第33話 全国大会決勝
そして決勝戦が始まる。
「万年1回戦負けの俺達がここまでこれたのはまさに奇跡といっていい。それもこれも武藤のおかげだ。だが武藤以外ががんばらなかったわけじゃない。みんなで勝ち取った決勝だ。だから胸を張っていい。一つだけ言えるのは、勝ち負けじゃない。全国決勝という大舞台で精一杯バスケを楽しんでこい!!」
「わかったぜ山ちゃん」
「OK」
「気合はいるっす!!」
「うおーい!! せめてそこはみんな合わせて「おおー」とか「はい」とかだろ!! 自由すぎだろお前ら!!」
全国決勝という夢の舞台でも東中は相変わらずだった。
そしてコートへと選手が集合する中、武藤が一人振り返る。
「一つ間違ってるぜ、山ちゃん」
「ん?」
「今までのは奇跡なんかじゃない。奇跡は……
「へっ……かっこつけやがって」
そういって山岸は苦笑する。それを見て相も変わらず撮影していた竹内は、また彼女との取引材料が増えたことを喜んでいた。
「へっラッキーだぜ。こんな運だけのやつらが最後の相手なんてよ」
「昨日が事実上の決勝戦だったな」
中央に整列しようと移動すると野白中の面々の声が聞こえてくる。隠すつもりもないのかかなり大きな声だ。
「野田の野郎も大したことなかったしな。これで名実ともに俺が中学ナンバー1だ!!」
自信満々い語る横田に石川原が表情を歪める。
「おま―」
「イッシー」
石川原がなにかを口にする前に武藤が止めた。
「野田に熱くなるなって言ったお前が熱くなってどうする」
「……すまん」
「野田も松尾さんも見てるんだ。緊張するのも熱くなるのもわかる。だけど山ちゃんも言ってたろ。折角中学最後の晴れ舞台なんだ。精一杯バスケを楽しもうじゃないか」
「……わかってるよ」
渋々とだが納得した石川原は深呼吸をしてなんとか落ち着いた。そして試合が始まる。
ジャンプボールで最初にボールを奪ったのは野白中だった。
「じゃあまずは1本いってみますか!!」
そう言うなり、横田はいきなりドリブルでの突破を試みる。
「!?」
しかしそこには武藤が立ちはだかった。
「どけっ!!」
横田は強引にペネトレイトで突っ込むと武藤の横をすり抜けてジャンプシュートをしようとした。
「!?」
しかし、手元にボールがなかった。振り返ると武藤が悠々とドリブルとしている。
「いつの間に!?」
武藤はすれ違った瞬間、ドリブルで弾むボールの一瞬を横から引っこ抜くようにボールを奪い取ったのだ。弾くのではなく完全にボールの力の方向をコントロールして音もなく奪い去る。凡そ普通の人間にできる芸当ではなかった。
「行けっ」
武藤は既に走っている前線の石川原へとボールを投げる。寸分の狂いなく走っている石川原の手にボールが渡り、先制点は東中となった。
「なんだいまの?」
「いつの間に奪ったんだ?」
「なんかすごくない?」
たった1プレイで会場が騒然としていた。
「相変わらず化け物すぎるなあいつ」
「さすが師匠」
「それまだ続けるの?」
観戦している西中は自分たちがどれほどの相手と戦ってきたのか、会場中に自慢したげにしていた。
「……」
たった1プレイ。ただスティールされただけである。だがそれだけで横田の心は恐怖に震えていた。
(なんなんだあれは……ボールを取られて全く気付かないなんてことがあり得るのか!?)
