第7話 天才
「みんな集まってくれ。大会の助っ人として参加してくれることになった武藤だ」
バスケ部顧問の体育教師に紹介されて、体操服姿の武藤がバスケ部の練習に混じる。とはいっても基本トレーニングをやるわけではなく、練習試合形式で相手は女子バスケ部である。
「武藤君バスケできるの?」
「なんで今頃バスケ部に?」
ことの
「ん? あのかわいい子誰だ?」
「西中の制服着てるぞ」
試合が始まる前に体育館に現れた美少女にバスケ部員の後輩たちが騒ぎ始める。
「!!」
コートにいる武藤に気が付いた百合が武藤に小さく手を振る。その姿はまるで妖精のようであり、辺りの男達をまんべんなく魅了していった。
「くっ!! あんな美少女の彼女がいるなんて勝ち組めっ!!」
「先生……」
何故か顧問の体育教師が一番嫉妬に燃えていた。
「どれが百合先輩の彼氏なんですか?」
「あの手を振ってる人よ」
「あれか……なんか冴えない人ですね」
「……聖子。後で話があるわ」
「!? じ、冗談ですよ百合先輩!! あっ!! 試合始まりますよ!!」
(なんか知らない子がいるな)
武藤は見学に来ている百合の他に見知らぬ子がいることに気付く。昨日会っている間瀬香苗はわかるが、もう一人知らない子がこちらを睨んでいるのだ。
(ああ、もう一人はバスケ部レギュラーとかいってたからな。忙しいんだろう)
そんなことを考えていると、いつの間にか試合が始まっていた。そしてあれよあれよと点を決められ、気が付けば14-2と点差を広げられていた。
「百合先輩。あの人何にもしてないんですけど? かっこ悪くないですか?」
「わざとに決まってるでしょ。武が本気だしちゃったら相手に悪いから、今はまだ様子見してるのよ。武ってやさしいから」
「香苗先輩!! 百合先輩が!!」
「百合がこんなに馬鹿になる日がくるなんて……」
相変わらずぽーっと武藤をハートマークが辺りに浮き出ないばかりに見つめる百合に、友人の間瀬香苗と後輩の中尾聖子は呆れかえってしまった。
「どうしたの武藤君? そんなんじゃ試合に出てる意味がないよ?」
試合前に話したバスケ部の少女が武藤を煽る。
「大体わかったから。イッシー、そろそろいくよ」
「わかった」
武藤は石川原から今日初めてボールを渡される。
「!?」
ハーフライン近くで渡されたその瞬間、既に武藤はシュートを放っており、そのボールは綺麗にリングの中央を貫いた。
「た、偶々よ!! リードしてるのはこっちだからじっくりいこう!!」
「!?」
そういって女子チームボールからゲームがスタートするが、ハーフラインを超えた瞬間、パスをあっというま武藤にカットされてしまう。
「しまっ!? もどっ――」
気が付いた時には武藤は既に跳んで――いや、飛んでいた。
「なあっ!?」
ドカンという豪快な音とともに武藤はダンクシュートを決めていた。中学生で170cmの身長はやや高めとはいえ、軽々とダンクを決めた武藤に顧問の教師ですら顎が外れそうな程驚愕していた。
「嘘でしょ……」
「きゃあああ!! 武すごいっ!!」
生まれて初めてみる生のダンクシュートに絶句する聖子を尻目に、百合は愛する人の活躍に大興奮だ。
「ダンクなんて初めて見たんだけど……」
「武藤くんてこんなにすごかったの!?」
「うおおおおお!! まじかああ!!」
女子バスケ部員達がだけでなく、味方の男子部員まで全員大興奮、または唖然としている。平然としているのは武藤と石川原だけだ。
「それじゃ、いろいろと試してみるぞ」
「任せた」
