第19話 同盟

「どうしたものか」


 家に帰った武藤を待っていたのはまさに酒池肉林の後といった自室の惨状だった。ちなみに酒池肉林の肉に肉欲という意味はないので本来の意味とは異なっている豆知識。


 むせ返るような匂いが充満した部屋は、どれだけの行為が行われてきたのか、その匂いだけでも理解できてしまう程だ。


「これどうしようかな」


 武藤の部屋にしかれたラグに染み付いた液体は、ほぼ全てが美少女達から漏れ出したものだ。顔写真とともにオークションにでも出せば、好事家が高値で買い取ってくれそうである。


「……本当どうしようか」


 百合の頼みとはいえ、人前で魔法を使ってしまった。バレていないとはいえ、さすがにマッサージだけで外科的な要因が治ったというのは無理にも程がある。


「!?」


 そこで武藤は天啓的なひらめきを受ける。


「これ商売にならないか?」


 美容と健康に気を遣う女性は多い。実際マッサージでお肌が若返ったようだという人もいる。だが武藤がやれば本当に若返る・・・・・・ことができるのである。その気になれば四肢欠損していようが、大やけどしていようが、ガンのステージ4だろうが問題なく治せてしまう。理不尽な常識・・・・・・。それが魔法なのである。


 本当にそんなことをやってしまえば、バレた時にモルモット一直線であることは想像に難くない。だが、シミやそばかすを消すくらいなら? 体調をよくするくらいなら? 評判がよくなれば口コミで広がるだろう。だが致命的な問題がある。


「最初なんだよなあ」


 口コミを広げるにしても交友関係が中学生の友人しかいないのだ。例えSNSをやったとしても眉唾で話は終了である。


「まあ、おいおい考えていくか」


 武藤は楽天的に考えながら、部屋の惨状から現実逃避した。











「おいーっす、どしたーなんか元気ないな」


 あくる日の朝。気軽な挨拶をしてくる稲村に武藤は返事すらできない。落ち込んでいるわけではなく考え事をしているのだ。


(どうする。有名人にマッサージする? だがそもそも目に見えて効果が出るようなマネはできない。だったらどこのマッサージでもいいじゃんってことになる。しかも男がやっているマッサージだ。絶対問題にしかならない)


昨晩から武藤はずっとマッサージ=金儲けについて考えていた。


(男にマッサージとか考えただけでも死にそうだ。となると女性客限定……無理ゲーにも程がある。いかん、最初の一歩目が躓くどころか目の前にでかい谷底があるぞ)


 武藤は自分の考えがあまりにも無謀であることに気が付いた。


「おーい。駄目だ全然聞こえてねえ。これ重症だぞ。どうするタカ?」


「気長に戻ってくるのを待つしかないだろ」


 思考の海から帰ってこない武藤は自動操縦のように学校へは歩いて行っている。だが目の焦点が合っていない。


「なあ、タカ、ムネ」


「おっ戻ってきた」


「なんだ?」


「見知らぬ女性が自分から体を開いてくれる方法ない?」


「「そんなの俺が知りてえわ!!」」


 モテない幼馴染達から返ってきたのは容赦のない一撃だった。


「お前ハマのこと全然言えねえじゃねえか!!」


「そうだぞ!! あんなかわいい彼女いるくせに!!」


「ああ、違う違う。俺マッサージが得意でさ。それを商売にしたいと思ったんだけど、いざそれをやるとなった時にどうやって宣伝しようかなと」


「マッサージ? 武が?」


「聞いたことないんだけど?」


「言ったことないし、男になんてやるわけないだろ」


「こいつ……さも当然のように言い切りやがった……」


「逆に男らしすぎる」


 己の欲望にあまりにも忠実な武藤に親友二人は逆に感心してしまった。もちろん駄目な方向にである。


「それで、得意というからには誰かに試したことがあるんだな?」


「まさか!? お前百合ちゃんに……」


「百合にはマッサージしたことないな」


「ほっ。そうだよな」


「さすがにまだできたばかりの彼女にそんな真似は――」


「えっちなことはしたが」


「そのまま死ねいっ!!」


「うおっ!?」


 稲村から唐突に繰り出されるとび膝蹴りを武藤は持ち前の反応速度で咄嗟に躱す。チート的な能力を持つ武藤ですら、ぎりぎりでしか避けられないその蹴りにさすがの武藤も焦りを隠せない。


