第6話 ギャル子
「やっぱりか」
自転車で海に到着し、波が寄せては返す浜辺にたたずんで、武藤は思わずつぶやく。
「試しに……」
まだ若干薄暗いと感じるくらいの夏の夕暮れ。辺りを見回し、人がいないことを確認してから武藤はオーラを展開し、海から魔力を吸収してみた。
「ふむ、違和感はなさそうだ」
異世界と同じように魔力を体に取り込み、体にいきわたらせてみる。普通の人には何も見えないが、魔力が見える人からすれば全身が輝いて見えるだろう。
「これならできそうだな」
そういって武藤は海を見つめる。海水に含まれる魔力を一か所にどんどん集め、一定範囲の海水に圧縮して詰め込む。最終的に約1cmの海水の玉を魔法で作りだし、それに近隣の海の魔力をすべて詰め込んだ。その姿はまるで極彩色のビー玉である。
(この場所の魔力が元に戻るのはしばらくかかりそうだな)
辺り一帯の海水に含まれている魔力を抜き取ったので、波で海水が完全に入れ替わるまでは戻らないだろうと武藤は予測する。
(今度は反対の海にいって予備を作ろう)
武藤が住んでいるのは半島の先端付近の為、三方を海に囲まれている状態で、海に恵まれた土地といえた。
(とはいえ、これ一個で相当の魔力だから、日常生活でこれ一個を使いきれるとは思えないけど……そうだ、転移魔法を試してみるか)
明確なイメージが必要な転移魔法は向こうでは使うことができなかったが、スマホで写真が撮れるこちらなら可能ではないか? あたりの写真を撮りまくった後、ポケットに貝殻を一ついれ、自分の部屋を脳内にイメージする。長年離れて最近戻ったばかりとはいえ、さすがに物心ついた時から使っている自身の部屋のイメージは明確にできた。
「マジか……なんか普通にできた」
気が付けば武藤は土足のまま自分の部屋に立っていた。イメージしたのはいわゆるテレポートである。某漫画のように服を置いていくことはなかったようだ。そしてポケットにある貝殻もしっかり入っていることを確認した後、スマホの写真を見て先ほどの海をイメージする、部屋に飛ぶよりは少し時間はかかったが飛ぶことができた。
(イメージから座標を特定する為に、より鮮明なイメージが必要な感じか?)
明らかに自宅へ飛ぶよりも発動が遅かったので、武藤はそう仮定する。正確なことは結局誰にもわからないのだ。
(海水を圧縮した魔力玉……転移一回じゃ減った量すらわからんくらいしか減ってないな)
「今ならドラグスレイブでもエクスプロージョンでも光の白刃でも打てそうな気がする」
オタクだった父親の影響で、古い作品にもそれなりに造詣のある武藤は、いわゆる中二病の陰りがあった。しかもなまじ実際それを使えていただけに、現状、現実との境目がかなりあやふやになっていた。
「ぶはっ!! やっば!! マジモンの中二病いるんだけど!?」
気が付けばすぐ近くに人がいた。ギャルだ。まごうことなきギャルである。大きな犬を連れたその少女は腹を抱えて笑っていた。
「魔法撃ってみてよ!! 君、魔法使いなんでしょ? お姉さん見てみたいなあ」
完全にからかい目的で少女は武藤に絡んでくる。見た目はギャルっぽいがよく見ればかなりの美少女である。
「対価は?」
「え?」
「見せるのに何か対価はあるの?」
「んーそうだなあ、もし見せてくれたなら、お姉さんのおっぱい触ってもいいよ?」
ギャルのその言葉に武藤は自然と視線がギャルの胸へと向かう。現在の未成熟な百合のそれよりも幾分か豊満なそれは、中学生男子には十分魅力的といえた。通常の中学生ならば……だが。
「残念だけどお姉さんの百倍かわいい彼女いるんで、それはちょっと……」
「な!?」
まさか秒で断られると思っていなかったギャルはショックを受けたようだ。しかも年下の中学生からの即断の為、もはやプライドは粉みじんである。
「あ、あたしより百倍かわいい子なんているわけないし!! そもそも中二病のあんたなんかに彼女なんているわけないし!!」
「そう思うんならそう思ってていいんじゃないかな。貴方の中では」
「な!? 生意気なガキね!!」
「生意気も何も事実を言ってるだけなんだけど。全くどうしようもないなギャル子は」
「だれがギャル子だ!!」