ただのスティールといえばそれまでだがその実、人類を超越した超絶技巧である。それだけで調子に乗っていた野白中を警戒させるには十分だった。
「糞っまぐれだっ!!」
横田は現実から目を背けながら、再びボールを持って突っ込んでいく。
「うっ!?」
ただ武藤と視線が合う。それだけで横田の本能が叫んでいた。こいつとは戦うなと。
「くっ!?」
「え!?」
混乱したのは野白の味方だった。あの野田との対決でしか、パスを出さなかった横田がこんな序盤からパスを出したのだ。
「横田?」
「うるせえっ!! 前を見ろ!!」
本能的に怯えた等と言えるわけもなく、横田は果敢に動き回った。不安を打ち消すかのように。
(糞っ!! やりにくい)
野白中は横田のワンマンチームである。圧倒的スペックの横田を生かすためのチームであり、横田はそれを存分に生かし、自ら強引にでも点を取りに行き、実際決めてきた。しかしそれに混乱が生じ始めていた。横田が勝負しに行かないのである。他のメンバーはそこまで得点能力が高くない。何故なら横田以外はディフェンスやパス、スクリーン等ディフェンシブな能力に特化しているメンバーを集めているからだ。そもそも普通のメンバーを入れても横田はパスを出さないので意味がないのである。つまり野白の攻撃はほぼ横田一人にかかっているのだ。その横田が今のところ完全に抑えられている。西中の野田ですら横田を抑えるのに3Qは掛かったというのに、ほぼ初見で完ぺきに抑えている。その事実が野白中の面々に大きなプレッシャーを与えていた。
「糞っ時間がない!! 横田!!」
18秒を経過する頃、野白中はボールを横田へと回した。プレー開始から24秒以内にシュートしなければ相手ボールになってしまうのだ。
「糞がああ!!」
またしても横田は強引にドリブル突破を狙ってきた――かに見えたが、ノーチャージエリアに入る前にパスを横へと流した。
「!?」
しかし、武藤はそれを読んでいた。超反応でパスを弾くとボールが零れた。それを奥田が拾い、すぐさま前線へと投げた。誰もいない場所だがあっという間に武藤が追いついた。ボールを奪ったらセンター付近に投げていいと試合前に言われていたのだ。大きく弾むボールをすぐさま確保してすぐにドリブルでゴール下まで辿りついた武藤は難なくレイアップを決めて追加点を取った。
その後も武藤は横田を完ぺきに抑えた。野白中はなんとか横田以外で点を取り必至に食いついていくも、14-8と東中リードで1Qを終えた。
「やっぱりアイツはすごいな。結局俺も柳も1度も突破できなかったからな」
「あれは無理でしょ。師匠やばすぎるもん」
「落ち込む必要はないぞ」
「先生」
愚痴る野田と柳に室井が声をかける。
「正直あれは高校生にだって突破できん。大学生だとさすがに体格から厳しいだろうが、あれを抜くのは中学生じゃ無理だ」
名将である室井にここまで断言される武藤を二人は恐ろしく思う。だがそれと同じくらいに憧憬もしていた。
「あいつは武術の経験でもあるのか?」
「どうしてそう思うんですか?」
「あいつはそもそも反応速度が尋常じゃない。でもそれだけであんなに抑えることはできん。動き出しが早すぎるんだ。行こうと思った瞬間、もしくは意識がどこかにそれた瞬間。そこを狙って尋常じゃない速度で襲ってくるんだ。いうなれば意識の隙間を狙ってくるんだ。昔、合気の道場をやってる友人に聞いたことがある。達人は意識の隙間を狙ってくると。他から見てもわからないが、対峙した人から見ると
「あっ」
「そう!! それです!! 気が付いたら目の前にいるんすよ!!」
野田も柳もその感覚に心当たりがあった。何せ武藤のディフェンスを食らった当人達だからだ。
「肉体的スペックも高いのにそれ以外の部分も強いんだ。まさしく手におえないって言った方が早いな。奪われない為には届かない位置にパスを出すか、背後でドリブルし続けるくらいしか方法がない。正直織戸くんには同情してしまうよ」
織戸とは現、野白中の監督であり室井の元教え子でもある。
「武藤が直接シュートを打ってこないというのならまだ策のうちようもあったんだがな……」
室井は心底織戸に同情していた。武藤一人だけでも無理なのに野田に匹敵する石川原までいるのである。例え他が弱くても中学生レベルでは勝負にならない戦力差である。
(勝負に絶対はない。だが武藤がいる限り絶対はある。ならばどうする? ……織戸。人の道を外れるなよ?)
「先生!! なんなんすかあいつは!!」
「あー準決勝までは殆ど自分で点を取ってなかったんだけどなあ。シュートを打たないスーパーPGって認識だったんだが、どうやら牙を隠していたようだねえ」
荒れる横田に織戸はひょうひょうと返す。だが織戸も内心では焦っていた。
(なんだあの化け物は。あんなのにどう勝てっていうんだ……糞っ折角、横田っていう逸材を手にしたってのに最初で躓くとは!! 山岸めええ!!)
織戸は山岸の後輩だった。
(いつもそうだ。肝心なところはいつもアイツが持っていく。天然唐変木な癖に俺から咲を奪ったあげく、今度は全国優勝までかっさらうつもりか!! あいつには絶対負けん!!)
