第27話 帰りの電車で


「武っ!!」


 帰り支度をしていると突然百合が武藤へと抱き着いてきた。


「おおっどした?」


 外では珍しく百合が顔を胸にうずめてきたことに武藤は困惑した。


「いやいや、そうなるでしょ。武藤くんかっこよすぎだもん」


 武藤のクラスメートの木下が何故か目を赤くして、さも百合の行動が当然のように諭してきた。


「すごかったよ武藤きゅん!!」


「超かっこよかった!!」


「武藤先輩好きです!!」


 応援してくれた東中の女子生徒達が、感動のあまり思わず告白してしまうくらいに場は混乱していた。


「何故武ばかりが!!」


「今なら憎しみで悪魔に変身できそう」


「おい馬鹿やめろ」


 負のエネルギーを蓄えすぎたのか、暴走する幼馴染にさしもの武藤も若干の恐怖を覚えた。


「ムネくん」


「!? はいっ!!」


「冗談でもそういうこといっちゃだめだよ?」


「わかりました!! もういいません!!」


 武藤から離れ、めずらしく百合が注意したことで稲村は素直に謝った。百合が注意するのも無理はない。何せ異世界には実際にそういう存在がいたのである。そしてそれを祓うのは聖女であった百合の仕事だった。いい思い出は何もなく、つらい記憶しかないといっていたのを武藤は覚えている。


「わかってく――ちょっと香苗!! そこは私の場所よ!!」


 いつの間にか香苗が武藤に抱き着いていた。 


「くふふっ今は私のターンだよ」


「ずるい!!」


「百合のがずるい!!」


 まるで小学生のような言い争いを初めてしまった百合達二人を、武藤は苦笑するだけで受け入れていた。最近ある意味悟ってきたようである。










「優勝おめでとう」


「ん? あっ」


 石川原が振り返るとそこには西中女子バスケ部の松尾圭子がいた。


「あっありがとう」


 顔を赤らめた石川原がお礼をいう。


「女子はどうだった?」


「もちろん優勝よ」


「おおっすごい。おめでとう」


「あ、ありがとう」


 西中女子は準決勝で東中女子を破っている為、素直におめでとうと言われて圭子は少々気まずくなった。


「その……かっこよかったよ」


「!? あ、ありがとう。生まれて初めてそんなこといわれたよ」


「本当よ。すごくかっこよかった」


「……」


 そういって見つめあう二人は傍から見ると完全なバカップルだ。


「イチャイチャするならイッシーの家にでもいったらいいのに」


「「!?」」


 いつの間にか離れない百合を抱き付かせたままの武藤が石川原の隣に立っていた。


「そ、そんな……イチャイチャなんて……」


「馬鹿っムト!! なんてこというんだ!!」


 二人とも焦ってはいるがまんざらでもなさそうだ。


「バスケ好き同士お似合いじゃないか?」


「「お似合い!?」」


 二人は同時に同じ言葉で驚き、同時に振り向いて見つめあった。そしてより一層顔を赤らめていた。


「け、圭子がこんなに照れているなんて……」


「ああ、乙女の顔をしている圭子なんて初めてみた」


「こらっ私はずっと乙女だ!!」


 そういって圭子は逃げ回る親友二人を追い回した。試合直後なのに元気だなあと武藤はのんびりとその光景を眺めていた。


「あの武藤くん」


「ん? あっさっきあった西中の……」


「その……すごくかっこよかったです!! どうやったあんなプレイできるんですか!!」


「武藤先輩私にも教えてください!! できたら手取り足取り!!」


「あっずるい。私ならそれ以外でも全然取ってOKです!!」


(……手や足以外に何を取るんだろう)


 武藤は純粋にわからなかった。


「はいはいそこまで。武藤くん。よかったら私達と一緒に帰らない? このままじゃ収集つかなそうで……」


 西中女子部キャプテンの秦の言葉を受け、石川原と百合を振り返ると頷いていたので、何故か東中男子バスケ部と西中女子バスケ部が一緒に帰ることとなった。どうしてこうなった? 西中男子どこいったんだよと思ったが、どうやらまだミーティングをしているらしい。帰ってからやればいいのにと武藤達は純粋に野田達に同情した。


