第18話 香苗


「くふっくふふふ」


 香苗は自宅に戻ると部屋で一人、こぼれ出る笑いを抑えきれなかった。傍から見たら完全に怪しい人なのだが、本人はそれを気にもとめていない。


(あれがセックス。なんという甘美な世界。優秀な雄に組み敷かれ、本能の赴くままに腰を振られガンガンと攻め立てられる。なんと野性的で原始的で、そして……魅力的な光景だろうか)


 香苗は自分がされたわけではない。自分はただマッサージをされただけである。だが愛されている百合を見ていただけで、自分は間違いなく興奮してしまった。中学生の、しかも処女である自分が孕みたい・・・・と思ってしまったのだ。それほどまでに男を、男の精を、いや、武藤武の精を求めてしまっている自分に気が付いた。


 自分の中にこれほど女としての本能が眠っていたことに香苗は心底驚いていた。確かに男の体に興味はあった。だがそれはどういう仕組みなのか? 男性器とはどういった器官なのか? 等、まるでおもちゃを分解するくらいの気持ちだったのだ。それが結果はどうだ。気づけば自ら服を脱ぎ去り、抱かれに行き精を求める。自分が嫌悪していた醜悪な女そのものではないか。一皮むけば自分もただの女だった。香苗はそのことが屈辱でもあり、そして……嬉しくもあった。


(果たしてこれは他の男が相手でも起こりえることなのだろうか? 少なくとも武藤君の友人達や吉田では感じえなかったことだ)


 以前、香苗が見た武藤の幼馴染二人と百合の幼馴染である吉田は、香苗が面識のある数少ない男性である。彼らと会ったときは、対して感動もなければあった時の感想もなく、まさに有象無象という感覚しか思い浮かばなかった。武藤武についても初めて会ったときに何か違和感のようなものは覚えたが、それでも抱かれたいと思う程ではなかった。そうなったきっかけといえば……。


「あのバスケのときか」


 バスケの練習試合をしていた武藤のプレイを見てからだ。


(信じられないスーパープレイを見せられたことで、私の中の何かがころっと落ちたのか? そうだとすれば単なるミーハーと変わらないが……)


「案外私も単なる俗物だったということか。でも不思議と悪い気分じゃない」


 香苗は百合達といるときは、周りに合わせて普通の女子中学生をしている。だが本質的に自分はどこか違うと感じていた。かっこいいといわれている男を見ても何も感じないし、かわいいといわれているものを見ても何も思わない。自分はどこかおかしいのでは? と。特に吉田をかっこいいと言っている女子生徒が多いのが、全く理解できなかった。確かに顔は整っているし、運動能力も高い。だがそれだけだ。


(あれこそ、ただの俗物じゃないか)


 普通はそれだけでも十分モテる要素だ。だがそれは香苗の評価には値しなかった。香苗自身にしても自分が男のどこを評価しているのはわかっていない。ただ、ピンとこない。それだけだ。


(武藤くんはピンときた……なんてものじゃない。まだ中学生、しかも処女なのに孕んでしまいたいと思ってしまった。そんなことあり得るの? 彼には何かある……)


 この世界には稀にオーラや魔力を感知できる者がいる。香苗もそういった超感覚を持つ者の一人であり、本能的に武藤の持つオーラや魔力を感知してしまい、その未知の感覚に惹かれている。特にバスケをしていた武藤からは無意識にオーラや魔力が漏れていた為、感知力が強いものはかなり強い刺激を受けていた。特に身近にいた女子バスケ部にその効果が顕著に表れており、特に感知力の強い二年生の一部が軒並みその感覚の餌食となっていた。試合後、どうしようもなく濡れたその下着のせいで、更衣室で着替えることができなくなり、結果、何名かはトイレで着替える羽目になっていたくらいには被害が出ている。


 感知力が強いそういった者は、優秀な雄や雌をかぎ分ける能力が高い為、その内の一人である香苗は本能的に武藤を雄として求めてしまっているのである。


(それにあの時の百合の反応……馬鹿にしているような感情は一切なかった。心底驚いているような……まさか本当に魔法?)


 驚異的な直感で事実に気付くも、香苗はなまじ頭が良いために現実的な判断からそれを却下した。


(何を考えているんだ私は。やはり初めて女性的な快楽を得てしまった結果、ちょっとおかしくなっているな。冷静にならなくては……)


 武藤が異世界で魔法を習得する際に最も難関だったもの。それがこの常識的な判断である。現代社会において重要なそれこそ、魔法にとって最も邪魔な要素なのだ。


(全く……百合はさすがね。どこであんないい男見つけてきたのかしら……でも考えてみれば三人での生活も悪くないわね。百合となら奪い合う必要もないだろうし)


香苗は親友の百合には全幅の信頼を置いているので、本気で百合が嫌がるのなら武藤に手を出すようなことはしない。仮に万が一武藤が自分に惚れたとしても百合が武藤を思っているのなら、普通に武藤を百合とシェアするつもりであった。


(確か百合は中にだされてわね。だったら……)






「お母さん」


「ん? どうしたの香苗?」


「私、最近生理痛が重くて……常備してる生理痛の薬も効かないんだけどなんかいい薬ない?」


「そうね……お母さんのピル試してみる? かなり生理痛に効くわよ」


「わかった。試してみるんで、いくつか頂戴」


 香苗は内心ほくそ笑んだ。その姿はさながら淫魔のようであった。


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