第5話 バスケ

「へい、パス!!」


 翌日。学校の昼休みにいつものように体育館で武藤達は幼馴染四人で2on2のバスケをしている。2on2とはいえ、ハーフコートではなく、普通にフルコートである。つまり2対2の普通のバスケだ。そこで肉体的に100%の能力を引き出せるとしても絶対にゴールできるとは限らないことを武藤は思い知った。


(やはり球技はそれに伴う技術が必要だ)


 ボールを投げた時の感覚やゴールまでの距離感等、経験で補う必要があるものがないと、どんなにハイスペックな肉体でも思い通りにいかないのだ。


「おおっ!? すげえ!!」


 ハーフラインから武藤が3ポイントシュートを決めるとムネが称賛の声をあげる。


(段々わかってきたぞ)


 思い通りにいかないのならいくように感覚を掴めばいい。そう思って武藤はどんどんシュートを放つ。武藤はそのことで得る情報量が尋常ではなく、天性の才能、センスもあいまって信じられない速度でバスケットの能力を学習していった。気が付けばNBAどころではない精度でシュートを放つことができるようになっていた。


「何じゃそりゃ? 武、さっきから一回も外してなくね?」


「なんか感覚つかんだわ。落とす気がしねえ」


「おい、なんか覚醒した三井おるぞ」


「武がいれば山王にも勝てるかもなあ。スタミナついてる三井とか手に負えねえだろ」


「中学なら三井はまだMVP時代だろ。武も大会でたら全中MVPとれんじゃね?」


 そんな会話をしながらバスケを楽しんでいると、気が付けばそれを眺めていた人達が何故か凄まじい数に増えていた。


「昼から体育館なんか使うんだっけ?」


「さあ?」


 何気なく会話しながらいつも通り楽しんでいると、偶に歓声があがるようになった。どうやら武藤がゴールをすると歓声があがるようだ。


「なんで? ハマじゃないの?」


 浜本が活躍する時に女子生徒が黄色い声をあげるのは、見慣れた光景である。ハマはイケメンでありながら運動能力も高いハイスペック男子なのだ。


「あれだ。今日お前好き放題やってるだろ? それでじゃね?」


 そう。今日は肉体のスペックテストの為に武藤は好き放題やっているのだ。ダブルクラッチに始まり、現在ではどこからどんな体勢で打っても100%入るシュート。さすがにおかしいことがバレたのだろう。何せゴールに背を向けた状態でジャンプしながらほぼ真上に投げたようなボールが、正確にリングの中心を通るのだ。絶対的な座標の感覚と肉体の感覚を身に付けた今の武藤は、まさに沢北と仙道と三井と流川を足しても勝てないような状態なのである。


「武藤、勝負しようぜ」


「イッシーバスケ部だろ。大人げなくない?」


 無双しているとバスケ部キャプテンであるイッシーこと石川原が勝負を挑んできた。すると他のメンバーはコートの外に下がり、気が付けば1ON1の状態になっていた。


「最初そっちが攻撃でいいぞ」


 そういって石川原はボールを武藤へと渡す。


「俺一言もやるっていってないのに……」


 そう言いながらも武藤は位置につくと石川原からボールを渡された。その瞬間シュートを放つ。


「!?」


 ボールは綺麗にリングの中心を通った。構えが殆ど見えず、持った瞬間のシュートである。手からボールが離れるまでも速すぎて、バスケ部キャプテンが警戒しているにも関わらず、チェックすらできないまさに超高速シュートである。


「ごめんな。今の俺覚醒状態だから」


「……そうか。俺も一度でいいからそんな状態になってみたいよ」


 そういうと、石川原は攻撃ポジションに付く。そして武藤にボールを渡されると、シュートはせずしっかりとドリブルを始めた。


 ダム、ダムというドリブルの音が体育館に響く。体育館を埋め尽くすような観客がいるのに、それ以外の音が殆どしない程、体育館は静寂と緊張感に包まれていた。


「!?」


 一瞬、姿勢を落しドリブルで切り込むそぶりを見せると武藤はしっかりとそれに反応した。だが石川原はすぐに切り返し方向を変える……が、その先には既に武藤が移動していた。


「マジかっ!?」


 気が付けば手からボールが失われていた。一瞬すれ違った時に武藤がドリブル中のボールを奪ったのだ。弾んでいる途中のボールを横からである。武藤からすればスローモーション見えるので造作もないことなのだが、大凡普通の人間にできる所業ではない。


