第2話 帰還

「これで帰れるんだね……」


 あれから数年。気が付けば武藤達は魔王を倒していた。魔王がまさか言葉が通じないどころか人型ですらないとは思っていなかったが、何とか苦労の末倒せた。主に武藤だけが命がけだったが。騎士団? 魔王の前に来るまでに全滅してますがなにか?


「きゃっ!?」


 倒した後、案の定聖女である百合だけが光に包まれたので、すぐに武藤は百合に抱き着いた。


「こ、こんな時に!? か、帰ってからいくらでもすればいいでしょ!?」


 武藤の思惑なんぞ欠片も感じさせない聖女の言葉を無視して、武藤は心地よい抱きなれた感触に落ち着く。

 

 魔王討伐はそれなりに長い旅だった。そして寝食を共にし、片やいつも自分を守ってくれる頼もしい存在。片やいつも自分を癒してくれる存在。お互いがひかれあうのも自然であり、二人が結ばれるのは当然の結果ともいえた。はじめの頃はお互い初恋でもあり、初めてということもあり、猿のように盛っていた二人だが、現在では結婚間近である長年の恋人のような関係となっていた。


「愛してる。百合」


「私もよ。武」


 愛し合う二人は口づけしながら光に包まれて、そしてこの世界から消えた。








「はっ!?」


 武藤が意識を取り戻すと、そこはあの交差点だった。どうやら飛ばされた瞬間に戻ってきたようだ。


「……武?」


 武藤が声の聞こえる方を振り向くと、そこには愛した女の面影を持つ美少女が立っていた。


「……百合?」


「やっぱり、夢じゃなかった。私達帰ってこれたんだ!!」


 そういって百合は武藤に抱き着き、そして情熱的なキスをした。とても中学生どうしとは思えない程の濃厚なやつである。


「ゆ、百合!? 何をしてるんだ!! その男は誰だ!!」


 愛し合う恋人同士を妨げるように怒鳴り声が響き渡る。


「え? 弘くん? 弘くん!? なんで生きてるの!?」


「勝手に殺すな!!」


 逢瀬を邪魔されて機嫌の悪い聖女こと山本百合が振り向くと、そこには死んだはずの勇者であった吉田弘が機嫌悪そうにこちらを見ていた。


「お前は誰だ!! 百合のなんなんだ!?」


 勇者の怒りの矛先は百合ではなく武藤のようである。向こうの世界で初めてのピロートークの際に勇者との関係を聞いた時、近所の幼馴染と武藤は聞いていた。見るに勇者はそれ以上の感情を百合に抱いているのは明白である。勇者の視点からすれば完全なNTRだ。


「あーお前は向こうの記憶はあるのか?」


「向こう? 何言ってんだお前は? 百合を離せ!!」


 その言葉に武藤は勇者が向こうの記憶を持っていないことを確信する。行った記憶があるのなら、普通は『向こう』が何を指しているのか自明の理だからだ。


「やめてよ弘くん。武に触らないで!!」


「え? 百合?」


 幼馴染のいきなりの拒絶に勇者吉田弘は唖然とした。大人しい自分の幼馴染がこんなに強く主張するところを初めて見たからだ。


「百合。名残おしいが往来の場で抱き着くのはやめておこう」


「……わかった。でも……ひょろひょろになっちゃったね、武。それに若い!!」


「お前だってあんなに育った果実……は、まあ時機に育つだろうからいいとして、百合は本当にすごい美少女だったんだな。まあ確かにあの美人の子供の頃なんだから当然か」


「え? やだっ武ったら……正直者なんだから!!」


「え? え?」


 置き去りになった勇者を尻目に再びイチャイチャしだす二人。離れるといっていたのに気が付けば完全に二人だけの世界に入っている。


「胸は小さくなっちゃったけど、大きくなる確約があるから心に余裕があるわ。武って挟むの好きだったでしょ?」


「往来の場で何を言っているんだお前は。俺は大きさどうこうじゃなく百合の胸だから好きだっただけだ」


「武……好き!!」


 そういって二人は周囲の人目もはばからず再びイチャイチャしだした。


「先に現状の確認をしておいた方がいいな。百合、家くるか?」


「武の家!? 行く行くっ!!」


「え? おいっ百合!!」


 叫ぶ勇者を置き去りにして二人は腕を組んでバカップルっぷりを晒しながら去っていった。


「なんなんだ……」


 何が起こったのかわからない勇者は、一人呆然とその場に立ち尽くすのだった。







「へえ、ここが武の家か。立派なお家ね。確かお父さんは……」


「ああ、海外出張中で家にはほとんど帰ってこない。だから実質殆ど一人暮らしみたいなものだ」


 母親が幼い頃に病気で亡くなり、それを忘れるために父親は仕事に夢中になり、ほとんど家には帰らなくなった。幸いにも金だけはあるので、二階建ての戸建てにも関わらず、武藤は一人で自由を満喫している。


