第26話 全中地区予選決勝決着

「キャプテン……俺……」


「気にするな。今のは俺のミスだ」


 西中キャプテン野田はそういって森を慰める。実際に野田のミスなのだ。


 そもそも森は柳と交代で入った2年である。西中どころか全国でも屈指の点取り屋であり、全中ベスト5に選出されている柳を武藤はマッチアップしてからあろうことか1,2Q併せてなんと無失点に抑えたのだ。


 完全に抑えられた柳は心が折れてしまい、その動きから精彩さが完全になくなっていた為、第3Qでは交代させられてしまった。その交代要員が森である。


 とはいえ野田ですら完全に抑え込む武藤をレギュラーとはいえ2年の森に突破できるはずもなく、やはりそれまでと同じようにいいようにやられていたのだった。


 一番の得点源である野田と柳を抑えることにより、西中本来の攻撃リズムを作らせない。チーム全体に差があっても思った以上に点差が開かなかった理由がこれである。



 コート中央でゆっくりと野田はドリブルをして石川原と対峙する。


(さっきまであった焦りがない?)


 現在の石川原は先程まであったプレッシャーから解放され、純粋に野田との対決を楽しんでいた。その結果、硬くなっていた動きに精彩さが蘇り、持ち前の判断力と地道に鍛え続けた肉体的スペックで今まで以上に野田を抑え込むことに成功していた。


(くっ抜けない)


 厳しい練習を積んできた名門ですら辛い最終Qのこの時間帯において、ここまでの動きを見せる石川原に野田は内心敬意を表する。


(こんな勝てない弱小チームで、ここまで腐らずに努力を続けることができるのか……)


それは一朝一夕ではできない。今この瞬間にできるその動きは、長年の地味な努力の結晶だということを野田は知っていた。


(それでこそ俺の――ライバルだ!!)


「!?」


 内心で野田はそう叫び、強引なカットインによる突破で石川原をかわしてゴールを決めた。


「よしっ!!」


「……キャプテン」


 全国を制した時ですら見せなかった野田初のガッツポーズであった。チームメイトたちもあの冷静な顧問の室井でさえもあまりの出来事に呆然としてしまっていた。


(野田……お前はそんなに熱くなれる男だったんだな)


自身が育ててきたエースのここにきての成長に、室井は試合中だというのに笑みがこぼれそうになっていた。


(いかん、いかん。まだだ。まだ試合は終わってない。気を引き締めろ)


 室井は自身の手をつねり、気を引き締める。まだ勝っている。だがあくまでまだという言葉がつくレベルだ。油断すれば一瞬で負ける。この勝負はそういうぎりぎりのライン上の戦いなのだ。



 そこからはまた一進一退の攻防が続いた。武藤が決めれば西中はチーム総出で決めてくる。まさに死闘と呼ぶにふさわしい戦いであった。


「しまった!?」


 西中のパスミスから武藤が一気にターンオーバーでゴールを決めた。これで残り30秒をきって66-66の同点である。


「まだだ。まだ同点だ。冷静に一本取ろう」


 キャプテン野田の声に西中メンバーは落ち着きを取り戻す。全国を制した経験はこういったときにこそ生きてくるのだ。


(こんな場面でなんて落ち着きようだ。さすがは全国を制したキャプテンだ。尊敬するよ)


 奇しくも石川原も野田と同じように、対峙している野田に敬意を表していた。


 ダムダムとドリブルの音が体育館に木霊する。先ほどまでの熱狂にうなされていたような会場からは、信じられない程の静けさである。


 コート中央でゆっくりとドリブルしながら、野田は手でサインを出す。刻一刻とタイムアップが近づく中、全くそれを意識させない落ち着きようである。信頼するキャプテンのそれを見て西中メンバーが一斉に動き出した。


 互いのマークが交差するように動き、翻弄すると一人が石川原のスクリーンにたった。


「!? スイッチ!!」


 石川原がそう叫んだ時にはもう遅く、野田は一人で切り込み、センター神谷のブロックをダブルクラッチでかわしてゴールを決めた。


 会場に「おおおおお」という地鳴りのような歓声が響き渡る。残り5秒。西中は一切の油断なく全員守備に戻っている。勝負は決まった――かに見えた。


「こいっ!!」


 石川原はボールを貰うとマークが二人付く武藤に強引にパスした。武藤は貰うや否や、一瞬でマーク二人を抜き去る。残り3秒。ドリブルしていたら間に合わない。パスを出そうにもフロントコートにはまだ味方がいない。そこで武藤は諦めた・・・


 外を使わないで勝つのを・・・・・・・・・・・


 コート中央から武藤は徐にシュートを放った。それは今大会で初めて放つ武藤のロングシュートだった。


 誰もが苦し紛れでうったと思った。だが東中の面々だけはそれが違うと知っていた。それが大きく弧を描いている途中に試合終了のブザーが鳴り響く。そしてその音がなり終わる瞬間、それはリングの中央を真上から綺麗に貫いた。


 68-69


 誰もが西中の勝利を疑わなかった。だが結果は最弱と呼ばれた東中が最強と呼ばれた西中を破った。あまりに劇的なブザービーターでの決着にただの地区大会であるにもかかわらず会場は全国決勝のような興奮の坩堝るつぼと化していた。東中応援席では、女子生徒達が抱き合いながら号泣しており、百合と香苗も多分に漏れずに抱き合って泣いていた。