 気が付けば体育館がどよめきに包まれていた。殆どの者は何が起こったかわかっていない。というか誰も見てはいないだろう。見えた結果から予想できるだけである。


 その後も勝負は続くが、最終的に武藤が10-0の完封勝利を収めた。


「武藤!! バスケ部に入ってくれ!!」


「三年の今頃かよ!?」


 放課後、帰り支度をしている時にバスケ部キャプテンである石川原が教室に襲撃してきた。ちなみにもうすぐ三年生最後の大会である全中予選である。そんな時にバスケ未経験者を入れてどうするのかと武藤は呆れた。


「バスケ部はさ。三年は俺しかいないんだ」


 バスケ部の現三年生はキャプテンの石川原を除き全員、一年でやめている。特段部活が厳しいという訳ではなく、単に合わなかっただけだろうという話だ。


「俺が抜けて一、二年生だけになると五人。ぎりぎり試合ができる程度で補欠すらいないんだ」


「バスケってそんなに人気ないの?」


「西中が強いから本気でバスケやるやつは西中にいくから……」


「つまりそこまでのガチ勢はいなくて、どっちかっていうとエンジョイ勢しかいないってことね」


「……そうとられても仕方がないとは思っている」


「お前が本気でバスケをやってることは良く知ってるよ。だから尚更ぽっと出の俺なんかより、ずっとバスケやってるやつで試合に出た方がいいだろ」


 何せこの石川原も武藤と小学校からずっと一緒なのだ。初めてバスケを始めた時から知っている。石川原がどれだけバスケを好きなのかも。


「一年が二人いるんだが、一人が怪我をして、もう一人は初心者なんだ」


「おう」


 その言葉にさすがに武藤も同情が隠せない。初心者入りで全中予選。さすがに無理だろう。


「どんなに好きでも俺に才能がないのは分かってる。だけどバスケは好きだから続けていくつもりだ」


「だったら――」


「だけどこのままだと一年の初心者がバスケをやめてしまうかもしれない」


「それは……」


 武藤は否定の言葉を言おうとしたが、そうと言い切れないことを思い口をつぐんだ。三年の引退試合である全中予選で初心者が出場。間違いなく狙われるし戦犯になる可能性が高い。トラウマになって辞める可能性もあるだろう。


「俺が出ることで、三年間このときの為に練習してきた、他のチームの夢を潰す覚悟はあるのか? 自分の力でなく人の力で」


「!? それは……」


「しかも終わった後、バスケ部がなんて言われるかまで責任持てんぞ?」


「元々そこまで本気でやってるのは俺一人だ。何を言われても他のメンバーは何とも思わないだろう。だが……」 


 他のチームの夢を潰すということに踏み切れないか。これが俺がバスケ部で努力してきたというのなら問題ないのだろう。だが、遊びでしかやっていないのだ。そんな存在がチートな能力で、ずっとやってきたやつらの夢を潰す。本気でやってきていた石川原だからこそ許せないのだろう。


「って意地悪なことを言ったが、まあ問題ないだろうな」


「え?」


「バスケは一人でやるスポーツか?」


「あっ……」


「NBA選手が一人のチームと小学生五人のチームが試合しても、NBA選手は勝てん」


 一回でもゴールを決められたらパスする相手がいないのだ。そうするとルール上相手にボールを渡すしかなく、永遠にボールをとられる。取られそうになってもサイドにだせばいい。相手はそこでもボールを結局渡さなければならないのだ。