「一人暮らしの家に彼女を連れ込んでどうするつもり?」


 百合はからかう小悪魔のように武藤に微笑む。


「もちろん朝まで抱きつぶして、孕ませる」


「え?」


「今夜は寝かせないよ」


「ええっ!? そ、それはその……こ、子供を産むのはやぶさかではないというか、いっぱい生みたいんだけど、その、まだ結婚もしてないのに心の準備というかその……」


「百合さん? もちろん冗談ですよ?」


「ええっ!? 武、酷い!!」


「いずれ孕ませるのはいいとして、今は二人とも中学生の体だからね?」


「あっ……そうだった。さすがに十五歳で妊娠は早いよね」


 そんな会話をしながら二人は二階にある武藤の部屋へと向かった。


「わあ、これが武の部屋。なんか男の子って感じがする」


 そこはゲームと漫画がひしめく、いわゆるインドア系男子の部屋だった。これで美少女フィギュア等があれば完全なオタク部屋といわれたであろう。


「飲み物でも取ってくるから、適当に座ってて」


 そういって武藤は部屋から出ていく。残された百合は興味深々で武藤の部屋を探索する。


「まずはベッドの下ね」


 確か友達に聞いた話だと、男の子はベッドの下にえっちな本を隠す習性があると言っていた。


「……おかしいな。ないわね」


「あるわけねえだろ」


「あひゃっ!?」


 急にかけられた声に百合は飛び上がって驚いた。振り向けばお盆を片手に持った武藤が呆れた顔で立っていた。


「そもそも両親帰ってこないし、友達も部屋に上げないのに何から隠すんだよ」


「あっ……」


「今時、エロ本とか持ってるやついねえよ。そもそも中学生がどうやって買うんだよ」


「それは確かに……じゃあそこのパソコンに……」


「おい、馬鹿やめろ。それは触るんじゃない。Dドライブには触れるな」


「へえ、Dドライブね。後で見ておくわ」


「本当にやめてくださいお願いします」


 武藤は土下座の構え!! 武藤は無条件降伏した。


「彼氏の性癖を受け止めるのも彼女のつとめ。大丈夫。どんなことでも私は受け止めるわ!!」


「それが寝取られでも?」


「寝取られってなに?」


「愛する女が他の男に奪われるのを興奮する性癖のこと」


「!? そ、それはさすがに……武以外は受け入れられないっていうか……」


「当たり前だ。あれはフィクションだから興奮できるんであって、現実世界のそれで興奮するやつは間違いなく病気だ。寧ろ俺は他の男に靡いた女は直ぐに切り捨てる。たとえ百合であっても」


「わ、私は靡かないよ!! 武一筋だもん!!」


「本当か? もう今はあの頃の俺達じゃないんだぞ? 命の危険があるわけでもなければ、命がけでお金を稼ぐ必要もない。あの頃は頼れるのがお互いだけだったが、今はそうじゃない。友人もいれば家族もいる。百合にとって俺なんかより余程いい人が見つかるかもしれないぞ?」


「……武、私を馬鹿にしてるの?」


 あ、やばい。武藤はマジ切れ状態の百合を見て、魔王との闘い以来の命の危険を感じた。


「見た目でも強さでもお金でもないの!! 私は武の心に惹かれたの!! 誰が他人の――私だけの為に命を懸けられるの!! 自分になんの得もないのに!! 自分は帰れないかもしれないのに!! 勝手に呼び出された挙句に一人捨てられて、特別な力をもらったわけでもないのに、それでも赤の他人の私を命を懸けて守ってくれた!! そんな男が他にどこにいるっていうの!!」


 ああ、俺が帰れない可能性に一応気づいてはいたのか。武藤は百合が天然を装ってはいるが、実際はちゃんと状況を考えていたことを知った。


「人の本質なんて変わらないわ。例え異世界に行く前の若返った状態でもあなたの本質は変わらない。とても冷徹なのに、懐に入ったものにはとてもやさしいところも、守るべきものの為に自分を犠牲にしようとするところも、実はとてもさみしがりなところも全部好きなの」


