第34話 戦神

「よくやった玉木。いい仕事だ」


「……はい」


 玉木は自身のプレーがとても人に誇れない汚い行為だと気づいていた。これまで何人もの選手を傷つけてきた。

 

『俺の言う通りプレーをすればレギュラーにしてやる』


 万年2軍の玉木にとって織戸のその言葉は悪魔のささやきだった。

 

『名門野白のレギュラーとなれば内申も相当よくなるぞ。なあに、面接官達は試合なんかみない・・・・・・・・。必要なのか肩書だけだ』


 その言葉に常に2軍でくすぶっていた玉木はついに折れた。それがもう戻れない悪魔の誘惑だと知っていたのに。


 それから玉木は重要な場面で相手のエースを削っていった。偶然を装い、相手の身を削る。そんなプレーだけが上手くなっていった。ふとした時、自分のバスケに対する思いが薄くなっているのに気が付いた。削っていたのは相手だけではなく、自分のバスケに対する心もだった。

 




「なっ!?」


 第3Qが始まると野白中メンバーは顧問含めて全員驚愕した。

 

「出るのか!?」


 片目がふさがった武藤が出ているのである。

 

「君、大丈夫なのかね?」


「問題ありません」


 審判の問いに武藤は問題ないと答える。

 

(広げろ。自分のオーラを。自分自身を。コート全体に……)


 武藤は自身のオーラを広げていた。今までそこまで広げたことはない。広げるとしてもあくまで自身の周りを覆うくらいだった。それを全域に広げる。武藤にしても大変な作業だった。

 

(全てを感じろ。人を、空気をゴールを。全てのものを知覚するんだ)


「ムト!!」


 石川原からのパスを武藤は見もせずに受け止めた。そしてドリブルでコート中央付近にいくと、徐にシュートを放つ。

 

「!?」


「リバウンド!!」


 シュートはリングにかすりもしなかったが、ボードには当たった。その後も武藤はコートの中央からひたすらに3Pシュートうっては外していた。

 

 東中の面々はそれを全く気にもせず、攻撃時に必ず武藤にボールを渡していた。会場中がざわついていた。東中は試合を諦めたのかと。無気力なプレイに見えるが、審判はそれを注意できない。精神的に未熟な中学生のプレイであるし、なにより顧問が咎めないプレーなのだ。なにか理由があると考えて審判は口出しできなかった。

 

「へっ試合を諦めたか。西も東も雑魚ばかりだな!!」


 悪態をつく横田の声も無視して武藤はシュートを打ち続ける。既に試合は逆転されており、点差は広がっていった。会場にはブーイングようなものが出始めていた。

 

「!?」


 そして第3Qが5分を過ぎる頃、リングに触れながらだがついにシュートが入った。

 

「ま、まぐれだ!!」


 横田は叫ぶが次の武藤のシュートはリングにかすりもせずに正確にリングの中央を綺麗に打ち抜いていた。

 

「アジャスト完了」


「!?」


 ただ一言。武藤が呟いたその言葉に、横田は底知れぬ恐怖を抱いた。横田は見てしまったのだ。シュートを決めた武藤が目を閉じていた・・・・・・・ことに。

 

(感じる。空気の流れを。人の息吹を。コート全てが自分の中・・・・だ)


 武藤は目を閉じたまま、コート内のすべてを把握していた。横田が焦っていることも、神谷が頭をかいていることも、奥田がブーイングに慄いていることも。

 

「みんな待たせた」


「おせえよ」


「待ってたっす」


「ブーイングを蹴散らしてやりましょう!!」


「ムトどうする。俺達完全に悪役だぞ」


「それでいい。どんな手を使っても勝つのが正義なら、俺は悪でいい。己を貫き通して勝つ。それが俺の悪だ」



 第3Q残り2分。ついに武藤が動いた。放棄していたディフェンスはどこへやら、前半をも超える圧倒的なスペックでのディフェンスが蘇った。

 

 そしてコート中央よりも後ろから放たれる3Pは正確無比にリングを貫いた。それが繰り返えされると会場中が騒然とした。今までのプレイはなんだったのか。だが、誰かがその事実に気が付いた。

 

「あいつ目閉じてるぞ」

 

 その事実が広まると会場からはどよめきが起こった。どう考えても目を閉じて出来るプレイではないのだ。

 

「どうした天才? そんなものか?」


 武藤は対峙する横田に声をかける。そしてドリブルで一瞬で抜き去ると大きくバウンドさせ、リングとボードに跳ね返ったボールを空中で掴んでそのままリングに叩き込んだ。一人アリウープである。

 

「野田はもっと強かったぞ」


「!?」


 その声に発奮したのか、横田は果敢にも武藤へとドライブで突っ込んできた。

 

「!?」


 そして音もなくあっさりとボールを奪われた。

 

「森崎はもっと上手かったぞ」


 そして目を閉じたまま前線の石川原へ正確無比なパスを放つ。それをフリーの石川原が難なく決める。点差は確実に縮まっていた。

 

 そして再び横田からボールを奪うとその場から3Pを放った。

 

「柳はもっと早かったぞ」

 

 その言葉が終わる頃、ボールは正確にリングの中央を貫いていた。

 

「こいよ2流天才。お前の言う雑魚が、お前の全てを否定してやる」


 戦いの神がついに目を覚ました。

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