「帰宅部の癖になんて速さだ」


「伊達に世界一動けるデブを自称してないぜ!!」


 稲村の最近の自称は世界一動けるデブである。細身が多いクラスメイトの中では太っているというだけで、実際はそこまで太っているわけではない。


「何をどうやったらできたばかりの彼女とそうなれるんだよ!? さすがにおかしいだろ!?」


「いや、愛し合っていれば当然のことだろ?」


「ちゅ、中学生で……」


「俺達の童貞同盟が……」


「ふっすまないな。チェリーども」


「死ねええ!!」


「うおおおっ!?」


 今度は貝沼から繰り出されるパンチを武藤は必死に避ける。格闘初心者とは思えない腰のはいったすさまじい右ストレートだ。


「俺達なんて女子のパンツすらみたことないってのに脱童貞だと?」


「あの世で俺に詫び続けろ!!」


 武藤が二人の猛攻から必死に逃げ続けていると、気が付けば三人とも学校に到着していた。









「で?」


「? でってなんだよ」


 昼休みの教室。相も変わらず武藤は稲村と貝沼に絡まれていた。


「わかってんだろ、さっさと吐いちまえよ」


「だから何をいってるんだ」


「脱童貞した感想を聞かせろっていってんだよ!!」


「!?」


 稲村のその声に教室中の生徒が一斉に武藤達へと視線を向けた。


「え? 武ついに童貞卒業? はやくね!? まだ彼女できたばっかじゃん!!」


 話を聞いていた浜村が驚愕の声を上げる。その大きな声により一層生徒たちの関心が武藤へと集中する。


「なんで俺がこんな羞恥プレイみたいなマネをされなきゃあかんのだ」


「我らの同盟の誓いを忘れたとは言わさんぞ」


「……」


 その言葉に武藤はぐうの音も出ない。童貞同盟。それは誰かが万が一、億が一にも童貞を捨てた時、その報告を詳細に行うというもの。女性不信だった武藤はそんなことあり得ないと思っていた為、全く意にも介さず了承してしまっていたのだ。


「我ら童貞同盟。生まれし日は違えども童貞を捨てる日は同じと――」


「そんな誓いしたことねえよ!? 三人同時に童貞喪失ってどんな特殊プレイだよ!?」


「それでどうだったんだよ初夜は」


「切り替えはええなおい、誓いどうなったんだよ。それに初夜とかいうな。別に普通……だと思っていた今日この頃」


「なんだそれは。ってことはなんかあったんだな? 言え!!」


「あーあれだ。起たなかったか、もしくはすぐ出たんだろ?」


 浜本が嬉しそうに言ってくる。この分野なら武藤より上に立てると思っているからだ。


「その……一晩中休みなく朝までやったんだ」


「……はあ?」


「一晩中っておま……」


「うそだろ……」


 教室中がざわざわとしだす。


「み、見栄はるなよ。い、いくらなんでもそんなことあり得ねえよ!!」


「確かに正確には朝までとはいいきれない」


「ほら見「朝起きてからは昼過ぎまでやり続けた」ろ? え?」


「さすがにめっちゃ怒られた。えっち以外考えられなくなっちゃうからしばらくえっち禁止って……」


 その言葉に教室中が静まりかえる。


「それなのに俺はまた昨日やってしまったんだ。もう駄目って言われてたのに、何度も気絶させてしまうクズなんだ!!」


 静かな教室に武藤の慟哭が響き渡る。


「初めてを何度も気絶……」


「武藤くんてばどんだけテクニシャンなの……」


「そんな人に朝までどころか明けて昼までされたら死んじゃうんじゃない?」


 武藤の言葉に女子生徒達が騒然とする。


「俺は百合が好きすぎて、百合のちょっとした仕草で興奮してしまって、気が付いたら襲ってしまうんだ。夏休みに入ったら、絶対お互いずっと裸で、一日中家でドロドロに溶けあうまで一緒に過ごすんだ」


「お前は……中学、しかも受験生なのになんて背徳的な生活をしようとしてるんだ」


 あまりにもな武藤の野望にさすがの貝沼も突っ込む。


「だけど最近、何故か間瀬さんや中尾さんが加わろうとしてきている気がするんだ」


「は? あの百合ちゃんの友達の二人か?」


「百合ちゃんがいるのに!? まさかの4Pだと!?」


「俺は百合だけでいいのに、なんか百合の方が間瀬さん達を加えるのに乗り気なんだ……どうしたらいいと思う?」


「「ふざけんな!!」」


 叫んだ貝沼と稲村だけでなく、恐らく教室中の心が一つになった叫びであった。









「あっいた。百合!!」


「あれ? 由美、映見。どうしたの?」


 昼休み。百合は香苗と圭子といういつものメンバーとおしゃべりしていると、昨日武藤にマッサージをされた隣のクラスの二人が加わってきた。


「そういえば連絡先交換してなかったなって思って」


「あっ確かにそうね」


 そういって四人はスマホを取り出し、連絡先を交換しあう。


「いつの間に仲良くなったんだ? 接点なかったよね?」


 そのメンバーに加わっていなかった松尾圭子が不思議そうに尋ねる。


「ああ、圭子は昨日いなかったもんね。昨日いろいろあって……ね」


「百合には感謝しかないよ」


「ほんとほんと」


「百合よりも武藤くんじゃないか?」


「「それは言えてる」」

 

