第10話 デート

 ピンポーン、というチャイムの音に、武藤は一瞬心臓がはじけたような感覚を受けた。急いで玄関に行き、扉を開けるとそこには妖精がいた。


「おはよう、武」


 白いワンピースを来た可愛らしい妖精だ。いや、聖女だった。よくわからない思考になり固まる武藤を見て、百合は小首をかしげる。


「ん? どうしたの?」


 あざといといわれようが、そのかわいらしさに武藤は思わず百合を押し倒しそうになるも、なんとか気持ちを抑える。


「いや、なんでもないよ。いらっしゃい。あがって」


 そういって百合をリビングへと通す。


「大きな荷物だけここにおいといて」


 武藤のその言葉に百合は大き目な手提げ鞄をそこにおろし、そこから小さなバッグ一つだけを取り出した。


「今日どこいくか決めてるの?」


「あー映画がよかったんだけど、今見たい映画がないんで、映画館も入ってるショッピングモールに行こうか」


「あっいいね。買いたいものもあったし、食事もできるしいいかも」


 二人は楽しそうにデートの相談をし、そのままデートに向かった。何故待ち合わせもせずに武藤の家に集合しているのかといえば、それはゴール地点がここだからである。着替えなどの荷物をあらかじめゴール地点に置いておく。つまりそういうことである。


「こんな平和な世界で初めてのデートができるなんて、あの頃は思ってもみなかったわ」


「毎日命がけだったからなあ」


 道中魔物が襲ってくるなんてのはまだ良い方で、泊まった宿で寝ようとした瞬間にこんばんわ、死ねを実演されたり(村自体が盗賊の村だった)百合を無理やり連れ去ろうとした貴族を潰したら、親が親を呼び最終的には王にまで話が行ったりと、大凡平和とは程遠い日常だった。


「最終的には魔物よりも人の方が敵が多かった気がする」


「街よりも魔物が居る森の方が安全って、おかし過ぎるわよねえ」


 貴族は面子というものを重んじるらしく、王の命令で不問にしろといわれても、はいそうですかと納得がいかないのが貴族らしい。それで裏で暗殺をかけるもことごとく武藤は返り討ちにし、最終的には暗殺ギルドを壊滅させるまでに至った上で、関連した貴族すらも直接潰した(物理)ので、それ以降は貴族が関わってくることはなかった。


「武が居てよかったわ。武が巻き込まれてなかったら、きっと私は帰ってこられなかった」


「勇者……は死んだんだっけ」


「うん。弘くんすぐ調子に乗るから……」


 勇者の力を持っていても所詮持っているのは元は15歳の少年である。調子に乗ったあげくに勇者に比べれば大して強くもない敵に、多勢に無勢の状態で勇者はむごたらしく殺された。


「それでこっちの勇者は何か変わったことはあるか?」


「弘くん? 基本的には向こうに行く前と変わってないと思うけど、最近はちょっと遠巻きに見てくる感じかな。学校も一緒にいかなくなったし」


「そうなの?」


「だって……いやでしょ? 私が男の子と二人で学校行くのなんて」


「絶対嫌」


「やっぱり。だからこっちに帰ってからは、香苗と聖子と一緒に行ってるの。二人の家、学校行く通り道だから」


 そういって微笑む百合に武藤は出来た彼女だとしきりに感心すると共に、やはり自分には百合しかいないと彼女への思いをより一層強めた。






「あっあれかわいい!! 武なら取れるんじゃない?」


 腕を組んで大型ショッピングモールのゲームセンターにきた二人は、どこからどうみても完全無欠のバカップル状態で店内を散策していた。


「最近のクレーンゲームは腕が関係ないからなあ」


「え? そうなの?」


「最近のクレーンゲームは確率機なんだ。一定以上の金額を入れないと、上でアームが緩まって商品が落ちる」


「へえ、そんな仕組みになってるんだ。上手な人が来たら商売にならないと思ってたら、そういうことだったのね」


「そう。だから腕関係なく殆どの場合は運とお金。まあ、裏技チックなこともできるけど」


 そういって、武藤は徐にクレーンゲームにお金を入れ、レバーを操作する。そしてレバーを人形の中心からそれた場所に落として、ストップボタンを押した。


「え? なんで離れた場所に……って、ええ!?」


 レバーは人形のタグがついているプラスチックのわっかを引っ掛け、それによりアームの力関係なく人形が持ち上がった。そのまま穴の上空で人形は宙ぶらりんのままゲームが終わると、武藤は手を挙げてこちらを見ている店員を呼び出すと、店員はおめでとうございますと一言いいながら人形を武藤へと渡した。


「はい」


「ええ!? あ、ありがとう。こんな取り方もあるんだ」


「店によっては駄目って言われるところもあるけどね」


「うれしい。武からの初めてのプレゼント……大事にするね」


 そういって百合は、やや大き目のまねき猫っぽいポーズの猫人形を大切そうに抱きしめた。たった100円で思いの外喜んでもらえて武藤も大満足である。


 散策には邪魔になるからと無料コインロッカーに人形をしまい、二人は再び腕を絡み合わせて歩き出す。先程よりも絡み度合いが深く感じるのは気のせいではないだろう。


「ちょっと本屋を見ていい?」


「いいよ。一緒に行こう」


 二人は連れ立ってモール内の本屋へと足を運ぶとそこで分かれ、百合はファッション雑誌を見に行った。武藤はと言えば、コミックを一通り眺めた後ふと、名作シリーズと書かれたポップが目についた。


