第21話 全中地区予選2
「さて、お前ら準備は出来たか? なんか西中ともめたそうだけど、やめてくれよ。向こうの顧問が厭味ったらしく今年の東中は一味違うようですねえ。決勝で会うのを楽しみにしてますよって態々言ってきやがったんだぞ!! 今まで話しかけてもこなかったやつが!! あいつ陰険だから面倒くせえんだよ!! 俺に相手させんな!!」
「あー山ちゃん絶好調だな」
「ストレスたまってるんだろ」
試合前でも相変わらずの顧問とバスケ部の面々だった。
「それじゃ最初は武藤がポイントガードってことでいいんだな?」
「はい」
「じゃそれで」
「適当すぎかよっ!!」
軽すぎる顧問の言葉にバスケ部員は気負うこともなく試合を開始するのだった。
「ふっ!!」
ジャンプボールを東中センターの神谷が弾き、それを下村が拾ってゲームがスタートした。下村はすぐに武藤へとパスし、武藤はゆっくりとドリブルをする。
「!?」
武藤はマークをしに来た選手を一瞬でドリブルで抜き去るとあっと言う間にゴール下に入る。
「止めろ!!」
武藤はそのまま鋭くゴール下に切り込みジャンプするが、ノールックのままノーマークの奥田へとパスを渡す。
「スリー!!」
奥田はゆっくりとスリーポイントを放ち、リングに触れるも何とか入り東中が先制点を奪った。
「ナイス奥っ!!」
メンバーが奥田とハイタッチする。まずは先制できた。この試合は武藤の外を使わないようにしようと試合前に決めたので、外は石川原と奥田の二人頼みなのだ。
「ディフェンス!!」
石川原が叫ぶとメンバーがバックコートへと戻る。武藤はドリブルしてきた相手ポイントガードにマンツーで付く。
「!?」
そして視線からパス方向を読み、あっと言う間にカットすると一気にフロントコートにボールを運び、あっと言う間に点差を広げる。
第一Qが終わり武藤が本気を出していないにも関わらず、15-2と既に圧倒的な差が付き始めていた。
そのまま第二Qが始まると南中の動きが変わる。オフェンス時に中央にいる武藤を露骨に避けるようになったのだ。何せその圧倒的なディフェンス力でどうやっても突破できないのだ。
「!?」
そしてディフェンス時に武藤と石川原にぴったりと張り付くようにマンツーがつくようになった。そして残り三人はやや間合いを離して各々の相手にマンツーでついている。
外のある奥田よりもカットインのある石川原を重点的に止める作戦の様だ。ここまでの得点のほとんどが石川原と武藤であり、奥田のスリーポイントの確率が低いことを見越しているのだろう。
だがそれでも武藤を止めることはできない。NBAの動画を見ただけでこの男はその殆どを吸収しているのだ。信じられない速度とテクニックであっと言う間にゴール前まで切り込み、空中でもかわして決めてしまうため手に負えない。そして誰かがフリーになると瞬時にそこへパスが通るのだ。南中はまさしく武藤の好き放題にされている。
気が付けば圧倒的な大差で東中が勝利した。
「やったああ!!」
初心者である竹内が叫ぶ。勝ち試合だった為、試合に出ていたのだ。負けそうになっても俺がいれば勝てるから。武藤のその一言に岩のように固まっていた体の緊張が解け、初心者の割にはのびのびとプレイできたようだ。きっといい経験になっただろう。
「……誰だあの十番。あんなやついたか?」
通常なら起こりえなかった大会の波乱。弱小同士の消化試合。一般認識ではそんな一回戦。朝一の試合だった為、波乱の元凶となる天才の鼓動に気が付く者はまだ少なかった。
「あー明日も同じ時間集合な。じゃあここで解散。各々勝手に帰ってくれ。寄り道すんなよ」
適当すぎる顧問の声に部員は呆れるも、いつも通りなので特に気にした様子もなかった。
「武っ!!」
そういって武藤に抱き付いてきたのは武藤の彼女である百合だった。
「かっこよかったよ!!」
「ありがとう百合。香苗も応援ありがとう」
「くふふっ月並みだがかっこよかったよ。思わず濡れてしまうくらいに」
「!?」
その言葉に後輩達の顔が赤くなる。さすがに童貞には刺激が強かったのだろう。
「武藤くん」
「……松尾さんか」
どうやら東中の試合を見ていてくれたらしい。
「その……くやしいけど、かっこよかったよ。とても初心者には見えなかった」
「それはどうも」
「……んで」
「ん?」
「なんでそんなに上手いのよ!! 一体一週間でどうやったらそんなに上手くなれるのよ!!」
「知りたいの?」
「!? や、やっぱり何か秘密が?」
「それはね……」
「それは……」
「NBAの動画を見ることさ」
「……はい?」
「NBAの動画を見て、何をしているのかを理解して真似をする。それだけで上手くなれる」
