第29話 教師と生徒
「竹内!! ボーっとしてんなっ!! お前も出番があるかもしれないんだぞ!!」
その後、なんとか復活した山岸の指示で全体で練習を開始する。基本的には武藤を中心とした連携の確認だ。そこに1年も2年もない。
「手と足がバラバラだぞ。バスケに限らず運動ってのは手も足もひっくるめて一つの個として動くのが基本だ。手だけ、足だけなんてのは論外だ」
「!?」
山岸の口から師匠と同じようなことを言われて武藤が驚く。この辺りの考え方はスポーツも武術も変わらないようである。
「武藤は何かスポーツやってたのか?」
「スポーツはないかな。武術はちょっと嗜んでたけど」
「武術? へえ太極拳とかか?」
「そうそう、似たようなものをやってた」
「そうか」
「山ちゃんなんでわかったの?」
「いや、お前のバランス感覚おかしいから」
「え? おかしい? 結構いいと思ったんだけどな」
「逆だ逆。よすぎるんだよ。どんな体勢になっても全然軸がブレない。サッカーとかバスケとかプロスポーツの試合くらいでしかみたことねえよってレベルの体幹」
「マジか。やっぱムトすげえな」
「石川原だって中学って考えれば相当なレベルだぞ? それが比較にもならんってどんだけヤバいかわかるか? そりゃあの爺も褒めるわけだわ。正直中学どころか高校でさえお前を止められるやつなんて思いつかねえよ」
「武藤先輩すげえ」
「武術ってどうやって鍛えてんすか?」
いつの間にか部員達が集まってきていた。
「体幹ならゴルフボールの上にテニスボール乗ってけてその上に自分が乗って落ちないようにすればいい」
「できるかああ!!」
山岸まで含めたその場にいる武藤以外の全員が叫んだ。
「お前人類超越しすぎだろ」
「さすがにそれはシルクドソレイユだって無理だろ」
「そこまでいくともう体幹云々じゃなくて曲芸じゃねえか」
散々ないわれようであるが、武藤は家でそうやって鍛えている。実際にはゴルフボールの下にさらにゴルフボールがあったりするが。異世界では細く切った木の柱を何本も立ててそのうえで修行させられていたのだ。10mはあろうかという高さでの細い足場での高速戦闘に比べれば地上が近い現在はかなりぬるい修行である。武藤は異世界で何度か柱から落ちて死にかけているのだ。
「あーそれと体幹関係ないんだが、武藤のバックコートからのディープスリーは前回のブザービーターみたいに本当のぎりぎり以外は使わんほうがいいな」
「なんか理由が?」
「バスケってのはルール変更が多いんだ。その理由の大半がその時代に現れる天才達だ」
部員達は興味深そうに山岸の話を聞いている。
「例えば24秒ルール。あれはどうやっても止められない化け物みたいなやつがいて、そいつにボールを回さないようにボールをずっと回してたのが原因だ。そのせいでNBAなのに1試合の得点が18-19とかの試合もあったくらいロースコアの試合が量産されたんだ。1Qじゃないぞ? 1試合でだぞ?」
「1試合でその得点って客怒らない?」
「もちろん怒ったさ。暴動寸前にまでなってそれで24秒ルールが作られた。ちなみに原因になった選手はNBAで初めての殿堂入りしてる」
「へえーそんなことがあったんだ」
「ノーチャージエリアだってNBA史上最強センターって言われてる選手のせいでできたって言われてるし、ハンドチェックだってそうだ。だからお前がディープスリーを連発すると下手したら試合終了間際以外のバックコートからのシュートが禁止される可能性がある」
「……そこまでする?」
「中学ではないだろうが、お前が将来NBAにいったら間違いなくできると思うぞ。考えてもみろ。自軍ゴール前でボールを受け取った時点でシュートが決まるんだぞ? 攻めるのお前ひとりでいいじゃないかってなって、試合が全く盛り上がらなくなる。そうなると興業が立ちいかなくなるってわけだ」
「言わせてもらうけど大前提としてNBAとか行けたとしてもいかないからな? っていうかこの夏でバスケは終わりだし」
「はあ!? 何もったいないこと言ってんだ。お前なら将来確実にNBAにだって行けるだろうが」
「やだよ面倒くさい。イッシーの頼みだから出てるだけで、続ける気はないよ」
「ええーマジっすか!?」
「武藤先輩もったいないっすよ!!」
「めんど――お前そんな理由でその才能を捨てるとか、さすがにねえわ」
さすがのメンバーも武藤のバスケをやらない理由に呆れている。
「別に続けてもいいんじゃないか? 野田とムトと一緒の高校いけたら3年間無敗とかどんな記録でも作れる気がする」
「遊びでならいいけど、俺体育会系のノリ駄目なんだよ」
「ああー。まあバスケも確かにそういうところはあるな。でももったいねえなあ。あの爺が聞いたら倒れかねんぞ」