その後、武藤はすさまじい精度のスティールとパスカット。そしてどこからでも100%入る3Pシュートで女子チームを圧倒。ある程度離した後は明らかに手を抜き、マークに来なかった時だけシュートをするようになり、来たら味方に対してパスを通すようになった。そして男子部員個々の能力と動きの癖を調べ、今日初めてとは思えない連携を見せるようになる。
気が付けば26-76という圧倒的差で男子バスケ部が女子バスケ部に初めて勝利した。
「すげえええ!! 女子に初めて勝った!!」
「先輩すごすぎっす!!」
「なんなんすかあのシュート!? どうやったらあんな入るんすか!?」
「師匠と呼ばせてください!!」
「やりすぎだムト」
初勝利に大興奮する男子部員達。ただ一人冷静なのはキャプテンの石川原だけだった。
「久々に聞いたなその呼び方」
小学生の頃は石川原は武藤をムトと呼んでいたのだ。その呼び方が咄嗟に出てしまう程度には冷静さを欠いているのだろう。急に幼い頃の呼び方が出てきて武藤は何故か笑みがこぼれた。
「どう? 聖子、私の彼氏は? 冴えない?」
「かっこいい……はっ!?」
「!? 聖子? まさかあなた……」
「ちっ違いますよ百合先輩!? べ、別にかっこいいって思って……はいるけど百合先輩から略奪しようと思ってるわけじゃ……」
「やっぱりちょっと後でお話が必要なようね」
「ちがうんですううう!!」
冴えないと思っていた武藤のあまりのかっこいプレイにすさまじいギャップを感じてしまい、百合の一つ下の後輩、中尾聖子は完堕ち寸前だった。
「いや、聖子じゃないけどあれはしょうがない。私ですらかっこいいと思ってしまった」
「香苗!?」
普段男にあまり興味を示さない友人の間瀬香苗までが、自分の恋人に対して熱い視線を送っているのを見て、百合はさすがに焦りだした。
「武藤くんすごい!! なんで今までバスケ部入ってなかったの!?」
「そうだよね。武藤くんいれば全国行けてたかもしれないのに!!」
気が付けば武藤は女子バスケ部員に囲まれていた。
「ゆりー見てたかー」
それにもかかわらず、武藤は女子バスケ部員を全く相手にもせず、百合に対して手を振っていた。
「たけしーーーー!! かっこよかったよおおお!!」
それに対して大興奮しながら百合は手を振り返す。バカップルは今日も平常運転である。
「斎藤さんはパスするときに一瞬止まる時がある」
「え?」
「山根さんはカットインする際に必ずいったん左にドリブルを入れる」
「え? 私?」
「そこの君はスリーの時、右から打つときだけリズムがずれてる。だから入らない」
「そっちの君はパスする前に必ず視線が向くから、フェイントの時もすぐにパスするってわかる」
武藤は試合に出ていた女子部員に対して癖を指摘する。
「やってて思ったんだけど女子のバスケって男子と違ってスピードとリズム、そして連携を主にしていると感じた。シュートもパスも基本的に両手だし、シュートを打つ際もフォームが一定リズムなんだけど、なんか全員そろってるみたいに一緒なんだよね」
「みんなそろって練習してるからね」
「だからものすごく止めやすい」
「!?」
「一回見ればいつパスがくるのか、シュートがくるのかわかっちゃうからね。俺がディフェンスしてるときに決めれた人いないでしょ?」
その言葉に騒がしかった女子部員達が静まり返る。
「まあそれができるやつが女子中学生にいるとは思えないから、Bリーグにでも行く気がない限り気にしなくてもいいと思うよ。一応感じたことを言ってみただけ」
「……武藤くんて何者なの?」
「ただのイケメン幼馴染の踏み台だよ」
そういって武藤は女子部員を後に男子部員たちの待っている方へ足を向けた。
「イッシーは踏み出しが二歩遅い」
「……一歩じゃなくて二歩かあ」
「周りのレベルに合わせすぎて、それが癖になってる。お前はもう二歩先に行けるはずだ」