 気が付けば東中男子部、西中女子部、東中女子応援団、百合、香苗、その他の大所帯で帰ることになった。


「その他!?」


「たった二人なのにその枠!?」


 どうやら武藤の心の声が漏れていたらしい。


 電車では相変わらず武藤の左右を百合と香苗が陣取っているが、その周辺を全て女子生徒が囲むという恐ろしい光景となっていた。


「……女子比率高すぎない?」


 さすがに貝沼と稲村の二人でもこの空間に来るのは躊躇ったのか、二人はやや離れた場所でこちらを見ていた。いや、睨んでいた。


「何故、武だけ男だけ少数の異世界に転生してるんだ……」


「きっと転生条件があるんだ。それを満たせば俺達だって……」


 武藤は現実から離れてしまった幼馴染二人を視界から切り離し居なかったことにした。


 それじゃあと男子バスケ部の方を見てみると、どうやら女子応援組の同学年の女子たちと楽しく話をしているようだ。石川原といえば……。


「「あっ」」


「ま、松尾さんから先に」


「え、石川原君から先に」


 視線が合った後に同時に声を出して、お互い先手を譲り合っている。お見合い初対面か!! 電車で騒ぐわけにはいかないので、武藤は心の中で突っ込んだ。





「でも竹内君初心者なのに初戦出たんでしょ? すごいじゃん」


「え、いやあ武藤先輩のおかげだよ。俺がミスって負けてても武藤先輩が俺が出れば勝てるから安心して試合しろって言ってくれて……」


「あーやっぱ武藤先輩かっこよすぎ」


「だよねえ、石川原先輩と武藤先輩のコンビはやばいわ」


「二人といえば決勝のベンチ、動画で撮ったけど見る?」


「!? マジで!?」


「見たい見たい!!」


 1年竹内は部のみんなのやりとりを記録しておくためにスマホで撮影していたのだ。


「こ、これは!?」



『イッシー』


『なんだムト』


『バスケは好きか?』


『!? ……ああ、それだけなら誰にも負けん。お前にもだ』


『それならいい』


 そこにはそういって二人が拳でタッチして最終Qのコートへと向かう場面が流れていた。


「あふっ鼻血が……」


「しっかりして陽菜!! でも私も駄目……」


 何人かの女子が倒れこんだ。夏休み平日の夕方前の電車でほぼ貸し切り状態だった為、椅子に座れていたのが幸いした。


 それを見て何が起こったのかと女子たちが集まり、そして同じ動画を見て同じように倒れていった。まさに阿鼻叫喚である。


 ちなみに動画を見た武藤と石川原はあまりの恥ずかしさに頭を抱えていた。ここが電車の中でなければ二人とももんどりうって転げまわっていただろう。


 百合と親友二人はと言えば


(なにこれ!! 私の彼氏かっこよすぎるんですけど!!)


(石川原くんかっこいい……)


(なるほど、これがエモいという感情か。全く意味不明な言葉だったが生まれて初めてその意味を理解できた)


 三者三様だが揃いも揃って大興奮していた。


 ちなみに武藤達は動画を広めるなと言っておいたが後日、気が付けば動画のその部分だけが切り抜かれたものが出回ることになる。持っているのが竹内だけなので犯人は明白だった。


「その……渡したらおっぱいを触らせてくれるといわれて……」


  竹内を問い詰めると、どうやら1年のかわいい子にそうねだられて誘惑にあらがえなかったらしい。同学年の可愛い女の子にそんなことを言われたら、中1男子が抗うのは無理だろう。武藤も石川原もその気持ちはものすごくよくわかるのだが、どこかにアップでもされたら二人にとってはデジタルタトゥになるので勘弁してもらいたかった。ちなみに竹内とその子はその後付き合うことになったらしい。


 動画が広まった後。石川原と武藤が一緒にいると、何故かよくイシ×ムトかムト×イシかで争う声が聞こえるようになった。


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