初対面のはずなのに何故か息の合った掛け合いをする二人。はたから見るとその姿は漫才でもしているかのようだった。
「どうせあれでしょ。いざ使うとなったらMPが足りない!! とかいうつもりなんでしょ?」
「今は魔力が潤沢にあるから、単純にギャル子に魅力がないだけかな」
「!?」
追い詰めるようにからかったつもりが、何故か一刀両断で自分をディスられてしまいギャル子は焦った。それなりに自分の容姿に自信があったが、その自信は今や木っ端みじんである。
「ふっふっふ」
(あっやべっ)
顔を俯かせながら、ギャル子が不敵な笑い声をあげはじめて、漸く武藤は何かヤバい地雷を踏んだことを悟る。
「はじめてですよ。この私をここまでコケにしたたおバカさんは」
(やばい。ギャル子が怒りすぎてフリーザになっとる)
「あばよとっつあーん!!」
これ以上からかうのは危険と判断し、武藤は即座にその場から逃げ出した。
「まてえクソガキっ!! いけっポチっ!!」
ギャル子は散歩させていた犬(ゴールデンレトリバー)に指示を出すも、肝心のその犬は砂浜に伏せてしまって動こうとしない。
「あれ? なんで? いつもすぐに飛びつくのに??」
赤の他人にすぐに飛びつくゴールデンレトリバーとか、どんな凶悪な兵器だよと思いながら、何故か動かない犬を見てこれ幸いと武藤はまんまと逃げおおせた。はるか向こうから聞こえる「待てえ!!」という絶叫をBGMに、転移魔法が使えたことに機嫌をよくした武藤はすぐにギャル子のことも忘れ、鼻歌交じりで自転車を漕ぐのだった。
家に帰ると武藤は早速魔法を試す。まずは物質変換。適当にゲームセンターで貰えるメダルを金に変えてみる……できた。ただし、色が金色なだけで武藤にはそれが本物かどうかはわからない。ならばと今度はノートの一ページをパンに変えてみる……普通にできた。が、質量が変わらないのかぺらっぺらの食パンだ。かじってみれば普通の食パンだった。向こうでは思いつかずに試していなかったが、コーラとか作ればよかったと武藤は今更になって後悔した。
(なんでこんなことができるんだろう? 理屈が全くわからない)
自分でやっているのにもかかわらず、魔法という不可思議な技術をその頭は全く理解できていなかった。思っただけで使えるのならだれでも使えるはず。だが使えないのは何故か? オーラを扱えないせいで魔力が扱えないことがまず一つ。そしてもう一つは常識が邪魔をするのである。賢い人程、頭のどこかで『そんなことできるわけがない』と思ってしまうのだ。それが邪魔をして魔法が発動しない。ではなぜ武藤ができるのかといえば、実際に魔法を見たことがある、という一点に尽きる。実際に魔法を見たことがある以上、『できないことはないだろう。理屈はわからないけど』という考えが根本にできているのだ。その結果、使いこなせる人よりも魔力も時間もかかるが、しっかりと魔法が使えるのである。強い意志の力でイメージを現実に落とし込む力。それが魔法なのだ。
「そもそも科学で説明できない、よくわからない力を魔法っていうんだ。だから深く考えちゃ駄目だな」
武藤はきっぱりと深く考えるのをやめた。そして他にもいろいろな魔法を開発していった。異世界では基本的に戦闘特化の魔法しか使わなかったが、こちらでそれを使うことは殆どなさそうなので、多様性を求めた魔法を考えていった。
「ふむ、鏡を見る限りできてるな」
武藤はあれからも色々と魔法を開発した。浮遊、解析、治療、思考加速、そして今現在使っている光学迷彩。難易度が一番高かったのは思考加速で、一番わからなかったのが解析である。何せ自分が知らない知識が、解析を使うと説明文として表示されるのである。まさに超便利謎魔法であった。そして思考加速の開発は困難を極めた。
「動けないんだよなあ」
そう。あくまで思考だけを加速させる為、考えることはできても体が動かなかったのである。ちなみにテスト方法は動画を再生した後、ボールを上に投げてから思考加速を発動である。動画の声は全く聞こえず、ボールがゆっくりと落ちている間に自分が動こうとしても、まるでタールの中にでもいるかのように体が自由に動かない。試行錯誤の結果、思考加速中は体を超高速で動くイメージを持たせればいいことを発見した。それで周りだけがスローモーションになり、自分だけが通常速度というまさに加速装置とも呼べる魔法が完成した。いつかは時間を止めるモード2のザ・ワールドも作りたいと武藤は考えている。