「……わかった。やってみる」
「先生どうですか? 何かありますか?」
「……いや、もうなんて言っていいのかわからん。お前は明らかに俺よりうまいし、視野も広い。本当に素人か?」
「昼休みの遊びと体育の授業以外はやったことないですね」
「世の中にはいるもんだあ、天才ってやつが。もう少し早く入ってきてくれたら……」
「体育会系の縦社会って死ぬほど嫌いなんで、入っても続かないと思いますよ」
「ここのバスケ部にそんなもんないぞ」
「え?」
「何せ練習参加すら自由だからな」
中学校の部活なのはずなのにやってるのは完全なエンジョイ系サークルだった。
「それなら入ってもよかったかもしれないなあ。イッシー教えてくれよ」
「ムトがこんなに上手いなら意地でも連れてきてたよ」
そういって笑う石川原を見て武藤も笑みがこぼれる。そういいながら、絶対に無理やり連れてくるようなことをしないことをわかっているからだ。
「とりあえず今日は彼女を家に送っていかないといけないんで、上がらせてもらいますね」
「わかった。お前とプレイすると明らかに周りのレベルがあがるから、暇なときはなるべく顔を出して欲しい」
「わかりました。じゃあイッシーまた明日」
「おつかれ。今度彼女紹介しろよ」
「彼女の友達に西中バスケ部の子いるから、全国行けたら紹介してやるよ」
「マジで!? よしっお前ら明日の朝まで練習するぞ!!」
「えええええ!? キャプテンだけずるいっす!! 俺にも紹介してくださいよ!!」
「いや、何言ってんだ。お前より俺のが活躍してただろ!? 俺に紹介してくださいよ!!」
騒然とする男子バスケ部を尻目に武藤は部室へと行き、制服に着替える。
「どうだった百合? 惚れた?」
「元々これ以上ないくらい惚れてるのにますます惚れちゃった!!」
そういって百合は躊躇なく武藤に抱き着く。それを見て男子バスケ部員から
「武藤くんすごいわね。さすがに驚いちゃった」
そういって間瀬が武藤に近寄ろうとするも百合が間に入ってそれを防いだ。
「百合?」
「駄目よ香苗。武は私のだから」
そういって何故か間の空間が爆発しそうな程、二人の視線がレーザーのように交差した。
「ひいい!?」
あまりの修羅場に思わず中尾聖子は悲鳴をあげてしまう。
「あっ忘れてた。この子は後輩の中尾聖子。なんかついてきちゃったの」
「あっそのっな、中尾聖子です!!」
「ああ、初めまして。武藤武です」
大好きな先輩である百合に彼氏ができたと聞き、それを見定める為、寧ろこき下ろす為に来たはずなのに、何故か自分が完堕ち寸前になってしまい、テンパってしまう後輩であった。
「武藤先輩はなんでバスケ部に入らなかったんですか?」
中尾の素朴な疑問に一瞬武藤は呆けてしまう。
「できることとやりたいことが一致するとは限らないんだよ」
聖女としての力をもらった百合も別に聖女がしたかったわけではないのだ。そしてそれは勇者の力を持たないのに、勇者にさせられてしまった武藤にも言えることだった。
「なんかわかったようなかっこいいこと言ってるけど、本当はこいつ面倒くさかっただけだぞ」
「そうそう、家でゲームする時間が無くなるって言ってたな」
「折角それっぽいかっこいいこといったのにばらすなよ」
かっこいいセリフを言ってけむに巻こうとしたのに幼馴染二人にあっけなく真相をばらされて武藤は憤る。実際こんな力が使える様になったのはつい最近であり、一年の頃にバスケ部に入っていたかといえばそんなことはなかっただろう。ただ武藤の圧倒的なセンスは生来のものなので、普通に努力すれば全国レベルのプレイヤーになれたのは間違いがない。
「武らしいわ」
