第9話 バスケ練習

「そ、それより石川原、俺も試合に出てやってもいいぜ?」


 話題を変えようと浜本がどやった顔で石川原に告げる。


「ムトが居なかったら頼んでたかもしれないけど、ムトがいるからなあ。一応補欠登録くらいならいいけど、誰か怪我でもしないと多分出番ないぞ?」


「ハマに頼むんならタカに頼むだろ普通。元バスケ部だし」


「えっ? タカくん元バスケ部なの?」


「元だよ。しかも全然上手くなかったし」


「それでも素人のハマよりは上手いだろ」


「素人の武に勝てないけどな」


「ムトを素人の範疇に入れるなよ。人類の範疇に入るかも怪しいのに」


「お前等、言いたい放題だな」


 石川原と貝沼の会話にさすがの武藤も突っ込む。


「タカのが俺より上手いだと? いくら元バスケ部でもタカには負けねえよ」


「まあバスケセンスはハマの方があるな」


「だろ!?」


 武藤の答えが自分に同意してくれてると思い、浜本は満面の笑みを浮かべる。


「それだけだけど」


「え?」


「バスケ部キャプテンから言わせてもらうと、センスだけじゃ実力なんて大して差はでないよ。センスってゲームでいう初期ステータスと伸びるステータス値が上がるって感じなんで、付け焼刃だとセンスだけじゃどうにもならないんだ。結局、普通は積み上げてきたものがものをいうから。普通は……」


「……なんで俺見ていうの?」


 普通はの所で何故か視線が武藤に固定されていた。積み上げてきたものをセンスだけでなぎ倒す化け物がここにいるんだよなあ、といわれていることに武藤は気が付いていない。


「ハマが西中に入って、三年間本気でバスケやってたら全中制覇できてたかもしれんぞ? まあ西中ってハマを超えるセンスの持ち主が、死ぬほど努力してもレギュラーになれないらしいけど」


「何その修羅の国。絶対入りたくねえ」


 浜本はセンスがいいといってもあくまで通常レベル。その上澄みばかりをそろえて、さらに切磋琢磨させているのが西中なのだ。


「まあ、西中はいつもトーナメントの反対だから、すくなくとも今まで一度も一回戦で当たったことはないんでそこは安心だな」


「おい、やめろイッシーフラグ建てんな!!」


「フラグ?」


「これ絶対最初の相手が西中のパターンじゃねえか!!」


「あっ……ま、まあそうそう当たるもんじゃないさ。全部で何校いると思ってるんだ」


「そ、そうだよ。武藤くんは心配性なんだから」


「やばい……なんか着実にフラグが建築されてる気がする」







 その日の放課後。昨日と同じく、武藤はジャージ姿で体育館にいた。今日は試合ではなく普通にバスケ部の練習に参加する為、百合達は来ていない。


「遅いよイッシー。イッシーならもう少し早く反応できるはず」


「はあ、はあ、厳しいなあ。もう一回頼む」


 そういって石川原はスタート位置に戻る。やっているのは恐らく大会では武藤はダブルチームされるであろうと考え、二人付けた状態で残りのメンバーで得点するという練習だ。一番大事なのは武藤のパスを受け取ること。隙をついて正確に隙間を縫って飛んでくるパスは、受け取れない速度ではないが、体勢を崩さずに受け取ってそのままシュートは非常に難易度が高い。しかも石川原にはマンツーマンでマークがついている状態だ。恐らく大会もそうなるだろうということで、対策をしているのである。


 通常攻める際は、相手の位置等からポイントガードが攻め方を決めて、サインを出してある程度の決められた攻撃フォーメーションを選択し、スムーズに攻撃できるようにする。しかし、現在の練習はほぼ武藤のアドリブである。但しパスする相手は石川原のみで、後は全員ディフェンスだ。故に石川原として考えるのはボールがくるタイミングだけなのだが、どんな体勢でも正確無比にパスが飛んでくるし、コースも相手がぎりぎり届かない位置と絶妙の場所にくる。石川原も自分で理解している。受け取れないのは受け取り側の技量不足なのだと。