「ごめん。待たせちゃったね。何見てるの?」


「いや、全然待ってないよ。これ知ってる?」


 そういって武藤が手に取ったのは小公女と書かれた本だった。


「聞いたことはある気がするけど、読んだことはないかな」


「昔さ、小学生の頃、これの読書感想文を書いたことがあったんだ」


「へえ、おもしろいの?」


「んー微妙かな。感想にさ、結局世の中は金だっていう風なことを書いたら先生に呼び出されて大変だった」


「プフっ!! 小学生がそんなこと書けばさすがにそうなるわよ」


「だって本当にそうなんだよこの本。お父さんが死んで金がなくなったら、特待生みたいな扱いだったのが使用人扱いになって屋根裏部屋に住まわされて、実は事業は成功していたって金持ちに戻ったら、みんな手のひら返してプリンセスとか言われるんだぜ?」


「そこだけ聞くと確かにそう思っても仕方がないと思うけど……」


「結構記憶があいまいだけど、概ね間違ってなかった気がする。俺からしたらどの辺りが名作なのか結局わかんなかったし」


「多分大人になってから読むと、また違った感想になるんだと思うわ」


「確かに細かいニュアンス的なものとか、小学生には難しいかもなあ。まあ、もう一度読めって言われても嫌だけど」


 そういって武藤は本を元の場所へと戻し、再びバカップル形態になって二人は再び歩き出した。


「ちょっと見てあれやばくね? めっちゃかわいい子いる」


「ほんとだ。やばかわっ!!」


「ん? ほんとだめっちゃかわ……あっ!? あの時の魔法使い!!」


 二人で色々なお店を眺めながら歩いていると、前方から武藤の聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。


「ん? ああ、ギャル子か」


「ギャル子いうなし!!」


「ギャル子!? ふっふははははっギャル子って……」


「ぶはっ!! ギャル子って、あははははギャル子――」


「笑うなし!!」


 武藤のギャル子発言に何故か爆笑するギャル子の友達二人。ギャル子は諫めるが、二人とも笑い過ぎてお腹を抱えている為、効果がない。


「あんたこんなとこで何してんの? 魔法使いには縁がないところっしょ?」


「見てわからない? 前に言ったお前より百倍かわいい子とデート中」


 ギャル子も武藤を必死に煽って反撃するが、一瞬で切り捨てられた。


「た、確かにかわいいけど、百倍はないもん!!」


「ああー確かにギャル子も友達も一般レベルからすれば、かなり上位に入るくらいにはかわいいな」


「え?」


 絶賛とも呼べる思わぬ称賛にギャル子も友人たちも固まる。


「でもやっぱり百合の方がそれより百倍以上にかわいいからなあ」


 褒めたと思ったら結局、彼女と惚気ただけだった。その事実に気が付いて脳の処理が追いつくまでにギャル子達は少しの時間を要した。


「武、この人達だれ?」


「名前も知らないのに何故か絡んでくるギャルだよ。百合はこんな格好しちゃだめだよ。いや……逆にありか?」


 そういって武藤は百合の威圧を込めた質問をサラッと流し、真剣に悩み始める。きっと今武藤の脳内では百合が若干胸元が開いた服にミニスカを履いた姿が想像されているのだろう。


「百合、あーいう服着てって言ったら着てくれる?」


「え? 肌がですぎてちょっとはずかしいけど……武の前でだけだったらいいよ」


「ほんと!! じゃあ、あーいう服も買おっか。勿論俺がプレゼントするよ」


 そうってイチャイチャしながら武藤達バカップルは、固まっているギャル子たちを置き去りにしたまま去っていった。


「……ギャル子あれだれなの?」


「ギャル子いうなし!! 名前も知らない魔法使い!!」


「ああ、前言ってた海居たっていうあれかあ」


 ギャル子こと吉永美紀は以前、友人達に海であった中二病の魔法使いの話をしている。


「確かに顔は悪くなかったけど、あのレベルのかわいい子が選ぶかっていうと微妙なところかなあ」


「でも超ラブラブだったよ。絶対あれ付き合いたてだよ!!」


「ああ、それならあるか。でも初めてのカレカノで浮足立ってる感じってよりは、なんか長年連れ添った感じもするけど……」


「でも中学生くらいだよね? そんな訳ないっしょ。きっとそのうち現実を見てわかれることになるんじゃね? あのレベルのかわいい子ならモテまくるっしょ」


「あー若いっていいなあ」


「高一のうちらがいう台詞じゃないっしょ」


「言えてる」


 そんな会話を続けならギャル子達は武藤達とは反対方向に歩いていく。話題はしばらく百合と武藤のことだった。







「本当に知らない子なの?」


「知ってるか知らないかっていえば、一回会ってるから顔は知ってるけど、名前も知らないよ」


「でもあのギャル子って言われてた子、どこかで見た気がするんだよねえ」


「何? 寧ろそっちが知り合いなの?」


「いや、知り合いっていうか、最近どこかでみたような……ってああ!?」


「ど、どうしたの?」


 珍しく大きな声を出した百合に武藤は驚く。現在の武藤の精神力で驚くというのは相当想定外のことだったということである。


「MIKIだよ!! さっき見てた雑誌のモデルの!!」


 そういえばさっき本屋でファッション雑誌を見に行くと言っていたなあと武藤は記憶を辿る。


「なんでそんな子と知り合ってるの!?」


 何故か百合は急に浮気を問い詰める嫁みたい口調で武藤に詰め寄る。


「だから偶々会って絡まれただけだよ」


「それにしては仲良さそうだったけ――えっちょっとこんなところで!!」


 公衆の面前にも関わらず、武藤は思わず百合を抱きしめてしまっていた。


「ごめん。嫉妬する百合がかわいすぎてもう我慢できなかった」


「もう、そんなことじゃ誤魔化されないんだからね!!」


 そうはいいつつ、何故か嬉しそうにして抱き付く武藤をはがすどころか、手を添えて抱きしめあっている形になっている百合だった。




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