第22話 全中地区予選3
翌日の準々決勝も東中は難なく勝ち上がり、気づけば三日目の準決勝へと駒を進めていた。
「まさかお前らが三日目まで来るとは思ってもいなかった。こんな遠くまで三日も引率させられる俺の身にもなれ!!」
「準決勝初出場のチームに顧問からの第一声が愚痴で草が生えるんだが」
例え準決勝まで来ても顧問は相変わらずだった。
「相手は西中と並んで名門の北岡中だ。今までの相手とは違うぞ」
「どういう風に違うんですか?」
「なんか……プレイがかっこいい!!」
「……よし、みんなアップするぞ」
「え? おいちょっと!!」
いつも通りどうでもいいことしか言わない顧問を放置し、キャプテン石川原の指示で武藤達はアップをするために移動した。
「山本さん!? 今日も応援に来てくれたんだ!!」
「やっべえ超気合入る」
「勝利確定の女神演出来たな」
武藤達がアップしようと体育館端にある広い廊下に移動しようとしていると、そこには二人の美少女を囲う男達の姿があった。
「!? あっ武!!」
「おはよう武君。今日の調子はどうだい?」
美少女二人は周りの男子を目にも留めず、武藤へと駆け寄った。
「あいつ!?」
「おまえは!?」
少女達を囲っていた面々。西中男子バスケ部は、少女達が駆け寄る男に見覚えがあった。
「なんでお前らがここにいんだよ!?」
「東中は最終日に縁がないだろうが!!」
西中は基本的にライバルである北岡中の情報しか収集していなかった為、今日まで東中が勝ち残ってきたことを知らなかった。
「石川原……」
「野田……」
小学生からのライバルである両校キャプテンの視線が絡み合う。まさか野田も東中があがってくるとは思っていなかったのだ。
「本当に勝ち上がってきたんだな」
「言っただろ。今年の俺達は違うと」
実のところ初日、二日目と試合が終わった後、初めて試合での圧勝という美酒に酔ってしまったチームメンバーの面々が、少しでもうまくなりたいと武藤を強制連行し、遅くまで練習していたのだ。
練習ではわからなかったが、試合で軒並み己の実力があがっていることを実感した為だ。できないことができるようになる。やればやっただけ上手くなったことがわかる。武藤との練習が生み出す効果を実感してしまった以上、いてもたってもいられずということらしい。
帰ったら百合達とイチャイチャする予定だった武藤だが、興奮する石川原達に押され、渋々と練習に付き合ったのだ。一人の天才がもたらす効果なのか、まさにゴールデンタイムと呼べるほど、この二日でメンバーは信じられないくらいレベルアップをしていた。
特に石川原に現れた効果は顕著で、周りに合わせていたせいで今まで抑えられていた力が、武藤という天才によって存分に引きだされ、既に高校に入ってもレギュラーで通用するレベルにまでその才能を開花させていた。
自分には才能がないとわかっていても諦めずに努力し続け、弱小チームという繭の中であがき続け、それでも真摯にバスケと向き合い、バスケを好きであり続けた男が、今まさにその繭を破り、大空へ羽ばたこうとしているのである。
それに気が付いた武藤はイチャイチャを諦め、古くからの友人である石川原の為、チームの為、自身の得にもならないバスケ練習に真摯にまじめに付き合っていたのだ。なんだかんだといいつつ、結局面倒見のいい男なのである。
一人の突出した天才で試合が決まることもある中学バスケにおいて、二人の天才を要する東中はまさに全国屈指の実力となっていた。
「お前と試合するのはいつぶりになるか覚えてないが、来られるなら決勝で待っててやるよ」
「中一の全中予選以来だ。今まではずっと負けてきたがな。それでも俺は、ただの一度もお前に負けたままでいいと思ったことはない」
「へえ、まだお前にそんな熱があったなんてな。てっきり弱小というぬるま湯につかって腐ったのかと思ってたぜ」
「正直腐りそうになったこともある。だけどな。なんのしがらみもなく、本当に楽しそうにプレイする天才を見て大事なことを思い出したんだ」
試合に勝ちたい。そう考えることの方が多くなっていた。しかし、石川原は武藤とプレイしていて思い出したのだ。あんなプレイをしてみたい、あんなシュートをしてみたい。ただ純粋に上手くなりたかったあの頃の気持ちを。ただバスケが好きで、ボールを触っているだけで唯々楽しかったあの日々を。
「野田。今の俺達は……強いぜ?」
「面白い。受けてたってやる」
なんだかんだとお互いを認め合っているライバル二人はお互いの拳を合わせた。
「盛り上がってるとこ悪いけどさ。野田、東中が本当に北岡に勝てると思ってんの?」
先ほど百合達に声をかけていた西中三年、佐々岡が空気を読まずに野田に声をかける。
「そうそう、今まではまぐれが通じたとしても北岡はさすがに無理じゃね?」
同じく百合達に声をかけていた西中三年柳も佐々岡に同意する。
「すぐにわかるさ」
不敵に笑う石川原に今までと違う雰囲気を感じる二人。石川原達がバチバチにやりあっているそのころ、武藤はといえば……。
「ねえ、武。今日で試合終わりなんでしょ? 祝勝会しようよ」
「さすがは正妻だ、いいことを言う。ちなみに私は既に外泊許可を取ってある」
「香苗!? まさか私が先手を取られたというの!?」