(しかし、ムトは恐ろしいな)


 サインも作戦も何も決めていないのに、自分が欲しいと思って移動した瞬間に、ピンポイントでそこにボールが飛んでくるのである。こちらを見てもいないのに……だ。


(天から与えられた才能ってのはこういうのをいうんだろうな。一欠片でも俺にその才能があったら……いや、無い物ねだりをしてもしょうがない。気持ちを切り替えていこう)


 武藤のあまりの才能に石川原は嫉妬が芽生えるが、自身にないものをねだった所でなんの意味もないことを知っている。恐らく武藤は全てのバスケットマンが欲してやまない究極の能力を持っている。NBAを含めても世界の頂点、人類の到達点ともいえる場所に立っている。自分と比べるのも烏滸がましいが、頂点というのはそれ以上、上がらないということである。例え上がるのが数値として1づつだとしても、相手が動かない以上必ず近づいていける。それを見てしまったが故に求めずにはいられない。その到達する先が例え太陽くらい離れているとしても、例え自分がイカロスだとしても、決してあきらめきれないものがそこにはある。間違いなく自分はそこまで至れないとわかっていても、バスケが好きなものなら求めずにはいられない。それが武藤の見せたものだった。


「奥田はポイントガードなのに視野が狭すぎる。もっと周りを見るだけじゃなく、誰をどう動かすと相手がどう動くとか、全体を考えて予想含めて自分でゲームを作れるようになった方がいい」


「そ、それはどうやったらいいんすか?」


「知らん」


 ちなみにそれらしいことを言っているが、武藤の知識は昨日から見ているNBAの動画である。武藤自身はやろうと思えばできてしまうので、努力の方法がわからない。よって教えることができないのだ。


「先輩俺はどうっすか?」


「お前はまじめにやれ」


 質問をしてきたセンターの神谷に対して武藤は辛らつに一刀両断する。昨日のゲームから神谷に感じていたのは、圧倒的に漂うエンジョイ勢の空気である。特にどうしても勝ちたいと思っていないのだ。楽しめればいい。努力は嫌い。楽しんで試合して、あわよくば勝てたらいいなあ。完全なエンジョイ勢である。だが別段それは悪いことではない。ここは絶対勝利を誓うような体育会系の部活ではないのだから。勝ち負けにこだわらず、楽しめればいいという考え方は別に間違っていないのだ。そもそも今回の助っ人も石川原は勝利の為に武藤に頼んだ訳ではない。顔見知りで能力が高く、例え負けたとしても気にしないような人物として、第一候補にあがったのが貝沼であり、それを見に来た先で見つけたのが武藤なのである。だが、武藤のあまりにぶっ飛んだ能力を見て欲が出てしまったのだ。その欲は試合の勝利に対するものではなく、武藤の協力をえられれば、自分達が上手くなるのでは? というものである。その辺は既に武藤に言ってあり、武藤も友人の頼みだからと協力して現在の練習参加になった訳である。


「えっと俺はどうでしょう?」


「……」


 最後のメンバーである男に聞かれるが、武藤は黙り込む。


「誰だっけ?」


「!? 下村です!! 昨日も試合でてました!!」


 影が薄すぎて全く武藤は気が付いていなかった。試合に出ていたことすらも。


「あー、なんとなく……試合の最中にちょろちょろと視界の端にいたような……いなかったような……」


「酷い!?」


 敵から気づかれないのは非常に利点が高いが、味方からも気づかれないのなら意味がない。


「んーまあ、がんばれ!!」


 覚えても居ない相手にアドバイスもなにもない。だって覚えていないのだから。武藤はそっと下村から目を逸らした。


「雑!? 興味すらないじゃないですか!!」


 憤慨する下村を放置し、武藤は石川原達との練習で連携を深めていった。


 そしてバスケの試合よりも武藤にとって遥かに重要な決戦の日が訪れた。そう、土曜日である。

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