「やさしい? 人を何人も殺した俺が?」


 異世界は生易しい世界ではなかった。師匠の元で実戦訓練といわれ、初めて盗賊を殺したのはまだ十六にも満たなかった時だ。魔物よりも何より怖かったのは人だった。盗賊を殺すのに忌避感を感じなくなったのはいつからだろうか。日々人として大切な何かが失われていく。そんな感覚に苛まれながら生きていた。そんな中で出会った百合のやさしさに惹かれ、おぼれていった。肉体的にも精神的にも。


「うん、すごくやさしいよ。もちろんあっちも含めて……ね?」


 そういって笑う百合の笑顔に、武藤は初めて百合を抱いた時を思い出す。全てを覆うような大きな愛に包まれた感覚を。


「私は武以外に心も体も許すつもりはないの。私のすべてはあなたのものなの」


 気が付けば武藤の頬を涙が伝っていた。初めて感じた人に愛されるという感覚。向こうの世界では頼れるのが自分だけだったからこそ、百合は自分に体を委ねた。だからこちらの世界に戻ったらきっとそれまでの関係はなくなる。勝手にそう思っていた。


「だから泣かないで。私の旦那様」


 そういって百合は武藤の頭部を抱きしめる。以前まであった、たわわな実りは感じられないが、それでも武藤にとって暖かく、そして安らぎを覚える幸せな感覚だった。


「愛してる百合。お前を誰にも渡したくない」


「私もよ武。浮気したら殺すからね」


「いいよ。お前に殺されるなら本望だ。でもお前以外に心が動くことはないと思うけど」


「知ってるよ。武ってば私にべたぼれだもん。ねえ、覚えてる? 初めて口でしてあげた時のこと」


「もちろんおぼえてるさ。ものすごく興奮したから」


「初めてにしては上手じゃなかった?」


「いや、確かに初めてとは思えない程、上手かったけど……」


「誰に教えてもらったと思う?」


「……」


 その言葉に武藤は底知れぬ不安が溢れ出る。まさか誰か他の男に? と。


「ふふっ正解は……旅の途中立ち寄った街で会った娼婦のお姉さん達よ」


「え?」


「武ってば娼婦のお姉さん達に声かけられてたでしょ?」


「え? あっいやあ、そうだったかなあ」


 確か旅の途中、街が魔物に襲われていたのを助けたことがあった。そういえばその時に何かいいよってきた女性がいたような気がすることを武藤は思い出した。


「ふふっすごくきれいなお姉さん達だったのに一顧だにせず、全く靡かなかったってお姉さん達落ち込んでたわよ? 弘くんなんてお城の女の人に手出しまくってたってのに……子供まで……」


 段々と恐ろしい顔になってきた百合に恐る恐る声を掛ける。


「な、なんで娼婦とそんな話を?」


「あの時の宴会でお酒を飲んでるときにそのお姉さんたちに絡まれたのよ。あんないい男めったにいないから絶対逃がすなって。虜にするテクニックを教えてやるって色々と……」


 そこであの技術を学んだのか。確かにある日を境に急にえっちな技術が上達した気がする。それまでマグロ気味だったのが、いつの間にやら上で腰をふるわ、朝起きたら咥えているわ、いきなり聖女がサキュバスにでもなったのかと警戒したのもいい思い出だ。


「まだ色々と試してないのがあるから、これからも楽しみにしててね!!」


「……例えばどんなのが」


「おしりに「ごめんなさいやめてください」」


 いきなり開発されるところだった。武藤は何故か尻の穴がひゅんと閉まる感覚を覚えた。


「大丈夫。私は武のおしりなら舐められるから!!」


「そんな性癖ないから舐めなくていいよ!!」


 あれえ、おかしいなあ、喜ぶって聞いたのに……そう呟く百合に武藤は戦慄を覚える。これじゃ聖女じゃなくて性女だよ!! と突っ込みたかったが藪蛇どころか藪からドラゴンが出てきそうなのでそこは控えた。


