第152話 狂刃の躱し方
砦に近づくサンドモービルが見えた。ラースの1号機だ。
「攻撃しちゃダメだよ? キミたちの食糧も積んでるんだからね?」
「はい……」
「砦から逃げたら起爆。首輪を外そうとしたら起爆。わたしが死んだら一斉起爆」
「…………」
「自動起爆の条件だよ。わかったかな?」
「はい……」
ラースに頼んでいた荷物が今日届く予定だった。
スカディが余計なことをしないように念のため来てみれば案の定だ。誰であれ近づいた者を襲って物資を確保するつもりでいたらしい。考え方が盗賊のそれだ。
「継続的な補給は要らないの? 遠征もできないのに?」
「いいえ……欲しいです」
「だよね。ならわたしに従いたまえ」
「はい……」
砦に乗り入れたサンドモービルから見知ったメンツが降りてきた。知らない人間も何人か居るが、面識が無いだけで映像データと共にマリーから報告されている。
「シキ様。露払いをさせてしまい申し訳ございません」
「戦闘なんかモンスターの相手だけで十分だからね。勝手にやらせてもらったよ。例の物は?」
「相当数をご用意できたかと思います。なかなか骨の折れる仕事でしたが、皆よく働いてくれました」
「おいシキ!」
いい笑顔で胸を張るラースの斜め後ろから不機嫌な濁声が聞こえた。ギルバートを見つけたのに何故か帰ってこないカリギュラだ。
「色々とおかしいだろうが! 何をやらせてくれてんだオイ!」
「カリギュ……おじさん。おばさんが心配してたよ? なんで帰ってこないの?」
「……い、色々あんだよ。ギルが無事ならそれでいいだろ」
「自分で伝えてよ。カルラの小言に付き合わされるのは嫌だからさ」
「んなことより……お前さん、ちっと相手してやってくれや」
カリギュラが視線を向けた先にはギルバートが居た。
はにかんだような笑顔で手を振っている。取り巻きに数人の少女を侍らせている。内1人は腕を絡めて抱きついている。
ふむ……久しぶりに会ったかと思えば、彼女が出来たのかな? ムカつくかって? まさか。随分と成長したようで何よりだよ。
「ラース。荷下ろしを任せていい?」
「もちろんですが、まとめてとなると少々厄介です。人手と時を要します」
「砂モグラ団も使ってくれたまえ。くれぐれも丁重に扱うように指導してほしい」
「かしこまりました」
仕事をラースに丸投げしてギルバートの元へ。様々な経験を重ねたのだろう。顔付きが精悍になっている。
「ギル。久しぶりだね」
「シキ……うん、久しぶり」
隣の少女は誰だろう? そんな警戒しなくてもいいのに……わたしがキミに何をした?
「友人を紹介してくれるかい?」
年上と思しき褐色の銀髪少女がさっきからわたしを睨み付けて、敵意を隠そうともしない。
あっ、思い出した。彼女の名前はカフカ。マリーとは犬猿の関係だったようだが、さて、わたしとは初対面である事実をどう説明すべきか。
「あ……えっと……カフカって言うんだ。一緒にみんなを逃して……えっと……いっぱい助けてくれて……それから――」
相変わらず喋りは上手くないようだが、言いたいことは理解できる。彼女がギルバートにとってどのような人間なのかも。きっと大切な人なのだろう。
「ボクは本当に世間知らずのバカだった。お父さんやお母さんや、カル姉に甘えてたんだって……恥ずかしくて……それで――」
たどたどしい口調へ徐々に苦々しい声音が混じり、ギルバートは己の懊悩を何とか言葉にしようと努力している。わたしは黙って彼の体験談に耳を傾けた。
「ボクは全然役立たずで……! リュカも……ボクのせいで……っ!」
自分が歩んだ道のりを懸命に思い出して、その時々で感じたことを説明しようとして口籠もり、経過が進むほどに目には涙が浮かんでくる。
よくわかった。ギルバートの冒険、その関連情報は既に頭の中にある。
「ギル。よく頑張ったね」
「違う……違うんだ! ボク……オレは……全然ダメだった!」