「??」


 やたらと仲が良さそうな四人に圭子は頭をひねる。百合はわかる。社交的だから誰とでも仲良くなれる。だが香苗がこんなに仲良くなっているのは想像ができない。


「一体何があったんだ?」


「それは秘密……ね。ちょっとデリケートな問題だから。ごめんね圭子」


「いや、そういう話ならしょうがない。無理には聞かないよ」


 謝る百合に無理に聞き出すわけにはいかず圭子は折れる。


「ごめんね、松尾さん。ちょっと人には話づらい内容なの」


「いいよ。あの香苗がこんなに仲良くなるなんて想像できなくて……一体何があったのかなって」


「? 香苗ってそんな人見知りなの?」


「まあ、確かに興味のない相手には反応しないことが多いな。でも私はお互いの痴態をみた仲間をないがしろにするほど冷たくはない」


「ちたい?」


「ぷふっ」


「くくったしかに痴態ね」


「あははっ」


 香苗の反応に三人とも思わず笑ってしまう。お互いが同じ男の手で絶頂させられるところを見られているのだ。百合以外は本番ではないとはいえ、その背徳的な行為をお互いに見られるというのは、中学生の女子を結束させるには十分だった。


「それで彼氏たちとはその後どう? 連絡した?」


「もうすぐ夏休みだから、そこでデートすることになってる」


「私も同じね」


「それは……泊りか?」


 香苗のその言葉に二人は顔を赤らめて頷いた。


「本当はまだ不安なの」


「私も……もし……って考えちゃう」


「あんなに乱れてたんだから大丈夫でしょ。寧ろ逆を心配した方がいい」


「逆?」


「彼氏の方が気持ちよくなかったらどうしようって」


「「あっ……」」


 二人とも武藤に気絶させられている。そのテクニックを前提としてしまう可能性がある。


「それは大丈夫だと思うな」


「百合、その根拠は?」


「彼氏はね。特別なの」


「?? どういうことだ?」


「どんなに上手でもやっぱり心が伴ってないと駄目だと思うな。やっぱり好きな人に触られるのが一番なんじゃないかなと。私は武以外知らないからわからないけど」


「そんなこといったら私だって武藤くんしか知らないぞ?」


「そ、それはそうだけど……」


「ちょっとまて。なんで香苗が武藤くんを?」


「ふふふっさあ、どうしてだろうねえ」


「!? 百合? 香苗がこんなこといってるぞ!?」


「あーうん。そうだねえ」


「百合!? いいのか!? 香苗に武藤君とられるぞ!?」


「全く、処女はうるさくてかなわんな」


「しょ――お前だって一緒だろ!!」


「くくくっ確かにそうだ。だが、私は――男性にイかされた経験がある!!」


「なにいっ!?」


 その言葉に圭子は驚愕する。どういうことだ? 自分で処女とは言っていた。だが男性にイかされたことがあるだと? 自分の考えているようなことではないのか? ひょっとして自分は何か大きな勘違いをしている? 


「ああ、圭子もイかせてもらいたいなら武藤くんに頼むといい。彼はテクニシャンだよ? 何せ処女を100%絶頂させるくらいだからねえ」


「ぜっ!?」


 その言葉に圭子は絶句し、残りの三人は顔を赤らめる。


「正直な話。私は自分がどうにかなってしまうのでは? と若干の恐怖すら感じた程だ」


「あっそれは私も。しかも私の時は全然やめてくれないまま朝までだったから……」


「……すごいね百合。アレを朝までって私なら途中で死んじゃうかも」


「私だって絶対無理。アレを朝まで耐えるって、やっぱ百合の愛がなきゃ無理でしょ」


 あっという間に絶頂させられた二人は素直に百合を称賛する。


「ふむ、さすがは正妻。しかし、いつまでも正妻の座に居られると思わないことだな!!」


「え? 香苗、下克上すんの?」


「何それめっちゃウケるんだけど」


 昨日の愛人発言を聞いていない二人は、香苗の下克上宣言に大うけである。


「わ、私も負けないもん!! 武は私のなんだから!!」


 負けじと張り合う百合に三人は微笑ましい笑みをこぼす。百合が一番武藤に相応しいとは、三人共わかっているのだ。


「なんなんだ一体……」


 仲睦まじい四人に馴染めない圭子は、一人だけ終始疎外感のようなものを味わっていたのだった。

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