第32話 ライバル
そしてついに全国大会の幕が開けた。前日入りしていた東中一行は会場へと足を運ぶ。1番安いホテルなので会場までの距離が遠いので、かなり早めに出ている。
「それじゃ説明するぞ。開会式の後、すぐに予選が始まる。昔は初日は開会式だけだったんだが、さすがに費用的な面からも時間的な面からも無駄だろうってことですぐ予選に入ることになったらしい。予選は3チームによるリーグ戦で上位2チームが明日からの決勝トーナメントに出場できる。決勝トーナメントは今日の18時以降にくじで決まる。勝てば明日1,2回戦。明後日が準決勝、決勝だ」
「結構長丁場だな」
「ああ。だから怪我にだけは注意してくれ。うちは補欠が竹内一人しかいないんだからな」
東中の最大の欠点は部員が少ないことである。2人怪我、もしくは5ファールで終わるのだ。
「一応聞いた話だと、下馬評では西中と野白中の2強らしいぞ」
「うちはその西中に2回も勝ってるのにそこより下なの?」
「武藤だけのワンマンチームだから崩れる可能性が高くて評価が低いそうだ。あの西中の試合を見て書いてんのかねこれ」
そういって山岸はバスケ雑誌の全中特集とやらを見ている。そもそも東中には取材なんぞ来ていない。東中に負けた西中には来ているのにだ。とはいっても取材が大会前なのだから仕方がないといえば仕方がないのだが。
「なんか天才いるらしいぞ。王国復活なるか、超高校級の天才、野白中のエース横田だって」
そこには一面を飾るイケメンの姿があった。
「変幻自在のドリブルと外からも4割決める高い得点能力で他を圧倒。とても中学生レベルではない。だって。武藤先輩よりすごいのかな?」
「ムトよりすげえ中学生とか想像できないんだけど」
「久々に出てきたバスケ会のスターらしいから、人気を協会そのものが押してるのかもな」
「いやいや、まだ中学生でそんなのある?」
「いや、知らんけどありそうじゃね?」
「あっ野田も載ってるぞ。常勝帝国を束ねる絶対の主将だって」
「へえ、さすが野田だな。俺達は?」
「載ってないな。北岡中は載ってるのに」
「酷くね?」
そんな会話をしてみんなで笑いながらのんびりと歩き、東中一行は会場へと到着した。
「おっあれ野田じゃね?」
会場に到着すると、何やら取材を受けている西中の面々が見えた。答えているのはキャプテンの野田のようだ。
「おっ漸くお出ましか」
「おはよう野田」
「ああ、おはよう石川原。なんか身体つきが変わったか?」
「特訓してきたからな。今度はお前を抑えてやる」
「ふっ返り討ちだ」
そういって二人は笑いあう。相変わらず仲がよさそうだ。
「師匠おはようございます」
「それまだ続いてんの!?」
武藤はお辞儀してくる柳に突っ込んだ。そのやりとりを見て、緊張していた東中の面々の顔が若干緩くなった気がした。少しはほぐれた様だ。
「ふむ、武藤くん。調子はどうかね?」
「戦う時は常にベストコンディションですよ」
「ふふっ聞くだけ野暮だったかな。今日日本が、世界が君のことを知ることになる。それだけで私は年甲斐もなくわくわくしているのだよ」
「こわっ」
「……山岸。何か?」
「いえっ!! なんでもありません!!」
「どうせお前のことだ。何言ってんだこの糞爺とでも思っているんだろう?」
「ぎくうっ!!」
「お前の考えることなど御見通しだ。全く、お前は学生の頃からちっとも変わらんな」
悪口はいうが学生時代から長く世話になっている恩師には頭が上がらない山岸だった。
