第11話 初夜

 何故かラブラブ度が増したバカップルは、昼食をとる為にフードコートへと向かった。


「オムライス美味しそうだね」


 先に出来てきた武藤の注文したオムライスを見て百合が呟く。


「一口食べるか? あーん」


 そうして一瞬も躊躇わずにスプーンを差し出す武藤に対して、若干顔を赤らめながら百合はそれを口に入れた。


「おいしい!!」


「それはよかった。じゃあ俺も食べよう」


 まだ一口も食べていなかった武藤は自分もオムライスを口へと運ぶ。


「うん、なかなか美味しい」


「武はオムライス好きなの?」


「ああ、卵料理好きなんだ」


「へえ、そうなんだ。奥さんになるなら覚えておかないとね」


 そういって微笑む百合を見て、武藤も笑みがこぼれた。


「俺、小さい頃に母親が亡くなったから、母の味ってのを知らないんだ」


「あっそっか……」


「中学あがるまでは婆ちゃんがいて作ってくれてたんだけど、和食だけだったんだよ。戦時中の人だから基本的に質素な食生活でね。漬物とか味噌汁とか、魚は基本的に太刀魚の煮付け」


「へえー」


「だから婆ちゃん死んで、一人で暮らし始めてから外食とかいくようになって、そこで初めてオムライスを食べたんだ。それ以来好きでよく食べてる」


 武藤の知らない一面を聞いて、百合は改めて自分が武藤の事を何も知らないということを思いしった。


「他に好きなものある? 今お母さんに料理習ってるから、今度作ってあげるよ」


「百合が作るのならなんでもいいけど、やっぱり味噌汁が定番かな。百合が作るものが、今後武藤家の家庭の味になるんだから、味については百合に任せるよ」


 何気ない感じでさらっと言われた一言に百合は硬直した。結婚してほしいとは既に言われているが、今言われたこれもプロポーズのようなものだろう。一体自分は何度プロポーズされるのか。百合は顔を真っ赤にさせながら俯いた。


「が、がんばるね。あっパスタできたみたい。取ってくるね!!」


 誤魔化すように百合はその場を離れた。武藤はと言えば、百合が何故そんなことになっているのか気づきもしなかった。


 その後、二人はショッピングモールを後にし、武藤の家に近いスーパーに向かった。


「味噌汁の具はなにがいい?」


「婆ちゃんはいつもわかめと豆腐しかいれてなかった。潮干狩りの季節だけは、あさりがとれたときだけあさりが入ってた」


「油揚げとか入れないの?」


「うちのには入ってなかったな。外食では入ってるのを偶に見るけど」


「味噌は赤? 白?」


「最初のうちは婆ちゃんの地元の九州の味噌使ってたけど、こっちじゃ手に入らないらしくて、最後は赤か合わせだった」


 百合は大好きな将来の旦那様の好みを把握するのに余念がない。歩きながらも入念に好みをチェックする。味覚の好みの違いは夫婦生活を破たんさせる可能性もあるのだ。


「百合の家はどうなの?」


「うち? うちは信州味噌かなあ。お母さんが長野出身だから」


「じゃあ、それでいいよ。百合の育った味がいい」


「あわないかもしれないよ?」


「百合が好きな味を俺も好きになりたいし」


 何気ないその一言で再び百合の武藤への愛が再燃する。どれだけ自分を愛してくれているのかが、武藤の言葉の一言一言ににじみ出ているのだ。


「武……好き」


「おっどうした急に」


 手をつないでいたのが再び腕に抱き付く形になり、何故そうなったのか武藤はわからないまま、百合の好きにさせる。小さいながらもしっかりとしたふくらみを腕に感じ、武藤は幸せを感じていた。


 その後、正気に戻った百合が食材を吟味し始める。カートを押す武藤とあれ食べられる? これ食べられる? 等の会話は傍から見れば新婚夫婦か付き合いたてのカップルのそれにしか見えない。ちなみにこのスーパーは武藤の家にも百合の家にも近いため、二人を知っている人が多い。周囲の生暖かい目に二人は気が付かず、幸せな時間が穏やかに過ぎていった




「さて、それじゃ料理作るから、適当に待ってて」


「手伝う……といっても邪魔にしかならないか。見てていい?」


「えー恥ずかしいから駄目。リビングでゆっくりしてて」


 そういってリビングへと武藤は追い出される。


「どうしようかな」


 時間を潰すといっても武藤はテレビなんて殆ど見ない。あの国営放送局に金を払っているのが完全に無駄金と言い切れる程だ。そして百合を置いて自分だけ部屋に戻るのも気が引ける。仕方なく武藤はテレビをつけて、自分はスマホのゲームをすることにした。


「ふんふんふーん♪」


 リビングに陽気な鼻歌が聞こえてくる。百合の機嫌がいいのだろう。百合の鼻歌は向こうの世界の旅の途中で温泉を見つけて、百合が入っていた時以来だ。余程、機嫌がいい時にしかでないことを武藤は知っている。


 愛する子のかわいい鼻歌に意識がさかれ、とてもテレビにもスマホにも集中できない武藤は結局テレビもスマホも切り、百合の歌声に意識を集中させていた。


「できたよーって、あれ? 寝ちゃったの?」


 傍から見ればソファに寝ころんで目を閉じているその姿は、寝ているようにしかみえない。


「ごめんね。時間かけすぎちゃったね。起きて、武」


 百合は寝ていると思い、武藤をゆさゆさと揺さぶる。それが心地よくて武藤は目を空けるのをためらった。


「もう。仕方ないわね。お・き・て、だ・ん・な・さ・ま」


 耳のすぐそばで百合がささやく。生暖かい風が耳にかかり、くすぐったいのと気持ちいいのですぐに武藤は目を開けた。


「おはよう。ごめんね、待たせちゃって」


「いやいや、全然待ってないよ。むしろ可愛い歌声が聞こえてきて幸せな時間だったよ」


「歌声? ……なっ!? ま、まさか……聞いてた……の?」


「可愛かったよ」


「もう!! 忘れてよ!! 今すぐ忘れなさい!!」


 まさか鼻歌を聞かれているとは思わず、百合は武藤の体を揺らした。




「ごちそうさまでした」


「おそまつさまでした。どうだった?」


「俺の人生で一番美味しかった」


「ほんと? 良かった。まだレパートリーも少ないけど、どんどん増やしていくから、期待しててね」


「ああ、期待してる。早く嫁に来てくれ」


「ふふっ高校卒業したらすぐにでも結婚する?」


「別に結婚したまま大学生活してもいいんじゃないかな。できたら専業主婦になって欲しいけど、百合のやりたいことはやって欲しいから」


「……うん」


 あくまで自分のことを優先して考えてくれる武藤に、百合は本日何度目かわからない愛の爆発が発生しそうになった。



 食事も終わり、お互い風呂にも入った。そして家には二人っきりで避妊具も用意済み。そこにリビドーあふれる愛し合う若い男女二人。ここまでおぜん立てをされれば、それはもうやることなんて決まっている。


「百合」


「武」


 電気を消した武藤の部屋で2つのシルエットが一つに混じり合った。




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