「と、とりあえず今日の所はえっちなことは控えて、現状の確認をしておこう」


「ざんねんだけど、そうだね。一人暮らしならえっちはいつでもできるしね」


 いつの間にこんなに性に開放的になったのか。やはり聖女から性女にクラスチェンジしたのだろうか。


「今わかっているのは精神だけが、俺達が飛ばされた瞬間に戻っているっていうことだ」


「まあ、こんなに若返ってたらね」


「いや、肉体だけじゃない。ポケットに向こうで売っぱらったはずのスマホが入ってた。電源が入った状態で」


「ええっ!? ってことは本当に行く前の状態に精神だけが入ったってことなのかな?」


「そう考えるのが普通だな」


「ってことは……お互い二回目の初めてが貰えるってことね。どう? 二回目の処女、うれしい? ってきゃあっ!!」


 そういって小首を傾げる百合に武藤は思わず多いかぶさる。


「お前がいけないんだぞ百合。お前が可愛すぎるから」


 そういって首にキスしながら服を脱がせにかかる。


「こらっ今日は駄目ってさっきいったでしょ!! ごめん、からかいすぎた!! 私が悪かったから!!」


「はっ!? ごめん、俺としたことが……はあ、はあ、百合っ!!」


 急に冷静になり、武藤は百合から離れるも、セーラー服が乱れた状態の百合はとても煽情的で、再び武藤は襲い掛かってしまう。


「こらあっ!! 駄目だってば!! 武ステイ!! そうだっ避妊!! こっちは魔法ないから避妊できない!!」


「!?」


 その言葉に武藤は停止する。異世界では聖女であった百合が使えた避妊魔法? により、基本的に生でやりまくっていた。


「ふう、危なかった。向こうの感覚で問答無用で中に出すつもりだったでしょ?」


 百合のその言葉に武藤は全く反論できずにいた。


「私だって武のは全部、私の中に出して欲しいの。だから今日は……ね?」


 そんなことを言われれば男として反論できるはずもなく、武藤は大人しく百合から離れた。


「今の俺ではお前を養うことはできない。でも必ず養える男になる。だから結婚して欲しい」


「!?」


 襲われていたと思ったら、いきなりのプロポーズに百合は固まった。


「うれしい……こちらこそ、よろしくお願いします」


 そういって二人は濃厚な口づけをする。下を絡めあい、お互いの唇をむさぼるように求めあう。


「!? 百合?」


 唇をむさぼりながらも百合の手は武の股間をまさぐっていた。


「今日は最後までしてあげられないから」


 そういって武藤のズボンとパンツを下ろす。


「わあ、かわいいっ!! これがあんな凶悪なものになってしまうのね」


 中学生男子のアレに百合は興味深々である。自分を女にした凶悪なアレが、昔はこんなにかわいいものだったとは。百合はいとおしさを感じそれに口をつけた。


「うっ百合」


 ぺろぺろと嘗め回し、まだ若干皮をかぶったそれを百合は口に含める。ジュプジュプという煽情的な音を立ててそれを舐めるセーラー服の中学生の姿は非現実的で、武藤をより一層興奮させる。


 まだ肉体的には処女のはずなのに、その技術はさながら一流の娼婦のようであり、武藤の感じるところをすべて知り尽くしたその技に武藤はなすすべもなく果てた。


「ん、んん」


 一切の躊躇なく全てを飲み干し、口の端から白い液体が零れるのを指ですくい、再び口へと運ぶ百合の姿に再び己のそれが硬度を増すのを武藤は感じた。


「……ねえ、全然小さくならないんだけど? 寧ろより一層硬くなってるんですけど?」


「……すまん」


「しょうがないわねえ。全く暴れん坊な息子さんねえ」


 そういって再び百合は長い髪が邪魔にならないように後ろでまとめながら、硬さを増すそれを口に含めしゃぶりだした。大きな音を立て、今度はより一層激しく攻め立てる。


「くっ百合っすごいっ」


 技術云々よりも自分を心の底から愛してくれている。それを感じて武藤は出したばかりにも関わらずまたしてもすぐに果ててしまった。


「ふう、さすがに若いわね。まだ硬いなんて……でも今日は時間がないからおしまいね」


「無理に飲まなくてもいいのに」


「駄目よ。貴方のはすべて私の体で受け止めたいの。味も匂いも中に出される感覚も、知ってるのは私だけなの。他は誰も知らなくてもいいの」


 若干サイコな感じを漂わせる百合だが、武藤は全く恐れることもなく、寧ろ愛が深まっていた。


「思い出してみて。初めて口でした時から、今まで一度でも口から出したことあった?」


 思い返せば、確かに今まで口でしてもらったときに百合は一度も口から出してない……そのすべてを飲み干してきていた。


「旅してる時もずっと考えてたの。魔王を倒した後、ひょっとしたら帰れないかもしれないって。女神様の言葉も証拠がある訳でもなく、夢だったからひょっとしたら単なる私の想像かもって。だから魔王討伐の旅の途中すごく怖くて……でも、貴方が『帰れなかったら帰れなかったで、俺が一生面倒見てやるよ』って言ってくれた時に『ああ、私はこの人の子供を産んで、一生一緒に過ごすんだなあ』って単純にそう思ったの。そうしたらもう貴方の全てが愛おしくて……だから帰れなかったらすぐに避妊やめて、貴方の子供を産んでたと思う」