ギルバートを苛み、帰郷を拒ませる苦しみの原因は、精神的に弱かった昔の自分が犯した過失だ。本来なら取り戻せない類の後悔だろうが、彼は本当に運がいい。
「何も駄目なんかじゃ無いさ」
「アンタ! ギルバートがどんなに苦しかったと思ってるの!? 何も知らないくせに!」
「ギルの苦しみはギルだけのものだよ。他人が知ることはできない」
「このっ……偉そうに!」
「ただし、その後悔は少しばかり的外れだ。もっと自分に誇りを持っていいんじゃないかな?」
「アンタに何がわかるの!?」
「ちゃんと話を聞きたまえ。何せ、リュカは生きているのだからね」
「――え?」
呆気に取られたギルバートの顔は予想通りだったが、別の意味で激変したカフカの反応はわたしの予想を超えていた。
「カフカ!?」
「何よそれぇ……どういうこと!?」
突然わたしに飛び掛かって押し倒し、馬乗りになってパイロットスーツの襟首を締め上げてきた。今にも締め殺されかねない迫力で血走った目を見開き、わたしを睨み付けている。
「やめろカフカ! シキから降りて!」
「ゲホゲホっ……!」
これは参った。失態だ。
すぐに動いたギルバートが引き剥がしてくれたものの、これが刃物を持つ相手だったら死んでいたかもしれない。
会話の最中に突然バグターのように豹変したカフカの顔は真っ赤に染まっているが、これは怒っているのだろうか? 彼女の行動原理が理解できない。
「ふぅ……ギル? 任せていいかな?」
「ご、ごめんシキ……後で詳しく聞かせて」
「うん……また後でね」
一転して暗く落ち込んだ様子のカフカを連れて離れていくギルバートの背中を見送っていると、カリギュラが肩をポンと叩いて「気にすんな」と言う。
「気にするよ」
「カフカも色々あったんだ。許してやってくれや」
「そういうことじゃないよ」
自分の弱点を見せ付けられて気にしない方がおかしい。
物攻や敏速の高さ、格闘術や護身術の心得などの話ではない。もし、カフカと同じ行動に出る者が居ようと、例えばスカディであれば対処できる。
判断の瞬発力とでも言うべきON/OFFの切替え。元から警戒すべき相手なら常にONにしているからイザという時にも動けるが、そうでない相手には即決できない。
これではイザという時に気付かず、無防備に致命傷を負って死んだ桜田真紀と同じ末路を辿りかねないではないか。
「おじさん、不意打ちってどうやって避けるの?」
「……またいきなりだな?」
「対処法が知りたい。教えて?」
「そりゃアレだ。こう……ゾワっときて……ソイって感じで躱すか防ぐかすりゃあいい」
感覚的なものだとはわかっているが、親子だけにギルバートと同じで説明が下手過ぎる。どうにかならないものかと問いを重ねても「ハっ!」とか「ホっ!」とか擬音が多くてわからない。
「あ〜もう! おれに聞くんじゃねぇ! おいシグレ!」
カリギュラに呼ばれて和装の麗人が寄ってきた。たしかシグレ・ミッタライという名前で、ヤマト国の剣術道場の師範代である。
マリーの解析結果によれば戦闘プログラムに勝る実力の持ち主。SHIKIネットの情報を閲覧した限り、現ヤマト国王の義妹となっていた。
「……殺気の起こりを知りたいと申すか?」
「殺気と言うか、ニコニコ笑いながら刺してくる顔見知りへの対処法が知りたいんです」
「お前さん……その歳で何を怖ぇこと言ってんだ?」
「おじさんは黙って「構えろ」――て」
声掛けはあったもののほとんど不意打ち。わたしの眼球の間際、紙一重のところで刀の切先が静止している。
「おぬし、某の知るシキとは別者に相違ないか?」
「…………」
視界の端でぬらりと動いたと思ったら、もう終わっていた。
まさにこういうのだよ。至近距離にいる物理的に強い人が不意に殺しに来る状況。これが怖いんだ。
「どれほどの天賦かと思えば……片腹痛い。おぬしに何を教えるものか。某は御免被る」
「……子供をイジメて楽しいですか?」
「独り、万理を欲してなんとする。ご自慢の賢い頭でようよう考えるがいい」