「だから心配する必要はない。一人に負けるチームなら最初から勝てるチームじゃないってことさ。だが一番の問題がある」


「……何だ?」


「俺に利点が全くないことだ」


「……牛丼大盛でどうだ?」


「一試合につきか?」


「それは!? くっいいだろう」


 どうせ勝てたとしても一試合くらいだろうと石川原は安易に考えた。それを後悔することになるとも知らず。高々数百円。だが中学生にとっては大金なのである。


「顧問とチームメンバーに了承はとっておけよ」


「もう取ってある」


「……準備のいいことで」


 バスケ部の関係者もやはり石川原の引退試合に素人を出すことに懸念があったのだろう。


 その後、武藤は百合に連絡を入れて西中へと向かった。校門に到着し、百合に連絡を入れると、何故か百合以外に二人の少女が連れ立って現れた。


「アレが百合の彼氏? 優しそうな人じゃん」


「本当に彼氏なの? 吉田くんじゃなかったんだ……」


 武藤は既に抱き付いている百合の頭を撫でながら、自分についての感想を述べる二人の少女を眺める。


「間瀬香苗。百合の友達よ」


「私は松尾圭子。同じく百合の友達でバスケ部よ。よろしくねー」


「東中の武藤武です。百合がいつもお世話になってます」


「お世話って……もう完全に旦那さんじゃないの」


「いい人そうじゃん。百合どこで見つけたの?」


「武はあげないよ? 私のだから!!」


 腕を組んで離さない百合と少女たち二人が言い合うが、挟まれた武藤はなんとも居心地が悪かった。何せ他校の校門前なのだ。目立つことこの上ない。


「ここだと目立つんで移動しない?」


「あっそうだね」


「そういえばこっちでは、武と食事っていったことなかったね」 


「こっち?」


「ううん、なんでもない。さっ行こう」


 異世界での魔王討伐の時は武藤はずっと百合と一緒に食事をしてきた。日本のように美味くはなかったが、それでも愛する人との食事は何物にも代えがたいものだったと、今になって武藤は思い出していた。


「へえ、本当にまだあったばかりなんだ。それにしては距離感近すぎる気がするけど……」


 とあるファストフード店で武藤達と向かい合って座る百合の友達二人は、揃って座るバカップルに色々と聞いて回る。


「あのお堅い百合が、まさか一番最初に彼氏作ったあげく、こんなにデレっデレになるなんてねえ」


 確かにこっちの世界に来てからは殆ど時間が経っていないが、異世界では二人はそれなりに長く一緒にいた。しかも命がけの戦場の最前線で二人っきりで……だ。普通ではない濃密な時間であったのは間違いない。


「そうそう。受験もあるのに彼氏なんて作ってる暇ないでしょって、先月言ってたのに手のひら回転しすぎでしょ」


「しょうがないよ。運命に出会っちゃったんだもん……」


 そういって百合はに座る武藤に抱き付く。


「運命て……てっきり百合は吉田君とくっつくものだと思ってたよ」


「そうそう。吉田君もなんか百合のこと彼女っぽく扱ってるようなとこあったし?」


「ええーそう? 意識したこともなかったわ」


 百合と勇者は幼馴染らしいので、ひょっとしたら異世界に行かなければ普通に結ばれていてもおかしくはなかったのだろうと、武藤は若干の嫉妬心を燃やしながら冷静に思考する。実際勇者の側からすれば、異世界に行って他の女に目移りした記憶もないのに、ぽっと出の男に幼馴染を奪われるという完全なNTR案件である。


「それでそれで、二人の馴れ初め聞きたい!!」


「そうそう。どうやって出会ったの?」


「実は……」


 そういって百合はあらかじめ二人で決めていた捏造の出会いを語る。お互い一目ぼれしたという飛んでも設定だが、異世界に行って魔王討伐の旅で結ばれたなんて話よりはマシだからだ。


「そんなことあるの!?」


「交差点でお互い一目ぼれとか超運命じゃん!!」


 今どき少女漫画でもそんな設定ないだろうという設定だが、偶然という全否定できないファクターが混在しているせいで、そこまで否定されていないことに武藤は安心する。


「ねえねえ、武藤くんは百合のどこに惚れたの?」


「どこっていうよりは全部かな」


「やだっ武ったら……好き」


「なんだこのバカップル……やばいな」


「こんな脳死した百合初めてみた。恋は人を馬鹿にするってのは本当なんだね」


「二人は彼氏いないの?」


「私達? いないいない」


「そうだねえ。いい人いないかなあ」


「二人とも何度か告白されてなかった?」


「……あきらかな百合狙いは良くくるんですけどね?」


「どっちかに声かければ百合を狙えるって考える奴が良くくるよねえ」


「……なんかごめん」


 百合の友達ということで有名な二人は、その踏み台としてよく狙われている。ハマ目当ての女が武藤を狙うのと同じだ。しかも片や才女で成績トップクラス。片や全国常連の強豪バスケ部レギュラーと二人ともハイスペックなのである。


