第3話 幼馴染

地球に帰還した日の夜。武藤は一人、座禅を組んでいた。その思考は異世界での戦闘技術のこと。何のスキルも貰えなかった武藤が何故魔王を倒すまでに強くなったのか。その秘密は師匠である世界最強の魔闘家の技にあった。


「良いか武。そもそも人というのはその持てる力を十全に扱えていない。何故なら限界まで出せば己の身が傷つくからじゃ。我が流派では、壊れない範囲で一瞬だけその力を引き出すことを基礎とする。そしてそれは肉体的なものとオーラ、そして魔力の三種類の技術が存在する。通常はオーラと魔力を扱えて初めて魔闘家と呼ばれるのじゃが、我が流派ではそれに肉体的な限界を操る基礎を修めて初めていっぱしの魔闘家と名乗ることができる」


 精神を集中しながら、師より言われたことを思い出す。何故武藤がその技術を学んだのか。それは戦う術を持たなかったからだけでもスカウトされたからでもない。この技術なら『地球に戻っても使える可能性がある』からだ。


 修業は比較的簡単、単純でもあり、想像を絶する危険度でもあった。何せ一か百しかないのだ。


「まずはオーラを感じるところからじゃ。そうじゃの。あの森で一ヶ月暮らして来い」


 そういって魔物が徘徊する通称死の森へと置き去りにされた武藤は、正真正銘死の淵に何度も立たされることとなった。食料も水もなく、頻繁に襲いくる魔物達。気が付けば野生動物のように極限まで神経が研ぎ澄まされていた。その中で浮かび上がるものが見えてくる。周りに、魔物の中に、そして自分の中に。それがオーラと呼ばれるものだと気が付いたのは武藤が殆ど野生の獣と化してからだった。


「今度はこの島で一ヶ月暮らして来い」


 今度はそういって強力な魔物が跋扈する無人島に置き去りにされた。オーラが見えてもまだ使いこなすことができず、さすがに何度も死にかけたが、ある時ふと海から何かが浮かび上がるのが見えた。それは煙のようであり、見えない液体のようでもあった。それはオーラに反応して自身に取り込み操ることができた。色々と実験していくうちに、それはまるで超能力のように自身のイメージ通りの力を発揮する燃料となることに気付く。その力で強力な火の玉を作ったり、電撃を出したりと魔法のような力を使いこなせるようになった。


「それが魔力操作。所謂魔法と呼ばれる力じゃ」


 島に来た師匠の言葉に、ついに魔法使いになれたと喜んだ。


「これよりお主の肉体の思考以外を停止させる。そこで自らの力で生命活動を再開させよ」


 最後の修業はどこかで聞いたやつだった。だがその修業内容に武藤は戦慄を覚える。つまり失敗したら……死一直線である。地面に倒れ込み、地面に触れている感触すらも感じない。ただ考えることしかできない状態は、自身が物凄い速度で死に近づいていると嫌が応にも感じさせられた。肉体が動かないならオーラしかない。武藤はオーラを操り、魔力を操り、そして、自身の肉体を操ることにした。自分の意思で心臓を動かし、血流を流す。自身の全ての器官を自分の意思で動かす。ああ、なるほど。人とは、人間とはこういう風に動いているのか。武藤は人のしくみを命を懸けて理解した。


「これで基礎は終わりじゃ。後は技術を学べば、お主は立派な天覇雲雷流の魔闘家じゃ」


 その後、師匠にあらゆる技術を学び、武藤は世界最強の最後にして最高の弟子と呼ばれることになる。


(師匠はお元気だろうか)

 

 自身が免許皆伝を受け、魔王討伐の度に出てから師匠には会っていない。自身を最後の弟子としていたが、流派を次代に継承もせずに地球に帰ってしまった為に流派が途絶えることを武藤は心配していた。


(兄弟子たちがいるから技術の継承は問題ないと思うが)