「外は使うなっていったのに……」


 そういって苦笑して頭をかいているのは東中顧問の山岸であった。武藤ならたとえ負けてでも自身の情報を隠すだろうと思っていたのだ。


「例え天才でもそういえば、まだ15の子供だったな」


 そのつぶやきは会場の熱狂の渦へと消えていった。







「イッシー」


「ムト」


 ハイタッチのパンという高い音が鳴り響く。


「武藤先輩!!」


「さすがっす!!」


 その音が鳴り響くや否や、東中の面々が武藤と石川原に抱き着いて喜んでいた。


「先に整列だ」


 冷静な石川原の指示でなんとか興奮している二年生をなだめて整列して挨拶する。


「完敗だ」


「いや、ムトのおかげさ。俺の力じゃない」


 そういって野田と石川原は握手する。


「馬鹿。武藤もお前のチームの一員だろうが」


「!?」


 野田のその言葉に石川原は頭を殴られたような衝撃を受けた。


「……確かにな」


「まだブロック大会がある。そこでリベンジさせてもらう」


「また返り討ちにしてやる」


 そういってお互い笑いあって別れた。そして相手チームのベンチにいき挨拶をする。


「武藤くん」


「? はい?」


「君は進学する高校は決まっているのかね?」


「いえ? まだですが?」


「そうか。君はバスケの推薦を受けられるところに行った方がいい。君の才能はそういったレベルだ」


「……ありがとうございます」


 何故初対面でこんなに褒められているのか全く理解していない武藤の頭は混乱を極めていた。とりあえず褒められていることはわかったのでお礼だけは言っておいた。


「でも先生、そいつまだバスケ初めて一週間らしいですよ」


「いっ!? 本当かね?」


「事実ですね」


 ベンチにいた試合前に絡んできた西中の選手の一人の言葉を武藤は事実だと答える。


「そんな馬鹿な……どんな天才だろうと一週間であんな洗練された動きになる訳が……」


「一週間前に素人だったのは間違いないっす」


 口をはさんだのは武藤の昼休みのバスケを見学に来ていた東中の奥田だった。


「何か根拠が?」


「初めてみた時、ドリブルがへたくそだったんす。いや、下手ってよりかちょっと特殊というか、なんかバスケのドリブルってよりは超高度な毬つきみたいな。それがキャプテンのドリブルを見たら一目で完全にそれを真似したんすよ。似てるとかじゃなくて、完全再現っす。キャプテンのドリブルって独特で癖があるんすけどそれも完全に再現してて、傍から見ててキャプテンが二人いるみたいで気持ち悪かったっすもん」


 石川原のドリブルはボールが上がる時に一旦手首を返してボールを乗せる感じにする癖がある。その後、つく際に強靭なリストを使ってドリブルする方向を一瞬で変えることができるのだ。武藤は最初の昼休みの対決時に一目見て完全にそれをものにした。その十分後には自分のアレンジを加えてオリジナルのドリブルになった。翌日NBAの動画をみたらNBAクラスのドリブルに進化していたのだ。


「後、動きが素人だったっす。試合中選手の動きじゃなくて視線が基本的にずっとボールを追いかけてました」


 実際視線はボールばかりを追いかけていたが、武藤は気配で相手がどこにいるのか見なくてもわかるので別に問題なかったのだ。


 その事実を聞いて室井は戦慄した。それが事実なら5日後のブロック大会ではさらに進化していることになる。


(これは……ブロック大会ではもう手に負えなくなるかもしれない)


 室井は西中に赴任して初めて、東中と組み合わせで当たらないことを祈った。





「武藤!! 外は使わないっていっただろう!!」


「え? いやあ、あそこまでいったら勝ちたいじゃん?」


「じゃんじゃねえ!! 折角ここまで隠せてたってのによお」


 ベンチに帰ってきた途端、武藤は山岸に問い詰められた。


「むしろなんで山ちゃんがそんなにやる気になってるのかが気になるんだが」


「そうそう、今まで口出したことなんてなかったのに」


「ああ? 生徒達が真剣に勝ちたがってるなら、手伝ってやるのが顧問だろうがよ」


「……今までは?」


「お前ら遊び気分だったじゃねえか」


 その言葉に武藤以外のメンバーはぐうの音も出なかった。


「ったく。すぐに表彰式だ。荷物はそこらへんにまとめとけ」


「はい」


 珍しく東中の面々は素直に返事をし、荷物を隅にまとめておいた。


 そして表彰式。こんな地区予選でもトロフィーとか貰えるんだなあと武藤はあまり関心もなくその光景を眺めていた。壇上で小さな盾とトロフィーを貰う石川原が嬉しそうにしているのを見て、何故か自分も嬉しくなった。チームスポーツも案外悪くないなと武藤は思い始めていた。





「ブロック大会は5日後だ。5日しかないが、明日の練習は休みだ。今やっても怪我の確率が高いだけだからな。今日は念入りにマッサージしとけ。明日筋肉痛で動けなくなるぞ。じゃあ明後日9時に学校に集合で。解散」


 そういうと山岸はそそくさと帰ってしまった。


「なんか山ちゃん、いつになくあわただしいな」


 東中の面々が訝しがる。しかし、実際に山岸は忙しかった。何がといえば、東中がブロック大会出場権を得てしまったことである。あまり知られていないがブロック大会には出場選手1人につき2000円の参加費が必要なのである。大会前までにそれを振り込まなければ大会出場権がなくなる。そして同時に大会に出場する選手リスト等を書いた書類の提出も必要なのだ。東中の面々の思いとは裏腹に実は生徒達の為に忙しい山岸であった。


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