「このチームでなら続けてもいいけどな。こんなチームは他にないだろ?」
「たしかにな」
そういって武藤と石川原は顔を見合わせお互いに笑いあった。練習でるのも自由。先輩後輩の垣根なんてほとんどない。血で血を洗うようなレギュラー争いもない。そして何よりフリーダムな顧問。まさに自由なチームだ。
「普通に地区大会で終わる予定だったけど、ここまで来たら思い出作りとして全国制覇してやろうかな」
「そんなノリで全国制覇とかいって本当にやれるのお前くらいだからな?」
山岸の呆れた声にチームメンバー全員が苦笑した。この怪物ならやれると体で理解しているのだ。
「おーし、お前がやる気になったんならお前以外のメンバーを出来るだけ鍛えないとな。といっても後3日しかないからブロック大会までにやれるのは小手先のことくらいだが、全国はブロック大会終わってから2週間以上間が空くからな。全国行けたらみっちりやるから覚悟しとけ」
「おおっ山ちゃんが初めてやる気出してる」
「お前達だって武藤一人のチームとか言われたくないだろ?」
「当然」
「全国出たらモテるかな?」
「きっとモテるに違いねえっす!!」
「やる気出てきたああ!!」
「やる気が出てきたようで何よりだ。それじゃあ基本動作のスクリーンをやるぞ。だがやるのは普通のスクリーンじゃなくオフボールスクリーンだ」
「なんすかそれ?」
「この中に西中がやってきた戦術を理解してるやつはいるか?」
「ムトにダブルチームしたこと?」
「ああ、それの意味だ」
「ただムトを自由にさせないようにしただけじゃ?」
「それも理由の一つだが、あれにはもう一つ意味がある。それはパスコースとプレイヤーの誘導だ」
「あっ」
「武藤は気が付いたようだな。要はノーマークを意図的に作ることによってボールを持つ相手を決めるってことだ。うちで一番ゴール率が低いのが下村だ。だから下村に渡る確率が一番高かっただろ?」
「ああっなるほど、確かにシモの所に良く行ってた気がする」
「武藤が自分で決めないことに気が付いた向こうの爺が考えたんだろうさ。武藤はなまじ視野が広いから、他のマークがはずれなかった場合に必ず下村にパスが行ってたんだ。西中は武藤が直接うつよりノーマークの下村が打った方が外れる期待ができると判断したんだ」
その言葉に下村が目に見えるように落ち込んだ。明確に弱点だと言われたようなものだからだ。
「シュート成功率を一朝一夕であげれるのはそこの化け物だけだ。だからやるのはシュート練習じゃなくてスクリーンだ」
「でもスクリーンしてどうするんすか? スクリーンアウトにしたってうちは神谷だよりなんでリバウンドは弱いっすよ?」
「スクリーンする相手は石川原や奥田のマークに対してだ。ボールを持っていない選手のフォローだからオフボールスクリーンていうんだ」
「あっ!! 確かにそうすれば下村が直接打たなくてもキャプテンやオクが自由になる!!」
「そういうことだ。どっちのマークを抑えるかは状況次第だが、ダブルチームに来る以上必ず人数的優位が生まれる。そこを突くんだ」
(と、あの小僧なら考えているだろう。悪い手ではないが武藤が直接打たない限り、逆にどこにボールが来るかわかりやすくなるから対処しやすい)
名将室井は元教え子である山岸の思考を正確に予測していた。
(問題は武藤が直接うってきたときだ。そうなったら無理だ。あれは中学生には止められん)
ダブルチームですら止めらず、守ればたった一人でポイントゲッターである柳を潰し、野田を完全に抑えきった。しかもファールは0である。
(アレは時代の転換期に生まれた怪物だ。まともに相手をしたら選手が潰れる)
時は流れど元前日本代表としての経験が、隠された武藤の力をもほぼ正確に把握する。
(最後のディープスリー。あれはまぐれじゃない。アレをやると
室井は武藤が手を抜いていることを見抜いている。そしてそれが相手を馬鹿にしたものでなく、試合を試合として成立させるためのものだということも。
(正直彼が欲しい。彼が何処まで行けるのか、この手で育ててみたい。ずっと断っていたが、彼が全日本入りしたら私の方から監督に名乗り出たいくらいだ)
長年のバスケット生活の中でも今までに見たこともない圧倒的な才能を見て、室井は心が揺れ動いていた。
(かつてジョーダンを見つけたソニー・ヴァッカロもこんな気持ちだったのだろうか……)
室井は武藤が進む輝かしい未来を想像して、まるで少年のように一人心ときめいていた。
武藤が中学でバスケをやめることを知って室井が倒れるまで後??日。
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