豪だってたくさんいるんだ。本当にそんな力がある壺ならその人たちに売っているはずだ。言い値で買ってくれるはずだからね。そういう人達にとって300万とかティッシュと変わらない価値だから。そんな人たちに売っているならおじさんに売る必要もないはずだ。金には困っていないはずだから。なら何故そうしていない? 本当にそんな力があるならもっと有名になっているはずだし、人が引っ切り無しに群がっているはずだ。でもそんなことはないんだろう? TVでもネットでも見たことないし」
その言葉に不審な男が目を逸らす。
「おじさんが奥さんのことを思う気持ちは分かる。俺だって母さんが死んだときは、自分の無力を呪ったさ。でもそれで家族をないがしろしちゃだめでしょ」
「な、ないがしろになんて……」
「だったらなんでギャル子が泣いてんだよ!! 特に親しくもない俺に助けを求める程に弱ってんだよ!! ちゃんと周りを見ろ!! そんなんで奥さんが喜ぶとでも思ってんのか!!」
武藤はギャル子の父を自身の父と重ね合わせていた。段々と弱っていく母親。何もできない自分。そして
「わかっているんだ……本当はわかっているんだ!! でもどうしろっていうんだ!! 私には何も……できないんだ……」
そういってギャル子の父は泣き崩れた。
「おい」
「へ?」
「今までの金返せよ? 返さないとどこまでも追っていくぞ?」
武藤の殺気を乗せた声に不審な男、後藤は分身する程高速に首を縦に振り、壺を持って走り去っていった。
「もっと家族で話し合いをしたほうがいい」
「え?」
「今までの事、全部母親に話してみろ。それで怒られろ」
そういって武藤はその場を去った……ように見せて姿を消して外にいた。
話の結果か、ギャル子一家は車に乗ってどこかへ向かった。恐らく病院だろうと予想し、武藤は後を付けた。武藤の能力なら車より余程早く移動できるのだ。
病院についても武藤は姿を消したまま後を付けた。そしてギャル子母の病室を確認した後、その場を去った。そこは家族の時間だからだ。
ギャル子親子が去った後、武藤は姿を消したままギャル子母の部屋へと入る。勿論ノックをしてからだ。
「あら? 誰か来たと思ったのだけれど……気のせいかしら?」
そこにはやせ細っていても衰えぬ美しさを醸し出す一人の美女がいた。
「こんばんは。通りすがりの魔法使いです」
「!?」
姿を消したまま喋る武藤にギャル子母は驚く。
「まあ、魔法使いさん? どちらにいらっしゃるのかしら?」
「姿を隠したままで申し訳ありません。貴方には実験に付き合って頂きたい」
「実験ですか?」
「ええ、私の魔法の実験です」
そういって武藤は魔法でギャル子母の体を調べる。だが、弱ってはいるがどこも異常なところが見当たらない。
「難しい病気らしいですよ。なんでも神経がなんらかの原因でおかしくなって筋肉がどんどん動かなくなっているらしいです」
筋肉そのものではなく、それを司る神経か。武藤は見えないまま難しい表情する。だったら
武藤はその膨大な魔力により、神経組織全てを新たに作り直すことにした。信じられない魔力で信じられない作業を行う。武藤にしても尋常でない負担がかかった。
凡そ1時間が過ぎるころ、漸く全身の組織が新しくなった。みればギャル子母の姿はそれはもう若々しく、ギャル子の姉と言っても通じる程になっていた。
「あかん、さすがに疲れた。帰ろう」
疲れ切って武藤は素が出てしまっていた。
「あの……実験は終わりましたか?」
「ああ。多分もう大丈夫」
「あ、ありがとうございます?」
ギャル子母としても半信半疑である。
「全く、女の涙は反則だよなあ。ギャル子のくせに――」
何かをぶつぶつと呟きながら武藤は転移で去っていった。
「……ギャル子?」
ギャル子母は訳が分からないまま、狐につままれたかのような体験をしてそのまま就寝した。翌日、検査の結果を見た医者達の絶叫が病院に響きわたった。
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