「ああ、そうだ武藤くん。忠告というか1つお願いがあるんだ」
「なんでしょう?」
「出来れば横田を潰さないでやって欲しい。君程ではないがあれであいつも天才だからな。将来の日本バスケ会に是非とも欲しい人材なんだ」
「まず当たるかどうかもわかりませんが、考えておきます」
「頼んだよ」
そういって室井率いる西中男子部は去っていった。
「山ちゃんどうしたんだ固まって?」
「あーどうしてもあの爺の前だと恐怖で固まっちまうんだ」
「これ学生の頃に完全に牙折られてるな」
二人の態度を見て武藤はそう思った。絶対に逆らえない存在だったのだろう。
「あっ誠くん!!」
「圭ちゃん!!」
会場内へと移動しようとしているとそこで西中女子部の面々と遭遇した。会うなり名前で呼び合う石川原と松尾に周囲の面々が驚く。
「ちょっと圭子いつの間に!?」
「キャプテンどいうことっすか!?」
「あっえーとその……俺達実は付き合ってます」
「はあああああ!?」
武藤以外の全員が驚いていた。どうやら石川原は武藤以外には言ってなかったようだ。
「最近おしゃれに目覚めたと思ったら!!」
「そういうことだったのね!!」
松尾はいつの間にか女子部員達に囲まれていた。
「キャプテンどういうことっすか!!」
「抜け駆けは酷いっす!!」
こっちはこっちで大変だった。
「武藤先輩は知ってたんすか?」
「元々紹介したの俺だし、切っ掛けになったダブルデートに誘ったのも俺だしな」
「!? ずるいっす!!」
「そうですよ!! 俺達も彼女欲しい!!」
「この大会でがんばったらできるんじゃね?」
「!? そうか……やる気出てきたああああ!!」
「気合入ってきたあああ!!」
いつも煩い神谷と奥田は放っておいて、普段から目立たない下村も妙に気合が入っているように見えるのは気のせいではないだろう。緊張も解けたようでなによりだと石川原は安堵した。
ひと騒動ありながらも無事開会式も終わり、予選リーグが始まった。対戦相手は全く知らない所だったが、特訓でパワーアップした東中は難なく全てを撃破し、見事1位で予選リーグを突破した。
翌日の決勝トーナメントも東中は破竹の勢い勝ち進み、そのまま最終日の準決勝まで駒を進めた。
「10番を止めろ!!」
相手チームの監督らしき男が大声で叫ぶが、武藤は全く意に介することもなく自由奔放に動き続け、得点を重ねた。結局ここまで、そのチームも石川原と武藤を止めることができず、そのまま東中は全試合10点差以上をつけての圧倒的な強さを見せつけ、決勝へと進んだ。
「さすがな。まさか先に行かれるとはな」
試合後、話しかけてきたのは準決勝第2試合にでる西中キャプテン野田だった。
「決勝でまた東西対決しようぜ」
「3度目の正直だ。全国決勝の舞台で勝ってやる」
「2度あることは3度ある……だろ?」
そういって笑いあうキャプテン同士。やっぱりこいつら仲いいなとお互いのチームメイト達が思っていた。
(女子が見ていたら薄い本が厚くなるところだったな)
武藤だけが違うことを考えていた。
そして西中の準決勝が始まった。相手は朝雑誌の話題で出た野白中だ。
「あれが天才くんか。確かに上手いな」
「でも野田も負けてない」
雑誌に載っていた有名人2人は確かに別格で、その動きは他者と一線を画していた。
「確かに中学生レベルとは思えないが、武藤を見ているとそこまでって感じだな」
一緒に見ていた顧問山岸が噂の天才横田を辛口評価する。事実試合は西中が推し始めていた。
(糞っなんだこいつ!!)
横田が野田に抑えられ始めたからだ。序盤はほぼ確実に突破できていたのが2Qで5割。3Qも中盤に入るとほぼ突破できなくなっていた。
そもそも横田は野田とは初対戦だった。能力は高くても我が強く扱い辛い横田はあまり出番を与えられなかった。だが今年に入ってから変わった監督の元で使われるようになった。好き勝手にプレイするのは相変わらずだが、監督は横田を中心にチームを作り上げた。その結果が現在の野白である。
(天才か。確かに天才なんだろうが、武藤や石川原に比べればぬるいな)
一方、横田に対峙している野田は冷静だった。何せ地区予選から2人の天才を相手に戦い続けてきたのだ。特にブロック大会決勝では、武藤に対するダブルチームに意味がないことを悟った室井が、野田に経験を積ませるためにあえて武藤にマンツーマンでつけたのだ。そこで1度も武藤を止めることが出来なかった野田は全国までの間に奮起し、武藤は無理でも石川原くらいは100%止められるようにと努力してきたのだ。
(確かに速い。だがドライブするときにわずかに腰が下がる。フロントチェンジするときに進行方向の肩が下がる。バックチェンジするときに一瞬こちらから意識が逸れる。こいつを見るたびに石川原と武藤の化け物度がどんどん上がっていく気がするな)
対象の2人は全く同じモーションでどちらにいくかわからない。そして2人ともパスを主体にしている為、どうしてもそちらに意識をさかれてしまい一瞬反応が遅れる。故に2人のドライブを止めるのは至難の業なのだ。
(武藤に至っては見もしないで後ろからくる味方に1ミリもずれないパスをするからな。それにあまりの切り返しの早さに生まれて初めて
横田と対戦していても感じるのは武藤、石川原の東中天才コンビのことばかりだった。
(もう1度アイツらと勝負したい。最後の大会なんだ。こんなところでは終われない!!)
野田は珍しく燃えていた。弱小で燻っていた幼き頃のライバルが、武藤という天才によりついに研がれた牙をむいたのだ。これを受けて立たたずして何がライバルか。普段冷静な男が熱くなった。だがそれはいいことばかりではなかった。
それは第3Qの後半で起こった。現在のバスケのルールはオフェンスが有利である。それまでディフェンス有利のルールだったのが、ノーチャージエリアを作られたことにより圧倒的にオフェンス側が有利になったのだ。ゴール下に作られたノーチャージセミサークルエリア、通称ノーチャージエリアではオフェンス側がドリブル突破かシュートをしようとしている、もしくは空中でボールコントロールしている場合に限り、例え接触してもオフェンス側が反則にならないのである。手や足を使って直接攻撃すればさすがに反則であるが、普通にプレイする分にはならないのだ。どういうことかといえば、ディフェンスはうかつに触ることもできないということである。どうしてそういうルールが作られたかといえば、ディフェンス有利だと点の変動が少なく、興業的に盛り上がらないからである。
(ここで勢いをつける!!)
横田は焦っていた。微妙な点差とはいえ野白は負けている。このままで負けると思った横田は強引にペネトレイトで突っ込んだ。だが野田を抜くことができない。そこで彼は初めてパスを出した。
「!?」
いきなりのパスに焦った野田はその後、切り返しのパスを空中で受けようとした横田を止めようとしてしまった。普段の冷静な野田ならそこは見送っただろう。だが熱くなっている野田は止まれなかった。
(ここで勢いづかせたらまずい!!)
ゴール下で思わず飛んでしまったのだ。
「いかんっ!!」
(しまった!!)
思わず叫んだ室井の言葉とほぼ同時に野田は己の失策を悟った。
「ぐっ!?」
咄嗟に体をかわし、ファールこそ取られなかったもののアリウープを決められ、体勢を崩した野田は着地で足をひねってしまった。
「野田!!」
野田はすぐに交代となった。ポイントガードに森崎が入り、柳が3Pで奮闘するもその穴を埋めることができず、わずか1点差で野白が勝利した。
「野田……」
それを見ていた石川原の心境は複雑だった。中学最後の試合で、ライバルと決着をつけたかった。その思いがもう適うことはない。泣き崩れる西中メンバーを2階席から眺めながら、どこにもぶつけようのない激しい憤りを己のうちにたぎらせていた。
「……すまなかったな。約束、果たせなかった」
試合終了後、足を引きずりながら現れた野田は開口一番石川原に謝罪した。
「馬鹿が。ガラにもなく熱くなりやがって」
「ははっ面目ない。俺もまだまだってことだな。決着は高校でつけよう。お前らは負けるなよ」
「俺達の分までがんばれよ!!」
「敵を取ってくれ!!」
泣き声で西中の面々が思い思いの言葉を口にする。
「任せとけ。お前らの思いも決勝まで連れってやるよ」
石川原は男らしくそう伝える。その顔は先ほどまでたぎらせていた憤りが消え、勝利への執念に燃えていた。
「師匠頼みます!!」
「結局師匠なんかーい」
この二人は最後までしまらなかった。
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