そういって百合は笑う。武藤が結構面倒くさがりなのを知っているからだ。ただ面倒を面倒じゃなくする為の面倒な努力は惜しまないというよくわからない部分もある為、単に面倒くさがりといいきれないのが武藤であると百合は理解している。。
「そういえばさ、武って面倒くさがりなのに変なところにこだわりあるよな」
「前、生徒会の手伝い頼まれてた時な」
試合の帰り道、百合が思っていた通りの武の性格によるエピソードを幼馴染であるムネとタカが語りだす。ちなみに後輩である中尾や間瀬も一緒に帰っているので、ムネ達は緊張して間を持たせるために話題提供を続けているのだ。
「一日一時間で三日で終わる作業をさ、四日かけてやってんのよこいつ。なんでかって聞いたらなんて答えたと思う?」
「んー武は面倒くさがりだけど、責任感は強いから何か理由がありそうね」
「おーさすが彼女。よくわかってる。こいつさ、一時間の作業を十分にする為に三日かけて自動作業用のプログラム作ってたんだよ」
「は?」
「……意味がわかりません」
ムネとタカの言葉に間瀬と中尾も頭にクエスチョンマークを浮かべている。
「普通にやれば三時間で終わる作業を三日と三十分にしたってことですか?」
「そうそう」
「なんだろう。この湧き上がる才能の無駄遣い感は……」
「さすが武ね」
「百合先輩さすがにそれは……」
呆れるメンバーの中で、ただ一人武藤を絶賛する百合。尊敬する先輩でもさすがに……と中尾も思わず突っ込んでしまった。
「だってそのプログラムはきっと永続的に使えるんでしょ? 今回だけじゃなくて」
「!?」
その言葉にメンバー一同が驚愕する。
「毎日六倍の効率になるならあっという間に時間的な元が取れるどころか、作成した三日分の作業時間を経過したら、後はプラスにしかならないもの。ものすごく効率的だわ。きっと武は自分だけじゃなく他の人のことも考えて作ったのよ。そうでしょ?」
百合の言葉に武藤は顔をそむける。本心を隠して人の為にそういうことを平気でするが、それを全く自慢しないのが、いかにも武らしいと百合は一人うれしくなる。
「はあ、さすがに彼女だな。こいつのことをよくわかってる」
「俺が楽をする為に作ったっていってたから疑ってなかったけど、やっぱりそんなことだったんだな。まあ照れ屋のお前らしいちゃあ、お前らしいな」
「……かっこいい。ねえ百合?」
「何?」
「彼氏、私にくれない?」
そういって間瀬は武藤の腕に抱き着く。
「ええ!? ちょ、ちょっと香苗!! 何してるの!?」
「ちょっと本気で欲しくなっちゃったの。いいでしょ?」
「よくないわよ!! 武は私の!!」
「あっ武藤先輩、年下に興味ありませんか?」
「!? 聖子まで何言ってんの!?」
気が付けば間瀬と反対側の腕に抱き着く中尾に百合は驚愕する。
「二人とも私の彼氏から離れなさい!!」
「ええーちょっとくらい、いいでしょ?」
「よくない!!」
「百合先輩横暴です!!」
「それは横暴じゃなくてあなたの横恋慕っていうの!!」
(なんだこれは、俺はどうすればいいんだ)
美少女三人に腕を引っ張り取り合いをされるという、人生初めての経験に武藤は動くことができなかった。
「やっぱ武はモテルなあ」
「ハマがいなければこうなるよなあ。武は無駄に高スペックだしな」
「でも美少女三人に取り合いされるって……」
「前世で一体どんな徳を積んだらこんな特典与えられるんだろうな」
自分達を無視して武藤の取り合いをする美少女三人と動くこともできずに固まっている武藤を見て、武藤の幼馴染二人はさめざめと呟いた。
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