「おっと、もうこんな時間か。早く寝ないと」
すっかり毎日の習慣となった百合との夜の電話を終えてから、ずっと魔法研究を続けていた武藤は、とっくに時計の針が日をまたいでいることに気が付き急いで就寝した。
翌朝。NBAの動画をひとしきり見ながら武藤は登校する。一応バスケの知識を得ておこうという考えだ。
「そういえば百合の友達二人と夏休み一緒に遊ぶ約束したぞ」
「マジか!?」
「!? 武様、こちらのアイス、味見しておきました。どうぞ残りをお納めください」
「殆ど残ってない食いかけよこすんじゃねえ!!」
調子のいい幼馴染の行動に武藤は問答無用に突っ込む。
「ちなみに百合程じゃないけど二人とも超ハイレベル」
「!? 武様。この宗和、いかようにもお使いくだされ」
「!? ずるいぞムネ!! この孝弘こそが武様一の忠臣!! 貴様は引っ込んでおれ!!」
「お前等、いつの時代の人なの?」
いいあう幼馴染二人に武藤は冷静に突っ込むが、視線はスマホのNBAのままだった。
「武藤、今日の放課後時間あるか?」
学校に着くなりバスケ部キャプテンのイッシーこと石川原が武藤へと詰め寄る。話を聞けば一応バスケ部に面識を通して欲しいとのお願いだった。
「助っ人を頼む側がいうことじゃないんだけどな」
「別にいいよ。いきなり見ず知らずのやつが大事な大会に出るとなれば、当然のことだろ? チームスポーツなんだから」
石川原の頼みを武藤は快く引き受ける。ここ東中は基本的に三つの小学校からの卒業生が入ってくる。そして武藤の小学校はその割合が一番多く、石川原も同じ小学校出身だ。同じ小学校のメンツは基本的に仲が良く、小学生の頃はよく武藤は石川原とも遊んでいた。武藤も石川原も面倒見がよく、人から頼られる存在だった為、お互いがリーダーのように率先して人を引っ張る役目を補っていたが、それで衝突するようなこともなく、わかりあえる友人としてかなり仲は良い方だった。
「それより俺、細かいルールしらないんだけど」
「トラベリングやダブルドリブルくらいは知ってるだろ? どこからでも決めれるお前は基本シューティングガードをやってもらうつもりだから、覚えておくのは四つだ」
「四つ?」
「まず秒数ルール。5秒、8秒、24秒の三つ。5秒はフリースローとかで審判からボールを受け取った場合に5秒以内にプレー開始しなければならないってルール。8秒は攻撃側に回った瞬間から8秒以内に相手コートにボールを運ばなければならないってルール。24秒は同じように攻撃側に回った時に24秒以内にシュートをしないといけないってルール」
「へえ、そんなのあるんだ」
「後お前に一番関係ありそうなのはバックコートだな」
「バックコート?」
「バスケコートの相手のゴールの半面をフロントコート、自軍の半面をバックコートっていうんだが、一度フロントコートに運んだ場合、バックコートにボールを戻すと反則になる」
「へえ。そうか、俺はどこからでも決めれるから……」
「そう。自軍ゴール前どころか、ハーフライン超えたところに戻しても駄目ってことだ」
いざとなったらバックパスで自軍ゴール前から入れてやろうと思っていた武藤は、己の思惑が外れたことに残念がる。
「じゃあ、運ぶ前ならいいんだな?」
「ん?」
「フロントに運ぶ前にシュート決めちゃっても問題はないんだよね?」
「……それをやると常に武藤にマークが何枚も張り付き続けることになるぞ?」
「そしたらノーマークが増えるだろ? イッシーにパス回すから決めてくれよ」
「……プレッシャーかけるなよ」
「がんばれキャプテン」
そんな会話をしつつ放課後。武藤は百合に『バスケの部活に参加するので今日は迎えに行けない』とメッセージアプリで送ると即座にものすごいハイテンションの絵文字入りで『見に行く!!』と返ってきた。他校なのに大丈夫なのかと一応教師に見学の了解を取り、タカとムネのコンビに迎えに行ってもらうことにした。
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