「そ、そんなことできるなら皆やってるわ!!」
松尾の叫びに周りがうんうんと頷く。東中のメンバーですら頷いているので恐らく全員賛同しているのだろう。
「おかしいな。俺はそうやって上手くなったんだけど」
「そんなことできるのムトだけだと思うぞ」
石川原の言葉に再び全員が頷いた。
「はあ。なんなの。本当に天才じゃん。こんなチート存在していいの……」
松尾は何故か落ちこんでしまった。
「えーと確か松尾さんだったか?」
「え? はい」
「こいつは恐らく人類を超越した存在だから。深く考えちゃだめだ。人類とは別の生き物と考えた方がいい」
「おいい!? イッシーそんな風に思ってたの!?」
「ぷっあははははっ!! そうね。確かにそうだわ。同じ生き物と考えちゃダメだね」
何故か松尾が石川原に賛同している。武藤は唐突のフレンドリーファイアが心に被弾した。
「でも武藤くん。バスケは一人じゃ勝てないスポーツよ。貴方がいくら上手くても西中には勝てないわ」
「ありがとう」
「え?」
「フラグを立ててくれてありがとう。これでうちの勝利は決まったようなものだ」
「!?」
松尾は武藤の言葉に確かにフラグっぽいことを言ってしまったと焦る。
「で、でも勝つのは西中だから!! それじゃ私達試合があるからこれで。また明日会いましょう」
そういって松尾は颯爽と去っていった。
「圭子ってなんかやられ役っぽいよね」
「それをいうならヘタレライバルの方が似合ってないか?」
「確かに!!」
いなくなったとたん松尾は親友二人に散々な言われようだが、決して三人の仲は悪くない……と思う。悪口も冗談としてたやすく言いあえる仲。武藤はそう感じだ。
「圭子を許してやってくれ武くん。彼女も小学生の頃からずっと真剣にバスケを続けてきた者として、武君という圧倒的な才能に出会ってしまい、戸惑っているのだろう」
「あーそれはあるかも。俺だってムトのことをよく知らなかったら嫉妬で狂ってるってたかもしれないし」
「イッシーが? ないない。お前は他人がどうだろうが関係なく、あくまで自分は自分みたいな感じだから、嫉妬に狂うとか、お前からしたら一番縁が遠いだろ」
「確かに今まではそんなこと思ったこともなかったよ。ムトのプレイを見るまでは」
「ああ、確かに武君のプレイを見たらそう思うのもうなづける。異世界に召喚されて帰ってきた勇者といわれても納得できるチートっぷりだからね」
香苗のその言葉に武藤だけでなく百合まで動揺する。
「おや? どうしたんだい百合? 体の具合でも悪いのかい?」
「だ、大丈夫。なんでもないよ?」
「ふむ……何かあるといけないからそろそろ帰ろう。武くん送ってくれるよね?」
「もちろん。可愛いお姫様二人をエスコートさせていただきます」
「うむ。よきにはからえ」
「なんで香苗はそんなに偉そうなのよ」
勇者の件がばれずにほっとする二人。武藤達は結局バスケ部一同に百合と香苗を加えた面々全員で帰ることとなった。
「あっ」
「どうしたんだ百合」
「圭子の試合見るの忘れた」
「あっ……ま、まあ圭子たちなら明日も出るだろうし、一回戦くらいはいいんじゃないかな」
「そ、そうだよね!!」
松尾の試合を完全に忘れていた親友二人は、忘れていたことをなかったことにして、今日の試合を振り返って盛り上がっていた。
「そういえば今日はタカくん達は来てないの?」
「さあ? 今日は見てないな。来るとも言ってなかったけど……」
実は貝沼も稲村も応援に来ている。だが、何故か応援に来ていた同学校の女子生徒達に絡まれており、一緒に見学することになり、武藤のことを色々と聞かれていたのだ。貝沼達にとっては数少ない女子との接点である。これを逃すものかと二人は平然と友人を売り払った。これでもかというくらいに武藤の話をした結果、性癖まで教えていた。個人情報駄々洩れである。それにより何が起こったかといえば、次の登校日にクラスの女子生徒の髪形が一斉に変わったのだ。
実は武藤は、髪形が変わった女性に視線がいくということを幼馴染二人は、気が付いていたのだ。特におさげやポニーテールの少女には、必ず視界に入る度に視線が追っていることを幼馴染二人は知っている。女性にあまり興味を示さなかった武藤には珍しいことだった為、二人の印象に残っていたのだ。もちろん武藤はそんなことには気が付いていない。無意識にでる所作こそが性癖なのだ。
そんなことをばらされていると知らない武藤は、登校日にほとんどの女子生徒がおさげやポニーテールになっているクラスを見て驚愕することになる。
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