第8話 幼馴染2

「今から裁判を始める」


「被告人、武藤武は証言台の前に立ってください」


「どこだよそれ」


 翌日の昼休み。いきなり始まる裁判に武藤は呆れていた。今日は体育館が使用できない為、昼休みも教室に残っているのだ。


「被告人は友人である私達に彼女の友達を紹介する。そういいましたね?」


「……ああ、確かにいった」


「じゃあ、昨日のあれはなんだ!! みんなお前目当てじゃないか!!」


「美少女三人に抱き着かれたハーレム男に鉄槌を!!」


「おい、裁判どこいった。いきなり私刑になってるぞ」


 裁判はどこへやら。幼馴染二人の怨嗟の念は既に判決を通り越して私刑一直線である。


「でもまあしょうがないよ。あんなかっこいいとこ見せられたら……ねえ」


「そうそう、昨日の武藤くんめっちゃかっこよかったよ!!」


「ダンクシュートとか初めてみたよっ!!」


 昨日のバスケ部の試合を見たらしい同級生達が、騒ぎに加わってきた。運動がちょっとできるところを見せただけでこれである。やはり中学生だな、と精神的には大人な武藤は、周りの興奮冷めやらぬ勢いでしゃべる女子生徒達を暖かい瞳で見ていた。


「くっ俺もダンクができればモテるのか?」


「やはり時代はダンクシュートか……」


「いや、そうはならんだろ……ならん……よな?」


 暴走する幼馴染二人に武藤は冷静に突っ込むも、中学生ならそれもありえるのか? と疑問が浮かぶ。


「確かにダンクができたらすっごいポイント高いけど、でもそれだけじゃねえ……」


「そうそう。あのすっごいディフェンスも、ものすごいスリーポイントも、隙間を通すパスもどれもこれも素人が見てもわかるくらいレベチすぎたっしょ!!」


「それにバスケ部の子から聞いたけど、試合終わったらアドバイスしてたんでしょ? しかも淡々と冷静にアドバイスするだけして去っていったって……かっこよすぎない?」


「そういうの女子はくらっとくるよねえ。バスケ部の後輩の子も試合後にきゃあきゃあ騒いでたらしいよ?」


「なん……だと……三年だけじゃなく後輩までも餌食に」


「百合ちゃんがいるというのにお前は……」


「餌食なんて誰もしてねえよ!! 風評被害はよせ!!」


 童貞なのに浜本のようにヤリチン扱いは、さすがにシャレにならないと武藤も焦る。


「でも武藤くん、冗談抜きに今ならよりどりみどりだよ?」


「俺をハマと一緒にすんな。俺は生涯百合だけでいい」


「!? はあーいいなあ……」


「こんなにモテるのに、一途なのもポイント高すぎなのよねえ」


「もっと早くアプローチしていれば……いや、今からでもワンチャン……」


(なんだこれは……)


 何を言ってもモテムーブになってしまう事態に武藤は戦慄していた。特に最後の子に。ワンチャンないから!! と叫びたかったが、ハイライトの消えたような目に恐怖を感じ黙っていた。さすがに元勇者(偽)だけあって危険感知能力は高いのだ。


(なんでこんなことに……)


 ちょっと力を見せただけで何故こんなことになっているのか、全くモテたことがない(自覚がない)武藤には理解ができなかった。異世界にいって百合におぼれるまでは女性不信だっただけに、女子生徒達のこの行動はまるで未知の生物を見ているようで、武藤からしたら魔王と対峙した時よりも明確に恐怖を感じていた。


「おいおい、なんで武がこんなにモテてんだよ。なんなら俺が出てやってもよかったのに」


 いつの間にか空気を読まず、浜本が会話に加わってきた。


「石川原もなんで俺を誘わないんだ。俺だってバスケ部よりは上手いってのに」


「そりゃどっちか一人出せって言ったら張りぼてより本物の天才だすだろ」


「はあ? 張りぼて? 俺のことか?」


「お前以外誰がいるんだよ」


「誰が張りぼてだ!!」


「見せかけだけのかっこよく見える派手なプレイだけで、スタミナもなければ周りを見る目もないし、シュート成功率も高くないのにワンマンプレイばかり。見た目だけの張りぼてじゃん」