 師匠には何人かの弟子たちがいる。そのいずれも世界屈指の強さであり、人間的にも出来た人達だったため、技術そのものは残るのではないかと思ってはいる。ただ自身を正統後継者として指名された為、それがあの世界からいなくなってしまったことが不安なのだ。


(最後の直弟子として恥じないようにしなければ)


 世界が変わり、肉体的に以前の体に戻ってしまったが、その精神は受けついでいる。例え貧弱な中学生に戻ったとしてもその精神力で武藤は再びオーラを感じることに成功した。それは一度覚えてしまえば、自転車の乗り方を忘れないのに近い感覚だった。


 その後、肉体を停止させ、オーラで再び動かすことにも成功する。だが若返った鍛えていない未熟な肉体では、十全に力が使えても全力を出せばすぐに破壊されてしまうだろう。手加減が大変そうだと武藤はため息をついた。


(後は……海に行ってみるか)


 こちらの世界でも何故か薄らと魔力を感じることができる。そしてそれは海の方から感じるのだ。


(そういえば以前も海で魔力を感じていたな。確か海にも魔力を生み出す何かがあるんだったか)


 異世界の地上では特殊な木から魔力が生み出されていたが、海からも大量の魔力が生み出されていた。それは海水に溶け込んでおり、それが恐らく地球にもあるのだろうと武藤は予想する。


 こちらの世界でも魔法が使えれば、百合と家族を養うくらいはできるだろう。そんなことを考えながら武藤は久々の自宅ベッドで安眠を貪るのだった。






「おッス」


「おっすおっす」


 次の日の朝。最後にした挨拶は随分昔のはずなのに、気が付けば武藤は反射的に独特のいつもしていた挨拶を幼馴染に返していた。


「あれ? 武なんか変わったか?」


「一日で何が変わるんだよ。髪型か?」


「いや……なんとなく……雰囲気?」


「なんだよそれ」


 たった一目で自身の変化を敏感に感じ取る幼馴染の直感に武藤は恐怖を覚える。そういえばこいつは直感が鋭かったな。名を貝沼孝弘。勉強好きのインテリで通称タカである。


「おいっす」


「ういうい」


「うーす」


 再び独特の挨拶が反射的に出る。もう一人の幼馴染である稲村宗和。やや太り気味の温和な男で、通称ムネである。


「あれ? 武なんか雰囲気変わった?」


「やっぱムネもそう思う? なんか変わったよな?」


 実に恐ろしきは幼馴染である。そりゃ二人とも小学校に上がる前から一緒だし、長年の付き合いであるからその辺はさすがに敏感に変化を感じ取るのであろう。たとえそれが肉体ではなく精神的な違いであったとしても。


「気のせいだろ。行こうぜ」


 話を強引に打ち切り、武藤達は学校へと歩き出す。武藤の通う東中は武藤の自宅から徒歩十分もかからない場所にある。その行く途中に幼馴染達の家があるので、実質毎日迎えに行っているようなことになっていた。


 うだうだと朝から男三人で歩く姿はある意味近所では有名である。何せ三人が小学生の頃からずっと同じ光景が繰り返されているのだから。この当たり前となっている時間が、今の武藤には何よりうれしかった。もう味わえないと思っていた日常だからだ。


「なあ、なんか武、機嫌よくね? なんかいいことあった?」


「まあ、あったといえばあったな」


「なんだ、またソシャゲでレアなの引けたんか?」


 そんな下らない会話を幸せに感じながら武藤は凡そ十年ぶりとなる学校へと到着した。


 教室に入ると武藤は何も考えずに自然を足が動くのに任せると、ある席に到着した。


(そうだ。たしかこの席だった)


 一番後ろの窓側から二番目。十年近く離れていても体が覚えていた。自身が最後に学生をしていた場所。それだから印象が強かったのかもしれない。と、武藤は単純にそう思った。