 愛する女がそんなことを思っていたなんて知る由もなかった武藤は、その事実を聞いてこれ以上ないと思っていた百合に対するまたしても愛が溢れ出てしまう。


「ごめん、百合。送っていくよ。このままじゃお前が愛おしすぎて、抱きつぶしてしまいそうだ。俺が冷静でいられるうちに家まで送るよ」


「わかったわ。そうだ!! 連絡先交換しておきましょう?」


 そういってお互いの連絡先を交換しつつ、二人はたわいのない話をしながら、はっきりとバカップルとわかる様に腕を組み、百合の家へと仲良く歩いていった。


「さすがに十年近くも離れれば、授業内容も時間割も覚えてないわ」


「俺だって覚えてないよ。明日の授業なんだろ。何にもおぼえてないや」


 それは二人にとって未知なる未来の出来ごとなのである。今までありえないと思っていた未来の話。遠いあの日の続き。


「あー明日から友達とどんな顔して会えばいいんだろう」


「俺も無駄ににやけてしまいそうだ」


「だよねえ」


 そういって二人は笑いあう。


「相手からしたら昨日もあったばかりなのに久しぶりって言っちゃいそう」


「だなあ、俺も言っちゃいそうだ」


 向こうではありえなかった平和な会話。求めてやまなかった日常に二人は幸せを感じていた。非日常を知るからこその日常の大切さ。二人はそれをかみしめていた。


「ここよ、私の家。ああ、懐かしい……帰ってきたのね」


 涙を浮かべながら百合はかつて住んでいた自分の家を懐かしそうに眺める。まるで遠い故郷に帰ってきた兵士のように。


「ただいま!!」


「あら、おかえり。どうしたの百合? 泣いてるの?」


「おかあさん!!」


 百合は帰るなり、出迎えに出てきた母親に抱き着いた。


「まあ、どうしたの? 何かあったの?」


「ううん、なんでもないの……お母さんだ……うえええん」


「百合ってばどうしたのかしら。悲しんでる感じじゃないようだけど……あら? 貴方は?」


「初めまして、武藤武と申します。東中の三年です」


「あらあら、ご丁寧に。百合の母です。それで百合とはどういったご関係で?」


「私の旦那様になる人よ」


「だっ!? 旦那様!? 今まで彼氏もできたことないのに!?」


 混乱する百合の母親を尻目に、さすがに帰還一日目にして、恋人の家に外泊はまずいということですぐにその場はお暇させてもらった。




「そうなの。お母さんたらものすごく興奮しちゃって。百合が彼氏つれてきたって。お父さんと妹にばれたらきっと面倒になるからお母さん以外には内緒にしてるの」


 武藤が帰宅後、さっそくとばかりに百合から電話がかかってきた。アプリの電話の為、通話料がかからないやつだ。その為かやたらと長い通話である。


「そういえば妹さんがいるっていってたね。それにお義父さんにもちゃんと挨拶しないと」


「そうだ。お母さんには一応説明しといたよ。異世界のこと」


「え? 信じたの?」


「お母さんは私の言うことをちゃんと聞いてくれるから。よくわかってないかもしれないけど、それでもあなたに助けられたことはわかったみたいで、是非将来の義理の息子に来て欲しいって」


「あんまりプレッシャーかけないでよ」

 

 中学生で結婚の挨拶とかするやつが自分以外にいるのだろうか。武藤の頭は現実逃避していた。


「それでね。今度の土曜日なんだけど……友達の家に泊まるって言ってあるんだ」


「え?」


「もう!! つまり……そういうことよ!! お母さんにだけは正直に言ってあるから大丈夫よ」


 それはつまり……武藤はごくりと生唾を飲み込む。


「素敵な夜にしてね!! お休み!!」


 照れた様子で急に電話を切られたが、武藤はそれすらも気が付かず、土曜日の爛れた夜を想像して一人夢心地のままスマホを握りしめていた。

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