どうやらお眼鏡に叶わなかったらしいが、素直に教えを乞う9歳児に随分な言い様じゃないか。もうすぐ10歳だけど。
「厄介な荷がある故、これにて御免」
完全武装で後部ハッチの周囲を固める乗組員たちに向かって歩いていくシグレ。あの積荷を思えば心強いが、わたしと馬が合わないことは確実だろう。
「……おじさんも仕事したら?」
「八つ当たりすんじゃねぇよ」
あの女、かなりの脳筋に違いない。
**********
(別視点:シグレ)
ギルバートを弟子とした某であったが、何もカリギュラ殿への義理立てだけでやっておるわけではない。
彼の剣は武浪疾無の機上から放った某の絶対切断を切った。本来ならば剣を失っておったはずだ。事実、それ以外の装備は細切れになって脱落した。
得物か技か、それとも別の何かなのか。無心でやっておるらしきあの極意を見定めるまでは、ヤマトに帰る気にもならん。
「おいシグレ。ちっと大人げねぇだろ?」
「カリギュラ殿の目は節穴か。童と扱ってよい相手ではあるまい」
無論、師としてしかと導くつもりではあるが、砂漠では剣を教えるだけでは食って行けぬ。
穀潰しに甘んじるわけにもいかぬし、ラース殿の頼みごとは可能な限り請負うことにしたが、よもやあんな事をやらされようとは思わなんだ。
「あいつのアレは昔からなんだよ。たまに突拍子もない事を言いやがるが、それなりの考えがあっての事だぜ?」
「此度のお役目もあの者の指図であろう。考えがあってやっておるなら尚のこと悪い」
否、良い悪いの話でもないか。此度の採集と荷運び、余りにも異質過ぎて誰にも理解されまい。
何のためにモンスターを生け捕る必要があると言うのだ。妖月モンの生かしたまま根から掘り起こして持ってこいなどと、狂人の妄言に他ならん。
「ましてや……見たか? 先ほどの……」
「見事に不意を突かれてたな。まぁ、おれでも反応できねぇだろうがよ」
「やれやれ……どうにも節穴が過ぎる。目を見ればわかろう?」
視線の動きは死線の変わり目。
そこを互いに読み合い、その境へ刀を通すは常道なれど、どれほど鍛錬したところで人体の反射は思考に勝る。
カリギュラ殿も無意識に実践しておるはずだが、あのシキに対しては脇が甘くなるらしい。
あの異様な反応に気付かなんだか。
「不可避の刃に瞬きもせなんだ」
「……はぁ?」
某にはわかる。シキはこちらの動きを捉えておった。
されど自然体のまま、目蓋を閉じることもなく、かと言って身体は動かせず、淡々と状況を見ていたように思う。
「外見と中身がズレておる。高位の妖精族を斬るのと似た感じがしてな……正直申してゾっとした」
「まぁ……達観してるトコはあるがよ」
「されど、奴らのように
迫り来る死を捉えながらも目を逸らさず、人体の反射を押さえ込むほどの思考速度で何を考えているのか。そも、その様な事が人に可能なのか。
「某には理解できん在り方だ。然るに、教えることなど何も無い」
さて、宿飯の分は働くとするか。水を断つことで弱らせているが、ハンガーに詰め込まれた妖月モンはしぶとく動いておる。
「カリギュラ殿も早う。竜甲冑のご用意をば」
「へいへい」
得物を勝手に封じて弱る武具とは面妖なものだが、手足が動くなら荷運びに使えよう。某が乗り込んでも動かぬしな。
「ひっ! 妖月モン!?」
「き、貴様ら何のつもり――あっ!? ぬぅわぁああ〜!」
「苦労して捕まえたんだから殺すなよ〜。殺したヤツはぶっ殺〜す」
「こんな数……っ! 頭おかしいのか!?」
「うるさい。さっさと引っ張り出すか誘き出すかしろ」
積荷の正体を知った砦の輩が泣いておるわ。馬車馬の如く働くがいい盗賊め。
「モンスターはいざ知らず……危うきを承知であれらも活かすか。王器であろうな」
砂モグラ団の処遇は見事。清濁併せ呑む度量は認めるしかあるまい。
「誰ぞ、隣に立てるか?」
下には山ほど付いて来ようが、見上げていては護ってやれまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます