第31話 ダブルデート


 東中初の全国大会出場が決定しても夏休み中というだけあって、東中では一部の者にしかその偉業は伝わっていなかった。



「あの糞狸がっ!!」


 全中出場が決まったあくる日。体育館で一人荒ぶっている男が居た。


「山ちゃんどうしたんだ? 機嫌悪いけど」


「さあ?」


 荒れ狂う東中の山岸である。


『本来なら全国初出場ともなれば、OBやら保護者達に寄付金を募るのもまあ、よくあることなんですがね。女子部ならまだしも悪名高い男子となるとその……ぶっちゃけ集まることなどないと思った方がいいです。なので男子バスケ部は自腹でお願いしますね。募るだけ無駄なのでそんな無理なお願いをしたくありませんからね』


 全国出場を校長に伝えようとしたら出張中で居ないとのことで、教頭に報告したらこれである。男子バスケ部は教師からの評判が悪い。部員にやる気がない。練習が非定期で部員が全員集まることがほとんどない。実績は大会基本1回戦負け。顧問がやる気がない。と、あげれば暇がないのだ。一言で言えば悪名高いである。そして嫌っている筆頭が教頭なのである。


「まあ、言われて見れば確かに思い当たる所はあるなあ」


「というか思い当たる所しかねえな」


 部員達はあっけらかんとしたものである。


「……すまん。俺のせいだ。俺がもうちょっとしっかりしていれば……」


「別に山ちゃんのせいじゃないだろ」


「そうそう。元々俺達のやってきたことなんだから責任も俺達自身にあるはず。山ちゃんが勝手に負うべきじゃない」


「そういえば横断幕とかないの?」


「ないな。そもそもうちの学校って登校日ないだろ? だから夏休みにそんな横断幕付けた所で部活にくる生徒くらいしかみないからそもそも作らない方針らしい」


 よく甲子園出場校などの学校で、屋上から垂らされる全国大会出場とかのアレである。そういえば女子バスケ部が全国にいった時はどうだったっけ? と、思うもそもそも夏休みに学校なんざ出てこないので気が付く訳もなかった。言われて見れば確かに見る人限定されるなと納得した武藤だった。


「いやあ面白くなってきたな」


「……なんでそんなに嬉しそうなんだよムト」


「いや、この状況をちゃんと録画して記録しておこうぜ。そして全国制覇してインタビューで言ってやるんだよ。宿代も参加費も全て自腹で出場しました。お金が厳しいので来年以降は出ないかもしれないですってな」


「ふっははははっ!! それ最高だな!!」


「いいじゃん!! やったろうぜ!!」


「教頭に自腹で行けって言われたって名指ししてやろうぜ」


 田舎の公立校なんぞ余程の不祥事でも出さない限り、部活の活躍で入学者数なんてそうそう変わらないのである。ならば好き勝手にして相手の嫌がることをしてやろう。というのが武藤の考えだ。そちらが好きにするならこちらも好きにする理論である。


「お前等……わかった。俺も覚悟を決めた。全国出場は決まったが俺達のスタイルは変えないで行くぞ。練習は出たい奴が出ろ。日曜日は休み。自由こそが東中バスケ部のモットーだからな。それで全国制覇してやろう」


「元々全国は休み云々の前に完全にムトだよりなんだけど」


「その武藤を所属させるのに一番必要なのが自由だろうが」


「さすが山ちゃんは分かってるな。そのスタイルなら普通にバスケ部にいるよ俺」


 山岸の案に普通に武藤は納得する。体育会系が嫌いな武藤にとって東中バスケ部はまさに理想の部活なのである。


「なら武藤以外は走り込みからだ。お前らは石川原以外圧倒的に体力が足りない。体育館の大外を10周行ってこい」


「ええー」


「ええーじゃねえよ!! 全国で恥晒したいのか?」


「ぐっ……それを言われるときついっす」


「モテるぞ」


「え?」


「活躍するとすげえモテるぞ」


「……マジっすか?」


 武藤の甘言に愚痴をこぼしていた2年生はあっという間に引っかかる。

 

「来年はお前達が中心になるんだぞ? そこで全国制覇チームのメンバーだったという肩書があれば……どうなると思う?」


 ごくりと誰かが唾を飲んだ。

 

「女はな……肩書に弱い!!」


「!?」


「だが勝ち確定権の肩書を手に入れても情けない姿を晒したら全てがパアだ。どうする? ここが薔薇色の人生とどん底の人生の分岐点だぞ?」


「うおおおおやってやらあああ!!」


「モテるんだああああ!!」


 2年生達は全速力で飛び出していった。


「……お前は人を乗せるのが上手いな。アジテーターにはなるんじゃないぞ。お前面白がって場を混乱させそうだからな。規模が大きいところでそれをやられると大惨事になりかねん」


「山ちゃんは俺を一体なんだと……」


「大きな力を持ちすぎた子供。だから危なくて目を離せないんだよ」


 その言葉に武藤は衝撃を受ける。自身を子ども扱いしてくる大人が久しぶりだったからだ。そもそも異世界では15歳は既に成人扱いだった。だから周りから子供という扱いを受けたことがないのだ。その為、急激に大人になるざるを得なかった。例え精神が子供のままでも。その歪さを残したままこちらに帰ってきたのが現在の武藤である。

 

(精神が肉体に引っ張られてるのか?)


 向こうでは感じえなかった感情に武藤は戸惑う。精神とは、記憶とはどこに宿るのか? 脳を入れ替えるとその人と入れ替わるのだろうか? 武藤はこっちに帰ってきた時からずっと考えていた。まず物理的に精神を入れ込むことが想像できない。脳だけなのか、心臓だけなのか、あるいは両方か。体の隅々まで自力で解明したが、記憶についてだけはさっぱりわからなかったのだ。今考えている思考がどこから如何生まれているのか。結局人は自分で自分を外からは観測できないのである。その結果武藤がたどり着いた結論は、こちらの世界に帰ってきた際にこちらの肉体に異世界での記憶をコピーして上書きした、である。部分部分ではなく丸ごと上書きなら細かいことを考える必要がない。そうでなければ帰ってくる直前の肉体の記憶が、感情がきれいさっぱりないなんてことはないはずなのだ。だがそうなるとそれは向こうの世界にまだ百合も武藤もいるということに他ならない。移動ではなく複写なのだから。肉体が単に若返ったのなら移動してきたとわかるが、そうなるとなくなったはずのスマホまで戻っているのがわからない。と、考えれば転移された時に転移前の体をコピーしておき、帰ってきた精神をその肉体にコピーする。それが一番手っ取り早い気がした。だがそれだと向こうに残された自分達は約束を守られていないことになるのだ。

 

(だめだ、考えても無駄だなこれは)


 武藤はそこで思考を止めた。理解できない神様の力を理解しようとしてもするだけ無駄なのだと気が付いたのだ。


(まあ、なるようになるだろ)


 止めたどころか既に完全に思考を放棄していた。


「おーし、それじゃ武藤は石川原に付き合って1対1をしてやってくれ」


「OK」


「今日こそは勝つ」


「あっ次の日曜日暇?」


「? 別に用事はな――!? ずるいぞ!?」


 止まった石川原をあっという間に武藤は置き去りにしていった。

 

 



 

 

 

 

 そんな練習が続く夏休みの日曜日。武藤は駅へと急いでいた。

 

「ど、どうかな山本さん」


「これから用事があるので……お断りさせていただきます」


「ほらっちょうど3対3だし、きっと楽しいよ」


 駅に着くと百合が……いや、百合達が男達に声を掛けられていた。

 

「!! 武っ!!」


「やあ武くん、おはよう」


「武藤くんおはよう」


 百合は武藤へと飛びつき、香苗は武藤の腕を取り、松尾は普通に挨拶をしてきた。三者三様の挨拶に武藤もおはようと挨拶を返す。

 

「どうしたの? 何か問題?」


「ううん、何でもないの」


「所謂ナンパというやつだね。百合といると結構な頻度でされるから、もう慣れてしまったよ」


「そんなにされるんだ……」


「そ、そんなにはされないよ!! ついていったことだってないし……」


「……やはり百合と香苗を家に監禁しておくべきか――」


「怖いよっ!! 何言ってんの武藤くん!?」


 武藤がダークな面に落ちそうな所を松尾が突っ込む。

 

「や、山本さんその男は?」


「え? 私の彼氏ですけど?」


「違うでしょ百合。私の!!」


「あっそうだった、ごめん香苗」


「二人とも……だと……」


「嘘だろ……」


「彼氏いたのか……」


 何故か3人の男達は絶望した顔をして落ち込んでいた。

 

「お待たせ」


「!? ま、待ってないよ。おはよう」


「おはよう松尾さん」


 最後に登場したのは石川原だった。そう、今日は石川原達とのダブルデートである。人数がおかしいのは気にしてはいけない。タカ? ムネ? ……彼等は犠牲になったのだ(人数の都合)

 

「さて、それじゃいこうか」


 武藤の声で全員が改札を通り電車へと乗り込む。

 

「……」


「……」


何故か電車内には沈黙が下りていた。


 お互いの隣に座りながら相手の顔色を伺うだけで、石川原と松尾が全く声を発しないのである。

 

「ぷっふははははは!! あの圭子が!! こんなに乙女なんて!! ああっだめだ、おなかが痛い」


「ちょっと香苗!!」


 爆笑する香苗とその肩を揺らす松尾を見て百合は楽しそうに笑っていた。そんな光景を見て石川原も若干緊張が解けたようで少し笑みが零れていた。

 

「緊張しすぎだろイッシー」


「だ、だってお前と違ってデートかしたことねえし、そもそも女子と何しゃべっていいかわかんねえよ」


「お前ら二人ともバスケ部なんだからバスケの話題があるだろが」


「あっ!?」


 緊張しすぎてそんなことも忘れていた石川原であった。

 