「あかん、死ぬ」


 授業についていくのは大変だった。何せ精神的に大人になったとはいえ、学校の授業を受けてきた訳ではないのだから。魔法や身体能力については世界トップといえるかもしれないが、持っている学業の知識といえば、周りの生徒と変わらないところで止まっているのだ。


 そこで武藤がしたことといえば、脳を無理矢理活性化させ、記憶能力や理解能力を無理やりあげて授業を受けてみたのだ。効果はあったようで、今までとは比べ物にならないくらい覚えることもできるし、理解することもできる。ただ信じられないくらい疲れるのだ。体を調べると糖分が足りないという結論になった。


「頭を使うと糖分が足りなくなるって本当だったんだな」


「お前は何を言ってるんだ」


 自然と漏れた言葉に前の席に座る貝沼が答える。


「お前は元々勉強なんてしたことないだろう?」


 そうなのである。武藤は学校の授業を聞くだけで、家で勉強等したことないのである。それで学年の中間より少し上くらいの成績なのだ。テストの点数が取れない部分は授業の遅れ等で、本来授業で習っていない箇所がテストにでた場合に取れないからである。その為、比較的授業とテスト範囲がずれない教科は満点をとることもあるのだ。


「お前がテスト期間中もずっとゲームしてるのは知ってる。なんでそれでいくつか百点が取れるのか意味がわからん。ムネなんて俺が教えても赤点とってるのに」


 隣のクラスのムネこと宗和は成績が悪い。学年トップクラスのタカに教えて貰ってさえ下から数えた方が早いくらいだ。


「そのくせお前は教えなくても成績悪くないし、運動能力も高くてセンスもあるしゲームも上手い。何だお前、よく考えたら完璧超人か?」


「完璧なら成績トップクラスにいるだろうよ」


「お前がやる気ないだけじゃん。ぶっちゃけお前は勉強すれば普通に全教科百点取れるだろ?」


 その言葉に武藤は黙る。確かにテスト期間中に勉強すれば普通に百点取れる気はする……だが期間中にだけ勉強するのは違うと思っている。普段からしていることの結果がテストでの成績だと武藤は思っているからだ。その結果が授業で出ていない部分を答えられていない現在の成績である。


「今度の試験一回だけ真面目にやってみようかなあ」


「おっ勝負するか?」


「さすがにタカには勝てんよ」


「……前回の期末でお前がなんの勉強もせずに百点とった数学。ずっと勉強してて自信があった俺が九十だったんだが? 学年に満点はお前一人なんだが?」


「……偶々だよ。数学得意だし」


「お前自分で理数系苦手って言ってたじゃねえか!! 俺は文系だっていつも言ってたよな?」


「……記憶にございません」


 本当に武藤の記憶にはないのだ。何せ武藤にとっては十年近く前の日常会話なのだから。


「おっ何? 武、タカと勝負すんの?」


「いいからお前は寄ってくんな」


 うざ絡みしてくるもう一人の幼馴染である浜本忠正に辛辣に返す。


「ひでえなあ。親友じゃないか」


「お前を親友と思ったことは一度もない」


「え……」


 親友ではないと即答する武藤に浜本は固まった。今の返答が、昨日までの冗談っぽくいったものでなく本気で言ったことを感じ取ったからだ。


「もういい加減お前に対するマネージャーみたいな扱いにはうんざりしてるんだ。ハマには悪いがしばらく離れててくれないか?」


「え? 嘘だろ武。なんでそんなこというんだよ」


「お前はさ。俺の気持ちを考えたことあるか?」


「え?」


「女の子に毎日のように呼び出されて、これ浜本君に渡してとか、浜本君紹介してとか、あげくの果てにお前に近づくための踏み台として、付き合ったフリしろとか。もうさすがにいい加減うんざりしてるんだ」