「本丸を直接狙う勇気はないからまず城壁の中に入ろうって感じなんだろうねえ」


「俺、いつも一緒にいる幼馴染の男が二人いるんだけど、そいつらと会ってみる?」


「え?」


「まずは夏休みにでも一緒に遊びに行ってみない? 六人で」


「ええー、知らない男の子と一緒かあ」


「ちなみにイケメンじゃないから今まで女っ気ゼロの奥手なんで、逆に手出してくることはないと思うから、普通の男よりかは安全だと思う」


「うーん、まあ百合の彼氏の友達なら安心かな。私はいいよ」


「あの堅物の百合が選んだ人の友達ならねえ。私もいいよ」


「じゃあ大丈夫な日を決めて予定を組もう。女子の方は百合に任せるんで、こっちは俺が聞いとく」


「わかった。香苗と圭子は後で予定教えてね」


「私は塾くらいで基本的に夏休みの予定は開いてるわ」


「私は全中の結果次第かなあ」


「圭子はバスケ部のレギュラーなの」


「そういえば西中ってバスケ強いってさっき聞いたな」


「去年は男子も女子も全国出てるからね」


 その言葉に強いとは聞いていたがそんなに強かったのかと武藤は驚いた。


「そういえば俺もバスケの大会に出ることになったんだった」


「!? え? 武ってバスケ部だっけ?」


 そこで武藤は昼にあったことと、バスケ部キャプテンから助っ人依頼があったことを伝えた。


「すごい!! 武ってバスケできたのね!!」


「体育の授業と昼休みの遊びでしかやったことないよ」


「それで頼まれるってどんだけ人手不足なのよ……」


「三年生が抜けたら初心者含めて五人しか残らないらしいからな」


「それでよく部活続けられるわね。こっちはレギュラー争いだけで大変だってのに」


「弱小と強豪を比べちゃだめだろ。基本的に東中はバスケが楽しめればいいエンジョイ勢なんだと思うぞ。まだキャプテン以外の部員にあったことないけど」


「まあ、確かに取り組み方は人それぞれだし、他人が口を出しちゃいけないと思うわ」


 武藤の意見を百合がさりげなくフォローする。その姿を見た圭子はさすがにこれ以上の言葉を避けた。自分が本気でやっているからといって、赤の他人にそれを求めても理不尽なだけだと気が付いたからだ。


「予選は男女一緒の会場だから、時間があったら応援してあげるわ。相手がうちじゃなければだけど」


「私はうちと当たっても武を応援するわよ」


「百合の応援だけでもあるなら本気だそうかな。あまり目立ちたくはなかったけど」


「随分自信家なのね。そんなこといっていいの? 下手なプレイしたら恥かくだけよ?」


「ルールに沿って、ボールをゴールに居れるだけなんだから。下手も何もないでしょ」


 武藤の言葉に松尾は首を傾げる。何を言っているのか理解ができなかったからだ。


「バスケはそんな単純なものじゃないわよ?」


「単純だよ。勝つためにはボールをゴールに入れる。相手のボールを奪う。それをルールの中で行う。それだけだ」


「そりゃ極論を言えばそうかもしれないけど……」


「その極論の作業を突き詰めるとどうなるのかを見せてあげるよ」


「……わかったわ。そこまで言うならうちの試合と被らないかぎり絶対見に行かせてもらうから。私が見るまで負けないでよ?」


「全国行くまで見られないとか言われても困るから、できたら一回戦を見てくれ。どうせそっちはシードなんだろ?」


「わかった。部員連れて見に行くわ」


 その後、百合の友人二人と別れて、今日は武藤の家に寄らずに、百合を家まで送った。


「今日は時間がないから行けなくてごめんね?」


「いいよ。今だって一緒に居るじゃないか。えっちなことをしてなくても百合と一緒に居られるのは幸せだから」


「武……大好き!!」


 そういって百合の家の前で人目もはばからず二人は抱き合う。


「あーお姉ちゃんが彼氏とイチャイチャしてる!!」


 聞き覚えのある声に二人が振り返るとやはりそこには百合の妹の茜が指をさしてこちらを見ていた。


「あら、茜おかえり」


「茜ちゃんお帰り」


「ただいまー。そんなにイチャイチャしてるってことは、本当に彼氏だったんだね」


「本当ってなによ。武以外に彼氏はいないし、最初で最後の彼氏で、いずれあなたの義理の兄よ」


「もう結婚まで考えてるの!? 早くない? お姉ちゃんまだ中学生でしょ?」


「早いとか早くないとか関係ないよ。運命の人が偶々中学生の時に出会えたってだけ」


「もっといろんな男の人と付き合ってみた方がいいと思うんだけどなあ」


「男の子と付き合うのに色々とかありえないわ。私の相手は一人でいい」


「俺も百合だけでいいかなあ。百合みたいに一途に俺だけを思ってくれる子がいるのに、他の子なんて目に入らないよ」


「武」


「百合」


「あー暑い、もう日も暮れるのにここだけ真夏日だわ」


 そういって手をうちわ代わりに仰ぎながら茜はバカップルを置き去りに家へと入っていった。


「じゃあ、また明日」


「うん」


 そういってキスをしてから武藤はいったん家へと戻り再び出かけたのだった。

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