咲とはかつて大学時代の山岸の後輩であり、織戸の同期でもある。織戸は咲に惚れていたが咲は山岸に惚れていた。むろん山岸はそんなことには毛ほども気づいてはいなかった。別に咲と付き合っていたわけでもないのに織戸は山岸に奪われたと思い込んでいる。単なる八つ当たりに過ぎず、山岸にとってはいい迷惑である。
「玉木。行けるか?」
「!? ……はい」
一瞬の緊張をはらんで玉木は返答する。
(勝てない存在がいるなら追い出せばいい。それだけだ)
織戸に表情には暗い笑みが浮かんでいた。
「よーし、みんなよくやった。ここまでは順調な滑りだしだ」
上機嫌で山岸は東中メンバーをベンチに迎え入れた。
「だがここからだ。武藤、石川原注意しろ」
「ん? 何を?」
「野白の顧問は織戸って言ってな。俺の大学の後輩なんだ」
「へえ」
「あいつは日頃からずっと言っていた。勝つためには手段を選ばないって」
「……やばくね?」
「ああ、ヤバい。部屋の隅にあけっぱになってたチョコを食べてたら妙な歯ごたえを感じてアレ? アーモンド入りだったかな? って確認したらよくわからない虫の脱皮した殻と死体がチョコの大半を占めていた時くらいやばい」
「うあああああ!!」
「なんてこというんだ!! 想像しちまったじゃねえか!!」
「ちなみに俺の実話だ」
「あああああ!!」
バスケ関係ないところで東中は阿鼻叫喚となっていた。
「兎に角ファールと肉体的接触に気をつけろ」
そういって山岸はメンバーを送り出す。
(織戸……子供達はお前の道具じゃないぞ……)
山岸もまた、師である室井と同じ懸念を抱いていた。
第2Qに入っても東中の勢いは止まらなかった。だがそこで事件は起きた。
「!?」
武藤の高速でのフロントチェンジでの切り返しで第2Qから武藤についている玉木の足が付いてこず、玉木はその場に転んでしまった。武藤はそれを見てすぐ横をドリブルで駆け抜けようとした次の瞬間。玉木の出した腕が武藤の足に引っかかった。しかし武藤は抜群のボディコントロールで転ぶどころかそのままシュートを決めて見事に着地した。もちろんディフェンスのファールであるとしてフリースローが与えられた。
(露骨に狙ってきたな)
もちろんわざとだと武藤は気が付いていた。しかし、肉体的にも精神的にも未熟な中学生のプレイである以上、わざとであると判断できず、ファール以上のおとがめはなかった。
その後はさすがに審判にも警戒されているとわかっているのか、玉木に怪しい行動はなかったが、第2Q終了間際にそれは起きた。
「ぐっ!?」
いつの間にか玉木と変わり、横田が武藤についていたが、武藤はものともせずにドリブルで横田を抜き去り、そしてジャンプシュートを決めようとしたその時、いつの間にか武藤の前でジャンプしていた玉木が武藤の顔の前に手を出し接触したのだ。
「ムト!!」
シュートは決まったものの武藤はその場でうずくまって顔を抑えていた。
「武藤!!」
山岸は即座に武藤を交代させ、唯一の補欠である1年の竹内がゲームに入った。バスケは15秒以上プレーができない、もしくは手当が必要になる場合は、メンバーが5人未満にならない限り強制的に選手交代の義務があるのだ。
「武藤大丈夫か!!」
「目を引っかかれた」
「なんだと……織戸の野郎!!」
「大丈夫、眼球は傷ついてないし、左目だけだから」
「左目だけって……どっちにしろ片目じゃ距離感掴めねえだろ」
「少し時間をくれれば大丈夫。それにしても油断したなあ。俺もまだまだだな」
あまりにもあっけらかんという武藤に山岸はぽかんとした表情で呆けてしまった。
「おまっ目を怪我させられてそれでいいのか? さすがに怒るかと思ったんだが」
「勝つために手段を選ばないって聞いてたからね。どんな手を使ってくるか考えてたんだけど、まさか目を狙ってくるのは想定外だったわ」
武藤が想定していたのは、先ほどの足をつかむ等の身体接触で、足を奪うというものであった。手や体なら多少攻撃されたところでどうとでもなるので、狙ってくるとしたら動けなくなる足だと思っていたのだ。まさか日常生活に障害が残る可能性すらある急所の目を狙ってくるのは想定外だった。ちなみに魔法を使えばすぐ治るのだが、あえて魔法は使っていない。石川原達の熱い思いを見て、スポーツに魔法は使わないと決めていたからだ。
その後、第2Qが終わり東中がリードを保つもその差は1ゴールになっていた。
「すみません先輩」
「気にするな。でも初心者で全国大会決勝に出場だぜ? 一生自慢できるだろ」
「確かに。竹内はよくやってるよ。俺が同じ立場だったら緊張で吐いてるわ」
点差が詰まっているにも関わらず、東中は全員竹内を気遣い和やかな雰囲気を醸し出す。
「それよりムト大丈夫なのか?」
「ああ、たかがメインカメラをやられただけだ」
「お前が……ガンダム……なのか……じゃねえよ!! 真剣に聞いてんだぞ」
「わかってる。ちょっと調整に時間かかる。だからごめんみんな、第3Q俺に頂戴」
「ムト……わかった」
「いいのか?」
「元々お前がいなかったら来られなかった舞台だ。ならお前にはその権利がある」
「俺らももちろんOKっすよ」
「そうか……感謝する」
「感謝するのはこっちのほうっす。万年1回戦負けの俺達がいっきに全国決勝メンバーっすよ!! 生涯自慢できるっす!!」
「そうだな。俺は野田とも勝負できたし、満足している。お前は俺達のわがままにここまで付き合ってくれたんだ。なら後はお前の自由にしていい」
「みんな……わかった。好きにさせてもらう。
武藤はかつて異世界で師に言われた言葉を思い出す。
『武よ。もし元の世界に帰れたら、お前はそのままムトウを名乗るがよい。ムートゥとは古き戦いの神の名だ。神の中で、唯一武器を持たずに戦う戦神だ。お前に相応しい名だ。天覇雲雷流正統として覚えておくがいい』
地球に戦いの神が目覚めようとしていた。
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