 過去に武藤に寄ってきた女子は全て浜本がらみだった。基本的に女性は全て受け入れる浜本のせいで、女性間では当然問題が発生する。何故かその愚痴まで武藤にくるのだ。


「そんな……じゃあ俺はどうすればいいんだよ?」


「自分のことは自分で責任持てよ。なんで俺にやらせんだよ。意味わかんねえよ」


「確かにそれは自業自得だな。っていうか何で武がハマの面倒みてるんだ?」


「知らねえよ。っていうか俺の方が聞きてえよ。何でか女の方が俺に言ってくるんだよ」


 実は有名な浜本を利用し、まさか自分の方が狙われている場合もあることに武藤は気が付いていない。武藤は顔も悪くなく、運動能力も高くて成績もある程度いい。そして面倒見も良く基本的に優しい為、実は隠れハイスペックとして女子人気が高いのだ。


「昨日までは良かったのに、なんで急にそんなこというんだよ」


「そりゃ彼女が出来たのに他の女の面倒までは見られんよ」


「!?」


 一瞬の静寂の後、教室中が絶叫に包まれた。


「武藤君、彼女できたの!?」


「誰!? この学校!? 同じ学年!?」


 聞き耳を立てていたクラスメイト(主に女子)が武藤を取り囲みまるで警察の職務質問のように詰め寄ってくる。


「お、おおう、なんだこれ? なんで俺、囲まれてんの?」


 あまりの出来事に武藤は混乱する。自分が何故女生徒達に詰め寄られているのか全くわからないからだ。


「武、彼女できたって本当か?」


「あ、ああ、昨日な」


「昨日!? そういえば昨日は本屋行くって一人で……まさか!?」


「いや、本屋行ったのは本当だし。その行く途中で会った西中の娘に一目ぼれしてね。そしたらなんか向こうも同じだったみたいで……」


「はあ!? 初めて会うんだよな? それでお互い一目ぼれってそんなことありえるか!?」


「あり得たから運命の出会いっていうんだろうなあ」


 まさか異世界に行ってた等と言っても頭がおかしいとしか思われないのは分かっている為、適当に脚色して武藤は話す。運命の出会いというのは強ち間違ってはいないとも思っているからだ。


「お前、女に興味がなかったんじゃないのか?」


「人聞きの悪いことをいうな!! 恋人とかそういう存在に興味がなかっただけだ。昨日までは。だって想像してみろよ。言い寄ってきた女、全部ハマ目当てなんだぜ?」


「ああ、確かにそれはそうなるな。でもそんなお前が一目ぼれするとか、物凄く興味がわくな。どんな娘だ?」


「宇宙で一番かわいい子」


「宇宙一即答かよ。馬鹿になってるなあ」


「馬鹿でいいんだよ。お互い初恋らしくてな。ただイチャイチャするのが楽しいんだ。目に見える景色がモノクロ表示だったのがまるでフルカラーになった感じで見るもの全てがなんか新鮮に感じる程に」


「今までが今までだった分、これは相当脳をやられてるな」


 完全に浮かれポンチになっている武藤に貝沼が溜息をもらす。


「本当か? お前に彼女? それ実在の人物なのか? 本当なら紹介してくれよ」


「絶対に断る」


「なんでだよ!?」


「むしろ何でいいと思ったんだよ。タカもムネもいい。だがお前だけは絶対に嫌だ」


「何で!? 差別だ!!」


「差別じゃなくて区別だ。見境なく女とっかえひっかえしてる糞に、自分の彼女会わせたい男がいる訳ねえだろ」


「確かにそれは言えてるな。俺だって彼女できたとしてもハマにだけは絶対会わせたくないし」


 貝沼の一言にさすがの浜本も黙り込む。


「ほ、本当はいねえんだろ!? いるんなら紹介できるはずだし!!」


「お前人の話聞いてた? お前だけは嫌だって話だ。もちろんムネやタカには紹介するぞ。だからお前の中ではいないってことにしといてもらって構わないよ。どうせ一生会わないんだから」


「……」


 想像以上の辛らつな言葉にさすがの浜本も閉口し、それ以上口を開くことをやめた。

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