「あっそういえば言ってなかったね。全国出場おめでとう」


「ありがとう。そちらもおめでとう。そっちは男女共だからすごいよね」


「ありがとう。でも最近こっちの男子はすごい気合入ってるみたい」


「え? なんで?」


「なんか男子ってよりかは顧問の室井先生かな。そんなんで武藤を止められると思ってんのか!! って普段の室井先生からは想像もできないくらい怖い声で叫んでた」


「……気合入りすぎだろあの人」


「よっぽどムトにやられたの悔しかったんだろうな」


 そういいながら漸く緊張が解けたのか石川原は普通に笑っていた。

 

「野田君もすごい気合入ってて、武藤には負けても石川原には絶対負けんって、珍しく大きな声だしてて女子びっくりしてたもん」


「あいつ……」


 そういいながらも石川原は嬉しそうだ。

 

「なんかそういうのずるい」


「え?」


「男の子同士で分かり合ってるっていうか」


「そうそう!! わかる!! 武も石川原くんとそういう時ある!!」


 何故か松尾に百合が賛同し、それに香苗も賛同して女子達で話が盛り上がっていた。男達は話に入れず、女子達を刺激しないようにじっと時間が過ぎるのを待った。

  

「さて、まずはどこまわろっか」


 到着したのは以前、武藤がギャル子と遭遇したいつものショッピングモールだった。

 

「まずは目的のものを見た方がよくない?」


「そうだね。それじゃいこっか」


 そういってみんなで向かうが、何故か男性陣の足は重かった。それもそのはず。着いた先は水着を売っているお店だったからだ。

 

「じ、じゃあ俺達は外で待ってるよ」


「駄目よ。選んでもらうために呼んだのに、いなかったら意味ないでしょ」


 一応抗ってみたが、武藤の牽制はむなしく恋人に一刀両断に切って捨てられた。

 

「すまんイッシー。俺では彼女達に逆らえん」


「お前でも勝てないものがあったんだな」


 無敵の存在と思われていた武藤も彼女には頭が上がらないとわかり、石川原は妙な安心感と武藤に対する親近感を覚えた。この男も人並みの人間なんだと、石川原はその時初めて思った。

 

 そして男性二人の拷問とも呼べる時間が始まった。

 

「うーんこれどうかな?」


「こっちのがよくない? やっぱさっきのも……」


 延々と続く水着選びに既に時計は昼を誘うとしていた。選び出して2時間経過ということになる。


「これ今日帰れるか?」


「俺ブロック大会決勝より疲れてるんだが……」


 既に男達二人はグロッキー気味である。無限の体力を持つ武藤ですら精神的な疲労で疲れを見せていた。実は今までの試合ですら1度も見せたことのない貴重な表情である。

 

「やっぱりこっちかなあ」


 選んでも選んでも途中でまた最初の水着に戻るのだ。賽の河原も真っ青な苦行だが、惚れた弱みか彼女たちが楽しそうにしているのを見るだけで男達は耐えられるのだ。

 

「俺、この水着選びが終わったら昼飯を食べるんだ……」


「なんで死亡フラグっぽくいったのかわからんけど、その意見には俺も賛成だ」


 水着選び開始から3時間が過ぎる頃。漸く水着が決定した。男達は耐えきったのだ。ちなみに3人共購入したのは最初に選んだやつだった。それを見て男達は崩れ落ちそうになるのをなんとかこらえた。デートに来たはずなのに何故か男性陣だけが修行のようになっているが、男は黙って文句の一つも言わない。実はそれがこの二人がモテる秘訣なのかもしれない。

 

 フードコートで昼食を取ることでなんとか男性陣は復活したが、その後も女性陣にいいように連れまわされた男性陣二人は、女性たちの恐ろしいまでの体力に恐れ慄いていた。

 

「なんで疲れないんだ? あの3人俺より体力あるぞ」


「これは体力というより精神力の消耗な気がする」


 武藤、石川原の二人は励ましあってなんとか女性3人の買い物という修行を乗り越えることができた。安易に買い物に付き合う等と言ってはならないということがよくわかった二人だった。何故この二人がここまで消耗しているかといえば、この二人のようなタイプは無駄な行動を好まない、もしくはしたことがないのである。買う訳でもないのに店内をあっちへフラフラこっちへフラフラ等この二人から一番縁が遠い行動である。その為、長時間かけて結局最初の水着を選んだり、買うわけでもないのに延々と品物を見て回る行動が思いのほか二人の精神をむしばんでいたのだ。これが相手が男なら文句を言ってすぐ終わる話だが、好いた女性なのである。文句などもいえず、そんな素振りも見せることもせず、ニコニコと楽しそうに相槌を打ち続ける。そんな時間が長時間続けば武藤といえど弱るのは道理であった。好きな人の笑顔で何とか乗り切ったようなものである。

 

「来週はこれ着てプール行こうね」


「楽しみだなあ」


 はしゃぐ女性陣を見て男性陣の荒んだ心が癒された。これで全国大会がんばれそうだ。男達二人は同じことを思った。


 夕方になり、石川原、松尾組と別れて武藤は百合達を家へと送っていった。翌日話を聞くと、どうやら石川原が帰りに告白して松尾にOKを貰い付き合うことになったらしい。それ以来、石川原のやる気が限界突破しており、付き合う2年生と山ちゃんが大変そうだったとは武藤の談である。

 

 

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