「ぐっ……」


 幼馴染である貝沼にぐうの根もでない程の正論を叩きつけられ、さすがの浜本も黙り込んでしまった。なまじ幼馴染である為にたとえ浜本相手とは言え遠慮も容赦もないのだ。


「バスケ経験がどうのとか、才能がどうとかいう問題以前の話で、武は分類上人類よりかは化け物に近い天才だぞ?」


「なんだろう、俺褒められてるのかディスられてるのかわからないんだけど」


 貝沼のたとえに武藤は絶句する。まさかの異世界と同じ化け物扱いである。よく騎士団に化け物とか呼ばれてたなあ、と武藤は現実逃避を始めた。


「試合前に三回シュート練習したら、どこからどんな体勢で打ってもシュート成功率100%になるのは人間じゃない」


 貝沼のその言葉に周りの生徒達もうんうんと頷いて賛同する。


(魔法とか使ってないんだけどな)


 ちなみに武藤はバスケに魔法やオーラを一切使っていない。強化された身体能力のみを使っている。故に精神的にブレればシュートは外すし、試合前にシュート練習をしなければ、実際の感覚がずれて外すこともあり得るのだ。だから試合前に距離感、空調、照明等の情報を得て、自身が決められる完璧な感覚に調整しているのである。


「ディフェンスにしてもハマはざるだけど、昨日の女子部は最終的に武を徹底的に避けてただろ? そうしないと取られるからだ」


 武藤からしたら魔法を使わずとも強化した身体能力でドリブルは止まって見えているのである。そしてそれを奪うことが可能な速さで動ける為、スティール率は100%である。そんなことが出来るのなら勿論パスも止められる為、相手からしたら悪夢である。勝つための唯一の方法は、『相手をしないこと』であると早々に判断したのは女子部顧問の英断である。


「ゴール下から始まったとしても必ず一人は武についていないと、そこからスリーを打たれて終わる。一人付いたくらいじゃ足止めにもならないからと二人以上つけると、パスを出されて人数的不利ができてディフェンスできない。武がいるだけで相手チーム終わってるんだけど」


「むしろ二十点も取れた女子部を褒めるべきだよ。最後明らかに武藤くん手を抜いてたけど」


 それまでマークが一人付こうが二人付こうが問答無用で3Pを決めていたのが、ノーマーク以外全く打たなくなったのだ。さすがに手抜きはバレバレであった。


「別に何の恨みもない女子部を蹂躙したいわけじゃないんだよ。昨日はただの俺とバスケ部員達との調整だったからね」


「そのただの調整でボロクソにされたら、女子部員達さすがに涙目なんだけど……」


「まあ実際は涙目どころか最終的にはハートマークになってたけどね」


 実際、バスケ部員達がどこまでやれるのかの能力把握と、自身がどれだけできるのかの把握が武藤の主な目的だった。連携は自分が合わせればなんとでもなると武藤は思っているので、必要なのはスペックの把握である。性格の面はさすがにエンジョイ勢だけあって、ガチ勢のように嫉妬に駆られて足を引っ張るような部員はいなかったので、その辺は武藤も安心している。若干一名怪しいのが居たが……。


「ムト」


「おう、イッシー昨日はおつかれ」


 そんな話をしていると、隣のクラスのバスケ部キャプテン石川原が訪れた。


「昨日の総括を先に聞いとこうと思って」


 バスケ部全員に一応アドバイスをするという話はしていたが、そのままズケズケと言っていいものかわからないので、石川原に先に相談するということだ。


「まず、イッシーは昨日いった通り動き出しが二歩遅い。もう二歩先のパスも捌けるはずなのに、反応が遅くて間に合ってない。恐らくパスを出すポイントガードの奥田って子のスペックに最適化されてるんだと思う」