「くくくっ戦いは既に始まっているのだよ」
そういって美少女二人は武藤の左右の腕に抱き着きながらお互いを牽制していた。つまり三人は一言でいうと……石川原達の戦いを全く気にも留めずイチャイチャしていた。
試合が始まってもいないのに既に祝勝会といっているにも関わらず、左右の腕に感じる幸せの膨らみに、武藤は自身が大きくなるのを防ぐのに必死だった為、そのことに気づきもしなかった。
「おや? 武君どうしたんだい? なんだか体が固いよ? いや、硬いのは一部だけかな?」
そういって香苗は武藤に胸を押し付けながら、からかうように武藤を煽ってくる。
「くっ……今だけよ……後、数年で私だって大きく……」
自身の胸が大きくなることは既に分かっているが、現時点では香苗と圧倒的な戦力差があることを百合は理解している。
「私も最近武君の為に色々と勉強しているんだ。だが、本物で試したことがないから試させてほしいんだ」
「何を?」
香苗は純粋に疑問を口にする武藤の耳元に口を近づけて呟く。
「挟んでお口でする方法」
「!?」
「後はゴムを口でつける方法とか?」
「!!」
小悪魔なような微笑みを浮かべる香苗の言葉に、武藤は信じられない程に歯を食いしばり、自身の怒張を防ぐ。
「そ、素数。こういう時は素数を数えるんだ。1、2、3、5――」
「いきなり間違ってるねえ」
冷静さを失う武藤に香苗はいたずらが成功したとばかりに微笑んだ。それは周囲の男を虜にするのに十二分な魅力を持っていた。
「香苗ばっかりずるい!! 私にもかまって!!」
「ごめん百合。今、百合にまでかまってしまうと俺は社会的に死んでしまう」
部員たちの、敵達の、そして公衆の面前で大きくなる。それはもう立ち直れない程のダメージは必至であり、そして武藤自身も魔王戦以来の苦戦に必死であった。
もちろんそれを見ていた面々は面白いはずもなく……。
「あの野郎!!」
「うちの学校の美少女を二人も!!」
「ぜってえあいつにはまけねえ!!」
「既に勝った気かよ!! ある意味勝ってるけど!!」
「どっちか一人よこせ!!」
「先輩ずるいっす!!」
気づけば西中だけでなく、何故か味方のはずの東中の面々まで加わっており、バスケとは関係ないところで武藤は余計な恨みをどんどん買っていたのだった。
そして始まる準決勝第一試合。北岡中対東中の対戦である。
「いいか? これまでの相手とは違うんだ。注意していけ」
「具体的には?」
「かっこいいプレイをしてきたら、かっこいいプレイをしかえすんだ!! それによって相手――」
「……おしっみんないくぞっ!!」
「おおっ!!」
「え? ちょっとまって、無視!?」
いつも通りやはりどうでもいいことしか言わない顧問を無視し、キャプテン石川原の掛け声で、東中のメンバーは一斉にコートに飛び出した。
試合開始のホイッスルが鳴り、試合が始まる。ジャンプボールで神谷が負けた為に東中はディフェンスからスタートだ。
「!?」
しかし、一瞬で相手ポイントガードとの間合いを詰めた武藤がスティールし、一気に先制点をもぎ取った。ボールを奪い取ってわずか五秒の早業である。
「ナイッシュー」
「上々な滑り出しだな」
石川原とハイタッチした武藤は、今日も調子がいいと自身の体を判断した。
その後、武藤を経由しないパス回しからあっさりと同点にされると、そこで試合に動きがあった。
「ダブルチーム!?」
北岡中は武藤に対してダブルチーム。すなわちマークを二人割いてきたのだ。
「へえ」
武藤が見る限り一朝一夕の動きではない。西中と違いしっかりと東中を研究し、大会中にも関わらずすぐに対策を練ってきたということである。
「さすがは名門だ」
初めて手ごたえのありそうな相手が出てきて、武藤は逆にやる気が出てきた。二回戦まではそれなりに手を抜いたプレイをしていた武藤だが、さすがにここからは少しギアをあげることにした。
「!?」
球を股の間に通すレッグロールから背中側、ビハインドでのグライドステップでスペースと時間を作り、そこからくるっと体を半回転させる高速ビハインドロールからのドライブで一気にマークの二人とも置き去りにする。
ジャンプと同時にシュート体勢から目の前に来たマークの横にノールックでボールを落としてワンバウンドさせると、そこには既に石川原が走りこんでいた。
「ナイスパース!!」
ノーマークのゴール下で石川原は難なくゴールを決めた。あまりに滑らかに行われた得点までの一連の動きは、まさにNBAを思い起こさせるような洗練された動きであり、たったワンプレイで会場がどよめいた。
それは試合をしていた北岡中だけでなく、試合を見学していた西中も同じであった。
「嘘だろ……」
「あれ何回フェイクいれた?」
「切り返しが早すぎる。本当にバスケ歴一週間なのかあれ?」
あまりにも鮮やかに決めた武藤、石川原のラインに西中レギュラーは驚愕した。
その後も二人のマークをものともせず、味方にパスを供給して点を取り続ける武藤は、次にどんなプレイをするのかとの期待から、いつの間にか会場中の視線を一身に集めていた。奇しくもその姿は、かつてNBAで魔法使いと呼ばれた男に似ていた。
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