「まあ、そうだろうな。あいつからしかパス受け取ってないから、そこは仕方ないと思う」


「今のままだと余裕でカットされる。一歩先だと反応が早いやつだとカットされる。二歩先だと高校レベルじゃないとカットできない。目安はそんな感じ」


「ってことは一応俺は高校レベルにはなれるってことね。頑張るか」


「焦って頑張りすぎんなよ。お前はバスケ好きすぎて、体壊すまで無理しそうだから怖いんだ」


「……気を付ける」


 心当たりがありすぎる石川原は反論せずに頷いた。


「武藤くんと石川原くんて接点なさそうに見えて仲いいよね」


「そうそう。なんかわかりあってるっていうか」


 仲がよさそうな二人を見て女子生徒達が二人を怪しい目で見始める。


「そうか?」


「ああ、俺ら小学校の時、結構一緒に遊んでたからなあ」


 実は二人は小学生の時は四年生以降ずっと同じクラスだった。その為、放課後も含めそれなりに一緒に遊んでいたのだ。


「なんで今は遊ばなくなったの?」


「住んでるとこ離れれて、バスケ部と帰宅部の違いがあって、尚且つ三年間一度も同じクラスになってないんだから、普通に接点なんかないだろ」


「ああーそれは確かに遊ばなくなるかも」


「だから休日に一緒に遊ぶような仲じゃないけど、別に仲が悪い訳じゃない普通の友達って感じだな。ムネ達以外、基本同じ小学校のやつは大体そんな感じだぞ」


「ムネくん達は違うの?」


「ムネとタカは近所で家族同士も仲がよかったから、生まれた病院も同じで、保育園に入る前から一緒に遊んでるような幼馴染だな」


「何かあるとムネの家に預けられたり、武の家に預けられたり、逆に家に来たりな」


「家が三つあるみたいな感じだよな」


「へえーいいなあ、そういう関係。羨ましい」


「家族ぐるみの付き合いっていいね。女子が混じってたら恋が芽生えそう」


「女はムネの妹くらいだな」


「ムネくん妹いるの?」


「三つ下にいるよ。タカの弟と同じで来年ここ入学。そういえば武に彼女できたって言ったら物凄い食いついてきてたな」


「ん? なんで?」


「あーそういう……」


「?? 俺、最近薫と全く接点ないじゃん?」


 全く気が付かない武藤を尻目に、その場にいる全員が気が付いた。ムネの妹が武藤を狙っていたことに。


「あれ? 浜本くんは幼馴染じゃないの?」


「ハマはいつの間にか一緒にいたって感じだな。家離れてるし、家族の付き合いもないんだけど、何故か一緒にいるっていう……なんでだ?」


「おまっ!? 酷くね!? 俺も幼馴染じゃん!!」


「っていってもハマは俺達ってよりはいつも武にくっついてってたから、俺とムネはあんまり遊んだ記憶がないんだが」


「……」


 貝沼の証言に浜本が口をつぐんだ。実際、浜本が武藤にくっついて回っていたのは事実だからだ。何故かといえば小学生の頃、武藤は生来のカリスマを発揮してリーダーのように立ち回っており、男女問わず所謂人気者だった。浜本はその武藤にくっついて回れば、自分も人気者になれたような気がした。


 小学生は女子の方が精神成熟が早い。男女ともに人気のある武藤は競争率が非常に高いが、その傍にうろちょろしている浜本は、軽いうえに見た目がいい。恋に恋する乙女にとってお手軽に付き合うにはお手ごろだったのだ。結果、逆に浜本の方がモテるという逆転現象が発生する。そうなるとどうなるか? 武藤を知らない人からみると、モテている男の方が価値が高いと感じてしまうのである。そしてそのまま価値は逆転していき、気が付けば浜本の方が、武藤を上回る女子人気を得てしまったのだ。実際には同じ小学校出身者からは武藤の方がモテているので、人気としては大差ないのだが、武藤本人は全く気が付いていない。


 武藤狙いの同じ小学校出身の女子生徒は、お互いにけん制しあっている為、直接武藤に言い寄ることができない。ではどうするかとおいえば、浜本に言い寄っている体で、武藤に相談という形で接触するのである。鈍感な武藤がそんなことに気が付くはずもなく、武藤からしてみれば何故か浜本狙いの女子生徒達からしきりに恋愛相談をされたり、浜本に紹介してほしい等という相談だらけになるという意味がわからない状態になるのだ。結果、自分に言い寄ってくる女子生徒はいないという結論に達し、立派な女性不信ができあがったのが、異世界に行く前の武藤である。


 武藤狙いの子は実際には浜本には近づかないので、浜本が手を出した女子生徒はそう多くはない。浜本は基本的に来るものは拒まないが、自分から手を出すようなことはしないのだ。何せ女子の方から寄ってくるのだからそんなことをする必要がないのである。武藤を餌にして女子生徒を食いまくってるように見えるが、実際は向こうから来るのに手をだしているだけである。武藤狙いの子を奪っている訳でもなく、ただ来たものを拒まないだけなので、節操がないことを除けば浜本に悪いところは殆どないのだが、そんなことは武藤が知る由もない。武藤からすれば自分の近くにくる女子は、全て浜本に引き寄せられているとしか見えないのである。武藤達三人からすれば、浜本に彼女を近寄らせたくないと思うのも必然であった。だがそれで浜本を嫌っているという訳ではなく、単なる女性関連で嫉妬しているだけである。


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